#11 準備
なんか、狭いな。
この布団、妙に圧を感じる。圧だけじゃない、どこか温もりのようなものも伝わってくる。
だけど、どうして?
「……うう……だ、だれでふか、わたくひを押すのは……」
この寝言で、僕はハッと我に返る。
そうだ、今、このベッドは僕一人ではなかった。
で、その瞬間に就寝前に行われた出来事が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。そのあまりの衝撃的な光景に、僕はそれが現実であったことがとても信じられずにいた。
夜はすでに明けて、カーテン越しに朝日が部屋を照らす。時折、チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる。
そして僕に半分ほどのしかかるように、カタリーナが寝ている。胸の部分を僕に押し付け、足を絡ませスヤスヤと寝息を立てている。
昨夜は、今までとはまったく違う顔を見せたこの御令嬢に、僕は夢中だった。まさかこんな日が来るなどとは、つい昨日の朝までは考えたこともなかったな。
などと思いながら、彼女の寝顔を見つめる。こうして見ると、可愛い顔をしているな。ここからあの毒舌を吐くとは思えない。そんな彼女をまじまじと眺めていると、いきなりそのお嬢様はぱちっと目を開く。僕と、目が合ってしまった。
すると彼女は何を思ったのか、僕の右手をいきなりギュッと両手で握る。そしてそれを、自身の胸に押し当てた。
「あ、アルトマイヤー様、実は私はあまり、ここに自信がないのでございます……」
素直な顔を見せるカタリーナのその可愛さに僕は、思わずギュッと抱き寄せる。
さて、ベッドの中ではしおらしい彼女も、一度ベッドから出てしまえばいつもの御令嬢である。
「アルトマイヤー様! 朝食はいかがなさいますの!?」
「ええと、僕はいつも栄養ゼリーだけど……」
「そんな味気ないものに頼るなど、言語道断ですわ! ここにはメイドか料理人はおりませんの!?」
いるわけないだろう、そんなもの。いくら将官クラスでも、召使いを雇っているという人はおそらくいないだろうと思うが。
「そうだ、料理人はいないけど、それに代わるものならあるよ」
「えっ、そうなのです? で、その料理人の代わりとやらはどこに?」
「これだよ、これ」
そういって僕は、冷蔵庫の脇にある腕型のものを指差す。
「何ですか、この気色の悪い化け物のようなものは?」
相変わらず、きつい物言いだ。僕は答える。
「これは調理ロボットだよ」
「調理ロボット?」
「まあ、見ててよ」
と言うと僕は、そのロボットの脇のパネルを操作する。確か、今ある材料からはこれが作れるはずだな。そう思った僕は、ささっと操作する。
で、ロボットから離れると、その二本のアームは勢いよく動き出して、冷蔵庫を開く。予想外に迅速な動きをするその腕の化け物のような仕掛けは、テキパキと材料を並べて調理を始める。
ジューッとフライパンの上で焼かれる卵をじっと見つめるカタリーナ。よほどこれが面白いのか、興味津々でその仕草を眺めている。やがて二人分の目玉焼きとトーストが、テーブルの上に並べられる。
「今ある材料だとこれしか作れないけど、材料次第ではいろいろな料理を作ることができるんだ」
「はぁ、そうなのですわね。でもこれさえあれば、お屋敷に新たに料理人を雇わずとも、食事はどうにか賄えますわね」
多くの召使いを失ってしまったアンドラーシ家の切実な事情を漏らすカタリーナだが、言われてみれば我々はこの仕掛けのおかげで、わざわざ使用人を雇う必要がない。他にも洗濯や掃除にも、それ専用のロボットが存在する。その気になれば、風呂で身体を洗うロボットも手に入れられる。水が貴重な駆逐艦内の風呂場では、節水のために身体を洗う際はロボットを使うことが義務付けられているくらいだ。それはともかく、僕らは知らず知らずに貴族と同じような生活をしていたようだ。
「つまり、材料さえあれば、ドーナツやフラペチーノも作ることができると言うわけですわね」
「いや、そこまで凝ったものは……ほら、このメニューに出てくる料理を作ることができるんだ。例えばハンバーグとか、ピザとかも作れるよ」
「えっ!? ピザも作れるのですか!」
そういえば、昨日はオムライスやピザを食べに行くといって、カフェばかり巡ってしまい結局食べられなかったな。外で食べるのもいいけど、自宅にいながらそれらを作らせて食べるのも悪くはない。
「そうと決まれば、早速材料を買いに出かけますわよ」
「えっ、また出かけるの?」
「当たり前ではありませんか。かように面白いものを前にして、どうして我慢できましょうか。さ、参りましょう」
そういえば、ちゃんと聞いてなかったけど、彼女はいつまでここにいるつもりなんだ? すっかり住み着くつもりでいるような、そんな雰囲気を感じるぞ。屋敷がとんでもない状態になっているのは分かるが、だからといって僕の家に転がり込まれてもなぁ。
「それと、ベッドも……もっと、大きなものに致しませんこと?」
が、この時見せたカタリーナのうっとりとした表情に、僕は胸を撃ち抜かれる。ああ、僕はますます、どうにかなってしまいそうだ。
◇◇◇
「出撃は、二週間後になりそうだ」
僕は隣に添い寝するエカチェリーナに、呟くように告げる。
「えっ、敵がもう動き出したの?」
「そうらしい。このところ、元・浮遊砲台群の宙域に、百隻単位の小規模艦隊が頻繁に出現していると聞いた。たいていの場合、そういう行動が見られたその一ヶ月後には艦隊が押し寄せてくる、だからそれに合わせての出撃だ」
「にしても、二週間もかかるの?」
「二ヶ月でも足りないくらいだ。どこかの中将が長々と反対を唱えてくれたおかげで、強襲艦隊の補充が間に合っていない。四百二十隻ほどで出撃することになるな」
「ああ、そういえばその人のせいで、ここ一ヶ月ほどを棒に振ってしまったのよね」
「まったく、せめてこの一ヶ月を目一杯使えていれば、あと五十隻は増やせただろうに……」
味方に足を引っ張られることほど、腹立たしいことはない。戦う相手を見誤ったあの指揮官の狭量さに触れて、私は軍組織の硬直した体質を憂う。
かつてないほどの危機だ。我が地球三一五の管轄する宙域が脅かされる事態は初めてだ。そもそも、連合の奴らが支配域を増やそうとすることは滅多にない。今回の件は、極めて珍しい。二百年ほど連盟側の支配域だったここを奪われるという、まさに危機的状況が迫っている。
おそらくはこの中性子星域からほど近くに新たな星、地球一〇四五が発見され、その星が連合側に加わったことが今度の事態を招いた。ワープ一回で敵の支配宙域と接する星となれば安全保障上、不安定極まりない。だから連合のやつらはこの宙域を本気で取りに来たとみえる。浮遊砲台群への攻撃など、その前哨戦に過ぎない。
「おそらく私の強襲艦隊は、あの一千隻と戦うことになりそうだ」
「あの一千隻?」
「例の浮遊砲台を全滅した機動性重視の艦隊だ」
「でも、たかが一千隻でしょう。一個艦隊をも翻弄する強襲部隊が、どうしてその十分の一の艦隊と戦うと?」
「少数なればこそ、その一千隻の艦隊が次の戦いでの鍵になりそうだからだ。まさに我が強襲艦隊のように。そこでパザロフ大将はその鍵同士をぶつけ、敵の思惑を阻止しようと考えている」
「ふうん、思惑ねえ。だけど、そんな行き当たりばったりな消極的な作戦でいいの? 敵は本気なんでしょう? だったらそんな少数相手よりも、敵の主力を叩いた方がずっと効果的じゃない?」
たかがレーダー手の分際で、この作戦を消極的と言うか。しかし実際、ちょっと守りに入り過ぎている印象はある。
「我々は守れればいい。一方で敵は、我々を敗退に追い込まなくては目的を達成できない。守り重視の戦いに徹することで目的を完遂できる我々が有利なのは間違いない」
「だから敢えて、撃って出ないと?」
「積極的行動は、それだけリスクを伴う。我々には後がない。だから、リスクを伴う策に出ざるを得ない敵の、そのデメリットを最大限引き出してやることで敵の思惑を潰す。そういう戦い方もあるということだ」
「そうなのね。偉い人たちがそう考えるんなら、そういうものなのね。てことはあと二週間しか、イチャイチャできないってことなのね」
と言いつつエカチェリーナのやつ、私の上にのしかかってきた。
にしてもこいつ、日増しに重くなってきていないか?
◇◇◇
「いよいよ出撃ですか」
「そうだ、先ほど、連合軍評議会から連絡があり、三週間後と決まった」
「評議会が絡むと言うことは、我々、地球一〇七だけではないと言うことですか」
「そうだ。近隣の地球二一五、五四一も加わる。三個艦隊、総勢三万隻の大軍での侵攻作戦だ」
近いうちに来るとは思っていたが、ついに大規模軍事行動の決定が下る。目標は、あの中性子星域の支配域拡大だ。
浮遊砲台群殲滅によって崩れた軍事バランスを突き、一気に支配域を広げようというものだ。それはこの地球一〇四五星域の安全保障につながる重要な作戦となる。
つい先日起きた帝国貴族内の醜悪なる権力闘争の一端を見せつけられたばかりだが、そんな貴族らも含むこの星すべてを連盟軍から守るための、極めて重要な作戦となる。
我々は勝たなくてはならない。今度の戦いにおいて引き分けとはすなわち、失敗である。ただ軍備を浪費し、なんの目的も達せられないことと同義だ。仕掛けるからには、勝たなくてはならない。その覚悟と本気度が、三星合同の作戦という形で現れている。
「さて、貴官の第二艦隊にも当然、働いてもらうわけだが……」
「はっ、我が艦隊もぜひその陣列に加わり、精一杯戦います」
「いや、ただ艦隊戦をさせるだけではもったいない。貴官の艦隊には、別働隊として動いてもらうこととする」
「はぁ、別働隊ですか。で、何をすればよろしいので?」
「なに、簡単なことだ」
ディーステル大将は一息つき、そしてこう言い放った。
「敵には、強襲艦を駆使した機動戦術を得意とする五百隻ほどの特殊艦隊がある。その艦隊によって混乱を誘発され、艦隊の一部を切り崩され後退を余儀なくされる。我々連合側はそういう事態に、これまで何度も遭遇した。それは知っているな」
「はい、実際に先の戦いで遭遇しましたので」
「あれと同様の機動戦術を用いて、敵艦隊の一角を切り崩す。それを第二艦隊の任務とする」
簡単だ、確かに簡単だ。言うだけなら。だがそれを実行することの困難さを、このお方は心得ているのだろうか?
「は、はい……承知しました」
「どうだ、この間の浮遊砲台群殲滅、アンドラーシ伯爵救出作戦と同様に、上手くいきそうか?」
「やってみないとなんとも……いえ、何とかなると思いますよ、多分」
上手くいくわけがない、そんな言葉を発することすらはばかられる雰囲気の中で、僕は無茶な約束をさせられてしまった。




