買い物と一波乱
「~♪」
前を歩くみちるは機嫌よさげに鼻歌を歌い、葉の緑も混ざってきた桜並木をのんびりと進む。
私はそんなみちるの斜め後ろの位置をキープしながら、やはり舞い散る桜の花に気を取られ、チラつく過去に心を奪われかけていた。
「綺麗よね、ここの桜並木。小さい頃から毎年ずっと見ていたけど、今年も見れて良かった」
「……そうですか」
心ここにあらずな返答をしてしまい、しまったと自身を戒めるも、やはり目は桜の花びらへと縫い付けられたように向いてしまっていた。
しばらく沈黙が流れ、石畳を歩く靴の音だけが妙に大きく聞こえていた。
風がふわりと吹き抜け、舞い上がった桜の花びらが二人の間をすり抜けていく。
みちるがほんの少しだけ歩くペースを落とし、私の横に並ぶ。
「……ほら、早く行こ。早く行かないとお店閉まっちゃうし」
「……はい」
また早くなったみちるの歩くペースに合わせ、次はしっかりと彼女の隣をキープし歩く。
桜並木を抜け、しばらく歩くと人通りと車の多く行き交う道へと差し掛かり、さらに歩いた視界の先にショッピングモールが見えてきた。
ガラス張りの大きな建物。駐車場は平日にもかかわらずそこそこの車で埋まっていて、正面入り口の前は家族連れや学生たちで賑わっていた。
「ここがこの街のショッピングモール。まぁ、そんなに大きいってわけじゃないけど、必要なものはだいたい揃うのよ」
みちるが胸を張るように説明する。
私は彼女へ頷き相槌を打つと、一度立ち止まってじっとモール全体を見上げていた。
「……大型複合施設、入口付近は視界不良区域多し。死角多数。人の流れ──、密集率やや高め……か」
小声で呟き、自然と体の力が少し強張っていく。
「何ブツブツ言ってるのよ、怖くないわよ?」
みちるが少し困惑したように眉をひそめる。
「……初めてなので、状況把握をしています」
「ああそっか。アリサってこういう所、来たことないんだっけ」
小さく頷き、網膜に表示したナノマシンのモニターで行き交う人々を注意深く観察する。
「心配しなくても大丈夫よ、警備員のおじさんもいるし、同い年くらいの子もいっぱいいる。何かあったらすぐ逃げちゃえばいいのよ」
みちるは笑いながら、私の手首を軽く引いた。
「行くわよ、まずは文房具屋さん!」
「……承知しました」
自動ドアをくぐり、モールの中へと入っていく。
途端に、外の静けさとは打って変わって、照明のまぶしさと様々なアナウンス、人々の話し声が入り混じる空間が広がっていた。
正面に見えるのはスーパーマーケットだろうか、売り場入り口には山積みになった野菜や果物が並び買い物客を出迎えている。
さらに悩ましいのが店の奥から美味しそうな香りが漂ってくる事。自制心を持たねばふらふらと匂いのする方へと足が向いてしまいそう……。
「ッ!」
脳裏に電流が弾けるのを感じ、その場に立ち止った。
この世界に来てから初めて悪意感知に反応があった。気配を感じた方向を見るも、人が多すぎて誰が悪意の発信源なのか分からず、思わず目を細めてナノマシンによる索敵を行おうとする。
「アリサー! 迷子になるわよ! こっちこっち!」
いつの間にか遠くに離れてしまっていた自分を呼ぶみちるへ手を挙げて応え、悪意反応は気になるものの、彼女を追ってその場を後にした。
通い慣れているのか、迷いなく迷路のようなモールの中を歩くみちるを見失わないよう、足早に彼女の隣をキープする。
「文房具屋さんはこっちよ、ほらアリサ、ついてきて!」
「……承知しました」
先程感じた悪意感知が、まだ頭にチリチリと警告を発するも、みちるを心配させぬよう、何事もなかったように淡々と歩を進める。
目は絶えず動かし周囲を警戒しつつも、歩幅を乱さない。
やがて、黄色い看板が目立つ文房具店に到着した。
「到着! さあ、いろいろ見ようっと~♪」
みちるは早速、カゴを手に持つと店内を歩き出した。ノート、ペン、ファイル、付箋……どれもカラフルで華やかさを感じさせる。
「新学期だから、新しいノートと……あ、マーカーも欲しい!」
私は彼女の後に続き、興味深く店内を見回し、ふとある事に疑問を感じ、足を止めた。
「……この店舗は物品の種類は多い。しかし同じ機能なのに何故価値に差を付ける必要が?」
「え? ……そうね、それだけ品質が良くて、長持ちするからかな。あとは可愛いから!」
みちるは笑いながら、目の前の陳列棚からキラキラとデザインされたシャープペンを手に取る。
「これ可愛いな~! アリサはどんなのが好き?」
「……用途に応じてコストを抑え、無駄な機能の少ない物を選ぶのが最適かと」
「はぁ……ほんとにあんた、おしゃれとは無縁の世界に生きているのね」
みちるは呆れ顔でため息をついたが、それでも微笑んでいる。
「ほら、せっかくだし、アリサも何か一つくらい買えば? 新しい生活だし!」
みちるに促され、目の前に並ぶ商品棚をじっと見つめた。
色とりどりのノートやペン、何種類もある消しゴム。……どれも原始的で、未知のものばかりだ。
もし自分がこれらを買うならやはり低コストで品質の良い物に限る。
薄くナノマシンを展開させ、並んだ商品の材質から品質、不良の有無を検品しより良い物を選ぶ。
「……? おばあ様から電話? ごめん、ちょっと選んでいて」
マダムからの電話に対応し、少し離れた所で話をしていたみちるが、突如素っ頓狂な大声を出した。
「はぁぁぁぁっ!? どうやって……! ……ええ、おばあ様の事だからそう言うと思っていました……。はい、二人分購入します……」
電話を切り、ぶつぶつと何かつぶやいているみちるを、首を傾げながら見つめる。
大きなため息をついて、心を落ち着けたのか、咳払いをしながらみちるが口を開いた。
「……こほん、アリサ、あんたも春休み明けから同じ学校に通うみたいよ……良かったわね」
「……?」
一体どうやったのか、マダムはこの短期間の間で私の転入手続きを終えていた。
つまり私は……みちると同じ中学二年生として、快晴学園へと通う事となる。
「……ありがとうございます、感謝します」
「帰ったらおばあ様にお礼言わないとね……あと事情聴取も」
みちるは苦笑しながらも、新しいペンケースをカゴに入れ、あちこち回りながら必要なものを揃えていく。
途中から私が買い物かごを持ち、後ろから静かについて歩くだけだったが、次々とかごに積まれていく文具の量に冷汗を流し、学校へ通うという事の大変さを実感する事となった。
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「ふぅ~、よし、買い物終わり!」
みちるがカゴをカウンターに置いてレジを済ませると、さっと袋を受け取って持つ。
「……荷物は私が」
「ありがと、助かるわ~♪」
みちるは上機嫌で振り向くと、腕を組んで辺りを見渡した。
「さてと……アリサ、お疲れでしょ。休憩していきましょ?」
「……別に問題はありませんが」
「休憩は必要なの。ほら、あそこ!」
視線の先に、モールの一角にあるガラス張りのおしゃれなカフェが見えた。木目調のテーブルと観葉植物が置かれた店内は、女性客が多く賑わっている。
「ちょっと混んでるけど……まあいいか。行こ!」
店員に案内され、二人は角のソファ席に座った。
「私、ストロベリーパフェにしよっと!」
メニューを見てすぐに笑顔で決めるみちる。
「アリサは?」
「……私は」
夢に見たデザートを食べるチャンス。そう少し考え込むが、メニューの写真と値段をしばし見つめ、お金を持たぬアリサにはみちるに負担をかけるわけにもいかず、最終的に下した結論は………。
「……アイスコーヒーで」
「やっぱり、そういうの頼むと思ったわ~」
みちるはクスクス笑って、店員さんを呼ぶ。
注文の品が届くと、みちるは目の前のパフェを見て早速目を輝かせる。
「わぁ~っ、美味しそう~♪」
私は無言でアイスコーヒーのストローを手に取り、そっと一口。
「……ふむ」
ほんの少しだけ目を細める。
苦みと共に、キリリとした強い酸味、深いコクが舌の上に広がっていく。ホットコーヒーとはまた違う味わいに、暫し口内の感覚を分析していた。
「なーに?また脳内で食レポしてる?」
みちるがにまにまと笑う。
「……はい、しかしマスターの淹れるコーヒーに比べると、味と香りが著しく劣」
「はいそこまで! ……おじい様のコーヒーを褒めてくれるのは嬉しいけど、それ以上はダメよ」
澄ました顔でパフェをすくい、ぱくりと食べると、思わず幸せそうに笑顔を浮かべる。
「……でさ」
みちるはスプーンを持ったままアリサを見た。
「学校、ホントに行くんだね。なんか不思議な感じ」
「……私も、正直、実感はありません」
至極、淡々と答える。
「……でも、柚木あかりがいる場所です。私にとっても、興味深い場所でしたので」
「柚木あかり……? 嘘、知り合いなの?」
「はい、昨日桜並木で図書館まで案内してもらい……私を友達と、言ってくれました」
みちるは何となく不機嫌そうにパフェへとスプーンをざっくり貫くように突き刺した。
「……ふーん。へぇ~……」
「……??」
不機嫌そうに眉をへの字にしたみちるに、また何かしてしまったのかと、首を傾げた。
急にヤケ食いでもするかのようなスピードで不機嫌にパフェを食べ進めるみちるに対し、パフェの減る量に合わせて少しずつアイスコーヒーを飲む。
カランッと空になったパフェグラスにスプーンを置くと同時にコーヒーを飲み干し、みちるへと丁重にお礼とお辞儀をする。
「ご馳走様でした」
「ん。……さ、帰りましょ。帰ってお店手伝わないと」
ツンとどこか棘のある言い方で先に席を立ったみちるを、両手いっぱいの荷物を素早く回収し、持ち上げて追いかける。
……しかし、先に足早に席を立ったのは意地悪ではなく、荷物を持つ私を待たせないように、先に会計をする為だと追いついた時に悟り、背を向けている彼女へ心の中で礼を言った。
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窓の外に見える日の光も傾き、夕方の赤い温かな日差しが眩しく照らして、思わず目を細めてしまう。
奇妙な居候への罪滅ぼしも兼ねて出てきた買い物は、つい楽しくなって、遅くなってしまった。
モールの出口へ向けて二人で歩いていると、隣のアリサが急に立ち止まり、視界から消えた。
(また何か見つけたのかしら?)
そう思って、振り返ろうとした時だった。
「キャー!!!」
女性の金切り声が上がり、人々の騒めきと荒々しく走る足音がこちらへ近付いている。
「な、何!?」
視線を向けると、ガタイの良い男が右手に刃物、左手にカバンを手に人混みを刃物で威嚇し道を開けさせながらまっすぐこちらへ突っ込んでくる。
「邪魔だ!どけぇ!!!!」
「ぁ……え!?」
正面から迫る男と目が合ってしまい、気迫に圧されて足が竦み、その場から動けなくなってしまった。
男との距離が間近へと迫った時、周囲の音が消えたように感じ、さらに時の流れすらゆっくりに感じていた。
「どかねぇならッ!!」
そして振りかざされる刃物に、自身の過去——目前に突き出された蜘蛛を思い出してしまい、強い拒絶の感情が胸の奥から溢れ出そうになり、あの時と同じように身体が熱くなった。
(こんな人の多いところで、あの時のような魔法を使ってしまったら……私は……!)
ドクンッと鼓動が強く脈打つ、あと数歩……。
覚悟を決めないと、隣のアリサまで……!
反射的に両手を男へと突き出すように動かそうとした、その時——視界に綺麗な銀髪が躍った。
「……ッ!」
次の瞬間、早送りでもしたかの勢いで、男が床に叩きつけられていた。
ドンッと地震が起きたかのような揺れと、固いはずの床の塩ビタイルにひび割れすら入り、叩きつけられた男は「がはっ!?」と息を肺から絞り出されたような悲鳴を漏らし、気を失っていた。
周囲の喧騒が嘘のように静まり返り、モールの案内アナウンスとBGMだけが響く、異様な空気が張り巡らされていた。
「かっ確保ー!!」
呆気に取られていた警備員達が我に帰り、倒れた男を取り囲み押さえつける。その光景を見て時が動き出したかのように一気に群衆が色めき立った。
「…………あ、あぁ」
全身から力が抜け、その場へペタンと座り込んでしまう。
極度の緊張から解放されたせいか、涙すら滲んできた。
「……お嬢様、お怪我はありませんか?」
相変わらず、何の感情も移さない無表情の顔。
(こんな事をしておいても眉一つ動かさないんだから……)
「ぅ、うん……ありがと……う……」
きゅっと手を引かれ立ち上がらされる。その温かな手の温もりに、遅れて恐怖が全身を包み込んできた。
視界をあっと言う間に涙で滲ませ、ぽろぽろと涙を零れさせる。
「あれ……? あれぇ…………?」
止めようと思えど、まるで言う事を聞かない、次第に声も震え呼吸すらもままならず、嗚咽が漏れだしてしまう。
そんな私を見てアリサはオロオロと困ったように周囲を見渡して、何を思ったのか優しく抱きしめてくれた。
(もう我慢も限界……)
周囲をはばからず、私はアリサを抱き返して号泣し、彼女の服の肩を涙で染めた。
アリサは私を慰めるように、時々ポンポンと優しく背を叩き、ひったくりにあった被害者の女性が礼を言いに来ても、私を抱いたまま、言葉少なく「……当然の事をしたまで」とだけ告げていた。
まもなく到着した警察への聞き取りも、私はずっとアリサにくっついたまま受け、ようやく彼女を離したのは、おじい様が真っ青な顔で駆け付けた時だった。
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「すまないねぇ、アリサさん」
「……いえ。お嬢様は軽いので、問題ありません」
ショッピングモールからの帰り道、マスターは何度も私へお礼を言い続けていた。
本当は、マスターが泣きじゃくるみちるを負ぶって帰ろうとしていたが、みちるが私の腕を離そうとしなかった。
故に、私が持っていた大量の荷物をマスターが両手に抱え、私がみちるを背負う形となっている。
「本当に、二人が無事で良かった……。警察から電話が来た時は、私が倒れてしまいそうだったからね」
そう言うマスターの目は真剣で、どれほど彼が心配していたか、慮る必要もない程容易に感じ取れた。
「……マスターとマダムからお嬢様の事、頼まれましたから。それに、アレ程度なら造作もありません」
そう言って、自分の背中に背負った泣き疲れて眠るみちるを一瞥した。
すっかり日も落ちてしまい、街灯に照らされた桜並木をマスターと二人歩く。まもなく喫茶店が見えてきて、その玄関の前には、心配そうにこちらを見つめるマダムの姿があった。
「おかえりなさい……!」
駆け寄ってきたマダムは、まずマスターの両手いっぱいの荷物を見てびっくりし、それから私の背中で眠っているみちるを見て、目を見開いた。
「みちるちゃん……!」
マスターが荷物を玄関先に下ろしながら、安心させるように言う。
「大丈夫だよ、ケガひとつない。ただ……少し怖い思いをして、疲れて眠ってしまったんだ」
「……そう……本当に、無事で……」
マダムは胸に手を当て、ほっと大きく息をついた。その目には、うっすらと涙が光っていた。
そして、私の方へと視線を向けた。
「アリサちゃん……本当にありがとう。あなたがいてくれたから、うちの子は無事で帰ってこられたのよ」
「……私は、当然のことをしたまでです」
特に誇る事もなく、ただ静かに頭を下げた。
マダムは感極まったように私をしばらく見つめ、優しく微笑むとそっと私の肩を撫でた。
「……ありがとうね。本当に……ありがとう」
その温かな手のひらの感触に、一瞬だけ、目を細めた。
「さあ! まずは中に入りましょう。みちるちゃんを休ませてあげないと……」
「……はい、お部屋までお連れします」
背中のみちるをそっと担ぎ直し、マスターとマダムに続いて玄関の中へと入っていく。
玄関を抜けると、先にマスターが荷物を抱えてリビングへ向かい、マダムはすぐに私を気遣うように手を伸ばした。
「アリサちゃん、重いでしょう? 私が代わりに……」
「……いえ、大丈夫です。お任せください」
そっと首を横に振り、そのまま階段の方へと視線を向ける。
「ええ……お願いね」
ゆっくりと、しかし確実な足取りで階段を上がっていく。
背中で眠るみちるは、深い呼吸を繰り返しながら、時折ぎゅっと私の服を掴んでいた。
(……本当に、今日は大変な一日でしたね)
そんなことを考えながら、ドアにかけられた<みちる>のネームプレートを確認し、そっとドアノブを回す。
部屋の中はカーテンも閉まっている上に、外の日も沈み切って薄暗く、廊下から差し込む光だけが室内をぼんやりと照らしていた。
慎重に歩みを進め、みちるのベッドのすぐそばでそっと膝をつく。
「……お嬢様?」
声をかけても返事はない。完全に夢の中だ。
ゆっくりと両腕からみちるの体を解き、ベッドの上へ優しく寝かせた。
その瞬間、みちるが小さく呻いて、私の腕をぎゅっと握った。
「うぅ……アリサ……」
それは、かすかな寝言だった。
みちるの顔をじっと見つめ、彼女を起こさぬよう、しばらく動かなかった。
そして、静かに囁く。
「……大丈夫です。もう、何も恐れることはありません」
握られた手をそっと外し、布団をかける。
眠るみちるの表情が、ほんの少しだけ安らかになった気がした。
そっと立ち上がり、ドアの方へ向かう。その手がドアノブにかかる直前にもう一度だけ振り返り、みちるの顔を眺めて深く息をつく。
そして音をたてないように部屋の外へ出ると静かにドアを閉めた。
以上、お出かけ回でした。
アリサの身体能力に関しては、素の状態でも出力は変わらず出すことが可能。しかしパワードスーツを着用していないと認識阻害性能や防御力が著しく低下します。
それでは次回もお楽しみに~!




