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気が付けばニチアサ世界に紛れ込んだみたいです  作者: 濃厚圧縮珈琲
第一部 第四楽章 重なりゆく祝福の調べ
46/87

響く祝福に、忍び寄る轟き!

「いっくよー!!プリズム・シャイニングキィーック!!」


「ワッルイゾ!?」


エンジェルの鋭いキックがワルイゾーの足を捉え、バランスを崩させて地面へと電柱を模した細長い身体を打ち据えさせる。


そこへすかさずソラリスの燃え盛る槍と、金銀の残光を残すエストレアのチャクラムが投擲され、暴れる電線のムチを焼き切り次々と切断していく。


「今だよっ!」


追い打ちとばかりに起き上がろうとしたワルイゾーの頭部を再度叩きつけ、エンジェルが振り返りながらソラリスを見た。


「任せて、私が!」


ソラリスが胸のパクトへ手を当てると、想いに呼応するようにパクトが白銀のバイオリンへと姿を変える。


「導きの旋律!サンライズ・ルミナ・プレリュードッ」


彼女の奏でる音色に合わせて、魔法陣が回転を始める。


地面を伝って紅と金の光が走り、ワルイゾーの身体へその光が届く。


「ワル……ウゥ……」


「……大丈夫、もう怖くないよ」


彼女の言葉が、バイオリンの音と重なり、優しくワルイゾーの心へと染み込んでいく。


紅蓮の旋律が夜の帳を払い、金色の光が大地を抱擁する。

太陽の柔らかな輝きがすべてを包み込み、そっとほどいていく。



やがて、旋律がゆるやかに終わりへと向かうにつれて、ワルイゾーの身体を包む黒い瘴気が完全に剥がれ落ち、電線より放たれていた電流も収まり、次第に身体の輪郭が薄くぼやけ、日の光に導かれるように消えていった。


後に残されたのは重力に逆らうように、ふわりと空中に浮かび上がるハーモニック・ジュエルだ。


エンジェルがハーモニック・ジュエルを両手で包み込むように優しく回収し、胸元のパクトへ近付けると、ジュエルから温かな光が溢れ出し、奪われた感情が解放され元の持ち主達へと戻っていく。


「はぁ……また私の負けね。そろそろワルイゾーじゃ歯が立たないのかしら」


ブツブツと小声で独り言を残し、ミーザリアは次元の穴へ消えた。


「さっすがソラリスソラ~!カッコいいソラ~!!」


「やったね……!」


近くの民家の屋根に隠れて見守っていたソラシーと、エンジェルの弾んだ声に、エストレアとソラリスは笑みを浮かべ、顔を見合わせる。


――でも、ワルイゾーを浄化してディスコードを撃退したらはい終わり、では済まされない。

彼女達には戦った後に、必ずやる事がある。



エストレアが一歩前へ踏み出し、パクトをフルートへと変化させると、そっと口元へ添える。


「アモローソ・ミラージュ」


息を吹き込むと、星のフルートは小さく震えながら、銀色の光と共に澄んだ音色を空へと高く高く舞い上げ、広範囲へと響かせていく。


戦いに巻き込んでしまった人々の記憶から恐怖を取り除いて夢見心地のように癒し、ブレッシングノーツの少女達の姿もその活躍も、優しい旋律と光で包み込み、夜明けに消えていく星々のように穏やかに消し去っていく。



キラキラと夜空の星々のような銀色の輝きが降る中、心へ響くフルートの音色の余韻に浸りながらエンジェル達は変身を解き、制服姿へと戻っていく。


「んん~っ!今日もお疲れ様ぁ~!あおいちゃんもみちるちゃんも最高だったよーっ!」


あかりが背伸びをしながら、元気ににっこり笑顔を浮かべる。


「あかりも凄かったよ。また早くなったんじゃないかな」


「あおいのチャクラムも正確よね、欲しいところに援護が来てくれるし、動きやすいわ」


「んん~っ!やっぱり私達、最強だよーっ!!」


ふざけてあかりがあおいへと抱き着き、あおいが「危ないよー?」とジト目で言いつつも表情を綻ばせていた。


「ピッピッ!ブレッシングノーツがいれば安泰ソラ~!」


ディスコードが退却した事により周囲を覆っていた赤黒い雲も立ち消え、日差しが町を照らす。


今日は久し振りの晴れ空。もう17時を過ぎているにも関わらず、まだ高い位置にいる太陽の光が眩しく、あかり達の笑顔をさらに輝かせていた。


「さ、帰りましょ?遅くなっちゃったわ」


パンパンとみちるが手を鳴らし、まだじゃれつくあかりへ促す。


「んん~。そうだね、かえろっ!お腹空いちゃった!」


「まったくもう。あかりは単純なんだから」


三人の顔には希望が、自信が浮かんでいた。

あかりの言う通り、この三人でならどんなワルイゾーだって倒せる。もしかしたら……自分達のチームワークは最強かもしれないという驕りと油断が、徐々に三人を蝕んでいる事に、誰一人と気付いていなかった。




———————————————————————————————————




ミーザリア襲撃の翌日。

カレンダーはあっという間に金曜日まで進み、放課後の図書委員の業務当番も今日で終わりだ。


昨日とは打って変わり、朝から小雨が降ったり止んだりを繰り返し安定しない空模様。

静かな図書室では、耳を澄まさずとも窓の外の静かな雨音すら聞き取れていた。


あおいが貸出カウンターに座って、昼休みに返却された本を整理し名簿へと印押しの作業を進めていると、廊下から図書室を目指し歩く足音が。


小さく小刻みで少し早歩き、この足音は……ミカのものだろう。


ガラリと音を立てて扉が開かれると、そこには予想通りミカが鞄を握りしめて立っていた。


「お疲れ様です……!杏堂先輩、今日もよろしいでしょうか……!」


「いいよ。……でも、これだけ終わらせてから行くから、それまでみちるに頼んでもらっていい?」


「は、はいっ……!恐れ多いですが……!」


ミカがトトトっとカウンターの前を通り過ぎ、奥の読書スペースの机へと鞄を置き、筆記用具と便箋を取り出し、机の上に広げていく。


手紙の下書き、言い回しの案、可愛いレターセットの試し書きまで……どれも、いくつもの迷いや想いを重ねた証だ。


すぐに処理の終わった本を棚へ戻す作業をしていたみちるがミカの元へとやってきて、微笑みを浮かべながら何事か会話をやり取りし、ミカの隣の席へと座った。




それより少し後、あかりが手伝ったおかげ仕事を手早く片付け、ミカの元へ合流した。


みちるのアドバイスもあってか、二人はもう最後の確認作業に差し掛かっていた。


「……うーん、やっぱりここを、ただの『おめでとう』じゃなくて、『本当に、おめでとう』にしてみたらどう?少しだけ気持ちが深くなる気がする」


完成した下書きを指で辿りながら読むみちるの隣で、小さく頷きながらミカが少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「……こっちの方が、私の気持ちに近いかも。ありがとうございます、楠先輩……」


「どういたしまして。佐伯さんの言葉がちゃんと届くようにしたいだけだから」


少し目を伏せながらも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるミカに、みちるも優しく目を細めた。


数日前、悩みながらここを訪れたときの彼女の姿を思えば、今のミカは見違えるようだ。


少しずつ、自分の言葉で誰かに想いを届けようとしている。

誰かを想い、真剣に向き合うことは……本当はとても勇気のいる事で、難しい事。


しかし彼女はあおい達の力を借りつつも、しっかりと自分の力で手紙を書き上げたのだ。


「ふっふっふ、お待たせしましたーっ!ここからは私達も一緒に考えるよっ!」


「あかり、声が大きいわよ。……図書室だってこと、忘れてないでしょうね?」


あかりは慌てて口元を手で押さえ、「えへへ、つい……っ」と小声で笑う。

けれどその瞳は、どこか嬉しそうにきらきらと輝いていた。


あかりはミカとあおいの間から、広げられた便箋をのぞき込んだ。


「わぁ……いっぱい頑張ってるね! これ、もう完成かな?」


「は、はい……。なんとか、間に合いそうです……!」


「すごいすごいっ! 絶対喜んでくれるよ!」


 ぱぁっと明るく褒めるあかりの言葉に、ミカの頬が照れたように染まる。あおいも後ろから机をのぞき込み、口元に手を添えて小さくうなずいた。


「よく書けていると思うよ。きっとお姉さんも喜んでくれるはず!」


「はい……ありがとうございます……!杏堂先輩におすすめしてもらった本も、凄く参考になったんです!」


あおいは本棚へと一瞬目を向け、微笑みながら口を開いた。


「ん……それなら良かった。きっと本も喜んでいるよ」


「ここに、図書室に来て……杏堂先輩に、楠先輩に、柚木先輩に会えて良かったです……!」


照れながらも、ミカはしっかりと返事をした。


その姿に、三人は思わず微笑み合う。雨に濡れ、涙を浮かべながらこの図書室に来た時とはまるで違う、柔らかな表情を浮かべるミカの言葉に、三人は胸が温かくなっていた。


「それじゃあ、清書……してみます!……明日までに、ちゃんと声に出して読めるようにしたいし」


「大丈夫?読む練習とか、結構ギリギリかもしれないけど」


「だ……大丈夫です!書きながら読む練習もしてみます。……でも人前で読むの、怖いなぁ」


「……今日は佐伯さん以外誰も来ていないし、良ければここで練習していく?」


あおいの言葉にあかりとみちるも同意するように頷く。


「私……感動して泣いちゃうかもしれないけど、ちゃんと聞くよっ!」


「ここなら失敗しても大丈夫だから、ね?」


先輩達の言葉に勇気付けられたのか、ミカは深呼吸をひとつして、便箋を手に取り立ち上がる。


その目はまっすぐで、言葉を紡ぐことに対して、もう迷いは見られなかった。


静かな図書室。雨音がわずかに聞こえる空間に、小さな声で読み上げる彼女の言葉が優しく響く。


――明日、心からの「おめでとう」を、ちゃんと届けるために。




———————————————————————————————————




そこは、薄暗い闇に包まれた、時空の狭間に存在するディスコードの本拠地たるオペラハウス。


建物から出ればわずかな地面の先には奈落が口を開けて待ち伏せている。ここから落下すれば、どうなるのか、それは誰も分からない。


ただ、ロクなことにならないのは間違いないだろう。




このオペラハウスの中にあるコンサートホール、その中央に鎮座する次元の扉。その扉が一人でに開かれ、出現した次元の穴を通り抜け、ミーザリアが不機嫌そうにホールへと降り立った。



彼女はそのまま足早に舞台から降り、自室へと戻ろうと廊下へ続く扉に向けて歩を進めていたが、扉の前に佇み腕を組んで立ち塞がる人影があった。


「……ご機嫌いかがかなミーザリア!今日の公演はどうじゃった?」


「……嫌味かしら男爵。残念ながら、今日も無駄にミュートジェムを失っただけよ。あの子達……戦う度に強くなっているわ」


ミーザリアは憎らし気に眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように呟いた。そんな彼女の様子を見て男爵は、ポリポリと頭を掻きながら目を泳がせ、咳払いをひとつ。


「ん”ん”っ!なればこそ、ワシのバクオンダーが全てを解決させよう!……まぁ見とけや、ワシの一世一代の晴れ舞台をなッ!!ガハハハハッ!」


今はうるさいオヤジには関わってられないと、ミーザリアは高笑いをする男爵の横をすり抜けて、扉を開け、廊下へ足早に去っていく。


そんな彼女の背中が見えなくなった後、男爵は小さくため息をつき、ポケットへと手を突っ込みながらクレシド卿のバーへとゆっくり歩いていく。


「やれやれ……。どうなる事やら……」


刻々と迫る出撃の時に、彼は一抹の不安を抱えていた。


今も彼の部屋で妖しい輝きを放ち続けるミュートジェム、これにより生みだされるバクオンダーは、間違いなく今までのワルイゾーとは一線を画す強大な力を誇るだろう。

自身の抱く爆音の芸術への情熱を、これでもかとばかりに籠めに籠めたワンオフのミュートジェム。


もはや負ける未来が全く見えない。それぐらいの長い時間と自身がフラフラになるくらいまで毎日毎日魔力を注ぎ込み続けたのだ。


でも……万が一。もし、もしもだ……。これでもあの娘っ子達……いや、ブレッシングノーツに打ち勝つことが出来なければ……。どうすればいい?



「……なんだ男爵、貴様らしくないへちゃくれた顔をして。酒が不味くなるぞ」


クレシド卿の冷ややかな声にふと顔を上げると、気が付けばもうバーカウンターへと辿り着いていた。

カウンターに置かれたグラスに映り込む自分の顔を見て、こりゃ酷いわいといつも通りの笑みを浮かべる。


「ガハハッ!ワシとて悩む時もあるわいッ!それよかクレシド卿、勝利の美酒は何が良いかね!?」


「フッ……本当に勝てるのなら、この棚にあるどの酒を開けても良いぞ?」


「ほぉう……?なら隠し棚の左から4本目のワインを頂こうかッ!」


「んなっ……貴様っいつの間に」


「くっくっく……紳士の嗜みとして、普段から嗅覚と観察眼は鍛えておるのだよ、クレシド卿ォッ!」


得意げに胸を張ってみせる男爵だが、その笑みの奥には、僅かに揺れる不安の色。


「まぁ、次にゃ負けんさ。勝って、美酒に酔って、拍手喝采ッ!……そうなるはず、そうなるのじゃ!」


言い聞かせるように、グラスを傾ける。


それは、鼓舞か、それとも祈りか。


オペラハウスの静寂を切り裂く一陣の風。

いよいよ、男爵による爆音の芸術が世界に響き渡る時が迫っていた。





———————————————————————————————————





土曜日の朝空は、まるでバケツをひっくり返したかのような、空が泣き叫ぶかのような土砂降りだった。


窓の外では風が唸り木の葉やチラシなどを巻き上げ、街を包む灰色の水のカーテンが朝の光を遮っている。


ペットの猫、くろみつのふみふみ攻撃で目覚めてから、すぐに身支度を済ませたあおいは、窓へ降り注ぎ次々伝っていく大粒の雨を目で追いかけ、佐伯ミカの事を想った。

ジューンブライドだからと、6月に挙式を決めた彼女の姉は雨女だと語っていたが、まさかここまでとは。


あおいは思わず苦笑しながら窓辺から離れ、机のノートパソコンの電源を入れる。

システムが立ち上がり、検索サイトを開くと目に入った天気予報の項目をクリックする。


天気予報を見ると残念ながら一日強雨の予報。せめて挙式のあるという10時頃だけは弱まってくれると良いが、見た感じでは厳しそうだ。


「あおいー?朝食出来てるわよー」


「ありがと、すぐいくよ」


母詩織の呼び声に応え、もう一度窓の外を一瞥してからリビングへと向かった。



キッチンと一続きになったダイニングでは、トーストの焼ける香ばしい香りと、コンロの上で煮立つコンソメスープの湯気が、空の色とは正反対にあたたかな空気を漂わせていた。


詩織が焼いてくれた目玉焼きとハムが、ちょうどテーブルに並べられている。


あおいの部屋からいつの間にか居なくなっていたくろみつは、一足先にカリカリをバリバリと音を立てながら食べていた。


「はい、お待たせ!最近雨の日ばかりで残念ね……今日はお友達と予定あるの?」


「いただきます。今日は……どうだったかな」


椅子に腰を下ろし、曖昧な返事をしながらマグカップのミルクティーに口をつける。


「……おいしい」


リビングの点けっぱなしになっているテレビへ目を向けると、今はこれがトレンドだと大袈裟にレビューを口にするアナウンサーと専門家による情報番組が流れていた。


「今日は雨酷いみたいだから、もし外出るなら気を付けるのよ?」


「ん……みたいだね、気を付けるよ」


願わくば、何もありませんように。


そう心の中で祈りを捧げながら、ゆっくりと朝食を食べ進めるのだった。




食後、洗い物を手伝い自室へと戻ったあおいは、スマホのグループチャットに数件の通知が来ている事に気付き、アプリを立ち上げる。


ざっと読んでいくと、あかりが佐伯さんの結婚式を心配する内容と、変な寝癖のついたソラシーの写真が載せられ、みちるがそれに反応している内容だった。


『雨は残念だったね、こればかりは私達にはどうしようもないから、無事に終わる事を祈ろうよ』


『あと、今日もソラシーは可愛いね』


この二文を送ると、すぐさま既読が付き、あかりから返信が来る。


『そうっ!でもソラシー恥ずかしがってすぐ直しちゃったんだ~』


「ふふっ……」


二人。……いや、一人と一羽のやり取りが目に浮かぶようで思わず笑いが込み上げてしまう。


今日も平和に一日を過ごせそうだとスマホを机に戻し、本棚から今日の気分的に何を読もうかと背表紙を指で撫でながらこれだという作品を探す。


「……ん、これにしよう」


あおいが手に取ったのは――童話。小さい頃から良く読んでいた『音楽家の三兄弟』の話だ。


不思議とこの物語を読むと、いつもあおいは心が温かくなり、いつかこの三兄弟の奏でる音楽を聴いてみたいと焦がれるのだった。



ゆっくりと読み上げると、名残惜しそうにぱたんと本を閉じ、表紙を優しく撫でる。


「……たまには、こういうのも悪くないかな」


笑みを浮かべながら、本を棚の元の位置へと戻し、次に読む本を選ぼうとした――その時だった。


手首に着けたブレッシング・リンクがブルブルと大きく震えた。


「ッ……!」


すぐに反応し、袖をめくる。画面に映し出されていたのは、ソラシーによく似た鳥が右往左往しているアニメーション――ディスコードの襲撃だ。


「……まさか二日続けて来るなんて」


その瞬間、あおいの心に走ったのは焦りでも、恐怖でもない。


ただ一つ――とても()()()()だ。


すぐにあかりからの通話の通知が鳴り、あおいが参加すると同時にみちるも通話へと合流した。


『二人共っ!今日もディスコードがっ!』


「うん、確認してる。お母さんにはみんなとの用事があるかもみたいに言っておいたから、すぐ出れるよ」


『さっすがあおいちゃんっ!私はちょっぴり遅れちゃうかもだけど、すぐ行けるように説得するっ!みちるちゃんはっ?』


『……アリサが残って仕事するって言ってくれたから、出れるわ!……でも、この天気じゃ雲が見にくくて……!』


あおいも話しながら自室の窓を開けると、雨風が一気に顔へ襲い掛かる。

それでも負けずにリンクの示す方角へ目を凝らすも、特徴的な赤黒い雲は今日の灰色の厚い雲に隠され家からは見る事が出来なかった。


「とりあえず、リンクの示す方向へ行ってみるよ。発見したらすぐ連絡入れる!」


『分かった!じゃあみんなまた後でねっ!』


通話を切ると、撥水加工された薄いジャンパーを羽織り、足早に自室を後にする。


掃除機をかけている母にいってきますを告げ、あおいは濡れるのを覚悟の走りやすさ重視でスニーカーを履き、マンションを飛び出した。


最初は傘をさしていたが、思ったより強い雨風に煽られ、こうなればどっちも変わらぬと傘をたたみ、水たまりも構わず走り続けた。


「はぁっはぁっ!」


運動不足なのは否めずに、すぐに息が切れてしまう。変身している間ならもっと動けるのに……と、自身の不甲斐なさを悔やむが、せめて前へと足を止める事はしなかった。




———————————————————————————————————




あおいがディスコードのいる場所特有の赤黒い雲と霧を発見したのは、家を飛び出してから15分程後の事だった。

すぐにあかりとみちるへ場所の共有を始めながら走るが、段々と赤黒い雲のかかる場所の中央が見えてくると、思わずあおいの足が止まった。——止まってしまった。


「ッ……なんで」


周囲には赤黒い霧が立ち込め、梅雨特有の高い湿度による蒸し暑さが増したような不快な空間。

その不快な霧によって彩られていたのは……結婚式場だった。


『あおい!あおいってば!ディスコードはどこなの!?』


腕のリンクから響くみちるの声で、はっと我に返ったあおいはすぐに走り出しながら返事をする。


「……結婚式場だよ。恐らく……佐伯さんのお姉さんの」


『ッ……!?』


『そんなっ……!?』


画面に映るみちるもあかりも絶句する。無理もない、あんなに頑張ったミカを待ち受けていたのがこの結末では、到底やりきれないだろう。


「二人共、あとどれくらいで来れそう?」


『私はもうあと数分頂戴。雲は見えている位置にいるわ!」


『わ、私はまだちょっとかかるかも……。でも変身して行けばもっと早くなるかも!』


最悪の場合、みちるだけ待って先に踏み込むべきか。

そう覚悟を決めながらリンクの示す通り進んできたあおいは、チャペルの入り口の扉へと辿り着いていた。


不気味なほどに周辺は静かで、ワルイゾーの叫び声も暴れて建物を破壊する音も聞こえてはこない。


ようやく足を止めたあおいは、自分の両足がガクガクと震え、肺は酸素を求めてキリキリと痛み、吐き気すら覚えていた事に遅れて気付いた。


ドッと襲ってくる疲労に座り込みたくなる気持ちをぐっと堪え、みちるが来るのを待つ。



ほんの数分後、降りしきる雨の中を合羽を着て走ってくる人影がいた。みちるだ。


チャペルの前へと着き、荒い息を整えながらも早々にパクトを手にし、あおいへとアイコンタクトを送る。

あおいもそれに頷いて応え、パクトを取り出してからチャペルの扉を開いた。



「フォォォォォオオオオルテエエエエィッシモオオオオオォ!!!!やぁやぁようこそいらっしゃった新たな夫婦の誓いの場へッ!!そして我ァが芸術の最高傑作のお披露目の舞台ヘッ!!!」


ただでさえ良く反響するチャペル。何故か神父の服装をしたフォルティシモ男爵の大声は何倍も増幅され、グワングワンと頭を殴りつけるかのようにあおいとみちるの鼓膜を襲う。


「んん~??おんやぁ~??娘っこが一人足りんではないかッ!!しかも因縁のメロリィエンジェルッ!!奴がおらんにゃ乗るもんも乗らないが……まぁいいッ!!これを見るが良いッ!!」


男爵が胸元から取り出したのは、いつもよりも遥かに禍々しい輝きを放つミュートジェム。


「こいつにゃこの結婚式でとびっきりの感情と、パイプオルガンという素晴らしい爆音の楽器の力を奪った……だけではなぁ~いッ!!」


どこからか取り出した黒い指揮棒を振り回し、ミュートジェムをコツコツと叩く。


「なんとな、ワシの力をずぅーっと籠め続けていたんじゃ。つまりはもうこれはワシ自身と言っても過言ではないッ!!!いざ、奏でるは爆音の饗宴!いよいよ我が芸術の第四楽章幕開けじゃああああああいッ!!!」


ミュートジェムの禍々しい輝きが増していき、ミュートジェムから黒い瘴気が溢れ出していく。


「ヌハハハハっ!!良い……良いぞ……ッ!!さぁこいッ!!!」


瘴気の向こう側で男爵が騒ぎ立て、輝きはさらに増して瘴気が何かの形を模るかのように変形し、ズシンと足音を立てて漆黒の巨躯がその場へと姿を現していた。


「我が最高傑作!我が芸術ッ!!こいつの名は……バクオンダーじゃッ!!!」


「ヴァクオンダアアァァァーッ!!!」


あおい達の前へ現れたのは、普段のワルイゾーとはまるで違う、ヒト型……フォルティシモ男爵によく似た姿をしているが、その背からは羽のように巨大なパイプオルガンのパイプが並んでいた。



バクオンダーはあおい達を挑発するようにその場で足踏みをし、指先でかかってこいとジェスチャーをする。


ただ足踏みをしているだけなのに、響くのは重く、鈍い重低音。それによりシャンデリアや手の込んだ装飾、ステンドグラスまでがビリビリと共鳴を起こし、まるで結婚の誓いを打ち砕くかのような、不協和音が奏でられていた。


「……こんな、こんなの……許せるわけないわ!」


パクトを強く握りしめ、みちるが前へと一歩進む。彼女の視線は真っ直ぐにバクオンダーを捉えていた。


「この場所は、人の幸せを祝うための場所。それを……あんたみたいな奴が、穢していいはずがないっ!」


あおいもまた、隣に立つ彼女の決意に応えるように、パクトを構える。


二人の視線が合い、頷き合うと、声を揃えるように言葉を放った。


「「ブレッシング・チェンジ!」」


光が弾け、二人の姿が眩い輝きと溢れる透明な音符に包まれて変わっていく。



「夜空を照らす未来の光!メロリィ・エストレア!」


「光満ちる太陽の煌めき!メロリィ・ソラリス!」


星と太陽の光を纏いながら、二人のメロリィが結婚式場へと降り立つ。



まず、参列の人達、そして……男爵の立つ祭壇で立ち尽くし、さめざめと泣き続ける新婦を庇うように立つ新郎の二人を助けなければならない。


「さぁバクオンダー!まずはお前さんの力を見せつけて……むっ!!」


エストレアによって放たれたチャクラムが男爵を襲い、指揮棒を振るうのを邪魔する。


軌道を変えて再度男爵を襲おうとするチャクラムから、バクオンダーが腕を伸ばし遮る。


その隙を逃さずソラリスが地面を蹴り、バージンロードを疾風の如く駆け抜けバクオンダーへと肉薄する。


「はあぁぁあっ!!」


突進の勢いを乗せた渾身のパンチがバクオンダーの無防備な腹部へと突き刺さり、うめき声と共に数歩後ろへと後退させる。


だが、バクオンダーも仕返しだとばかりに鉤爪の如く手の甲からパイプを生やし、ソラリスへと振るう。


「早い……ッ!?」


ソラリスが急いで飛び退くも、スカートの端を切り裂かれて布と装飾が宙を舞う。


「バクオンッダァァァッ!!」


続けて次は突き刺すように両手で床を転がって避けるソラリスを貫かんと連打を繰り出した。


再び避けようとするも、彼女が飛び退いた場所は参列者席の近く。下手に大きく避けたら参列者……しかも最前列の新郎新婦の両親を巻き込んでしまう。


まだギリギリ目で追える速さの突きを、ソラリスの心に呼応して生み出された太陽の槍で弾き、受け止め、跳ね返していく。

だが……彼女の槍は一本。両手から三本ずつ伸びるパイプを全て防ぎきるには限度があった。


じわり、じわりと後退を余儀なくされ、腕や頬、足に鋭い痛みが走っていく。


「ホッハハーッ!!良いッ良いぞバクオンダーッ!!」


飛来し続けるエストレアのチャクラムを無駄にスタイリッシュに避けながらバクオンダーへ声援を送る男爵。


その間にもエストレアは席に座ったまま項垂れていた参列者達へ声を掛け続け、彼女の祝福の輝きに導かれた人々を少しずつチャペルの外へと避難させていた。


「バクバクオンッダァァァァァーッ!!!」


「ッ!しまったッ!?」


バクオンダーは突如突きの攻撃から爪を振り上げ、不意を突かれ甘い防御姿勢を取ったソラリスの槍を上へと跳ね上げ、彼女の手から弾き飛ばした。


「ダァァァァッ!!!」


槍をなくしたソラリスを貫かんと、返す手で爪を振りかざした――その時!




「プリズム・シャイニングキーックゥ!!!」




温かな七色の輝きを纏った閃光が凄まじい衝撃音と共にワルイゾーの胸へと直撃し、光の粒子を弾けさせ、バクオンダーの巨体を後方へ吹き飛ばし、ステンドグラスを突き破ってチャペルの外へと叩き出した。


「みんなお待たせっ!!メロリィエンジェル、ただいま到着だよっ!!」


しっとりと髪と服を濡らしながらも、七色に輝く音符が舞う中、祝福の天使が降臨した。







いよいよ、フォルティシモ男爵の虎の子『バクオンダー』が現れました。

見た目は巨大化した男爵がサングラスをかけたような姿で、背中からパイプオルガンが生えています。

さて、男爵の力を籠めに籠めたバクオンダーにブレッシングノーツは打ち勝つことができるのか!


そして本エピソードであおいが読んだ本


『音楽家の三兄弟』


こちら、なんと!実際に読むことができますっ!  

短い童話ですので、私の作品集からぜひ読んでみてくださいね!


それでは次回予告でお別れです。


~~次回予告~~


ついに三人そろったブレッシング・ノーツ!


みんながいれば私達は最強だから!すぐにバクオンダーでもやっつけちゃうよっ!


えっ……!?

わたしの《ハーモニックフィナーレ》が、効いてない……!?


このままじゃ、みんなの想いまでかき消されちゃうっ!?


でも、あきらめない! 絶対に、負けないよっ……!


「轟き響く爆音!揺らぐハーモニー!」

新しいハーモニー、はじまるよっ♪

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