#34 束の間
「貴官からの申し出だが、とりあえず宇宙港管理事務所の許可はもらった」
ディーステル大将の元に交渉へと向かった僕は、あの黒い悪魔、すなわちアザトースとかいう名の魔王の居住権を取得することに成功した。さらに、高層アパートの宿舎の一室も割り当ててもらった。
「しかしだ、さっきの話が本当だとすると、もしかすると我々はあの中性子星域への最短ルートを見つけることにつながるかもしれない。なんとしてもその魔王とやらから、当該星域惑星への移動手段を聞き出すんだ」
「はっ……ですが、なにぶんにも気まぐれな小悪魔ゆえに、うまく行くかどうか保証の限りではありません。ともかくしばらく、時間をください」
結果的に僕は、余計な仕事を増やしてしまっただけだった。ああ、あれはきっと魔王ではなく、疫病神なのではないか?
などと考えながら外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。
この帝都も、肌寒い季節になってきた。カタリーナとアザトースは今、ショッピングモールにいるとメッセージが飛んできた。僕もすぐにタクシーで向かい、あの疫病神の処遇を伝えることにする。
平和なひとときだ。しかし、おそらく敵もあの要塞にもう一度攻撃を仕掛けてくる気がする。こんな平穏な日々は、すぐに崩されるであろう。
敵はどんな手で出てくるか? 僕なりに考えて、総司令官閣下にも具申しておいた。が、このまま戦いなど起こらず、疫病神に一喜一憂する日々を過ごす方が幸せだな。
◇◇◇
「スクリャロフ少将、要塞攻撃の日が決定した。今から一週間後、我が艦隊全軍を持って、要塞破壊作戦を実行する」
私はパザロフ大将に呼び出され、こう告げられる。正式には部会で公表されるが、その前にまず私に通知されるのには意味がある。
「ということは、例の準備を進めてもよろしいのですね?」
「ああ、構わん。すでに私の名で許可を出している」
「はっ、ではスクリャロフ少将、要塞破壊作戦の準備に取り掛かります」
私は敬礼し、司令官室を出た。
「ねえ、今度の作戦だけど、あんな武装でほんとにやるの?」
〇〇一番艦の停泊する繋留ドックで指揮する私に、エカチェリーナが話しかけてくる。
「なんだ、今は軍務中だぞ」
「分かってるけど、私だってあなたの妻だということで、いろいろ聞かれてるのよ。たかがレーダー士の私が、作戦の真意なんて分かるわけないって言ってるのに……」
ああ、そういうことか。それでは無関係だと突っぱねるわけにはいかないな。だから私は、少将代理として質問攻めに遭っているこの一介の士官にも分かるように説明する。
「強襲艦という船は、なにも人型重機を搭載するための船というわけではない」
「えっ、そうなの?」
「そうだ。元々はさまざまな兵装が行われており、その中で人型重機を搭載して近接攻撃を仕掛けるという運用がもっとも有効とされて、定着しただけに過ぎない」
「ふうん、なら、今回のような使われ方もかつてはあったの?」
「百年以上前まではあったらしい。だが、戦い方が徐々に砲撃戦一辺倒になり、それに比例して強襲艦の運用数が減少し始めてきた。だからその運用方法が固定化し、今に至るというわけだ」
「じゃあ、私は質問攻めにあった時、なんて答えればいいのかしら?」
「簡単だ。昔には行われていた戦術をやろうとしているだけに過ぎない、と言えばいい。それ以上の詳しいことを知りたければ、私に直接聞け、と言っておけ」
「うん、分かったわ。そう答えることにするわね」
そういうとエカチェリーナは右手を振って、自身の持ち場へと戻っていく。ふと胸元が見えたが、例の赤い石が輝いていた。
今度の要塞攻略戦は、普通の戦いではない。だから私も、普通ではない戦い方をせざるを得ない。これは大きな賭けだ。私自身も、こんな強襲艦の運用方法をすること自体初めてだ。
全ては勝利のためだ。今度こそやつらに、そしてアルトマイヤー少将に一泡吹かせてやる。
◇◇◇
「へぇ、これが魔王ねぇ」
翌日、ショッピングモールに出向く。僕はカタリーナだけでなく、アザトースという魔王も伴ってやってきた。そこでヨーナスとルイーゼさんに遭遇する。
「なんじゃ、そなた確か、この男と一緒にあの鉄の巨人を操っておった者じゃな」
「なんだ、俺のことも知ってるじゃないですか。そうっすよ、俺は人型重機パイロットのヨーナスって言います」
能天気なやつだが、知ってか知らずかフルネームは名乗らなかったな。賢明と言えば賢明だが、僕だけ名前を握られていることにちょっと腹が立つ。
「アザトース猊下、このお店では昨日とはやや指向の異なるお食事を召し上がっていただきます」
と、そんな魔王にうやうやしく物申すのは、カタリーナだ。
「なんじゃと? 指向が違うとは、どのようなもであるのか」
「昨日の料理は肉料理ゆえ、いわば正当な食事。一方、このカフェという場はそれとは異なり、主食ではない食間の食事に出されるスイーツなるものを召し上がることができます」
「スイーツとな? それはいかようなものであるか」
「とても私の言葉では形容しきれません。ぜひお召し上がりいただき、その味を堪能していただきたいと存じます」
と言っている間に、店員が次々にそのスイーツを運び込む。うず高く積まれたキツネ色の円盤状のそれは、上に乗せられたバターと、全体にかけられたシロップによって艶やかに光っている。それを目にした魔王は当然、目を輝かせる。
「な、なんという神々しい色の料理じゃ……これは、なんと申すのか?」
「はい、これはパンケーキタワーと申します、猊下」
で、魔王は渡されたフォークを受け取り、恐る恐るその一番上の一枚に手を伸ばす。フォークを突き刺してそれをすくい上げると、シロップがとろりと皿の上に垂れて、一筋の金色の光を放つ。
そしてその輝かしいパンケーキとは真逆の、漆黒の身体を持つその魔王の口元にそれは運ばれて、その炭のような肌の頬で食いちぎられる。
「ん〜っ!」
あ、やっぱりこういう反応か。この激甘なスイーツを前に、この帝国の住人の多く、特に女性が最初に見せる反応を、この魔王も見せた。今まで味わったことのない甘味という味覚、それも極め付けに甘いそれを口に入たため、魔王のやつはすっかりその味にやられてしまった。
「いかがですか、猊下。これがスイーツと申すものです。で、こちらのコーヒーという飲み物は、その甘みを打ち消す苦味を持つ飲み物なのですが、その芳しい香りと、甘すぎるこのパンケーキの味を打ち消しつつ、高貴なる至高の味覚をもたらしてくれるのでございますわ」
などとカタリーナが述べるも、ほとんど話を聞いてはいないようだ。魔王と同じく真っ黒なその飲み物を手にしてそれを飲むと、それはそれで目を爛々とさせて感銘している様子を見せている。そしてパンケーキとコーヒーとを交互に口にする魔王。
その様子を唖然として見守るルイーゼさん。一方のヨーナスはと言えば、パンケーキを一枚突き刺すと、それをルイーゼさんの前に持ってくる。
「ほらルイーゼ、お前これ、大好きだろう?」
するとルイーゼさんは臆することなくそれに食いつく。この二人の仲睦まじさを見せつけられて、僕もなんとなくそれをやりたくなってきた。で、僕もパンケーキを一枚、突き刺そうとする。
が、よこからフォークが割り込んできたかと思うと、二枚ほどを突き刺してすくい取り、奪われる。そのフォークの主は、やはりカタリーナだ。
「ではフリッツ、いただきますわよ」
まあ、いつものことではあるのだが、一度くらいはヨーナスのように口元に運んであげたいなぁ。そんなことを思いながら、僕から奪った二枚のパンケーキを頬張るカタリーナの顔を見る。で、その横に座る魔王アザトースに目を移す。
こうして明るい場所で見るとこいつ、案外可愛らしい顔をしているな。胸は少し、いや、かなり小さい。少年だと言われれば通用するほど、絶望的にボリュームがない。で、頭のツノにあの尻尾。どう見てもやはりこいつ、サキュバスにしか……
「おい、アルトマイヤーよ」
などと考えていると、突然アザトースが不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる。
「な、なんですか?」
「なんだではない。そなた、何か良からぬことを考えておったであろう」
まさかこいつ、心が読めるのか?いや、そんなことはない。多分、僕の視線を感じてそう言い出しただけに過ぎない。が、この魔王の一言に、カタリーナまでが食いついてくる。
「なんですか、フリッツ! 私というものがありながら、猊下をそのような目でご覧になっているのですか!?」
といって、さらに僕の皿からパンケーキを奪っていく。プリプリと不機嫌そうにそれを食らうカタリーナ。
「いやあ、べつに良からぬことを考えていたわけじゃないですよ。単にアザトース様の外観が、何か別のものに似ているなぁと思っただけで」
「なんじゃ、その別の何かとは?」
「そうですわ! なんなのですか、フリッツ! まさか別のご婦人の身体などに思いを巡らしていらしたのではありませんわよね!」
「いや、そういうのとは違うから!」
なんだか油断ならないな、この魔王。黙ってパンケーキを食べていればいいものを、なんだって僕にからんでくる? おかげでカタリーナまでが同調するだろう。
しかしこのパンケーキを奪われる程度で済む平和な日常を満喫できたのは、ほんの束の間のことだった。
それから二日後には、哨戒艦部隊から敵艦隊捕捉の報がもたらされる。それを受けて、我々は要塞宙域への発進命令が下る。
再び、戦闘の日々が幕を開ける。




