御堂は言った「賢者ムスメサン……あなたは天才だ」と。
気が付くと、こちらに来て2週間ほどが過ぎていた。
古巣は、今ごろどうなっているだろうか?
基本的には、私がいなくなっても、回るようにシステムは調整しているし、すぐに引き継ぎができるように、資料もまとめてある。
年齢的にエンディングノートや、遺書や遺言書的なものは残していないが、
住まいは18歳の時から住んでいるボロアパート。
資産はETFと預金だけだし、
相続となると、これらが遺族に分配されるだけだ。
ただ心配なのは、駄洒落スキルを持った営業部員を、育てる事が出来なかった事だ。
こればかりは、気がかりだ。
なぜなら、私が開拓したほとんどの取引先は、駄洒落スキルで獲得したようなものだからだ。
一応、お菓子の売上も順調に伸びているし、切られはしないだろうが、少し心配は残る。
ビジネスは、基本的に営業が努力しなくても、売れる物を作るのが本筋だ。
しかし、
営業の努力によるところも少なくない。
そんな事を考えていると、
マーガレットはやってきた。
賢者ムスメサンが呼んでいるらしい。
また迷子になりそうなので、
マーガレットに付き添ってもらう。
賢者ムスメサンは、彼の執務室にいた。
本棚には、多数のムズカシそうな本や、不思議な生物の瓶詰があった。
「御足労かけた、どうぞお座りください」
と賢者ムスメサンはソファーに座るように勧める。
私はきょろきょろしながら、ソファーに座った。
「あの不思議な瓶詰は……、
なにか特殊な魔法的な生物とか、そんなのですか」
と私は尋ねた。
「あぁ……、
これね。
それっぽいでしょ。
でも、保存食なんです。
美味しいですよ」
と賢者ムスメサンは瓶を差し出した。
たしかに、ラベルに食料品っぽい表記がある。
想定外の結論に、
言葉に詰まる。
「ありがとうございます。
ところでご用件は?」
と私は尋ねた。
「魔物の資料ができました」
と賢者ムスメサンは資料を、目の前に差し出した。
私は、資料を読み込んでいく。
想像以上にしっかりしている。
ここまで出来ていれば、良いだろう。
まずは、彼に話を通しておこう。
根回しは重要だ。
「素晴らしいですね。
ところで、
こういう魔物の資料を、
他国などに提供し、共有している国とかは、
あるのでしょうか?」
と私は尋ねた。
「他国に共有……、
そんな大胆な国はありませんよ」
と賢者ムスメサンは笑った。
「それは何故ですか?
法律とか、宗教的な戒律に触れるとか?」
と私は尋ねた。
「……いいですか。
勇者殿、
こういったモノは、軍事上重要な情報です。
だからどの国も独占したがるのですよ」
と賢者ムスメサンは、少し呆れた顔をしている。
「なるほど、そういう事なんですね。
しかし、それはもったいない」
と私は考え込むふりをした。
賢者ムスメサンの眉が上がる。
「もったいないとは?」
と賢者ムスメサンは妙な顔をした。
「私の住んでいた世界の話ですが、例えば病気……、
感染症だったり、害虫などの情報は、
国同士で共有されるのですよ」
と私は答えた。
「なぜ、そんな事を……、
人が良すぎるのでは?」
と賢者ムスメサンは目を丸くして驚いた。
「いえいえ。
人が良いのではありません。
合理的なのです」
と私は首を振った。
「合理的?
そんな事はない。
他国がダメージを受ければ、
それは自国の利益になる」
と賢者ムスメサンは目を見開いた。
「たしかに……、
そう考える方もいます。
しかし、
現実、病気や害虫等の情報は共有される」
と私は答えた。
「いや……、
おかしいでしょ」
と賢者ムスメサンは、前にのめり込む。
少し興奮しているようだ。
「病気や害虫……、
これには共通点があります。
・人類の共通の敵。
・ほっておけば、世界中に広がる。
・対策にコストがかかる。
この3つです」
と私は言った。
「たしかに……、
つまり勇者殿は、
この魔物の情報を他国に提供すれば、
我々は魔王軍討伐のコスト削減ができると……。
そうお考えなのですか」
と賢者ムスメサンは眉間にしわを寄せた。
この表情は、
まだ腑に落ちていないようだ。
ムリもない。
今までの観念を塗り替える提案だ。
時間はかかるだろう。
「そうです。
まぁ私も、この考えは始めは理解できませんでした。
しかし、実際にコストが減っているのを見て、
問題が早期解決しているのを見て、
これは事実なのだと実感したのです。
だから、さすがの賢者殿や王族、貴族など頭のいい方でも、
すぐに理解はできないでしょう。
熟考すれば、これしかない事が理解できますが、
常識的ではないかもしれませんので」
と私は苦笑いをした。
少々煽ってしまったが、
大事なことだ。
まぁいいだろう。
それに独占したいのなら、それで良い。
困るのは彼らなのだから。
「勇者殿……、
あなたの今使った言葉は、
とても強い。
今……
我が国の喉元にナイフを突きつけられた。
そんな気がしています。
そのナイフが、顎髭を剃るためのものなのか。
それとも、喉を掻っ切るためのものなのか。
私にはわかりません。
しかし、あなたの人柄を見ていると、
そして、あなたが選ばれた勇者殿であるところを踏まえると。
あなたが間違っているとも思えない。
しかし、同時に我々が愚かであるとも思えないのです。
ですから、これは王や騎士団長と相談して決めたいと思います」
と賢者ムスメサンは肩を落とした。
「もちろんです。
情報を共有するというのは、
勇気が必要な行動です。
ですから、
できないからと言って、恥ではない。
私はあなた方の、行動を尊重します」
と私は頭を深く下げた。
賢者ムスメサンは目を閉じ、唇をかんだ。
唇の色が少しくすんで見えた。
……
王と賢者ムスメサン、騎士団長の話し合いは、1週間にもおよんだ。
その間の公務は全て取りやめられ、
この議題の1点に絞られた。
すなわち、共有するか、独占するか……。
そして最終的に、決定は大司教によるサイコロによって決められる。
結果は『共有』だった。
サイコロの提案を出したのは、賢者ムスメサンだと聞いた。
私は彼にこう言った。
「賢者ムスメサン……あなたは天才だ」
彼は首をかしげる。
「責任を神に預けて、国を割らずに決めた。これは、天才のやり方だ」
と私は言った。
賢者ムスメサンは、不敵な笑みを浮かべた。
この男……
策士なのかもしれない。




