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分岐点





「今日の二十一時、君たちの学校の三の一の教室に来てくれ。鍵は開けておく」


 追記された謎のラインの指示に従い、俺は夜九時に学校に忍び込んだ。夜の学校は敷地に入ることは難しくなくても校舎に入ることは難しい。外界とつながる出入り口や窓はすべて手施錠されるからだ。しかし、ラインに書かれていた通り、校舎の玄関は施錠されていなかった。

 すでに校舎は闇の中だ。職員ももうすでに帰宅している。

 どうやら鍵をかけ忘れた間抜けな職員がいたらしいと、背中に汗の球が滑り落ちるのを感じながら、ひきつった笑みを浮かべた。


 階段を上る途中、三の一の教室の方から物音が聞こえてきた。どうやら先客がいたらしい。俺は物音を立てないように階段を上りきって、開いているドアの隙間から教室の中の様子を見ようと試みた。だがどうやら俺が近づいてきていたことにも先客は気付いていたらしいく、暗闇の中で目が合った。


 「ようコウスケ、お前も呼ばれたのか?それとも、もしかしてこれってお前の仕業だったりするのか?」


 ユウタだった。どうやら少々疑心暗鬼になっているらしく、俺に向かって鋭い視線を突き付けている。だが、俺も同じことを考えていた。あれだけの写真を隠し撮りできるのはこいつくらいだろうと思っていた。だがどうやら違うらしい。


 「俺も多分お前と同じ理由でここに来た」


 そう言って証拠のラインを見せる。

 ユウタはそれを確認すると一度頭を掻いて同じようにスマホを取り出してラインを見せてきた。送られてきた相手は全く同じアドレスだ。


 「お前が犯人であってくれたなら、話しは簡単だったんだけどな」


 大きくため息をつきながらユウタがぼやいた。まったくの同意見だ。これで犯人捜しは振出しに戻ってしまったのだから。

 気が滅入ってしまったのか、ユウタが頭を掻きながらぼやいた。


 「はぁ、こんなこと、本当にあるんだな」


 「何が?」


 「誰かわからない相手から脅迫メールがくるってこと」


 「バカ野郎、それは漫画かゲームの話だ。そんな話が現実にあってたまるかよ。絶対何か裏があるはずだ」


 ユウタの震え声を聞いていると俺まで気が滅入りそうで、自分の気を立たせるためにも俺はそう言いながらスマホのライト機能をつけてあたりを見回す。

 そんな行為もただの気休めでしかなかったが、何もしないよりもよっぽど楽だった。

 一通り見まわし、放課後の教室と変わりないことを確かめた後、縮こまるユウタに近づき訊いた。


 「お前が来た時、施錠はされていたか?」


 「え?ああ、玄関のこと?開いていたよ。俺そん時はお前が犯人だって思ってたからさ、絶対にどこかに隠れてるって思って校舎は一通り探したんだ。ただ開いてたのはここと玄関だけ。職員室も全部しまってたよ」


 俺はそこまでの話を聞いてあごに手を置いてなるほどと深く頷いた。まぁ、その行為にあまり意味はない。


 「犯人でも捜すつもり?無理だよ。男か女かもわからない。目的もわからない。わかっているのは謎のアドレスだけ。あぁ、無謀だ」


 「おまえなあ、そこまで卑屈になるんじゃねえよ!この空気を何とかしようとする俺の気持ちにもなれ!」


 「はぁ、俺たち、いったい何をやらされんのかなぁ?」


 「おい、なにも起こっていないうちからあきらめてんじゃねえよ。いつものお前みたいに少しは能天気になれよ」


 「あぁ!俺たちはもう終わりだぁ!」


 「おい!いい加減に――――」


 ピリリリリィィィ。


 「「うわああぁぁっ!?」」


 突然の着信音に驚いた俺たちは転がりながら回避行動をした。


 「コウスケもやっぱビビってんじゃん」


 「うっせ!っていうかどこから着信音聞こえる?お前じゃね?お前だろ!」


 「はっ!?う、うそっ…………いや、違う。俺のじゃないぜ。ほら」


 「ん?ってことは俺のか?なんだよどうせならユウタの方にかけてくれよ。あ、俺だわ」


 俺のスマホがラインの無料電話の着信状態になっているのを確認すると、ユウタが隣でいろいろぶつくさ言ってきたが無視を決め込む。少しはいつもらしい空気になっただろう。

 そして着信ボタンを押す構えをとってから、一度大きく深呼吸をした。

 ユウタと顔を見合わせ、アイコンタクトで心の用意はいいか確認した。ユウタも一呼吸遅れて深呼吸をして、頷いた。

 それを確認し、俺はもう一度頷いて、着信ボタンを押した。



「やあ諸君、よく来てくれたね」

 

 その声を聴いた瞬間、気味の悪さが塊となって俺たちに襲い掛かってきた。

 電話口から聞こえてきたのは、男か女かも判別つかない声だ。生物が生理的に苦手とする声だと悟ったほどだ。機械によって声色が変えられていることは疑いようがない。


 「あんたは?あんたは誰だ?俺たちに写真を送りつけてきた人間ってことでいいのか?」


 まずは俺が、そう訊いた。


 「うん。そうなるね。あぁ、でも、そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。一度深呼吸をするといい」


 「名前は?名前は何なんだ!?」


 次にユウタが少々興奮気味に言った。


 「名前かい?私は君たちに何と呼ばれてもかまわないと思っているよ。でもこれじゃあ答えにならないか……そうだね、私は少なからず君たちのことを僕の子供のように思っている。だから君たちが望んでくれるのならパパでもママでもいいと思っているよ」


 「「……はぁ?」」


 返ってきた回答に、俺たちは声をそろえた。ふざけているのかこいつは?自分が有利な立場であることをいいことにおちょくっているのか?


 「まぁもしこれが嫌なら、どうぞ私に好きな名前を付けてくれ」


 しかし、続いた言葉に俺は身が凍る思いだった。違う。おちょくっているわけじゃない。自分の本名も、そして偽名すらも言わないつもりなのだ。向こうは完全に自分の存在を隠している。その徹底ぶりに身が凍る思いだった。


 「ずいぶん慎重なんだな」


 …………まずい。頭を埋めたのはこの一言だった。

 自分の正体を一切相手に悟らせないその徹底ぶりに、俺はとうとう自分が本格的にまずい相手と対峙していることを自覚しなくてはいけなくなっていた。

 おそらくだが、電話の向こうの相手は、俺たちのような中学生が束になっても敵うような相手ではない。

 俺は、一度息をのんだ。


 「だったら、名無しさんでいいか?」


 少しでも俺の心持を立て直すために、精いっぱいの皮肉を言った。


 「ああいいね。実にいい名だ。そう呼んでくれ」

 

 だが、そんな俺の行為も、ただ相手の気味の悪さを演出するだけでしかなかった。

 実際ユウタなんか、気味の悪さでガタガタ震えるだけになって動かない。


 「なぁ、姿も見せないし、声も聞かせない。姿を現さないんだったら、どうしてここにしたんだよ。施錠を解いたのもあんたなんだろ?施錠を解かなくちゃいけない分手間だろ?」


 「あぁ、それについては君たちが知っていてなおかつ人がいないという条件に一番当てはまったからでしかないよ。施錠を解くこともそれほど手間ではないしね。姿も見せないし声も聞かせないというのはアンフェアだが、来る時がくれば見せるし聞かせる。今はしばし我慢してほしい」


 しかし未知の相手との対面に不安を抑えられるはずもなく、ユウタが俺のスマホに向かって叫んだ。


 「ふざけんな!アンフェアだと思っているのなら顔ぐらい見せろ!何なんだよあんたは!いったい何が目的なんだ!?」


 「落ち着いてくれ。私は君たちの敵でありたいとは思っていないんだ」

 

 「はぁ?あれだけ写真を送ってきて脅迫してきたくせに何を言っているんだ!?」


 「あぁ、あの写真は今日君たちをそこに集めるために使ったに過ぎないよ。私は君たちを脅迫するつもりなんてない。ただ、あの写真で勘違いさせてしまったのならそれはこちらの落ち度だ。素直に謝ろう」


 その受け答えをしているうちに俺たちの感情は恐怖から困惑へと変わった。


 「……だったら、何が目的なんだ?どして俺たちは、こんなことに巻き込まれた?あんたたちの目的は、いったい何なんだ!?」


 「君たちが望む非日常への跳躍を、私が叶えてあげようと思ってね」


 「…………は?」


 続いた言葉に、俺たち二人は同時に同じ声を漏らした。


 「どうゆうことだ?」


 すると機械によって変えられた声に熱が帯び始めた。


 「私は長い間君たちを見てきた。その中で、私は君たちにひかれていったんだよ」


 そして、その声を聴いているうちに、感じていた君の悪さも消えていた。


 「この世界で、日常を退屈に思うものは少なくない。普通の日常をいやだと感じている。特に君たちのように若い子は顕著だ。学校なんかなくなってしまえばいいのにとか、学校に隕石が降ってくればいいのにとか、テロリストがくればいいのにとかね。君たちも考えていただろう?でもね、そういう人間はみんな願うばかりで努力はしない。代り映えのしない日常を壊そうと思っているのにもかかわらず自分では行動しない。誰かに願ってばかりだ。そして壊れてほしいと思っている日常に従順になり、生きていく。そんな人間ばっかりなのだけどね。でも君たちは違った。君たちは非日常へ近づくためにあらゆる行動をした。まあ、私から見ればただの子供のお遊びではあるのだけどね。だが君たちの努力は称賛されるべきだ。君たちは他の人間とは違う。努力をした。非日常を求めて行動した。努力は報われるべきだ。君たちは、非日常の世界へ至るにふさわしい。だからこそ、君たちに声を掛けさせてもらったのさ」


 それはまるで、怪しい宗教団体の勧誘を見ているかのようだった。

 俺たちは二人、顔を見合わせた。互いに一体電話の向こうの人間は何を言っているのだろうと、そんな困惑に揺れていた。

 だがどうしてだろう。


 電話の向こうの人間が謳った言葉に、俺たちの心は強く引き付けられていた。



 「どうだろう。僕に君たちの手伝いをさせてはくれないかい?させてくれるのであれば、私は君たちが望んだ非日常の世界を約束しよう」


 まるで魔法だった。電話の相手が口を開くたびに傾いていく何かがある。

 俺たちの心がまだ傾き来ていないのは、わずかばかりでも身に着けていた常識が必死になって支えていたからだろう。

 うまい話には裏がある。俺たちはそう何度も言われてきたし、俺も何度も経験してきた。今回だってきっとそうだ。何の対価を支払うこともなく、俺たちの望みがかなえられるはずがない。


 「君たちはどうして私が声を掛けてきたのか不思議に思っているのかな?そんなことはない。君たちは日常を壊すための行動をした。だから私は君たちを見つけられた。君たちはもうすでに、支払うべき対価を支払っている。この世でいうところの蛮行という対価をね」


 

 そして、最後までその話に耳を傾けてしまった後、俺は裏がある話だとはもう確信できなくなっていた。

 少なくとも、相手は俺たちに非日常の世界を見せてくれるだろう。そこはすでに確信があった。だって、今この状況がすでに非日常なのだ。

 だから電話の向こうの人間がだれで、信用できるかどうかはともかくとして、俺たちはうなずけば、このくそったれな日常から抜け出せる。


 そう、確信できた。


 どう思考したかはともかくとして、ユウタも同じ結論に達したようで、つきものが取れたような顔でつづけた。


 「じゃあ、俺たちを脅迫するつもりは」


 「そんなことはしないさ」


 力強く返された答えに、俺たちの中で、何かが決定的に傾いた。


 「なぁ、コウスケ」


 ユウタの困惑に揺れていた顔に徐々に期待の色が見え始めていた。


 そんな悪友の顔を見て安心した俺もきっと、同じ顔をしていたのだろう。


 相手を信用できる要素なんて何一つない。それにもかかわらず、俺たちは確かな心の高鳴りを感じていた。


 「あぁ、だけど一つだけ忠告させてもらおう。もしも君たちが非日常の世界を受け入れた時、その世界は君たちがしたくないことも強要する可能性もある。例えばそう、――――殺人とかね」


 だけど、そんな高鳴りは一瞬にして消えた。


 「……は?」


 俺とユウタの顔から一瞬にして期待の色が消え、再び困惑に彩られた。


 「今、なんて……」


 「人を、殺す?」


 「もちろん可能性の話だよ。だけど君たちの望んだ非日常の世界ではそんなことはざらにある。だからこその非日常さ」


 そして先ほどの言葉が訊き間違いでもいい間違いでもないことがはっきりした瞬間、俺たちが対峙している相手のことをようやく思い出したように、胸の奥が震え始めた。狭窄し、息苦しさのあまり口を大きく開いては酸素を求め、額では玉の汗がポタポタと滑り落ちた。ほんの一瞬忘れていた恐怖が、再び身を包み、俺たちの心身を蝕んだ。


 「き、聞いてねえぞ!何だよ!?人を殺す!?できるわけねえだろ!」


 ユウタがまず取り乱して電話に向かって叫んだ。すると機械で変えているのに卑しく笑っていることが分かる声で、電話主は答えた。


 「おや、そうなのかい?そうか、では仕方ない。君たちの写真はばらまかせてもらおうかな」


 電話主は脅迫はしないと抜かした口で堂々と脅迫をしてきたのだ。


 「き、汚ぇぞ!?やっぱりこんなのただの脅迫じゃないか!」


 「脅迫とは心外だね。私はこれでも君たちに手を差し伸べる存在でありたいと思っているのに。それに君たちだって非日常の世界を望んでいたじゃないか」


 「ふざけんな!俺たちは人殺しになりたいわけじゃねえ!」


 「そうなのかい?なら君たちが選べばいい。今ここで頷いてくれるかい?そうしたら私は君たちが望んだとおり、非日常の世界を約束しよう。だが、もしその世界を受け入れる覚悟がないのであれば、君たちは今までの悪事の禊をすればいい。それだけで君たちは元の日常に戻ることができる。ただし、金輪際私が君たちの前に現れることはないだろう。非日常への世界へ至るのはこれが最後の機会だと思ってくれ」


 きっと相手は、俺たちがわめき散らしているのを心底面白がっている。先ほどから俺かユウタが声を荒げるたびに、相手の声はワントーン上がった笑い声を出す。その笑い声が耳から離れなくて、もう最後の方は相手が何を言っていたのかほとんど聞いていなかった。 


 「さあ、どうする?君たちが選ぶのは、非日常の世界かね?それとも、元の日常の世界かね?」


 もう、そんなのは決まっていた。


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