#12 開始
「アルトマイヤー様、今度も絶対に、勝つのですわよ! その覚悟は当然、おありなのでしょう!?」
宇宙港ロビーで、以前と同様に取り巻きを引き連れたあのお嬢様が、僕を見送るためにやってきた。いつもの口調で語りかけてくるこの御令嬢に、僕はこう答える。
「なんとかなるよ、多分」
このやる気も品位も敬意もない回答に、いつもなら突っかかってくるはずのお嬢様は、ただ黙って満足気な笑みを返す。この伯爵令嬢のあまりの変わりように、戸惑う取り巻き嬢達。その取り巻きを含む四人に向けて、僕は敬礼する。
そして、前線旗艦である〇〇〇一号艦のいるドックへと向かう。
「出航準備よし! 機関始動!」
「両舷微速上昇、〇〇〇一号艦、発進!」
ガシャンという繋留ロックの解除音が響き、船体が浮上し始める。宇宙港管制塔を超え、帝都の街並みが見える。円形の中央広場の脇に、大きな宮殿がいくつも立ち並ぶ。
あれの一つに、僕は乗り込んでいったのか。こうしてみるとかなり大きな宮殿だ。そりゃそうだな、この星で最大の国家を治める皇帝陛下とその一族が住まう場所だ。今振り返ると、随分と大胆な行動に出たものだと思う。
その脇の貴族街、そしてその脇にひときわ高くそびえたつ軍司令部ビル。それらは薄い雲の下に霞んでいき、やがて見えなくなる。
それから数分後には、機関全速で重力圏を離脱し、月軌道を超えて外宇宙へと向かっていた。
「ん~、んまいですぅ」
で、司令部のメンツ三人を集めてブリーフィングを行ったが、相変わらずサンドイッチを持ち込んで食べるやつがいる。それを見てると、僕も思わず例の物を取り出して、飲み始めてしまう。
「ヴァルター中尉に、提督も。ここは食堂ではありません」
ただ一人の常識人であるヒンメル中佐が、僕ら二人をたしなめる。
「いや、ヒンメル中佐、出発前はあれこれと忙しくてだな……」
「忙しいって、あの婚約者とベタベタと過ごしていただけでしょう。あれのどこが忙しいんですか?」
「いやあ、それがだな、フラペチーノだのブリューフロートだの、オールドファッションだのと不可思議な名前の食べ物ばかりで……」
「あれぇ、提督らしくないですねぇ、どうしておしゃれなお店ばかり出かけてらっしゃるんですかぁ!?」
どこのお店なのか、商品名だけですぐに分かるところはさすがヴァルター中尉だな。この士官、やはりああいう店も行くのか。
「提督が行くわけないだろう。当然、婚約者の意向だ。貴官だって分かっているだろう、提督がそんなところに進んでいくはずがないと」
ヒンメル中佐も酷い言いようだな。僕はそんなに、おしゃれとは無縁か?
「でも、それなら戦艦ハンブルグの二階層目にあるピザ屋がおススメですよぉ」
「だが、ピザ屋ならもう二軒ほど回ったぞ」
「あんなショッピングモールにある並みのピザ屋じゃだめですよぉ。そのハンブルグの街にあるピザ屋は、なんといっても二百年の老舗で、そのピザもさることながら一緒に出される紅茶がとても美味しいんですよぉ」
「えっ、そうなのか? 詳しく」
ヴァルター中尉のこの情報に、なぜかヒンメル中佐が食いついた。この士官、案外おしゃれな店が好みなんだろうか? ともに行く相手がいるようには思えないが。
「ピザ屋はともかくだ。ワープ前に二、三個の作戦案を検討しなくてはならないだろう。さもないと、このままではぶっつけ本番ということになりかねないぞ」
「はっ、失礼いたしました。その通りです、カフェやピザ屋の検討をしている場合ではありませんでした」
栄養ゼリーを吸って参加している僕が言うのもなんだが、ますます本題から外れていくこの会話の流れを断ち切らねばと思った。
「で、作戦の目的は、敵の艦隊の一角を切り崩せ、というものですが」
「そうだな。それについてはすでに策があるが……」
「やはり、あの策で挑むのですか?」
「そのつもりで準備した。何か、不満でも?」
「不満はありません。あるのは不安だけです」
「まっとうな軍事行動では、我々に与えられた任務は果たせないだろう。リスクは承知の上だ」
「その通りですね。で、それを仕掛ける相手ですが」
「こればかりは、まだ敵艦隊の陣容が見えていない以上、あらゆるパターンを想定しておくしかない」
「そうですね。まずは、我々と同程度の艦隊が現れたと仮定して、考えましょうか」
作戦についての会話が始まると、僕とヒンメル中佐だけが話し出す。ヴァルター中尉は正直言って、軍事作戦については門外漢だ。だが、彼女がここにいる理由はもちろんある。
「で、提督、頼まれたものを調達しておきましたよぉ」
「済まない、中尉。しかし、あれだけの数を発注して、何か文句を言われなかったか?」
「いえいえ、浮遊砲台群のように敵を殲滅するつもりなので、これだけご用意下さいねって言ったら、どなたも文句を言いませんでしたよぉ」
「そうか。うーん……」
時々、兵站の状況確認では彼女に意見を求めることがある。が、僕の要求が認められたのはいいことだが、ヴァルター中尉のこの適当過ぎる理由がよく通ったものだと感心するな。やはり裏でディーステル大将が手を回してくれていたのだろう。
「やるだけのことを、やるしかない。とにかく備えは万全だ。後は敵がどう出てくるか、だな」
「はっ!」
サンドイッチと栄養ドリンクの匂いが漂うこの会議室内で、我が艦隊の戦い方の検討が進む。十万人が関わる我が第二艦隊の駆逐艦一千隻の命運は、この会議室での検討次第で大きく変わる。手を抜くわけにはいかない。
◇◇◇
「敵艦隊、警戒ラインを突破! 我が宙域に、侵入しつつあります!」
来たな。ついに敵の大艦隊が押し寄せてきた。我々がいるのは、かつて浮遊砲台三千基が敵の侵入を阻止していた場所。その守りがなくなった今、艦隊により直接守備するしかない。モニター上に現れる敵の総数が表示されると、この司令部内は騒然とする。
「三個艦隊か」
「はっ! およそ三万隻、当宙域を目指して進軍中です!」
「で、援軍の地球五七六は?」
「まだ到着しておりません。到着予定時刻は未定とのこと」
「うーん……」
パザロフ大将が、司令官席の上で唸る。こちらも三個艦隊で立ち向かうことになっていたが、地球三三一は七千隻、地球五七六に至ってはまだ一隻も到着していないという有様だ。
「味方の集結具合によっては、この宙域を放棄するしかないな」
さすがのパザロフ大将でも、この劣勢ぶりはどうにも覆しようがない。ここは我々の支配域と言っても、特に身を守る小惑星群やガス天体があるわけではない。何の地の利も存在しない宙域では、艦隊の数が少ない方が不利、それは軍事上の常識だ。
「敵は三万、味方は一万七千。およそ二倍の兵力差。このままぶつかれば、我々が弾き飛ばされるだろうな」
「困ったものです。まったく、予定より一週間も早く現れるとは」
「何月何日に、戦場でお会いしましょうと取り決めたわけではないからな。こればかりは仕方あるまい」
総参謀長殿とパザロフ大将が焦りを募らせているのがひしひしとわかる。が、大将閣下はそれをややコミカルに言い表すおかげで、少しだけこの場の悲壮感が和らいでいる。だが、五百万キロ先にいる三万の敵を前に、すぐに現実に引き戻されてしまう。
「……やはり、決断すべきだな。連盟軍評議会宛てに電文を打つ」
「はっ。どのような内容でしょう?」
その敵本体までの距離が四百万キロを切ろうかという時になり、パザロフ大将はついに決断する。ここは後方に引いて、少しでも時間を稼ぎつつ地球五七六艦隊の到着を待つ。このままぶつかっても、数の差で押し切られ、甚大な被害が出る。そう考えてのご決断だ。
が、まさにその電文を打つかどうかというタイミングで、総司令部内にある報告が飛び込む。
「艦隊出現! 数およそ一万!」
一瞬、緊張が走る。まさか、敵はまだ増えるのか? 総司令部内の皆が肝を冷やしたところで、その艦隊の正体が分かる。
「味方識別信号(IFF)受信! 地球五七六艦隊です、距離、およそ二百万キロ!」
味方と判明し、焦りが歓喜に変わる。待ちに待った援軍が到着した。これでようやく目の前の敵艦隊と張り合えるだけの数は揃ったことになる。これを受けて、パザロフ大将はこう告げる。
「そうか。では、電文送信は中止だ。予定通り、この宙域で敵の艦隊を迎え撃つ。総員、戦闘配備」
「はっ! 総員、戦闘配備!」
「地球五七六は左翼へ、中央は我が地球三一五、右翼は地球三三一とする。ワームホール帯直前で横陣形を展開しつつ、迎撃体制に移行」
パザロフ大将の号令と共に、慌ただしさを増す総司令部。私もその号令を受けて、パザロフ大将にこう告げる。
「大将閣下、我々も出撃いたします」
「うむ、頼んだ」
私は強襲艦に乗り込み、直接指揮を取ることとした。今度の戦いは互いの数も多く、広い戦場となる。となれば、電波障害などにより強襲艦隊や周囲の状況が掴めなくなる恐れもある。このため、危険ではあるが指揮官である私が直接出向くことにする。
それに、おそらくはあの一千隻の艦隊も、駆逐艦に指揮官が自ら乗り込んで指揮をとっているはずだ。浮遊砲台殲滅戦を見れば、そうとしか思えないほど臨機応変な動きをしていた。ならばこちらも乗り込まなければ、到底太刀打ちなどできない。
戦艦ペレスウィートの簡易ドックから、私が乗艦する強襲艦〇〇一番艦が発進する。全長が百メートルほどの、砲を持たない小型の艦艇だが、二十機の人型重機を搭載できる。
これを四百二十隻、人型重機八千四百機とともに出撃する。
狙うは、敵艦隊の混乱と瓦解、そしてあの一千隻の機動艦隊の撃滅だ。
◇◇◇
「敵艦隊まで、あと三十三万キロ! 射程内まであと九分!」
この宙域ではおそらく最大の艦隊戦が、まさに始まろうとしている。連合にとっても連盟にとっても、どちらも負けられない戦いのはずだ。
僕だって、負けられない。
だから相当無理を言って、出来うる限りの仕掛けを準備した。
それが役に立つのかどうか。いや、必ず役立ててみせる。
「距離三十万キロ! 射程内!」
「電文受信! ディーステル大将より、砲撃開始せよ、です!」
「全艦、砲撃戦開始! 撃ちーかた始め!」
僕の艦隊は、当初はこの三個艦隊の右翼側にて布陣し、様子を伺うことにした。攻めるべき場所を見極めて、そこを打ち崩すというのが僕の基本方針だ。
だが、先に動いたのはあの「強襲艦隊」だった。
思いもよらぬ場所から、あの艦隊は出現した。




