第9話 ホームステイが来た
ある朝、恭平は鏡と睨めっこをしていた。
髪の毛を引っ張ってみたり、顎をさすってみたりして、自分の顔を観察する。
一通りチェックすると、最後に笑ってみせた。
「ナルシストかお前は」
頭の後ろから押さえつけられ、鏡に額をぶつけてしまう。
何事かと背後を見ると、そこにはセットが決まっていない不機嫌な姉がいた。
「何すんだよ」
「じゃまよ、忙しいこの時間に洗面所を占有するな。あんたみたいのには不要な行為だわ」
姉から蹴りを入れられ、強引に洗面所から追い出される。
そこで、気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、俺って最近変わった?」
「はぁ? 何言ってんのよ、いつもと変わらないでしょ」
「やっぱりそうか……」
「何? 好きな子ができておしゃれに目覚めた?」
姉の言葉を無視して洗面所を後にした。
準備をしてリビングを通って玄関に行こうとした時、何か不審なものが目に入った。
長い金髪が特徴的で、いつも食事をするテーブルに着く人影がある。
「お母さま、このパン美味しいです」
「あらー本当? ただの市販のパンだけど、いっぱい食べてね」
満面の笑みを浮かべて、焼いてすらない食パンそのままを齧る女性がいる。
そんな彼女に近づき首を引っ張り、テーブルから引きずり落した。
「おい、なんの冗談だ?」
「今日は積極的ですね」
「積極的じゃねぇ。なんで、お前が、平然と、朝食食ってんだよ――」
手に込める力を強くしていく。
それでも幸せそうに食パンを齧る姿はすがすがしさを感じる。
「ふふふ、恭平はエクレールさんと仲良しなのね」
「これを見て仲良しだと!?」
母が2人の様子を見て微笑んでいる。
そんな様子をみて恭平はうんざりした様子で母親を見返していた。
「酷いですね、恭平はいつもこんなに美味しいものを食べていたのですね」
「いや。もっと美味しいもの食べてるからな」
こちらのやり取りを見ている母親の表情がこれ以上なくだらしくなっていくので、エクレールを抱えたままリビングの隅へとやってくる。
十分テーブルから引き離したので、恭平は手を緩めエクレールを開放した。
「お前、本当に何やってんの? 家族に姿見せたらダメだろうが」
「そんな事よりこの姿を見てください」
エクレールはその場でくるりと1回転してみせる。すると、長い金髪と履いていたスカートがふわりと浮いた。
「どうですか!」
「一体、何がどういうことなの?」
エクレールは人差し指を軽く自分の唇を触ると、左右に揺らして見せた。
「見てわからないのですか?」
「いや、わからん」
「この服可愛いでしょう」
ピンクのブラウスに茶色のフレアスカートといういでたちのエクレールは、いつものような粗末な布は身につけていない。
そんな様子にご満悦なのか、柔らかく微笑んで見せる。
「エクレールちゃん、可愛い! よく似合ってるよー」
「お姉さま!」
リビングに入ってきた姉が開口一番に言う。姉は身なりを整え、スーツ姿になっている。
エクレールの様子が嬉しいのか小躍りしていた。
「ありがとうございます、お姉さま。このように可愛い衣服を下さるなんて」
「いいの、いいの。可愛いエクレールちゃんのためだもの、私の服も喜んでいるに違いないわ」
姉はエクレールに抱きつくと頬ずりしている。
そんなスキンシップが嬉しいのか、エクレールも頬ずり返していた。
「いや、服装はどうでもいいよ。なんでお前がここにいるの!?」
恭平の言葉に姉は不機嫌そうに唇をとがらせた。
「あんた忘れたの? エクレールちゃんは家にホームステイに来てるんでしょ。しばらく一緒に住んでいるのにそんな言い方はないんじゃないの?」
「そういう設定かよ……」
姉とエクレールがじゃれているのを見ながら、恭平は頭を抱える。
これは魔法の力に違いない。だが、どう抵抗すればいいのかが分からない。
「よかったわね、恭平。これで彼女がいない寂しさを紛らせることができるでしょ。でも、手を出したらダメよ」
「そんなことはしない」
「本当にー?」
ニヤニヤ笑う姉の顔を押し返しつつ、恭平はうんざりと顔をゆがませる。
それから、エクレールへ視線を向けてアイコンタクトを行った。
(廊下に出ろ)
(嫌です)
(いいから)
恭平が廊下に出ていくと、エクレールは一礼してからその後についていく。
「ヒューヒュー! 何? 何? 実はもうそういう関係なの?」
リビングから姉が囃し立てていた。
廊下に出たエクレールに対して、恭平は覆い被さるようにして壁に手を突く。 その様子にエクレールは恭平を真正面にとらえた。
「これが噂に聞く壁ドンですね」
「違う。これは一体何のつもりだ?」
恭平は睨みつけ怒りを露わにする。
エクレールはそんな恭平の頬をつんつんと突く。その手を恭平は叩き落とした。
「俺は、本気で、聞いている」
「恭平ばかりずるいです」
「ずるい?」
「そうです。美味しいものを食べて、着飾って、おしゃべりとか私もしたかったです。人間という生活をしたいのです」
少し俯くエクレールに恭平の顔も次第に平静になっていく。
「はぁ……そうは言うが――」
「もう既成事実はできました」
「わかったよ。だけど、大人しくしろよ」
「それで、どうですか?」
はあとため息を吐く恭平に向かって、エクレールは奇妙なポーズをとる。
そんな不可思議な行動に、首を傾げた。
「わからないのですか? この服です。どうです、似合っているでしょう」
「似合ってるよ。俺は前の布切れの方がエロくてよかったが」
「剣の精霊をそんな劣情を抱いて見ていたなんて、不潔ですね。スケベです。エロティシズムです」
恭平はかべを突いていた手を離すと、エクレールの両肩に手を置いた。
「男は例外なくスケベなんだよ」
「突然何を言い出しているのですか?」
手を放し、エクレールに背を向ける。
「何でもいいから問題は起こすなよ」
「わかりました」
恭平はリビングへ戻り、登校の準備を始める。
その横では姉とエクレールがじゃれていた。
「じゃ、行ってきます」
「車に気をつけなさいよー」
母親の声を聴きつつ、準備を終え玄関を出ていく。
家の外に出ると、恭平は大きく伸びをしてから学校へ向けて歩き出した。
(私を置いていくとか酷くないですか?)
霊体となったエクレールが恭平の背中に抱きついてくる。
そんなエクレールを無視しつつ、恭平は口を開いた。
「その服も透明になるんだな」
(何ですか? もしかして、霊体になると衣類が脱げて私が裸になることを期待していたのですか?)
「ああ、そんなところだ」
いい加減な回答にエクレールはむきになって抗議していたが、恭平は無視して学校へ向かった。




