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100 最愛へ捧ぐ、この世界の立て直し

 ざり、と砂利が擦れる音が聞こえた。

 桜木がゆっくりと腰を上げる。


「ざっと見た感じ、双方ほぼ同数が残っているみたいだね。早々にこちらの戦力を上層部の討伐に集中させたおかげかな」

「ふうん。それで片っ端からあいつらが死んでたわけか」

 

 背後に数多の隊員を引き連れ、この地へたどり着いた堂前が鼻で笑った。

 いつもは自分たちに少しでも身の危険が迫ると騒ぎ出す連中が、揃って黙ったままだと不気味に思っていたが、まさか早くに殺されていたとは。

 堂前が立っている真横の地中から、巨木の幹程ある太い根っこが飛び出して人と人との間を不規則に這い出した。


「やり合う前に聞くけど、俺を裏切った理由はなんだ?」

「心外だな。僕はあなたを裏切った覚えはない。この世界を正しく作り直したいだけですよ」

 

 桜木にはずっと思い描いている夢がある。

 その世界の天辺にいるのは上層部なんかじゃない。四大一族でもない。バグ討伐部隊なんてもっての外。

 堂前治良、ただ一人がその玉座に掛けているべきだ。


「真っ白なあなたには分からないでしょう。だから教えてあげます。僕の存在、全てを賭してね」

 

 堂前の視界が霞む。

 目を拭うと、無数の粉が付着していた。

 ちらほらと二メートルほどの高さに咲いている、成人男性くらいの大きさがある巨大な花々。そこから飛散する花粉だと気づいたころには、体の自由が利きにくくなっていた。


「多少の麻痺はありますが、あなたを殺すつもりはないので安心してください」

 

 もちろん堂前だけではない。この空間にいる時点で、敵味方関係なく花粉によって視界が遮られてしまった。 

 そんな彼らの間を闊歩する桜木の目はしっかりと防護眼鏡で守られていた。


「桜木さん、なんで俺たちまで」

 

 創世の会側の少年が、不明瞭な視界の中で何とか桜木の服を掴んだ。

 その手を容赦なく振り払った桜木は再び歩き出す。

 桜木が通った跡を追うように、新たな花々が地中からにょきにょきと生えてくる。  

 屋敷の周辺一帯が花畑になるのにそう時間はかからなかった。

 ただ一人、業火は目の前に落ちてくる花粉を焼いていたおかげで視界は無事だった。静観し、出方を伺う。

 桜木が業火の横を通り過ぎていき、冬至のいる方向へと進む。


「僕は嘘の上に成り立った今の世界が大嫌いです。それを生み出したこの場所が憎くてたまらない」

 

 中央のこの地から、まあるく切り取られた空を見上げる。

 どうしようもなく小さな空に、虚しさが込み上げた。


「だから僕が全部終わらせる。記憶も記録も全部消して、正しい世界に導く。ここから歴史を切り替えるんです。そしたらきっと、笑ってくれる」

 

 伸ばした手が虚空を切る。

 もういない最愛への、せめてもの手向けとなるだろう。


 〇番隊副隊長に就任する以前は、情報班でもっぱら事務作業に撤していた桜木だった。


「そんなに残業が好きなの?」

「残業が好きなわけじゃないさ」

 

 裏方の情報班ではあるが、れっきとした隊員である。その職権を使って頻繁に通う場所があった。

 それがバグ隔離施設である。


「クマが濃いよ。それに顔色も悪い」

「今日はぐっすり眠れるから大丈夫。ねえ、それよりもっと話しが聞きたい。他には何か面白いことあった?」

 

 首をひねって考え出す彼女を見つめる。

 ベッドに横たわっていても分かる。布団からはみ出した腕はずいぶんと痩せた。歩行も困難になってきたらしい。リハビリを担当している職員が、数歩進むのがやっとだと言っていた。


「もういっぱい喋ったからなあ。頻繁に春生が来ちゃうし、ネタが底をついたよ」

「それは残念」

「春生、こっちに来なよ。ちょっとは眠りなさい」

 

 彼女の父親と、桜木の母親が再婚した時、二人はまだ六歳になったばかりだった。気恥ずかしそうに挨拶をした桜木に、満面の笑みを向けてくれた彼女を今でも鮮明に覚えている。


芽衣めい、おやすみ」

 

 ベッドにもぐりこんだ桜木は、数分も経たずに寝息を立て始めた。芽衣は、やつれていても綺麗なサラサラの髪に指を通す。


「いつも会いに来てくれてありがとう、春生」

 

 人工照明によって作り出される夜が深まっていく中、芽衣はどんどん終わりが近づいてくる人生を悲観する。できることなら、もっと長い人生を彼の傍で過ごしたかった。


「どうして私だけ、こんなことになっちゃったんだろうね」

 

 芽衣は十五歳の時、桜木と共に受けた全国一律霊力検査でバグ判定を受けた。すぐさま隔離施設へ移送されて一年後。病に伏せた芽衣の診察中、見慣れぬ変化に一人の医者が気付く。


「あなた、エラーに変異しているかもしれないわね」

 

 そこからは大変だった。

 血液検査から始まり身体測定まで、一か月をかけて大掛かりな再検査が行われた。  

 結果、芽衣はエラーに変異したが再びバグへ戻ったことが確認された。

 特異体質であると判定が下った芽衣は、一縷の希望をかけて医者へ問う。


「エラーに固定することってできないんですか? そうすれば私、ここから出られるじゃないですか」

「残念ながら、それは難しいわね」

 

 無情にも医者の言葉はそれだけだった。

 芽衣は再びエラーになれる可能性を持ちながら、バグ隔離施設へ捕らわれたまま今に至る。

 あっという間に夜が明ける。

 桜木の寝息を聞きながら、芽衣は夜明けの無機質な空を小さな窓から見上げた。


「今日も生きられますように」

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