サイハテの鉱場村
悪魔との戦いに負け、悪魔の子を宿した魔女騎士ジェニー。
その子どもは、未来に多くの災いをもたらす原初の魔人。
その子どもが生まれる前に、原因を排除せよ。
そう、頭の中で鳴り響く。
説明の一端にあった、悪魔と交わった人間の女性か。
その子どもが、魔人。生まれる前に……その原因を殺す。そういうことか。
「魔女騎士ジェニーを殺害せよ!」
随分、物騒なんだな。
まあ、歴史を変えるということは、そういうことなのか。
産まれてから8年間は、ただ母親の下。
窓の外を見ると大抵雪が降っていた。
8歳のある夏の日。父親に連れられ、村の外れにある山へ。
つるはしを渡され……父親は優しくこう言った。
「ヴィオス。俺たちはこうやって生活するんだ。」
父親も同じつるはしを持っている。そして、カツン、カツンと掘り始める。
岩の中から……鉱石が出てきた。
「鉄鉱石だ。この国ではこの山でしか採れない。」
俺も同じように……採掘を始める。
カツン、カツン、カツン、カツン。
なんだこれ、意外と楽しい。
台車の木箱がいっぱいになるまで父親と談笑しながら掘り続けた。
「俺、中央都市に行きたいな。」
「ハッハッハ、それならこの山を掘り続けるんだ。」
などと。
冬の間は鉱場は閉鎖。日数の少ない夏に集中して鉄鉱石を掘るらしい。
その一年の中で三ヶ月程度の労働で一年分の生活費を稼ぐのだそうだ。
冬に差し掛かるある日、村に商人たちがやってきた。
壮観、大量の荷馬車が陣形を組んでズラリ。
この村が雪で閉ざされる前に、鉄鉱石を「回収」しに来たのだ。
向こうは商売だ。可能な限り買い叩こうとする。
もちろんこちらも商売だ。可能な限りぼったくろうとする。
嫌なら隣の国から売って貰うんだな!おもーい税金を取られて、ご愁傷様!
それがこの村の……スタンス。
そんな強い大人たちを見て、猛烈に憧れる。
「ヴィオス、このおじさんに言いたい事があるんだろう?」
その商談。初参加の俺に、父親はそう言った。
そうだ、ダメ元で言ってみよう。
「おじさん、僕を中央都市まで連れてって!」
すると代表の商人は大笑い。
「中央都市?中央都市!いいかい坊や、おじさんも中央都市まで行ったことは無いんだよ。」
この商人たちは基本的にこの鉱場村と製鉄都市を往復するだけなのだそう。
じゃあその製鉄都市まで連れて行って、とせがんだ。
返事は、NO。
12歳になったら連れて行ってやると代表の商人は笑う。
なんで12歳?と食い下がると。
「馬車で一ヶ月かかる道中、間に宿はないんだ。体力がないと死ぬぞ?」
心配してくれたのか、この商人は。
「ヴィオス、商人は約束を破らない。12歳になったら連れてってくれるんだ。」
まあそういうこと、と商人たちは上機嫌で村を後に。
散々ぼったくられても尚、笑って済ませる懐の深さだ。
まあ、向こうからしてみれば買い叩きに成功してニンマリなのだろうか。
一体、あの製鉄都市にいくらで売る心算なのだろうか。
……冬が近い。この村は、また銀色に染まる。
この鉱場村からひたすら南に行くと、製鉄都市。更に南に鍛冶屋街。
そこから東に、隣国との国境都市。そこから更に東に行くと……中央都市だ。
そのルートを通り中央都市まで向かうと、この国の半分を横断したことになる。
手ごわいな。実に手ごわい。
恐らく騎士ジェニーは、いさかいの絶えない国境都市か、王のいる中央都市に配備されるハズだ。
まあ、時間はたっぷりある。
腰を据えて、挑もうじゃないか。
そして、長い冬がやってきた。
今日も屋根の雪かき、明日も屋根の雪かき、あさっても同じだろう。
夏の間に買い溜めておいた食料を、少しずつ消費していく。
「ヴィオス、男の子はいっぱい食べなきゃだめよ。」
と母親。
俺が本気を出したら冬の後半にはみんな飢え死ぬぞ、なんてジョークで笑う。
12歳になる年に、この村を出て行く予定の俺。
母親から見れば心配なんだろう。気持ちはわかる。
わかる、が。焦ってはいけない。そう母親を諭す。
「なんだか、私たちの子どもじゃないみたい。考え方が大人よね。」
そうだ、俺は異世界から……
ピンッと警告音が鳴る。
「自分の正体に関わる発言は、現地人の前では禁句!」
脳内アナウンスが鳴り響く。
ふむ、これは禁句だったのか。
しかし。しかしである。
こんな暖かい食卓、思えばいつから……失ったんだろう。
この母親と父親は、俺に対していつも優しい。
そんな当たり前を、いつから俺は失って……
目頭が熱くなる。
ああ、俺は。
俺はもう一度、ここにいるのか。ここにいていいのか。
小さくも暖かい食卓が、輝いて見える。
グイと上を向き、せめて涙がこぼれないように。
……時の流れは不可逆で、あっという間に俺は12歳。
商人たちとの、約束の年だ。
村の大人たちは、俺を気遣って今年は少しだけ仕事を多くこなしてくれた。
感謝してもしきれない。
今年も商人たちが編隊を組んでやってくる。
「あの坊やが、立派になったもんだ。」
さようなら、鉱場村。
ゆっくりと進む荷馬車に揺られ、製鉄都市へと向かう。
……本当に、道中に宿は無いんだな。
一ヶ月か。まあ持つだろう。身体能力C、普通。
DとかEだったらガチで死ぬかもしれないが。




