第十一章 根本的に星の向こう側には③
「こ、これって、まさか」
「……ああ。恐らく舞波の分身体達が暴走しているんだろうな」
鬼気迫る昂の集団を前にして、事態を把握した拓也と元樹は呆気に取られてしまう。
「ただ、今回、舞波は複数の分身体を編み出す魔術を使っていなかった。突如、舞波の分身体達が現れたのは、極大魔術の維持を阻止するためかもしれないな」
その揺らぎない魔術の本家の者達の意思に応えるように、元樹は状況を照らし合わせながら応える。
「極大魔術の維持を阻止……?」
「黒峯蓮馬さん達は、舞波の極大魔術に苦戦している。だから、舞波の動きを止めるために仕掛けてきたんだろうな」
拓也の躊躇いに応えるように、元樹は今までの謎を紐解いて推論を口にした。
「そんなことはどうでもいい! いつの間にか、我の影武者達が一致団結しているではないか!」
「……おい。自分で分身体を消すことは出来ないのか」
不愉快そうに顔を歪めて高らかに訴える昂に、拓也はうんざりとした顔で冷めた視線を向ける。
「ふむ……。何故か、今回も我の影武者達を消すことが出来なかったのだ……」
「以前、舞波の魔術が暴走した時と同じように、舞波が自身の分身体を消すことが出来なかったのか。どんな魔術を使って、舞波に自身の分身体を消すことが出来ないようにしているんだろうな」
昂の悲哀を込めた訴え。
元樹は敢えて、昂の意見を重く受け止める。
昂の分身体達が突如、現れた現象といい、気がかりが残る案件だ。
拓也と元樹は顔を見合せると、これまでの情報を整理していく。
「何度見ても不思議な魔術だな」
元樹が反射的に視線を向けた先には、困惑の色を示す輝明の姿があった。
「舞波昂という魔術の使い手と黒峯家が管理していた魔術書によって生じた現象か。分身体を複数、増やすという魔術。その魔術に手を加えることができるのは、魔術書を管理していた黒峯家の者かもしれないな」
「……へえー、面白い手品じゃねぇか」
昂の型破りな魔術を利用した者への解釈。
核心を突く輝明の理念に、焔はそれだけで納得したように表情に笑みを刻む。
主従関係を結んでいる輝明と焔。
それぞれ、個性も指標も考え方も違っていたが、その剽悍さは昂の及ぶところではないように拓也には思えた。
しかし、肝心の昂はそれらのことを全く気にせずに話をひたすら捲し立てまくった。
「「「我らは舞波昂の妨害に屈せずに、舞波昂の魔術書を奪うのだ!!」」」
「おのれ~! 我の影武者達が勝手に現れただけではなく、暴挙に出ようとしているではないか!」
昂は憤懣やる方ないといった様子で、昂の分身体達との抗戦を続ける。
「……魔術の本家の人達も、強引な手段を使ってくるな」
「はあ……。舞波の魔術の効果を解かないといけないな」
傍若無人な昂の分身体達の有り様に、拓也と元樹は辟易した。
「今回も魔術道具なら効果があるかもしれないな。今すぐ、舞波の分身体を全て消してくれないか!」
元樹は咄嗟に魔術道具をかざすと、決意を込めた声でそう告げた。
魔術道具の放った光が消えると、昂の集団は跡形もなく、消え去っていった。
「助かったのだ……」
「本当に、先行きが不安だな」
踏んだり蹴ったりの状況。
拓也は安堵の表情を浮かべた昂を見据えると、忌々しさを隠さずにつぶやいた。
元樹が不満そうな拓也を横目に見ながら、ため息をついて言う。
「舞波の分身体達は全て消えたことだし、とにかく一度、状況を整理しよう」
言うが早いが、元樹は煮え切らない様子の昂へと視線を向ける。
「むっ、仕方ない。我の影武者達が再び、反乱を起こした失態も気になるからな」
元樹の声に応えるように、昂はその場に留まる決意を固めた。
「黒峯蓮馬さんの目的は、あくまでも綾を完全に麻白にすることができる魔術を行使することだ。だけど、今は輝明さんの加護がある。綾を完全に麻白にすることはできない。だけどーー」
元樹はその後に続く言葉を口にすることを躊躇う。
だが、それでも形にする。
「極大魔術の維持を阻止されたら、今度は輝明さんの加護を封じるための対抗策を講じてくるかもしれないな」
元樹はあの時、陽向達が使っていた魔術を警戒する。
綾花を完全に麻白にすることができる魔術。
その魔術の効果を、元樹は前に起きた現象で否応なしに目の当たりした。
前回、麻白の心が強くなった際に対処できたのは、綾花が進に変わることができたためだ。
それに今回は輝明の力の加護もある。
玄の父親達がその魔術を使っても、意味を為すことはない。
だが、輝明の力の加護の効力を見定めている節がある。
加護が途切れた瞬間を狙って、綾花を完全に麻白にすることができる魔術を使ってくるかもしれない。
「そっか。舞波の分身体達が勝手に出てきた上に、舞波の意思に反して暴走するのは辛いな」
状況がいまいち呑み込めず、拓也は苦々しい顔で眉をしかめた。




