93 アクシアのやり方
「何だよ、アクシアまで――友好的態度とは真逆の行動だよな?」
カルマは呆れた顔で、二匹の虎を締め上げるアクシアを眺めた。
「……殺さなかったのだから、何の問題もなかろう? ふざけたことをしおった此奴らが悪いのだ!!!」
赤い服に手を掛けようとしたことがアクシアの逆鱗に触れた訳だが――そんなに服が大事なら自分から前に出るなよと、カルマは突っ込みたかった。
「だけど、おまえが好きに暴れたらさ。攻撃を止めさせたレジィに対して示しがつかないだろう? おまえだって一歩間違えれば、そいつらを殺していただろう?」
「カルマ、何を言っておるのだ?」
アクシアは二匹の虎を無造作に放り捨てると――不敵な笑みを浮かべる。
「其方がレジィを止めた理由は、その小娘が此奴らを殺そうとしたからであろう? だが我は違う――絶対に殺さぬ自信があったからこそ、手を出したのだ。
我が本気になれば、殺さぬギリギリまで痛めつけるなど容易いことだ……我と己の違いなど、レジィも解っておるだろう?」
金色の瞳に問い詰められて――レジィは顔をひきつらせながらコクコクと頷いた。
「つまりは全部計算尽くってことだな……アクシア? おまえって本当に質が悪くなったよな?」
カルマが言ったのは勿論レジィを脅したことに対してではなく――ましてや、それは非難ですらなく誉め言葉だった。
結局のところ、アクシアが怒りを感じて相手をねじ伏せたことには違いないが――決して感情に流された訳ではなく、置かれている状況を冷静に分析した上で『殺しさえしなければ問題ない』と判断して行動したのだ。
以前のようにカルマが言ったことを盲信するのではなく、しっかりと自分の頭で考えているのだから歓迎すべきことではあるのだが――全部解った上で、あえて生死のギリギリまで痛めつけるところは『質が悪い』としか言いようがなかった。
「カルマよ……言い方に棘はあるが、其方は我のことを褒めておるのだな?」
アクシアはカルマの意図を理解していた――金色の瞳が誇らしげに煌めく。
(いや、こういうのを認めてしまうと、後で面倒なことになるのは解っているんだけどな……)
そうは言っても――カルマ自身がオードレイやグランチェスタに対して行ったことの方がさらにえげつないのだから、人のことは言えないよなとカルマは苦笑する。
「まあ、それは良いんだけどさ……この後のことは、どうするつもりだよ?」
二匹の虎は地面に転がったままピクリとも動かない。
このまま放置したら、死ぬ確率の方が高いだろう。
「それこそ、其方は解っていながら何っておるのだ? 此奴らが死ぬと困る輩がすでに動き出しておるであろう……」
アクシアは牙を剥き出しにして、凶悪な笑みを浮かべた。
「其奴らも含めて……最高指導者とやらを引きずり出すための餌になって貰おうではないか!!!」
※ ※ ※ ※
「悪いな、レジィ……方針変更だ。最高指導者のことは、アクシアに任せることにするよ」
レジィを閉じ込めていた力場を解除すると、カルマはしれっとした感じで告げた。
「あのなあ……魔王様? 俺には全然状況が理解できないんだけどよ?」
レジィは舌打ちして非難がましくカルマを睨むが――アクシアに襟首を掴まれ宙に吊り上げられて、自分の軽はずみな行動を後悔することになった。
「小娘、おまえ如きがカルマに舌打ちだと……本当に死にた――」
言い終える前に、カルマに後頭部を思い切り殴られる。
「な、何をするのだ、カルマ……」
「そういうのは話がややこしくなるから、とりあえず止めておこうか?」
カルマは呆れた顔をするが――漆黒の瞳はアクシアの顔を覗き込んで、実に楽しそうだった。
色々と計算している癖に、こういう行動に出るところが如何にもアクシアらしいと思う。
「うむ、そうだな……カルマよ、承知したぞ」
アクシアもカルマを見つめ返して、嬉しそうに笑う――共犯者である二人は、同じ思いを共有していた。
そんな二人に完全に取り残された形のレジィは不貞腐れていたが――不意にアクシアから視線を向けられて、ゴクリと唾を飲み込む。
「レジィよ……おまえにも我のやり方を見せてやろう!!!」
ハルバードを地面から引き抜くと、アクシアは光の魔法を発動させた。
アクシア自身は光など無くても闇を見通すことができ、カルマについても同じことが言えるのだが――
夜目が利くとはいっても全く光がなければ見ることができないレジィのためというのが理由の半分。
もう半分は――自分たちの居場所を相手に教えてやるためだった。
アクシアは先頭に立って洞窟の中へと踏み込んで行く。
まるで警戒など一切せずに――よく言えば『豪胆』に、悪く言えば『無謀』に突き進んでいるようにしか見えなかったが――
アクシアは魔力感知能力によって、周囲を警戒していた。
精度という点ではカルマに遠く及ばないが――太古の竜であるアクシアにも魔力を広域で感知する能力がある。
カルマがこの世界に転移して来た日。その能力によってアクシアは、彼が発動させた混沌の魔力を百キロ以上も遠方から感知したのだ。
しかし――それほど長距離から感知できたのは、アクシアの能力と言うよりも、カルマの魔力が余りにも巨大だったからだ。
本来、アクシアが感知できる距離は――例えば同族である竜が放つ高位レベルの魔法であれば数キロ程度。人間の魔術士が放つ火球程度の魔法ならば一キロ前後というところだった。
さらには初級レベルの魔法や、魔力の持ち主が自然と放つ微弱な魔力となると――せいぜいが数百メートルから、視認距離であれば感知できるという程度なのだ。
つまりは対象となる魔力の強さ次第で感知できる距離が大きく変わるのだが――アクシアにとっては全く問題ではなかった。
自分を傷つけることもできない程度の脆弱な魔力など無視すれば良いし、まだ魔力を発動させていない相手であれば、存在そのものが持つ魔力を感知した時点でも十分に対処ができるからだ。
「……多重結界だと? 全く意味のないことを!!!」
行く手を塞ぐ魔法の防護壁をアクシアは一撃で粉砕する。
さらに奥に進んでいくと――前方から三つの強い魔力を感じた。
「また懲りもせずに霊獣憑きが……」
アクシアは鼻で笑った。
「五匹で掛かれば何とかなるなどと……その甘い考えを我が正してやろう!!!」
アクシアの声に反応した三匹の霊獣が行く手を塞ぐと――
それとほとんど同時に、後方から二匹の虎が姿を現わした。




