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プラス三日 やっぱり運命!


 王妃としての正式な婚礼は日を置いて行われるが、ニーナは九天や宰相の強い奨めで選考会の三日後すぐにダリウスの寝所に召されることとなった。


「どうせ陛下はニーナ様に手なんて出さないですし、とりあえず形だけでも妻になってください。なんにもしないまま時間が経って、気が変わったりしたら困りますからね!」

 ……というのが九天の考えで、臣下に告知できる既成事実をさっさと作ってしまいたいらしい。




 ────────────── ※ ──────────────




「どこまで信用がないんだ、私は……」


 たしかにニーナが寄せてくれる好意は恋愛ではなく親愛に近いが、いまさら彼女を手放す気はない。

 いつものように政務を終え、いつものように執務室を出たが、向かうのはいつもの寝室ではなく後宮。


 見事、花嫁選考会を勝ち抜きダリウスの妃となった十二歳年下の少女の元だ。


「九天様も宰相閣下も必死っすね~。勢いで最後までやっちまったらどうっすか?」

「馬鹿者。ニーナはまだ十五歳だ」

 他の兵士達と後宮への回廊を歩きながら、ダリウスはすっかり自分の近衛兵として定着してしまった蛍の額を小突く。


「そういうお前はどうするのだ? 葵と結婚するつもりなら住む場所なり婚礼の費用なりを用意するぞ?」


 選考会なんぞにこなければ葵も髪を切られることはなかったのだから、詫びのようなものだ。

 蛍と葵の異母兄妹には、ラージャムが近親婚を認めていることをすでに伝えてある。故郷を離れた二人は縁あってダリウスに仕えることになったのだから、ラージャム国民して夫婦になることも可能だ。


 だが蛍はニカッと白い歯を見せて笑う。


「陛下のお気持ちはすっげーありがたいっす。でもとくに急いでないんすよ。葵もいきなり兄貴の俺と夫婦とか言われても困るだろうし」

「やはり両想いはお前の夢の中だけの……」

「現実っすよ!! 間違いなく両想いっすから! 確かに葵は兄妹らしからぬことをすると攻撃してきますけど、それは瑞にいたからです」


 兄妹での恋愛が禁じられていたからだと蛍は主張するが、ダリウスは少々様子を見た方がいいのかもしれないと心に刻んだ。

 そんなダリウスにかまわず、蛍は清々しく前を向く。


「葵にも俺にもやっと居場所が見つかったし、こうして立派な仕事ももらえた。もう少し陛下やニーナ──、いや、ニーナ様の下で働いてみたいなって思います」

「そうか」

 それはそれでいいことだ。


「お前達二人も若いしな。とにかく葵の気持ちを尊重して──」

「まー、葵は俺のことを愛しすぎてるんで案外早く結婚するかもしれないっすけどね!」

「………………お前のようになれたらさぞかし人生が楽しいだろうと思うよ……」


 ポジティブ馬鹿を見習いたい気持ち半分、見習ってはいけない気持ち半分だった。



 ────────────── ※ ──────────────




 婚礼の夜に着るという白の単衣に身を包み、紅いアンタリをふわりと肩に羽織る。

 鏡に映る葵に焦点を合せながら、話を聞いたニーナは唇を尖らせた。


「私はべつに気が変わったりなんてしないけどな~」


 鏡台の前でせっせとニーナの髪を梳ってくれていた葵は、呆れたように顔を上げる。

「気が変わるのはニーナではなくて陛下のことですわ。時間が経てば陛下はあなたのためを思って結婚を白紙に戻すかもしれませんもの。九天様はそれを阻止なさりたいのでしょう」

「え、私離婚されるの? そんなのやだよ」

「そのための今夜ですわ。内容がどうであれ、正式に形どおりの初夜を済ませればあなたは押しも押されもせぬ妃。陛下も後宮から放り出したりできませんもの」


 放り出せば臣下がこぞって連れ戻しに来るに違いない。結婚しないままだとダリウスはニーナに健全な職を斡旋し、自由の身にさせてしまう可能性がある。

 納得し、ニーナは鏡の中の葵に力強くうなずいた。


「分かったよ葵ちゃん、頑張って既成事実作ってくるよ」

「既成事実ですから特に頑張ることはなくてよ。どちらかというとあなたは大人しくしておいた方がよろしいと思いますわ」

「じゃあ空気読んで王様に失礼のないよう万事控えめにやってみるよ」

「一つとして出来そうなものが無いですわね……」


 不安そうにつぶやく葵は櫛を化粧箱に戻し、立ち上がったニーナの腰帯をかいがいしく直してくれる。


 蛍を止めに屋根に上ったあの日から、葵は瑞の衣装を身に着けていない。


 今日も生成きなりの長衣に落ち着いた青のアンタリを腰に巻いている。すっかりラージャムの女官姿であり、これ以上一本たりとも切りたくないと泣いていた髪ももうざんばらではなかった。

 短い髪もあるが全体的に肩のあたりでそろえられており、今は一つに結って丸くお団子にまとめている。

 すっかり吹っ切れた様子の葵が嬉しくて、ニーナは微笑んだ。


「私が葵ちゃんの侍女になる予定だったのに計画が狂っちゃったね。葵ちゃんになら一生懸命仕えられると思ったのに」


 お姫様育ちと思えないほど世話を焼いてくれ、万事気配りの行き届いた葵を見るとニーナは自分に侍女は無理だったのではないかと思う。


「ですから最初に申しましたでしょう? あなたがわたくしに仕えるよりも、わたくしがあなたに仕える方がはるかに簡単だって」


 葵はくすりと笑い、黒い目を細めた。


「……ニーナには本当に感謝していますわ。もう添え髪をつけることはないでしょうけど、あなたの気持ちがどれだけわたくしを慰めてくださったか──」


 切られた髪は今も葵の手許に残してある。

 今後どうするかは分からないが、その判断を葵に委ねることができただけでもニーナは満足だった。


 葵は感謝の意を表すように深々とこうべを垂れ、晴れやかに顔を上げる。


「それでは陛下のお部屋へ参りましょう、ニーナ様」

「うわぁ、その呼び方イヤだ!」

「当然ですわ、人前のみに決まってますでしょう?」

「本当? よかったー!」


 せっかく友達になれたのに一線引かれてしまうのは悲しい。

 目を合せて微笑み、支度を整えたニーナは葵に付き添われ部屋を出る。


 部屋の外では宰相が派遣した本宮の女官や兵士を従えた九天が待っていて、皆がひざまずいて仰々しくニーナを迎えた。


「お迎えに参上いたしました、ニーナ様。陛下のお部屋へご案内いたします」


 後宮には国王の部屋があり、婚礼の夜には花嫁がそこへ参ずる──というのが後宮の慣例だ。

 煌煌と輝くしょくを持つ葵や女官達に先導されながら、ニーナは一歩前を歩く九天に話しかけた。


「みんながいなくなるとやっぱり静かだね~。ちょっと寂しいかな」


 繚乱後宮に残った花嫁候補は妃に選ばれたニーナと侍女となった葵だけだ。

 全員がこの三日のうちに故郷へと帰り、後宮はとても静かになっている。


「あれから薫子さん、負けに納得してくれた?」


 詳しいことは知らされていないが、薫子はかなり帰国を渋っていたらしい。

 事に当たったという九天はふんと鼻で息をし、その後のことを教えてくれた。


「納得も何もニーナ様は正々堂々と勝負して勝ちましたからね。文句は言えませんし、ニーナ様の侍女としてなら後宮に残ってもいいですよとお伝えしました。とても残りたそうだったのでよかれと思いご提案してみたんですが、帰国を選ばれましたよ。あー、残念残念」

「九ちゃんってけっこう好き嫌いが激しいよね……」


 好きな人間には心底優しいが、嫌いな人間には徹底的に容赦がない。

 少々薫子が気の毒でつぶやいたが、九天は表情を変えずに言い捨てた。


「本気で妃になりたいなら根性出してあなたの侍女として残ればよかったんですよ。勝負の結果に納得いかない、陛下への暴言は頭に血が上っていたからとか言い訳するなら最初から言うなっつーの!」

「九ちゃんは本当に王様が大好きだね~」


 きっと、本人が自覚する以上にダリウスに心酔しているのではないだろうか。

 また照れ隠しに反論してくるかと思ったが、意外にも九天は神妙に押し黙った。


 先導の女官から少しだけ距離を置き、静かに口を開く。


「申し訳ありませんでした。ニーナ様」

「何が?」


 謝られる要素は一つもないが、九天は心苦しそうにうつむいた。


「あなたを妃にしたいがために、僕はあなたを危険に晒しました」

「そうなの?」

「そうなんですよ」

 すっとぼけたニーナの返事に苦笑し、九天は黒い目を伏せる。


「一歩間違えればニーナ様は本当に死んでいたかもしれない。でも、うまく怪我をしてくれれば陛下は必ず責任を取ってあなたを妃にする。だから蛍さんに射手を止めるのはニ、三本射ってからにするよう言いました。死なない程度にあなたが怪我をしてくれればいいと念じていたんです」


 ニーナが無傷であるよりも、怪我をした方が妃となれる可能性が高い。

 腕だろうが脚だろうが、どこを欠損しても、それこそ一生起き上がれなくなってもかまわない。

 九天にとってニーナの身体が傷つくことなどどうでもよく、ダリウスが責任を取る口実さえ作れればそれでよかったのだ。


「……でもそんなやり方であなたを側に置いて、陛下が幸せになれるはずがなかったんですよね。僕も今となってはあなたが怪我なく勝負に勝ってくれてよかったと思ってますよ」

「ほえ~、そんな計画だったんだ。さすが九ちゃん、全部上手くいったね!」

「え!? そういう返事!?」


 軽っ、と仰天されたがそれ以外に言うことはない。


「だって実際に私怪我してないし、ちゃんといろいろ成功したならいいんじゃない?」

「いやいやいやいや、命の危険がほんの少しでもあるなら実行に移すべきではないでしょうが! 失敗したら取り返しがつかないんですよ!?」

「えー、気にしなくていいよ。私は成功して終わったことなら反省しない。一か八かでも成功したら話は終わりでいいと思う」

「おおっとニーナ様、それダメ人間の見本ですよ。名君は成功からも反省を学ぶものです」


 それ以前に、取り返せない失敗の可能性があるなら実行してはいけない。それが賢人というものだ。

 だがニーナは声を上げて笑った。


「私はちょっとでも可能性があるなら挑戦するよ。やってみないと分からない。だから私は九ちゃんのしたことがすごく嬉しい。やってくれてありがとうって言いたいよ」


 事前に計画を聞いていれば迷わず推奨しただろう。「いいよ、やって!」と。

 なぜなら、危険だと判断し事前に中止していればこの成功は存在しなかった。

 薫子が側室となり、ニーナは去り、蛍は薫子を殺すまで狙い続けただろう。挑戦したからこそ今があるのだ。


「だから九ちゃんが謝ることは何もない。私はこれでよかったと思ってるよ」


 誰も怪我などせず、全てがあるべきところに納まった。

 これ以上ない最高の結末ではないか。


「ニーナ様……」


 九天は呆然としてたが、ニーナの笑顔に観念したのか深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。打ち明けるのが怖かったんですが正直に言ってよかった。あなたと陛下はとことん正反対ですよ」

「そう? いいことだね。その方がきっとうまくいくよ!」


 自分にはできない発想の人間が側にいることで、新たに現れる道もある。



 そうして、自分一人だった世界が広がっていくのだから──────。



 大きな両開きの扉が開かれ、ニーナは頭を垂れる九天や葵、すでに到着していた蛍、そして大勢の女官や兵士達が居並ぶ中を誇らしく堂々とした足取りで進んだ。


 きっと自分は過去最高に美しい笑顔をしているに違いない。


 なぜなら部屋の中央で佇んでいた、自分の夫となる男が圧倒されたように見惚れている。


「王様!」

「ニーナ」


 駆け寄り、その広い胸に飛び込めば軽々と抱き上げられた。

 背後で音もなく扉が閉まり、二人きりになった部屋でニーナを抱いたダリウスは困ったように口ごもる。


「いらっしゃい……じゃないな。こういう時はどう言えばいいんだ?」

「熱い夜を過ごそう、でいいと思います」

「過ごさない! 言っておくが何もする気はないからな?」

「えー」

 残念、と言えば「もっと自分を大事にしろ」と諭されるに違いない。


 硝子細工でも扱うように優しく寝台に降ろされ、寝転んだニーナは機嫌よく隣にいるダリウスの腕に頭を乗せた。

 不意打ちの腕枕に驚いたようだが、ダリウスは拒否することもなくそのままにしてくれる。至近距離で向かい合い、ニーナは照れながら笑った。


「えへへ。私、腕枕なんて初めてです」

「そうか。私もしたことはないな」

 穏やかな返事にニーナはふふっと可愛らしく微笑む。

「けっこう高さがあるし硬いし寝にくいし、されて嬉しいもんでもないですね」

「君は本当に男の夢を壊すのが上手だな!」

「あ、このままでいいです。外してもらいたいわけではないので」

 文句ではなく単なる感想だ。


 機嫌よく距離を詰め、ニーナはそういえばと目を上げた。


「最近思い出したんですけど、九ちゃんから選考会の二日目ぐらいに予兆の話をされたんです」

「予兆?」

「はい。本当に運命の人なら会う前に分かるんだそうです。会う前に普通とは違う何かを感じられるはずだって」


 ダリウスの母である太后の持論だ。


「私、花嫁候補に選ばれる日の朝、何かが起こる気がしましたよ」


 初めての客を取らされることと解釈していたが、現れたのが九天だったのだから、あれはダリウスの元へ来ることを暗示していたのだろう。

 ニーナの背に腕を回し、ダリウスもしばし黙考した。


「……そういえば私もだな。急に腰帯が切れて、何事かあるのかと思った。いい予感ではなかったんだが」

「九ちゃんは直感でも胸騒ぎでも夢見でも、嫌な予感でもいい予感でも何でもありだって言ってました」


 とりあえず何かが起こることだけを感じ取れればいいのだ。

 お互いに予兆があったことを知り、ニーナはダリウスを見上げる。



「じゃあ王様と私は運命ですか?」



 どちらか片方ではなく、二人ともに予兆があったのなら。



 もうすぐ出逢うよ、と運命が教えてくれたのだろうか────。



「……そうだな。本当に運命なのかもしれない」


 同じことを考えたのか、ダリウスが微笑む。


 見つめ合い、どちらからともなく、自然と。

 なんとなくそんな雰囲気になり、ダリウスがニーナの上にゆっくりと覆いかぶさった。

 それは唇が触れあうだけの優しいキスだったが、額を合せたダリウスはそっとささやく。


「名前で、呼んでもらえないか?」


 たしかに「王様」ではあまりに他人行儀だ。


「ダリウス、様……?」


 胸が高鳴り、高揚のあまり声が上擦る。

 頬を火照らせ名を呼んだニーナに、ダリウスは金色の瞳を細めた。


「──ニーナ……」


 ずっとそう呼ばれていたはずなのに、何かが違う。

 どうしようもない嬉しさにニーナはダリウスの首に腕を回し、その逞しい身体を引き寄せた。


「ダリウス様」

「ニーナ」

「ダリウス様……!」

「ニーナ………………、ニーナ──────って!! なぜ服を脱ぐ!?」


 叫ばれ、片手で帯を解いたニーナはきょとんとしてダリウスの腰帯にも手を掛ける。


「え? 要するにそういうことですよね?」

「違う違う違うっ! 何でそうなる!?」

「いえ、離婚されるのは嫌なので既成事実を作ろうかと……」

「実際にやったら既成も何もただの事実だろう!?」

「あ、じゃそれで」

「それでじゃない! あっ、ちょ、待っ、ニーナ!」


 しゅるっと衣擦れの音がして、引き締まった上半身が露わになる。


「すごい、王様! じゃなくてダリウス様! すっごく鍛えてますね!!」

「ア──────────────ッ! ちょっと待った、ちょっ、誰か来てくれ!!」

「さあダリウス様、熱い夜を過ごしましょう────────!!」




 誰か、誰かああああっ! という切羽詰まった悲鳴が響き、部屋の外で待機していた九天や葵、蛍が突入するか否かでかなり悩んだ……と聞いたのは翌朝のことだった。







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― 新着の感想 ―
[良い点] キャラが突き抜けてて最後まで読んでいて気持ちよかったです。 ダリウスとニーナの会話が元気で楽しかったです〜! 葵と蛍も幸せになれたようで嬉しいです。 [一言] 素敵なお話をありがとうござい…
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