第7話 「腹を満たし、道を繋ぐ」
「えーと、猫ちゃん?」
《なんだ?ぬしよ》
「俺はお前さんのなんだ?」
《ぬしはボクの主人だ》
「じゃあ、これも……?」
俺は手の甲に残った証をまじまじと見つめながら、猫ちゃんに尋ねた。猫ちゃんは頷き、こう続けた。
《ボクはメセド》
「メセドね。悪いが、今は食材がないんだ」
《?》
「ああ、誤解しないでくれ。今は手持ちの食材がないだけで、今夜の飯はここまでだ。まあ、肉とかありゃいいんだが」
《ふむ……》
「まあ、明日になれば何か見つかるさ。今日は寝ときな」
メセドは渋々といった様子で頷くと、ゆっくりと瞳を閉じた。そのまま眠りに入ったようだ。
「ふぃ~。なんとかひと段落かな。……ありゃ、お二人さんも寝ちまったか」
兄妹もいつの間にか寝落ちしていた。二人は互いに抱き合ったまま、静かな寝息を立てている。
「だったら、俺も寝よ」
火の始末を済ませると、毛布を羽織って横になった。
だがすぐには寝れず、見たこともない星空を眺めながら、俺はゆっくりと瞳を閉じ、今度こそ眠りについた。
♢
《起きよ、ぬし》
「はい?なんだよ、起こしやがって」
心地よい朝の空気に包まれ、まどろんでいた俺は、メセドの声に起こされた。
耳を塞いだところで、頭の中に直接響くメセドの声は防ぎようがない。
仕方なく上半身を起こし、身体をほぐすように腕を伸ばした。
「で、どうした?まだ飯の時間にはって……ええええええ!?なんじゃ、このおっきいトカゲは!」
《獲ってきた》
「獲ってきたって……もう動けるのか?」
《うむ。昨日食べてからバッチリだ》
「バッチリって……粥一杯だけだぞ? そんなに効能があるとは思えねえが……」
《魔獣であるボクは治りが早いのだ。今まで食えなかった分、余計に回復したのだろう》
「食えなかった……?」
《それより早く、めし!》
「はいはい、わかりました、わかりました!」
♢
「で、こいつはどう食うんだ?」
俺の目の前には、先程入念に下処理を済ませた大きなトカゲのような生き物を、枝に刺さして、どうするか迷っていた。
料理をする以上、食材の下処理は慣れたものだが、まさかこんな世界でデカいトカゲを捌くことになるとは。
「うまそうですね」
「手伝ってくれてありがとよサガン」
「いえ、魔物を食べる機会ですから、手伝わないと」
「ま、魔物!?これ、魔物!?」
途中から目を覚ましたサガンが、下処理を手伝ってくれた。血にも怯まず、俺の指示どおりに作業を進めてくれたようだ。褒めてやると、年相応に嬉しそうな顔を見せた。
置いておいた内臓はメセドがすでに食べてしまったらしい。口元についた血を拭ってやる。
この世界では、魔物を食べること自体はさほど珍しい話でもないらしい。
「で、まあ、まずは焼いてみるしかねえよな、これ」
《早く、早く!》
「ええい、待ちなさい!」
俺は火を起こし、魔物の肉を食べやすい大きさに切り分けていく。
ふと、トルコで食べたドネルケバブを思い出した。薄く切った肉を重ねて串に刺し、火にかける。焼けた表面から削ぎ落としていけば、メセドにも少しずつ食べさせられるだろう。
「よし、ケバブにするか……」
《ケバブ?》
「まあ、俺のいたところの料理だ。肉を焼いて、薄く削いで食べるんだよ」
俺は魔物の肉を大きめに切り分け、形を整えながら枝に重ねて刺していく。なるべく厚みが均等になるように調整し、崩れないように固定した。
「下味は……塩と胡椒でいいか」
腰のポーチから取り出した瓶から塩と胡椒を振り、肉の表面になじませる。鶏肉に近い淡白な肉質なら、まずはこれくらいで十分だろう。
「サガン、悪いがこれを回してくれるか?」
「はい!」
サガンに枝の端を持ってもらい、火の前でゆっくり回してもらう。俺は火加減と肉の焼け具合を確かめながら、時折、枝の角度を調整した。
最初は表面がじわじわと熱を帯び、やがて肉の色が変わっていく。焼き色がつき始めると、香ばしい匂いが辺りに広がった。
《まだか、ぬし!》
「焦るなって。表面が焼けるまで待つんだよ」
メセドは今にも飛びつきそうな様子で、じっと肉を見つめている。
「サガン、もう少しゆっくり回してくれ。そうそう、その調子だ」
「こうですか?」
「ああ、上手いぞ」
焼き色が十分についたところで、俺は包丁を手に取った。表面に刃を当て、焼けた部分を薄く削ぎ落としていく。香ばしく焼けた肉が、ほろりと枝から離れた。
削いだ肉を器に移し、そこへ醤油と酢を少し。砂糖もほんのひとつまみ加えて、全体を軽く和える。
「まずは味見だな」
《待っておったぞ!》
「熱いから気をつけろよ」
器を差し出すと、メセドは勢いよく口を開き、盛られた肉をあっという間に平らげた。
《うむ!うまい!》
「そりゃよかった。まだあるから、慌てるなって」
メセドが満足そうに喉を鳴らす。その間にも、俺は再び枝を火にかざし、表面が焼けるのを待った。
焼けたところを削ぎ、調味料と和える。また焼けたところを削ぐ。サガンにもすっかり作業に慣れてもらい、俺たちはその繰り返しで肉を焼いていった。
「ほら、サミィちゃんの分だ。ちょっと朝からガッツリ食べるには重いかと思うけどな」
「大丈夫ですよ。俺ら、食べられるだけでも幸せなんで」
「あ、さいですか……」
兄妹揃って痩せ細った身体を見れば、その言葉の意味もなんとなく察せられた。
サミィちゃんも、差し出した肉をおいしそうに頬張っている。あれだけ喜んで食べているのに、俺からとやかく言うのも野暮だろう。
「なら、サガンも食いな。腹減ってんだろ?」
「……りがとう、ございます……」
サガンは皿を受け取ると、サミィやメセドと同じように目を輝かせ、肉にかぶりついた。
♢
結局、俺の分と保存食にする分をある程度取り分け、残りはメセドが平らげた。
「朝から肉も、案外悪くねえかもな」
脂っこさはなく、鳥のささみに近い淡白な肉だった。そこに俺なりの味付けを加えた一品は、皆にも好評だったようだ。三人とも満足そうな顔をしている。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺は楓ってもんだ」
「サガン」
「サミィ、です」
「それでお前さんらは、一体何者だ?」
ボロ布のような衣服を身にまとった二人は、土埃にまみれ、あちこちに擦り傷も見える。
兄妹の頭には角のようなものがあり、耳も人間とは違う鋭い形をしていた。
リラド夫妻は人間とそっくりだったが、この二人は明らかに違う。これも異世界ならではの姿なのだろうか。それにしても、ずいぶんと酷い格好だ。何かあったのかもしれない。
「俺らは、その……魔族です」
「魔族?」
「はい。俺たち魔族は、放浪の民なんです」
放浪の民ときたか。だが、それにしては他の人影が見当たらない。
「他の連中はいねえのか?」
「……多分、皆死にました。ドラゴンに襲われたんで」
「ど、ドラゴン!?」
はー、異世界ならではの災害ってやつ?つまり、この兄妹たちはどこかでドラゴンに襲われて、生き残ったのが二人だけってことか?ドラゴンに襲われて、よく生き延びたもんだ。
《其奴らは転がっていたんで、ボクが拾った》
メセドの声が頭に響く。
「なにっ?どこで?」
《ボクもドラゴンから逃げる途中で》
「おめえもかよ。てか、あの時の傷もそうなのか?」
《別のやつ》
「そうか……」
メセドには後で色々と聞くとして、今は目の前の二人の問題だ。
「これからどうするんだ?」
「わかりません。魔族の国なんてないので、どこかで隠れて暮らすしか……」
「うーむ……」
俺はこれから諸国を旅して回るつもりだ。だが、この幼い二人には安心して休める場所が必要だろう。
「あ」
休める場所と聞いて、ふと思い出した。あそこなら安心して暮らせるはずだ。
「なあ、お前さんたち。働ける場所があるって言ったら、行ってみるか?」
「!」
サガンは驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに返事をすることはなく、どこか疑うような表情を浮かべている。
「まあ、今までとは違う暮らしになるだろうし、不安もあるだろうけどな。俺も一箇所だけ紹介できる場所がある。どうだ?」
「……行きます」
「サミィちゃんもどうだ?」
サガンの隣で俺を見上げていたサミィちゃんも、少し迷うような素振りを見せたあと、 意を決したように頷いた。
「よし。紹介するために紙……は、あった!」
持参したカバンには、俺が所有していた物品が一通り詰め込まれていた。その中からメモ帳を取り出し、ページを一枚ちぎる。そこに、俺からの紹介であることを書き記した。
いくつか教わった異世界の文字。読めるし、書き方も習ったはずなのだが、いざ書いてみると、目も当てられないほど不格好なミミズが這ったような字になってしまった。
これでは紹介状として渡すには格好がつかない。彼らに書いてもらうべきだったかと悔やむが、紙切れ一枚とて無駄にはできない。
「これを持って、旅人亭のリラドさんか、宿で働いている人に渡してくれ。くれぐれも、他の人には見せたり、話したりしないようにな」
身寄りのない子供ほど危ういものはない。かつて訪れた外国でも、何も知らない子供が悪事に加担させられる話は珍しくなかった。
それほどまでに、飢餓と貧困は人を狂わせる。俺自身がそうした光景を実際に目にしたわけではないが、この世界が日本のように平和である保証はどこにもない。
「……わかった。カエデさん」
「良い子だ。もしリラドさんに会ったら、俺から迷惑をかけますって伝えてくれ」
サガンとサミィが頷く。
俺は旅で使っていた手提げ袋を取り出し、保存食と紹介状、それにケバブを詰めた木箱を入れた。
この手提げ袋にも、旅の思い出がいろいろと詰まっている。手放すのは少し名残惜しいが、彼らのために役立つのなら本望だろう。
「これも持っていきな。道中で腹が減ったら食べるといい」
袋を受け取ったサガンは、中身を確かめるように目を落とした。
「って、もうこんな時間か。ほら、日が暮れないうちに行きな」
サガンはサミィの手を握ると、出発の準備を整えた。二人は何度かこちらを振り返りながら、俺が来た道を歩いていく。
《あるじ》
「どうした、メセド」
《あるじって優しいね》
「まあ、な。さて、俺らも準備するか。お前さんも一緒に行くだろ?」
《うん!》
俺はサガンたちに手を振り、盛大に見送ってやった。サミィの手を引くサガンは、最後に笑顔で手を振り返し、そのまま行ってしまった。
「さて、俺らも街へ行きますか」
荷物をまとめたところで、メセドが担いでやると言い出した。せっかくなので、少々協力してもらうことにする。
こうして俺とメセドは、荷物を抱えて街へと向かった。




