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92 先制攻撃


 アクシアが朝食を済ませると、カルマたちは宿屋から目的地へ直接転移した。


 今回は人数が少ないため、転移先として広い空間を確保する必要はなかった。

 だからカルマが転移門を設置したのは、生い茂る木々の間にできた隙間のような場所だった。


(もしクリスタさんが来ることになってたら、スペース的にはギリギリだったな?)


 密着するくらいに身を寄せ合って転移するシチュエーションなど、カルマとしては避けたかった――色んな意味で面倒なことになりそうだからだ。


「レジィ、洞窟の場所が解るか?」


 ここに転移門を仕掛けたくらいだから、当然カルマは解っていたが――レジィを試すために敢えてあえて質問してたのだ。


「おいおい、魔王様? 俺を馬鹿にするなよ!」


 レジィは勝ち誇るようにニヤリと笑った。


「ここからじゃ見えねえけどな? この木の右側を真っ直ぐに進んで行けば、すぐに洞窟の入口があるぜ」


 自信たっぶりのレジィの答えは――確かに正解だった。


「だけどよ、この距離じゃ相手も気づいてるぜ? もう不意打ちは無理だな」


「いや、それで良いんだよ。今回は話をしに来ただけだからさ? レジィ、案内と仲介役を頼むよ」


 相手を端から馬鹿にしているレジィに任せるのは少し心配だったが――何かあれば自分が後始末をするつもりで、とりあえずやらせてみる。


「……俺は仲介するだけで、交渉は魔王様が直接やるってことで良いんだな? だったら、別に文句はねえよ」


 正直に言えば、レジィは最高指導者(グランマスター)と交渉などしても無駄だと思っていたから、仲介役だけで済むのは大歓迎だった。


「それじゃあ、俺の後に付いて来てくれ!」


 レジィは先頭に立って森の中を歩いて行く。

 そして先ほどの言葉の通りに、百メートルと進まないうちに洞窟があった。


 地形の傾斜と向きのせいで、先ほどの位置からでは全く見えなかったが――地面に半ば埋まるような形で、結構なサイズの大穴が口を開けていた。


「魔王様、ちょっと待っていてくれよ?」


 そう言うとレジィは背中の鞘を外して、いつでも剣が抜けるように通し紐を緩めた。

 それから洞窟の入口の脇に立って、中に向かって声を張り上げる。


「おい! 俺は『同族殺し』レジィ・ガロウナだ! 最高指導者(グランマスター)セオドア・バウラスに客人を連れて来た!」


 暫くの間、洞窟の中からは何の反応もなかったが――レジィは中を覗き込むなどいった迂闊な行動には出なかった。


 ずっと聞き耳を立てていたが足音は聞こえず、魔力の気配も感じられない。


「なあ、魔王様よう? 奴らは他にも出入口を用意してると思うが、悪いが俺もその場所までは知らねえんだ。このままだと、そっちから逃げられる可能性があるが……どうする? 強硬突入するなら先陣を切るぜ?」


 案内人としての役目を果すために、レジィは自分の怪我のことなど無視して申し出るが―― 


「いや、その必要はないみたいだ――もう少し待っていれば、向こうから出て来るよ」


 そう言われた時点では、レジィには何も感知できなかったが――

 洞窟の岩を背にして待っていると、不意に至近距離から大きな魔力を感じた。


「……チッ! やりやがったな!」


 剣を思い切り振ることで鞘を滑らせて外すと――右の手首の痛みに歯を食い縛りながら身構える。


 そこに飛び出して来たのは――赤い焔を纏う二体の虎だった。

 霊獣の力を解き放った二人の霊獣憑きは、一瞬でレジィとの距離を詰めて来る。


「……させるかよ!」


 左右から同時に襲い掛かる虎に、レジィは二本の大剣を叩き込むが――


 両者がぶつかる直前、金色の光の壁がレジィを包み込んだ。

 二匹の焔の虎は光の壁に弾き跳ばされて、背中から洞窟の壁に叩きつけられる。


「おい……ふざけるなよ!」


 レジィは力場(フォースフィールド)の中から怒りに任せて叫ぶ。


「こいつらは俺の獲物だぜ! いくら魔王様でも、横取りは許さねえぞ!」


 すっかり戦闘モードに入って頭に血を上らせたレジィに、カルマは呆れた顔をする。


「レジィ……おまえこそ、何やってんだよ? 今日は話だけだって言っただろう?」


「向こうから仕掛けて来たんだから、仕方ねえだろうが!」


 納得できないレジィに、カルマは冷ややかに応じる。


「馬鹿、おまえは釣られたんだよ。奴らは威嚇しただけで、先に切り掛かったのはおまえの方だろう?」


 そうは言っても――あのタイミングでレジィが仕掛けたのは正解だった。

 相手から攻撃を受けるまで待つなど、殺してくれと言っているようなものだろう。


 だから、レジィが仕掛けたこと自体を攻める気はないが――血を滾らせて交渉するという目的を見失っているのは戴けなかった。

 レジィは後先など全く考えずに、相手を殺すつもりで喉を狙って剣を叩き込んだのだ。


「まあ、そういうことだ……うちの小娘が粗相をしたが、我に戦う意思はない。だから、おまえたちも矛を収めてくれぬか?」


 金色のハルバードを片手に、アクシアは二体の焔の虎の前に進み出ていた。


 一見物騒な武器を持ってはいるが――それを構えもせずに無防備に立つ女の不遜な態度に、虎たちは怒りを覚えた。


「何を今さらふざけたことを!」

「貴様も獣人なら、我ら霊獣の戦士を前に身の程を知れ!」


 二匹の虎は怒りのままに、アクシアの身体を引き裂こうと飛び掛かるが――

 気が付いたときには、それぞれが喉を掴まれて宙吊りにされていた。


 ちなみに、このときアクシアは――ハルバードの柄を地面に突き立てて固定したから、相手の懐に踏み込んで、空になった両手で下から喉を鷲掴みにするという三つの動作を瞬時に行った。

 この間に掛かった時間は――コンマ二秒。


「おい……我が下手に出ているからと、舐めた真似をするな。霊獣風情の力を得た程度で、粋がるものではないぞ?」


 虎たちは驚愕しながらも抵抗を続けた。

 両手を激しく動かして、鋭い爪でアクシアを引き裂こうとするが――


 まるで見えない外骨格に覆われているかのように、全ての攻撃がアクシアに触れる前に弾かれてしまう。


 これこそ――アクシアがグリミア聖堂の『懺悔の独房』で身につけた新たな力の一つだった。

 本来の姿に戻らなくても、竜の魔力を引き出して全身に帯びることで、強大な力と鉄壁の防御力を得ることができるのだ。


 もっとも――そんなことをしなくても、霊獣程度の力ではアクシアの身体に傷一つ付けることはでなかった。

 彼らにできるのは、せいぜいがアクシアの服を引き裂くことくらい――


 つまり、アクシアはカルマに成形しもらった赤い(ローブ)を守るためだけに、新たな能力を発動させたのだ。

 だから、虎たちが抵抗を始めた瞬間――アクシアの瞳の温度が一気に氷点下まで落ちる。


貴様(・・)たちは、己が何をしているのか解っていないようだがな? 知らなければ許される……そんな筈がなかろう!!!」


 アクシアがほんの少し力を込めただけで――二匹の霊獣は瀕死となり、抵抗する力を失った。



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