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#35 変則

「敵要塞まで、あと七千!」

 慣性航行により、再び要塞に接近を試みる我が強襲艦隊。今、私は艦橋に立っているのだが、正面少し右に黒色の丸い巨大建造物、すなわち敵要塞がポツンと浮かんでいるのが見える。

「味方の艦隊は?」

「はっ、五分前の定刻通信にて、要塞まで距離二百五十万キロまで接近とのことです」

「そうか、ならばあと二時間ほどで戦闘開始となりそうだな」

 おそらくこれがこの敵要塞への最後の攻撃になりそうだ。もはや要塞本体を破壊することはできないが、せめてもう一度くらい大損害を与えて、再起不能に追い込むしか手はない。

 今回、我が強襲艦隊の目標は要塞砲だ。見たところ、表面にはそれらしき物体が見当たらない。やはり発射時にのみ姿を現すようだ。

「距離二千まで接近する。要塞表面の変化を見落とすな。要塞砲が現れ次第、攻撃を行う」

 本当はもう少し接近しておきたいところだが、さすがにこれ以上接近するのは危険だ。まだ要塞そのものは本来の性能を出せていないようだが、あれがもし本領発揮していれば、この距離でも危ない。ここまで接近して気づかれていないことは、まだあの要塞が不完全であることを示す。

 これと同じ連合側の要塞はこの宇宙に数カ所確認されているが、いずれも破壊されたことがない。一旦フル稼働されてしまったら、その破壊には数千隻もの犠牲を伴うと予想され、手出しできない。それほど堅固な施設だ。

 だから、フル稼働前の今が、最後のチャンスということになる。その機会を活かす任務は、我が強襲艦隊に託された。

 これに対して私は、変則的運用(イレギュラー)で応える。


◇◇◇


 我が艦隊は今、要塞から距離一万キロのところにいる。

 第一遠征艦隊はといえば、現れた敵の一個艦隊を迎え撃つべく、全艦が出撃した。要塞防衛は、三百隻ほどの駆逐艦と三千機の航空機隊、そして我が第二遠征艦隊が担うこととなった。

 なったのはいいのだが、今度の戦いでは一つ、困ったことがある。

「おうおう、あれが要塞と申すか。あの白い星の近くにこんな馬鹿でかいものを作るとは、そなたらの力はたいしたものじゃな」

 そう、この通り、好奇心旺盛な黒い魔王がついてきてしまったことだ。艦橋内をふわふわと浮かびながら、あっちこっちをうろつくものだから、艦内の乗員も気が散ってしょうがない。

猊下(げいか)、もはや戦いは始まっております。少し落ち着かれてはいかがですか?」

 で、さらに困ったことに、カタリーナまでもがついてきてしまった。表向きは戦場視察をしたいということになっているが、姿は小娘な黒い魔王と僕が同じ艦内にいることに気が気でない、というのが本音だろう。

「カタリーナ、戦闘が始まったら、この艦はとてつもない機関音と砲撃音が響き渡ることになる。本当に大丈夫か?」

(わたくし)、こう見えても栄えある帝国砲兵隊の指揮官を担ってきたアンドラーシ伯爵家の娘でございます。砲戦を前に(おののく)くなど、あり得ませんわ」

 と、強気の姿勢を崩さない。しかし、そのカタリーナのわがままに例の三人の取り巻きも付き合わされた。その三人はといえば、元より覚悟なんてものはない。これから始まる死闘を前に、すっかり青ざめている。

「敵艦隊主力、さらに前進! 我が艦隊主力との距離、三十五万キロ! まもなく、要塞砲射程内に入ります!」

 第一遠征艦隊一万隻は、要塞から距離十四万キロのところにいる。要塞砲の射程が五十万、艦砲が三十万キロだから、敵は第一遠征艦隊と交戦するためには、要塞砲射程内に四万キロほど入り込まなければならない。

 要塞砲の装填時間は約三十秒。十キロという大口径でありながら比較的短い時間で装填可能なのは、要塞自体の構造がこの大口径の砲にエネルギーを流し込むために特化した構造をしているからだろう。ゆえに、あれだけ大きな施設でありながらも推進動力部を入れる余裕などない。まさに要塞砲を撃つための施設だ。

 とはいえ、指向性レーダーや対空機銃、数千隻の艦隊を収容できるドックなど、その他の防御施設も充実されている……と言いたいところだが、現状はまだそのほとんどが未完成のままだ。せめて指向性レーダーだけでも完成されていれば、あの強襲艦隊の接近をいち早く察知できるのだが、それすらも叶わない。

 今ごろは多分、あの強襲艦隊は接近している頃だろう。要塞砲が顔を出すのを待ち構えているはずだ。対空機銃、いや、それ以外にも対抗手段を備えてはいるが、果たして上手く守れるのだろうか?


◇◇◇


「要塞砲、探知! 本艦ほぼ前方に浮上!」

「映像、映せ」

「はっ!」

 距離二千まで接近した要塞から、ようやく我々の攻撃目標が顔を出した。直径百キロの表面に開いた、十キロほどの穴。間違いなくあれは、要塞砲だ。

 あの要塞は、本体の向きを回転させることであの大口径砲の向きを定める仕組みのようだ。その砲の先を、我が艦隊主力へと向ける。そしてやや青みがかった光を放ち始める。

「要塞砲の装填、始まりました!」

 すでに味方の艦隊は、あの要塞砲の射程内だ。あれで一気に味方を叩くつもりらしい。だが、そうはさせない。

「よし、全艦、雷撃戦用意!」

 ここで私は、自身の艦隊に攻撃準備を命じる。格納庫のハッチが、一斉に開く。

 だが、格納庫内にはいつもの人型重機ではなく、筒状のものが顔を覗かせる。それを射出するレールガン装置も、その周りに見える。

 今回、我が強襲艦隊が持ち込んだのは核融合弾のみだ。それを格納庫に積み込み、強襲艦から直接それを発射する。狙いはもちろん、あの要塞砲である。

「目標、敵要塞砲! 〇〇一番から二五〇番、全弾発射! 続いて二秒後に、残りの艦も雷撃を開始!」

 無線封鎖を解除し、私は全艦に向けて攻撃開始を命じる。

 要塞砲自体はシールドを用いて防御されている。が、シールドというやつは大きなダメージを受けると、一瞬穴が開く。その穴が開いた瞬間にさらに攻撃を被せれば、無効化したシールドの穴の先にある目標を破壊できる。

 だからまず半分の核融合弾によってシールドに穴を開け、時差をつけて発射した残り半分の核融合弾をその穴から叩き込む。そういう作戦だ。

 バスッバスッという音と共に放たれる核融合弾。この実体弾自体にも推進剤が積まれているため、増速しつつ要塞砲を目指す。距離二千だと、大体二十秒はかかる。要塞砲の発射直前に弾着する予定だが、これならば味方に攻撃される前になんとか発射を阻止できる。

「全艦、離脱する。転舵、反転! 全速前進!」

 すべての武器を放ち、もぬけの殻となった我が強襲艦隊は、あれの弾着を見届けるまもなく戦線離脱を開始する。敵も今ごろは、我々を捉えているはずだ。グズグズしていたら、こっちがやられてしまう。

 強襲艦というのは元々、人型重機ではなく今回のように実体弾を目標近くで放ち、破壊することを目的に作られた艦種だ。海洋戦闘時代の潜水艦と同じ役目を持った船ということだが、一度攻撃をすると、その位置が知られてしまうという問題がある。発射後は対空機銃以外の武器を持たないため、逃げるしか方法がない。そこで、攻撃後もある程度の防御力を持たせるため、人型重機が搭載され始めた。それが巡り巡って、人型重機の母船へと変化してしまった。それが今の強襲艦の標準運用法として定着した。

 だから今回は、強襲艦の原点とも言える攻撃法を敢えて採用してみた。対空機銃が並ぶ要塞表面に重機隊が接近することは困難だ。ならば、ー強襲艦隊から直接撃てばいいのではないか? という考えに至るのは当然だろう。

 いくらアルトマイヤー少将でも、一度放った核融合弾を止めることなどできない。人型重機よりも小型で高速に移動する弾頭は、一度放たれたらほぼ撃ち落とす術はない。悪いが、今度こそ勝たせてもらう。ただし、そのためには我々が逃げ延びて生き残らなければ、最終的な勝ちにはならない。だから、全力で逃げる。

「敵艦隊より砲撃、来ます!」

 我々を見つけた例の機動艦隊から、砲撃が開始された。しかし、我々はそれを難なくかわす。動いている物体に砲撃を当てることは困難極まりない行為だから、当たるはずがない……と、心に言い聞かせて逃げ回るが、すぐ脇を駆逐艦からの砲火がかすめるのを見ると、やはり生きた心地がしない。

 そんな逃走の最中、弾着観測員が淡々と報告を続ける。

「弾着まで三、二、一、今!」

 この掛け声と同時に、モニター越しに要塞を見る。最初に爆発が起きるが、表面やや手前で炸裂する。

 が、遅れてもう一度、爆発が起きる。明らかにそれは、要塞本体に直撃している。弾着観測員の声が響く。

「要塞砲に直撃!」

 作戦は成功だ。私は思わず、小さくガッツポーズをする。あとはこの場を逃げ切れればいい。

 アルトマイヤー少将の艦隊からの砲撃は続く。だが、やつが今、我々にその悔しさをぶつけていると思えば、むしろこの青白い光がやつの悲鳴のように見える。

 よし、こうなったら、なんとしても逃げ切って完全勝利だ。


◇◇◇


「要塞から距離二千の地点にて熱源多数! 数、およそ五百!」

 能天気に浮かぶ魔王が醸し出す微笑ましい雰囲気が、一瞬にして吹き飛ぶ報告が入る。艦長がすぐにレーダー手に命じる。

「指向性レーダー、照射! 急げ!」

 すぐにその熱源の正体が判明する。案の定、それは例の艦隊だった。

「レーダーに感! 艦影多数、強襲艦五百!」

 それを聞いた僕は、直ちに号令する。

「敵艦隊捕捉! 砲撃開始!」

 そんな僕を見て、魔王が何事かと振り向く。三人の取り巻きは、これから始まるであろう事態に慄き、互いに抱き合う。一人、カタリーナだけが意気揚々だ。

「いよいよ、戦でございますわね! コソコソと忍び寄ったあの狡猾なる敵に、目に物見せてくれましょう!」

 だが、カタリーナのその威勢の良さは続かない。

「主砲装填、目標、敵艦隊五百! ターゲットナンバー〇一三、撃ちーかた始め!」

『ターゲット〇一三、撃ちーかた始め!』

 艦長の号令、砲雷長の復唱、数秒の装填音の後に、主砲がその真価を現す。ガガーンという、落雷十発と言われる強烈な音を鳴り響かせて、青白い光を一気に放つ。

「きゃあ!」

 例の三人が叫ぶ。さっきまで鼻息の荒かったカタリーナも、この発射音に驚き、僕にしがみついてきた。

 ああ、だからいわんこっちゃない。砲撃訓練も無しにこの音を聞けば、普通はこうなる。僕はカタリーナを抱き寄せる。

「敵艦隊、増速! 逃走を開始しました!」

「逃すな! 砲撃を続けよ!」

 僕は追撃戦を指示する。が、あれが逃げたということはつまり、攻撃を行った後ということになる。最初に感知した熱源というのは、その攻撃の際に出たものか?

 僕のその予感は、ちょうど二発目の砲撃を放った直後に当たったことが判明する。要塞表面に、異常が発生した。

「よ、要塞砲付近で爆発! 直撃の模様!」

 装填していた要塞砲の辺りで、大規模な爆発が当て続けに二回起きる。最初の一回はシールドが防ぐが、その直後に二度目の爆発が発生。

 それが意味するところのことは、あの要塞砲が直撃を受けたかもしれない、ということだ。

「おお、派手な光じゃのう」

 震えるカタリーナを抱きかかえる僕の横に、あの魔王がやってくる。何だこいつ、怖くないのか? しかし考えてみればこいつ、落雷を起こすことができるくらいだから、この音が怖くないとみえる。

 だが、魔王が今見ている光は我々の砲撃由来のものではない。つまりあれは、敵の攻撃の結果だ。

「よ、要塞砲消滅!」

 悲壮な観測員の声が響く。が、僕は下令する。

「砲撃を続行、敵艦隊を逃すな!」

 再び、砲撃音が響く。カタリーナを抱えながらモニターを見つめる僕の姿を見て、魔王のやつが不思議そうに言う。

「おい、何やら大変なことが起きているようじゃぞ?」

 などと薄ら笑いを浮かべながら僕にそう告げる魔王。砲撃による青白い光が、不気味にその顔を照らす。しかし僕はこう答える。

「いや、大丈夫ですよ。すでに手を打ってあります。現に今、それが功を奏したところだ」

「ほう、なるほど。だからそなた、余裕があるのじゃな」

 そう、こうなることは最初から想定していた。おそらくは実体弾による攻撃を加えてくる。強襲艦の歴史的背景を知るものなら、そういう攻撃手段を取ることは十分考えられた。

 だから、もしあの指揮官が目の前にいたなら、僕はこう言ってやりたい。

 要塞が完成したからといって、どうして「偽装しない」と言い切れるのか、と。

 そして、ヴァルター中尉が「フライパン返し」と名付けたその策が、ついに姿を見せる。

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