7. 地上の太陽
それから1週間後。
JAPANロボットプロジェクトチームから、
会社宛てにセレモニーの招待状が届いた。
今川、磯屋、真浦の3名が代表して出席することになった。
招待状には、
「ついに、日本初|核融炉原子力発電所始動!」と書いてある。
最寄り駅に到着すると、3人はタクシーに乗り込んだ。
「核融炉原子力発電所までお願いします」
磯屋が行き先を伝えた。
「お客さんたちも、開幕式に出席するのですか? 」
運転手がミラー越しに訊ねた。
「はい」
今川が短く答えた。
「ご苦労様です」
運転手が軽く頭を下げた。
タクシーが、核融炉原子力発電所手前に差し掛かった時だ。
目の前を、プラカードを掲げながら、
道いっぱいに広がり行進している団体が通り過ぎた。
「あの看板を見てください。
核融炉原子力発電所建設反対と書いてあります」
磯屋が、核融炉原子力発電所の敷地入り口付近に
建てられた巨大な看板を指差すと言った。
タクシーが、看板の横を通り過ぎた時、
人ごみの中から、汚い言葉のヤジが聞こえた。
タクシーは、核融炉原子力発電所の手前で停まった。
タクシーの運転手が、
鉄門の前にいた警備員に通行証を見せると、
鉄門がゆっくりと開いた。
鉄門を通過すると、
数台の監視カメラが一斉にタクシーをとらえた。
玄関の前でタクシーを降りると、
軍服姿の背の高い男が、
3人の方へ向かって歩いて来るのが見えた。
よく見ると、人間の男ではなく、
男性型ヒューマノイドだった。
「株式会社ゼウスニア御一行様ですね?
お待ちしておりました。専用カーまでご案内します」
その男性型ヒューマノイドは、
3人を専用カーの前まで案内すると来た道を戻って行った。
「専用カーで移動しなければならないほど、
広大な敷地に建っているということでしょうか? 」
磯屋が、周囲を見渡しながら言った。
それから5分後。専用カーは、
近未来の建物を模した造りの
核融炉原子力発電所の玄関前に停車した。
「ここが、日本初の核融炉原子力発電所ですか? 」
磯屋が言った。
「さあ、行くぞ」
今川が、磯屋の背中をバシッとたたくと言った。
案内板に従い中庭に出ると、開幕式の会場が設置されていた。
3人は、緊張した面持ちで招待者席に着いた。
「JAPANロボットプロジェクトチーム」の席に、
大内望月の姿を見つけて、
今川は思わず、「なぜ? 」とつぶやいた。
「社長。大内弁護士がいらしています」
磯屋が、今川に耳打ちした。
「大内弁護士は、プロジェクトメンバーの1人なのです」
聞き覚えのある女性の声に驚いて横を向くと、
シン・ヤンミョンが、いつのまにか隣に座っていた。
セレモニーの後、今川たちは、
シン・ヤンミョンの案内で施設内を見学した。
3人が目にしたのは、白衣姿のサイボーグたちが働く現場だった。
「あの。これは、いったい、どういうわけですか? 」
真浦が、前を歩くシン・ヤンミョンの背中に向かって訊ねた。
「すでに、お気づきかとは思いますが、彼らは人間ではありません。
遺伝子の組み換えにより、誕生したサイボーグです」
シン・ヤンミョンが平然と告げた。
「そ、それは本当ですか? 」
磯屋がすっとんきょうな声を上げた。
「もちろんです。彼らは、
まさに、最先端技術により生み出された人類の救世主ですわ」
シン・ヤンミョンが、高笑いしながら告げた。
「政府が、公的機関での使用を許可されていない
サイボーグを働かせることを認めるわけがないと思います」
今川が言った。
「私がご説明しましょう」
ドアが開いて、
バイオミティクス研究者の真鍋晃子が姿を現した。
セレモニーにはいなかったことから、
てっきり、無関係と思っていたが、
ここに現れるということは関係しているらしい。
「あなたはたしか、真鍋晃子さんですよね? 」
磯屋が前のめりの姿勢で訊ねた。
「さようです。彼らは、単なるサイボーグではございません。
国の許可を得て製造されたサイボーグです。
ところで、みなさんは、くまむしについてご存じですか? 」
真鍋が、3人に向かって訊ねた。
「いえ、知りません。教えてください」
真浦が生徒のように答えた。
「手短に説明しますと、くまむしのからだは、
放射能に耐えることが出来る構造になっています。
我々は、バイオミミクリーや
バイオインスパイアードの技術を駆使して、
くまむしの構造や特徴を真似たサイボーグを完成させました。
ここにいるサイボーグは、放射能に耐えることが出来ることから、
まんがいち、放射能が、
施設内にもれ出したとしても故障することはございません」
真鍋が流ちょうに説明した。
「サイボーグを働かせるというのは、行き過ぎていると思います。
もう少し、時間をかけて行う必要があったのでは? 」
今川が、真鍋に訊ねた。
「ここに来るまで、反対派のデモを目にしたと思いますが、
あの人たちを説得出来るまで待っていたら、
この国は、世界からおくれを取ることになります」
シン・ヤンミョンが代わりに答えた。
「あの、初歩的な質問ではずかしいのですが、
お訊ねしてもよろしいですか? 」
真浦が訊ねると、
シン・ヤンミョンと真鍋が同時に、「どうぞ」と答えた。
「核融合発電というのは、従来の核分裂発電とは違うのですか? 」
真浦が神妙な面持ちで訊ねた。
真鍋が説明をはじめた。
核分裂は原子爆弾。
核融合は水素爆弾と言えばわかりやすいでしょう。
核分裂発電とは、ウラン、プルトニウムといった重い原子核が、
中性子を吸収して、軽い原子核に分裂する際に発生する
エネルギーを原子炉で取り出して発電します。
一方、核融合発電とは、
軽い原子核の重水素と三重水素を
燃料とした核融合反応を使います。
この反応により、中性子という粒子が
ものすごいスピードでプラズマから飛び出します。
プラズマの周りにブランケットと呼ばれる壁を置くと、
そこに、中性子がぶつかり熱に変わります。
この熱を使って水を沸騰させて水蒸気に変えて、
タービン発電機でまわすことにより電気を作り出します。
反応を維持するためには、
高い高度で長時間、
一定の空間に閉じ込めておくことが必要です。
核融発電は、二酸化炭素を減らし、
より多くの人たちが電気を使えるように
することが目的で採用されました。
燃料の重水素と三重水素は、海水中に豊富に存在するガスなので、
枯渇する心配はなくコストがかかりません。
二酸化炭素や高レベル放射能廃棄物が発生しません。
原子力により、事故が発生しても、暴走しないので安全です。
「核融合とは太陽で起きている状況を人工的に作り出す方法で、
反応を維持するのは技術的に大変困難で、
不具合や調整ミスが
自動的に停止に結びつき再開が出来ない。
三重水素の放射能の管理や放射性廃棄物がネックになって、
実験成功とまでには至っていないと聞いたことがあります。
実験成功はもちろんのこと、
ましてや、核融炉を日本につくるなんてありえませんよ」
今川が言った。
「日本の技術をもってすれば、
この世で、出来ないことはございません」
真鍋が穏やかに告げた。
「トリチウムは、宇宙線と同じで放射能が含まれています。
核実験で人工的に作り出すことが出来ます。
悪いやつらの手に渡れば、核兵器に使用されるかもしれない。
トリチウムと重水素を融合させるとなると、
関わる人間には、白血病や脳腫瘍のリスクがあります」
今川が訴えた。
「まんがいちの場合は、
サイボーグたちが、その身をていして壁となり
外への放射能もれを防ぐことになっています。
ですから、放射能汚染という惨事は99%ありません」
シン・ヤンミョンが自信満々に断言した。
「案内して頂きありがとうございました」
「気をつけてお帰りください」
3人は、エレベーター前でシン・ヤンミョンと
真鍋の2人と別れてタクシー乗り場へ向かった。
専用カーに乗るとすぐ、元来た場所に到着した。
今川は、タクシーを待つ間、ふらりとトイレへ向かった。
トイレから出ると、大内が、
トイレの前の壁に寄りかかって待ちかまえていた。
「何かご用ですか? 」
今川は、注意深く周囲をうかがうと小声で訊ねた。
「聞きたいことがあって待たせてもらった」
大内が耳打ちした。
「タクシーを待たせていますので、手短にお願いします」
今川が告げた。
「おたくは、シリウスというバーのオーナーとは知り合いなのかい? 」
大内が低い声で訊ねた。
「はい。古い友人です。何か問題でも? 」
今川は警戒した。
大内の目が一瞬、意地悪く光ったように見えたからだ。
「あのバーは、闇ビジネスの拠点となっているともっぱら噂だ」
大内が告げた。
「噂は噂です。何の根拠もありません」
今川が即座に否定した。
「一見すると、どこにでもあるふつうのバーに見えるが、
店の奥では、血液の違法売買が行われているらしいぞ」
大内が言った。
「血液の売買ではありません。
ドロドロ血液を体外に取り出して、オゾンで洗浄した後戻す
血液オゾンバイタル療法というものですよ」
今川が反論した。
「その血液オゾンバイタル療法を受けた客が、
会社の資金繰りに困っていると
オーナーに相談したら、血液を売ることを勧められたそうだ。
実際に、血液を売ったという者からの証言も得ている」
大内が、「今話題のセレブが通う隠れ家的バー、シリウスは、
闇商売のアジトだった?! 」
というタイトルがついた記事が載った新聞を今川の鼻の前につき出した。
「こんなガセネタを信用しろというのですか? 」
今川が訊ねた。
「この新聞社は、完璧な取材をすると有名だ」
大内が答えた。
「たぶん、違うとは思いますけど、本人に確かめてみます」
「取り返しのつかないことになる前に思い留まらせた方がいいぞ」
「教えてくださりありがとうございます」
今川は、不本意ながらも頭を下げた。
「おたくが、説得に失敗したとわかった時点で警察に通報する。じゃあな」
大内は、周囲をうかがうようにして、どこかへ歩いて行った。
急いで、タクシー乗り場へ戻ると、すでに、タクシーが到着していた。
「おそいですよ。お腹でもこわして、個室から出られなかったのですか? 」
真浦が言った。
「違う。その辺を散歩していた」
今川が耳まで赤くして否定した。
「急いでください。
新幹線に乗りおくれてしまいます」
真浦がせかした。途中、核融合炉原子力発電所建設反対派のデモ隊とすれ違った。
「ちょっと、止まってください」
今川は、そのデモ隊の中に、東元の姿を見つけるとタクシーを止めさせた。
「東元さん」
今川はタクシーから降りると、東元のもとに駆け寄った。
「誰かと思えば、今川社長ではないですか。なぜ、ここに? 」
東元が決り悪そう言った。
心なしか、顔がやつれて、白髪が増えたように見える。
「核融炉原子力発電所のセレモニーに参加した帰りです。
東元さんこそ、こんな所で何をしておられるのですか? 」
今川は、東元がとっさに、
何かを後ろに隠したのを見逃さなかった。
「反対派の集会があったんです。
我が社の株主には、
核融炉原子力発電所の建設反対派が多いんです。
だから、現政権の方針に背くことになったとしても、
反対派を支援しなければなりません」
東元が、プラカードを見せると言った。
「誤解しないで頂きたい。私は中立派です。
仕事上の知人から招待を受けたので、やむを得ず出席しただけです」
今川が必死になって、言い訳した。
「政府が、国内のロボットメーカーを統括することになったそうですが、
社長のところは、
核融炉原子力発電所関連の仕事を命じられていませんか? 」
東元が訊ねた。
「今のところは、お話を頂いておりません」
今川が答えた。話が来てもことわるつもりだ。
それというのも、会社の経営理念とは異なるからだ。
「それを聞いて安心しました。しばしの辛抱です。
建設反対派の党から、総理大臣が誕生した暁には、
人間ファーストのムーブメントが起こるでしょう」
今川は、東元と固い握手を交わした。
それから、近いうちに会うことを約束してその場は別れた。




