かわいい犯罪
平穏な日常を謳歌する中学生等のもとに一つの放送が流れた。
『――――ただいまより、第一音楽室で緊急集会を開きます――――』
その瞬間平穏な日常を謳歌していた中学生等はその終焉を悟り、興奮と驚愕の感情で校内は溢れかえった。
この校内アナウンスは、第一音楽室に不法侵入者がいることを知らせるアナウンスだったのだ。
全校の未だに幼い子供たちは不安や恐怖に怯えるかといえばそうではなく、次の瞬間には何か面白いことが起きるのではと期待に胸を膨らませた。
そんな校内の雰囲気を敏感に感じ取っていた俺たちはにんまりと笑みを湛え、おそらくこの騒動に終止符を打たんとやってくる教師の到来に備え、音楽室の窓を開け放った。
「行くぞユウタ!」
「わかってるよコウスケ!」
俺たちはすぐにその窓からベランダに出た。そのまま窓を閉め、ベランダ伝いに教室を渡り、西端の音楽室から東端の教室である三の一の教室の前もって開けておいた窓に体を滑り込ませる。
避難訓練では万が一先ほどのようなアナウンスが流れた時には、机といすでバリケードを作るように指導されていた。しかし放課後の犯行でもあるためか、いる生徒はまばらではあるものの、そんなことをする生徒は誰もいなかった。どたばたと窓の外から入ってきた俺たちに教室にいる生徒は、一度だけ視線を向けてくるが、すぐに興味は俺たちからそれた。後は窓を閉めて鍵をかけ、カーテンでも閉めておけば完全犯罪だろう。
いい汗かいたと頬を伝う汗を拭うと、一人の女生徒が、俺たちの前に仁王立ちし蔑みの視線を向けてきていた。いわゆるジト目というやつである。
「あんたたち、またなんかやってきたのね?」
幼馴染のハルカだ。やはり幼馴染というだけあって、俺たちのことに関してはなかなか勘が働く。厄介なやつだ。だが証拠がなければ所詮は勘よ。
「ふっ、ハルカ、人を見た眼だけで判断するのはよくないなあ。俺たちはただ偶々ベランダにいて少しやばい放送が聞こえたから急いで戻っただけだぞ?」
「ああ、偶々ベランダで遊んでいただけだ。さっきの放送のことは知らん」
「だったら何でそんなに急いで帰ってきたのよ?」
「ベランダにいたとばれたら怒られるからだろ」
「はぁ、白状しないつもりなのね?」
「うんしない」
「おい、お前ら、特に変わったことはなかったか?」
ちょうどその時、担任が慌てた様子で教室に入ってきた。そして俺たちを一瞥し特に変わったことがないと判断すると、「今の放送もたぶん誤報だろうけど、確認が取れるまでは教室から出るんじゃないぞ」と言って他の男性教員と共に音楽室の方に向かっていった。
そんな様子を流し見ながら、今回の件は俺たちの仕業であると確信しているハルカは憂鬱気にため息を吐いた。
「はぁ、また全校集会なのかなぁ」
「いたずらするやつが多いからなぁ」
「どの口が言ってるの、コウスケ?」
そんなハルカに同情の視線を向けてやると、またしてもジト目を向けられた。おお怖い怖い。
俺――コウスケと俺の幼馴染であり悪友でもあるユウタは、一言でいえば問題児だった。
平穏で変わり映えのしない毎日が、退屈で苦痛で仕方なかった。
なぜ俺はのこのこと学校などに行き、眠くなるような授業を受けなくてはいけないのか。
どうして俺たちには、その道しか用意されていないのか。
疑問だ。不満だ。退屈だ。苦痛だ。
俺たちは望んだ。
学校にテロリストがくればいいのに、と。
非日常への跳躍を望んだ。
だけどそんな非現実的な願望が現実になることなんてない。
日常が勝手に壊れていくわけがない。
日常を壊すためには、それなりの行動が必要だった。
俺たちは思いつく限りの問題を起こした。
教員の机の引き出しをゴミでいっぱいにしてやったり、歴代校長の写真に落書きしてやったり、校内にアダルト雑誌の切り抜きをばらまいたり、屋上の鍵をピッキングして勝手に開放したり、消火器を勝手に使ったり、夜学校に忍び込み学校の電話を使っていろんなところにいたずら電話をかけてみたり、不法侵入者用の非常スイッチを押したり、女子更衣室にカメラを仕掛けてみたり。ただし女子更衣室に関してはハルカにばれてマジ切れされてぶん殴られて反省文をかかされた。やばかった。
失敗もあったが、そのほかにも数々の問題を起こした。
最近で一番笑ったやつはあれだ、ケータイの着信メロディーを、有名アニメの主題歌にしてみたと自慢していたやつのケータイを、体育の時間の隙を見て拝借して電源を入れて着信音の音量を最大にしておいて、授業中に非通知にしてそいつの電話を鳴らしてやった。笑えるのはこれからだ。ケータイが鳴り始めたとたん持ち主がケータイが鳴ったことをごまかすために自分が歌い始めやがったんだ。これにはさすがにクラスの輩全員が大爆笑だった。
快感だった。
スリル満点の毎日だ。
そうだ。俺たちが求めていたものはこういうものだ。こういう快感だ。
退屈なあの日常では、決して得ることはできなかった快感だ。
まったく笑えなかったあの退屈な日常に比べてどうだ?
どちらがいい世界なのかなんて、火を見るよりも明らかじゃないか。
「っくっくっく、あっはっはっはっは」
もう今は毎日が楽しくて仕方がない。
明日はどんなことをしでかしてやろうか。
そんなことを考えて通学路を帰る途中、俺のスマホに着信が入った。
ユウタだろうか。そう思ってスマホを立ち上げると、まったく見覚えのないアドレスから、一件のラインが送られてきたと通知された。
スパムにでも引っかかったか。
それを見たとたん水を差されたように気分が悪くなった。せっかくいい気分だったというのに。こういうものはさっさと退会してしまえばいい。俺はそう思ってそのラインのページを開いた。
「え……?」
そこに投稿されていたものは写真だった。
その写真には二人組の制服姿の男が映っている。見間違えるはずもない。俺とユウタだ。俺とユウタが音楽室にある非常用スイッチを押している決定的な瞬間が、そこには写されていた。
それだけじゃない俺たちが給食を教室に運ぶ前に食べている瞬間や、女子更衣室にカメラを仕掛けている瞬間、小テストの回答をばらまいている瞬間などの写真が次々にアップされていく。
それはすべて俺たちのしてきた問題の数々。その決定的な瞬間が写されていた。
「なんだよ、これ」
震える俺のスマホの画面に、また一つ、今度は文字が挙げられた。
「私は、君たちの秘密を知っている」