王の祈り
オースワカ王国の国王は、
丸一日神に祈りを捧げていた。
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
たまった公務を配下に任せ、
一人、
神に祈りを捧げていた。
神はサイコロで、
共有することを求めた。
神のいうことだから、
間違いないのはわかっているが、
こうしていないと、
不安で仕方がない。
だからずっと祈っていた。
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
「ナンデヤネン、ナンデヤネン、ナンデヤネン」
「ホンマ、ホンマニ、ナンデヤネン」
王に限らず、権力者というものは、
孤独であることが多い。
最高権力者であるから、同僚はいない。
最高権力者であるから、上司はいない。
上司がいないから、全ての責任は自分にかかってくる。
家族はいるが、ほとんどの場合、家族は潜在的な敵になる。
恋人がいても、政略が絡むから、自由に結婚もできない。
同じような身分と言えば、他国の王になるが、これも潜在的な敵になるので、心を許せない。
学友はいても、最終的には、上司と部下の間柄になる。
つまり、
身分が高くなれば、
なるほど、
その身は孤独となる。
しかし、
王は今日も王でなければいけない。
不安でも、
威厳を保ち、
何事もない振りをしなければいけない。
そういう意味において、
王はキツネのように、狡猾で、
役者のように、人を惑わせねばならない。
それでいて、
炎のように揺れ動く心を、
沈め続けねばならない。
狂気なくして、どうやって達成するのであろうか。
王とは狂気の塊なのだと、
誰にも見せぬ目の奥が、静かに訴えていた。
……
ちょうどその頃、
御堂はトミーコに、パン食いマラソンの特訓を受けていた。
パン食いマラソンの競技者の割合は男女で3:7で、女性のほうが多かった。
それでも御堂がパン食いマラソンの特訓を受けたのには、理由があった。
パンが食いたかったからである。
この国のパンは、全てパン食いマラソン用のパンで、パンだけを食うことは許されていない。
だから、パンを食いたい者は、全てパン食いマラソンを行う。
そして、パン食いマラソン競技の正装が、赤いブルマだった。
男女共に、赤いブルマを履かなければ、パン食いマラソンの練習すらできない。
御堂は抵抗があったが、とうとうブルマの洗礼を受けた。
「やっぱり勇者様、ブルマが似合う」
とトミーコは手を叩いて褒めてくれた。
御堂二三男は58歳である。
黒縁メガネで、浅黒く日焼けしている独身男性。
私は58年の人生で初めて、ブルマを履いた。
普段からブリーフを履いているので、
このブルマの形状に特に抵抗はない。
しかし、なんというのだろうか。
倫理的な問題。
イメージの問題というのだろうか。
もちろん異文化をバカにしているのではない。
ただ、おじさんが……、
ブルマを履くという行為が、
日常である世界にいながらも、
その日常を受け入れられない、
自分がいる。
そして、パンを食うという俗人的な欲望に負け、
信念を曲げ、受け入れたのに、いまだ抵抗している。
太ももが妙に寒い……。
わが身の情けなさに、
心が揺らいでいる。
「似合うと言われたら、ウレシイですね。ありがとうございます」
と私はぎこちない笑顔で微笑んだ。
私とトミーコは、ブルマの集団に混じり、走り出す。
パン食いマラソンは、基本的にはずっと、パンをくわえたまま走る競技だ。
しかし、パンをくわえたままだと、くわえた口の隙間から、よだれが垂れる。
そして、同伴者と話をすることができない。
だから、話すとき、よだれを飲み込む瞬間は、パンを一度手に持つことが許されている。
もちろん、これは初心者の話だ。
トミーコクラスになると、
パンを手に持たず、よだれを垂らさず、しかも同伴者と普通に走りながら会話することもできる。
「トミーコさんは、なぜこの競技をずっと続けているのですか」
と私はパンを口からはずし、尋ねた。
「パンクイナーズハイって言葉があるのね。
これはパン食いマラソンを始めて、20分くらいすると、身体が急に楽になって、整う瞬間があるの。
これにハマると、もうやめられないわ」
とトミーコは言った。
不思議だ。
トミーコはパンをくわえながらでも、笑顔であることがわかる。
私は、ふとトミーコの足が擦り傷だらけなことに気が付く。
彼女だけかなと思い、辺りを見渡すと、皆足が擦り傷だらけだった。
「皆さん、足が擦り傷だらけですけど、どうしてですか?」
と私は尋ねた。
「これはね。ある種の職業病ね」
とトミーコは笑った。
「職業病?」
と私は聞き返した。
「そう。普通に歩いていると、コケることは少ないけど、走るでしょ。コケちゃうの」
とトミーコは言った。
私は思い出した。
そういえば、兵士たちも足が傷だらけだと。
「そういえば、衛兵の皆さんも足が傷だらけでした」
と私は言った。
「衛兵も走るからね」
とトミーコは答えた。
もしかしたら、この世界のケガって、足が多いのでは?
そう思った。
「もしかして、この世界のケガって、足にすることが多いのでは?」
と私は尋ねた。
「そうよ。よくわかるわね」
とトミーコは少し驚いた表情をしている。
私は考えた。
間違いなく、ブルマのせいだ。
長いパンツなら、布が保護するので、ケガはしないだろう。
しかし長いパンツを履かない世界に、
長いパンツを履かせるのは難しい。
営業マンは水の豊富な地域に、水を売ること。
暖かい地域に、暖房機器を売り込むことが求められる。
でも、
実際には、売るのは困難だ。
長いパンツを履かない世界に、長いパンツを履かせるようにするより、
彼らに合わせた提案が必要だ。
私は、パン食いマラソンの練習を終え、服を着替え軍の医療班に向かった。
どこにケガをするかを知ることによって、魔王軍との戦いが有利になる。
そう確信したからだ。
医療班には知り合いもいないので、賢者ムスメサンに同伴を願うことにした。
そして私は恐ろしい事実を知ることになる。




