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放課後、毒キノコに恋をする  作者: 明石竜


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10/10

第10話 好きになる予定なんてなかった

 文化祭の準備は、日を追うごとに慌ただしさを増していった。お化け屋敷の内装作業は思ったより手間がかかり、放課後の教室に残って作業する日々が続いていた。

「穂乃果、それ持ってて」

「働いて」

「疲れた」

「さっき休憩したばかりですよね」

「休憩は何回してもいいものでしょ」

 颯真とのこういうやり取りは、もはや教室の日常風景の一部になりつつあった。最初は戸惑っていたクラスメイトたちも、今では特に驚く様子もなく、私たちのやり取りを横目に自分の作業を続けている。それがかえって、この状況の異常さを物語っているようにも思えた。

「穂乃果、褒めて」

「嫌」

「なんで」

「褒める要素がないので」

「今、めちゃくちゃ頑張って壁塗ってるじゃん」

「普通です」

「褒めて」

「……よく頑張りました」

「棒読み」

「褒めてほしいなら要求水準下げてください」

 颯真はそれを聞いて、楽しそうに笑った。こういう軽口の応酬が、いつの間にか自然なものになっていることに、私自身が一番戸惑っていた。

 そんな折、教室の入り口から華やかな声が響いた。

「一ノ瀬くん、これ持ってきたけど、どこに置けばいい?」

 声の主は、私も見覚えのある女子生徒だった。艶のある長い黒髪と、すっとした目元、堂々とした立ち振る舞いが印象的な人だった。確か、香坂瑠璃子という名前だったはずだ。他クラスの生徒だけれど、文化祭の実行委員か何かで、こちらの教室にもよく顔を出しているらしい。

「香坂さん、ありがとう。そこの机の上でいいよ」

 颯真は自然な様子で彼女を出迎えた。二人の距離感は、いかにも長い付き合いを感じさせるものだった。

 瑠璃子は荷物を置いた後、教室内をぐるりと見回して、私のところで視線を止めた。値踏みするような、それでいて悪意があるわけでもない、興味本位の目だった。

「あなたが、間下さん?」

「はい」

「一ノ瀬くんから聞いてるよ、最近仲良いって」

 その言い方に、私は少し身構えた。

「仲良いというか、同じ班なだけです」

「そうなんだ」

 瑠璃子はそれ以上深追いすることなく、軽く微笑んで作業に戻っていった。けれど、その後しばらくして、私が一人で作業をしているところに、瑠璃子がふらりと近づいてきた。

「ねえ、間下さん」

「はい」

「一ノ瀬くんのこと、あんまり本気にしない方がいいよ」

 唐突な忠告だった。私は手を止めて、瑠璃子の顔を見た。悪意があるようには見えなかった。むしろ、心配しているようにも見える口調だった。

「一ノ瀬くんって、ああいうこと誰にでも言うよ」

 その言葉が、思ったより深く胸に刺さった。

「……そう、なんですか」

「うん。優しい言葉とか、特別扱いっぽい態度とか、私も昔さんざん経験したから」

 瑠璃子はそう言って、少し遠い目をした。その表情には、単なる噂話以上の、実感のこもった重みがあった。

「べつに、間下さんを脅かすつもりで言ってるんじゃないよ。ただ、勘違いして傷つく子、今まで何人も見てきたから」

「……ありがとうございます、忠告」

 私はそう答えたけれど、内心では複雑な気持ちが渦巻いていた。

 瑠璃子の言葉は、私が最初から自分に言い聞かせてきたことと、ほとんど同じ内容だった。一ノ瀬颯真は誰にでも優しい。だから、自分だけが特別だと思うのは間違いだ。

 それなのに、今その言葉を他人の口から聞かされると、想像していたよりずっと重く胸に響いた。

 ――やっぱり、私は特別ではない。

 その事実を、改めて突きつけられたような気がした。

 その日の作業が終わった後、私はいつもより早く教室を出た。颯真に話しかけられる前に、一人になりたかった。

 家に帰ってからも、瑠璃子の言葉が頭から離れなかった。

 ――やっぱり、私は特別ではない。

 そう思った矢先、颯真からメッセージが届いた。

『俺、なんかした?』

 その短い一文が、妙に胸に痛かった。

 既読をつけたまま、返事ができなかった。

 少しして、もう一度画面が光る。

『怒ってる?』

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