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捨てられOL、ダンジョン入って牙を研ぐ  作者: 夢乃舞家


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提案と拒絶

 会議当日、指定された会議室へ入ると、すでに何人かが席についていた。

 見知らぬ顔もある中、少し離れた席に黒田の姿を見つける。

 その隣に、早坂の姿もあった。

 二人は何やら小声で話し込んでいて、こちらには気づいていないようだ。

 俺は、努めて平静を装いながら、空いている席のひとつに腰を下ろす。


 室内を見渡すと、各部署から集められた候補者が十人ほど。年齢も部署もばらばらだった。

 定刻になると、部長が資料の束を抱えて入ってきた。後ろには専務が続いている。


「では、時間になったので始めようか」


 部長がそう切り出すと、室内の空気が引き締まった。


「まず、このプロジェクトの前提を共有しておきたい。ダンジョンについて詳しいのもいるだろうが、認識をそろえるために聞いておいてくれ」


 スクリーンに、簡単な年表のようなものが映し出される。


「ゲートが世界中に出現してから、今年で二年経っている。最初の一年は、命を落とす人間が続出していたため、国が企業の参入自体を止めていたのは知っている人もいるだろう。特に、この東海地区は全国的に見ても死者数が突出していたからなおさらだな」


 その一言に、皆が頷く。

 俺自身、身をもって知っている話だった。


「その後、探索者たちの間で少しずつ攻略の知見が蓄積されていき、ダンジョン産のアイテムが個人間で取引されるようになっていた。その有用性は確かなものだったが企業が参入をするにはハードルが高すぎた。それまではリスクの高さからわが社も乗り気ではなかったのは言うまでもないな」


 部長は、淡々とした口調で続けていく。


「だが、昨今法整備も整いつつあり、規制が緩和したことを受け、わが社もダンジョン事業に乗り出したいと考えている。そこで集まってもらったのが君たちというわけだ。そこまでは理解してもらっていると思う」


 そこで一度言葉を切ると、部長は資料をめくった。


「今日は、まずこのプロジェクトが何を目指すべきかを伝えるとともに、皆の意見を聞かせてもらいたいと思っている。堅苦しく考えず、思ったことをどんどん出してくれ。経験のある者の意見を聞いておきたい」


 その言葉に、何人かが軽く頷く。

 俺は、そっと隣の様子を窺った。

 黒田は、早くも何か言いたげな顔をしていた。


「それから、今回のプロジェクトチームの立ち上げには、飯田専務を中心に進めていくことになった。実質的には飯田専務直属の部署だということになるのでしっかりと認識しておいてくれたまえ」


 そういうと、部長が専務に向かって頭を下げると、飯田専務が頷いて話し始めた。

 飯田専務は、すでに六十歳を超えているのだが、その年齢に見えないほど体が鍛えられている変な人だ。

 社内でも筋トレ好きで有名でもあった。


「今回の候補者の中から今回は六名を選び、その中からプロジェクトリーダーを二人決めるつもりだ。二つの班に分けて進めていくことになる。この中にはダンジョン経験者もいると聞いているが、実際にダンジョンで活動をするわけではないので勘違いをしないでくれ。あくまでも商社として、ダンジョン産の商品を扱うことがメインだ。そこで皆に考えてもらいたいのは、商品、仕入れ、販路について意見を述べてほしい」


 そして、部長が引き継ぐように話を続ける。


「では、何か思いついた者から発言してくれ」


 そういうと、待ってましたと言わんばかりに黒田が挙手をして話し始めた。


「まず、素材の仕入れなんですが」


 黒田が、皆の視線を集めながら切り出した。


「わが社で必要な素材を集める組織を抱え込む必要があると思います。小規模な同盟をいくつか買収、もしくは専属契約を結びましょう。そうすれば、依頼料の調整もしやすく、コストのコントロールも容易くなります」


 自信ありげな口調に、何人かが頷く。

 だが、すぐに別の手が挙がった。隣に座る眼鏡をかけた男だった。

 たしかコイツは黒田と同じ営業部だったはず。


「専属契約というのは魅力的に聞こえますが、探索者の収入は現在、一般的に見てかなり高い水準となっています。専属で囲い込むとなると、むしろこちらのコストが跳ね上がる可能性があるので、協力体制は必要ですが、専属までは必要ないでしょう。できるだけ優先してもらえるような仕組みを考え、依頼をする形がいいかと思います」


「そこは、契約の設計次第だろ」


 黒田は、動じる様子もなく答える。


「大量に買い取るわけなのだから、価格の交渉もできるでしょう。販売ルートを多く持つわが社の力は探索者も欲しているはずです。今の探索者は社会経験の乏しい人が多いと聞きます。あまり複雑な契約よりも、専属にする方がシンプルでわかりやすいかと。数ある同盟の中で、自ら販路を持つ組織はほとんど無いというデータもあります。私たちが彼らに代わり、素材を販売する。ウィンウィンの関係で素晴らしいではないですか?」


「それは、さすがに言いすぎじゃないですかね」


 今度は、恰幅のいい年配の男が声を上げた。この人は確か総務の人だったかな。


「相手は命がけでやってる人たちですよ。社会経験が乏しいなどと見下すようなことをして、うちの都合を押し付けているように感じます。そういうのは相手方に失礼でしょう」


 場に、微妙な空気が流れる。

 それでも、同盟に食い込んでいくという方向自体には、反対する声はほとんどなかった。


「まあ、細かい条件はこれから詰めるとして、小規模の同盟と繋がりを持つこと自体は、悪くない方向だと思います」


 眼鏡の男がそうまとめると、何人かが同意するように頷いた。

 俺は、そこで初めて口を開いた。


「あの、僕は違う考えなんですが」


 視線が、一斉にこちらへ集まる。


「小規模な同盟じゃなくて、中堅以上の、ある程度大きな同盟と取引した方がいいと思います」

「それだと、うちに有利な条件は引き出せないだろ」


 すかさず、嫌味な言い方で黒田が切り返してきた。


「小さい同盟なら、こちらの言い値である程度動かせる。同盟の規模が大きくなればそうはいかないだろ。そうなるとコストがかかるんだ。理解してるのか?」


「しかし、先ほど言われていたように、探索者は命を懸けて働いてる人たちです。買い叩くような取引をすれば、いずれ世間にも伝わりますし、会社のイメージを損なう可能性があると思います。さらに、一度でも探索者から搾取をするような印象が付けば、今後取引をしてくれる同盟が現れない可能性もリスクとして考えなければなりません。そうなれば、今後さらにダンジョン関連が過熱してきた時、わが社だけその波に乗ることができなくなる。それは避けなければならないと考えます」


 黒田は、鼻で笑った。


「利益を優先することの、何が悪いんだ。これは遊びじゃないんだぞ。そんなあるかどうかも分からないリスクを考えて前に進めないようでは事業は大きくできない。それともボランティアでも始めるつもりか?」


 その一言に、俺は言葉に詰まった。

 反論したい気持ちはあったが、この場では、うまく言葉にできそうになかった。

 すると、専務が声を上げた。


「確かに、今の段階で利益が見込めないことに会社を挙げて力を注ぎこめないからな。では、キミ達の言うように同盟を仲介することは必須ということで話を進めていこう。そこで、商品はどんなものを扱うべきだと思うか考えてみてくれ」


 黒田は、こちらの反応を気にする様子もなく、話を続ける。


「主力にするべきは、魔石とダンジョン産のアイテムを中心にするのがいいでしょう」

「理由は?」


 専務が、興味深そうに促す。


「商品管理と販促ルートの確保がしやすく、今後価値が高騰する可能性が高い商品でもある。これに尽きます。魔石は世界的にも不足しているので、今も価値は右肩上がりです。さらにダンジョン産アイテムは有用な物も多く、一つ一つの価値が高くつきやすい。有用な物はわが社で使用するのもいいでしょう。少しコストは上がるかもしれませんが、世界中にコレクターもいるので販路に事欠きません。さらに、販促に弱い同盟などでは、高額の商品に買い手がつかずオークションに出す以外に販売方法がないことで困っているという話も聞きます。正直、オークションの落札価格でもわが社なら利益が出るほど、日本では安値で取引されているのです。わが社の販売ルートを使えば、十分な利益が見込めるはずです」


 その説明に、室内のほとんどが納得した様子で頷いていた。

 すると、眼鏡の男も発言しはじめた。


「魔物の毛皮なども扱うと良いと思います。魔物の毛皮には質のいいものが多く、最近では買取を始める企業も増えてきています。魔物は法律上も世間的にも、動物として扱われていないので、動物愛護の観点で批判される心配もありません。世間的なイメージを損なわずに、質のいい毛皮を扱える。これは大きいと考えます」


 恰幅のいい男も、その説明には納得しているようだった。

 でも、俺だけは、そこにも引っかかりを覚えていた。


 この空気をひっくり返せるかわからないが、このままではあまりよくない方向へ会社が進みそうだと考えた俺は、反対意見を述べることにした。


「魔石の価値や今後の動向には同意します。今後は魔石の需要がさらに高まり、国の買取金額でさえ上がっていくことも考えられます。しかし、そうなると競合がひしめく中で収益を上げていかなければならず、コストも莫大になることから、競合他社との体力勝負となる可能性があり、コストの規模から新規事業とするには大きすぎると考えます。シェアを大きく取れる可能性も低いことから、これを主力として考えるのは危険だと考えます。まだ毛皮で差別化を図る商品開発に注力した方がいいのではないでしょうか」


「何を言っているんだ。仕入れコストが上がったとしても、それ以上に価値が上がれば問題はない。確かに魔石の価値は現在でも高止まりしている。しかし、この程度の予算はわが社なら問題ないレベルでしょう。需要が常にあるなら差別化をする必要もない。毛皮で差別化など考えている間に利益も出るのに参入しない理由がない。毛皮などは需要が安定しないから、それこそリスクが高いぞ。それとも、他にいい商品でもあるのか?」


 黒田が、苛立たしげに聞いてくる。

 俺は、一瞬だけ迷った。

 でも、これだけは、誰よりも自信を持って言えることだった。


「僕は、魔物の食肉産業への進出がベストだと考えます」


 室内が、一瞬静まり返る。


「魔物の肉は通常の肉と違い腐りにくく、味や質に個体差がほとんどないことがわかっています。つまり、外食産業と相性がいいのです」


 おそらく、候補者の中で魔物の肉を食べたことがある人間はいないだろう。

 しかし、俺は白瀬さんに分けてもらった魔物の肉を実際食べ、実際にその有用性を身をもって感じていた。

 あの味を知っていれば、誰だってこれに価値があると気づくはずだ。


「肉だと!?馬鹿か!うちは食料品を扱ってはいるが、生鮮食品は取り扱った実績は乏しいんだぞ。今から扱うにはリスクが高いわりにリターンが少ない。今からうちが本気で参入するような分野じゃないだろ!」


 黒田がそう切り捨てると、周りの候補者たちも、あまり乗り気ではない様子で頷いていた。

 しかし、俺は食い下がった。


「まったくノウハウを持っていないわけではないじゃないですか」

「うちが扱ってるのは主に調味料や乾物だろ。食品の中でも扱いやすいものばかりだ。それを急に食肉って……設備コストも考える必要だって出てくるんだぞ」


「わかっています。しかし、最近になって魔物の肉を食肉として扱える法整備も整いつつありますが、参入を発表した企業はまだ少ない。今がビジネスチャンスだと考えます。必ず魔物の肉のブームがやってきます。その時にどれだけのシェアを獲得しているかが勝負だと思うんです」

「わかってないな。お前は勘違いをしているぞ。まったく魅力が無いから参入する企業が少ないんだよ。そのくらいわからないのか」

「しかし……」


 これ以上説得する材料を持ち合わせていなかった俺は、黒田の意見を否定することができなかった。

 すると、しばらく黙って聞いていた早坂が、そこで初めて口を開いた。


「あの、少しよろしいでしょうか」


 専務が頷くと、早坂は微笑みを浮かべながら続けた。


「黒田さんの案、私も賛成です。先ほど神崎さんがおっしゃったように、魔石の価値が今後急騰する可能性は極めて高く、さらに保管の観点からも、あまり場所を取らないので倉庫などの設備投資が必要ありません。皆さんが気にしている入手方法も、先ほどおっしゃっていた同盟との契約に成果報酬型の要素を入れることで、専属性と維持コストを両立できるようにしてはどうでしょうか。危険度の高い素材ほど報酬を上乗せする形にすれば、探索者側のモチベーションも上がりますし、うちとしても、欲しいものが優先的に手に入りやすくなると思います。その分コストは上がりますが許容できる範囲かと思います」


「なるほど、それはいいアイデアだな。それなら後から欲しいものが発生しても依頼しやすくなるのも利点だ」


 黒田が、満足げに頷いた。

 俺は、思わず眉をひそめる。


「それって、要は危険な仕事ほど高い報酬をちらつかせて、無茶をさせるってことですよね」

「別に、強制するわけじゃない。あくまで選択肢のひとつを提示するだけだ。考え方が少し極端すぎだぞ」


 極端なのはお前だろ。と突っ込みたいが言葉を飲み込んだ。

 さらに黒田は、悪びれる様子もなく言い返してくる。


「探索者だって、命の危険と報酬を天秤にかけて、自分で判断する権利くらいあるだろ。それを止める権利はこちらにはないじゃないか」


「でも、うちが高い報酬を提示すること自体が、その判断に影響を与えるじゃないですか。結果的に、無理をさせることに変わりはないと思います」


「じゃあ聞くが、お前はどうやって商売として成り立たせるつもりなんだ。安全第一で、誰も無理をしない範囲でしか取引しないっていうなら、他の商社に全部持っていかれて終わりだぞ。そもそもダンジョン自体が危険な場所なんだ。安全が大切だと言うならダンジョンに入るなということになって探索者の存在意義すら否定することにならないか?」


「それは……」


 その一言に、俺は言葉を返せなかった。

 正論のように聞こえてしまうのが悔しい。しかし、今はほかに材料がない。


「実際問題として」


 黙って聞いていた眼鏡の男が、間に入るように口を開いた。


「危険な依頼を出すこと自体は、どこの企業でもやってることですし、それを非難されるいわれはないと思います。うちが依頼を強要してるわけではなく、あくまで適正な報酬を用意しているだけなのだからね。それはダンジョンに限らず他の仕事でも同じでしょう」


「そうだな。危険な仕事なら報酬が高いのは普通だ。慎重になりすぎれば、それこそビジネスチャンスを棒にふっただけになってしまう」


 恰幅のいい男も、そう付け加える。

 場の空気は、次第に黒田たちの方へ傾いていくのがわかった。

 専務は、腕を組んだまま、誰にともなく呟いた。


「……リスクの無い所に発展はない、か」


 その表情からは、方向性は決まってしまったように感じた。

 俺は、悔しさを噛み殺しながら、拳を握りしめた。

 その後もいくつか意見が交わされたが、大筋の流れが変わることはなかった。

 専務は、しばらく皆の発言に耳を傾けていたが、やがて資料を閉じて口を開いた。


「今日聞いた話は、どれも参考になった。ありがとう」


 その一言で、場の空気が少し緩む。


「ただ、今日この場で方向性を決めるつもりはない。まだ詰めるべき点が多いが、来月中にはメンバーを決めて進めていく予定なので、そのつもりでいてくれ」


 結局、結論らしい結論が出ないまま、会議は一旦区切りをつける形で終わった。


「今日はこれで解散とする。お疲れ様」


 部長のその一言で、皆が席を立ち始める。

 黒田は、去り際にちらりとこちらを見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 早坂も、それに続いて涼しい顔で会議室を出ていく。


 俺は、椅子に座ったまましばらく動けずにいた。

 今日のところは、完全に分が悪かったと言わざるを得ない。

 それでも――このまま黙って引き下がるつもりはなかった。

 次回までに、もっとちゃんとした根拠を揃えよう。

 会議室を出ながら、俺は小さく息を吐く。


 窓の外は、いつの間にか夕暮れに差しかかっていた。


「白瀬さんの状況も気になるし、そろそろ引っ越し祝いもあるから連絡しとくかな」


 そうして、俺は白瀬さんへメッセージを送った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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