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8 赤い点

場面を変え、宿屋「万金亭」に戻る。


セリーナが宿屋「万金亭」を出たあと、奴隷商人のトーマス…いいえ、ヤークは従者のヘクターと話していた。


「ヘクター、その小娘を尾行し、彼女の家を探し出せ。」

「かしこまりました、お頭。」


ヘクターはすぐに部屋を出て、セリーナを尾行し始める。


彼と入れ替わるように入ってきたのは、トーマスの妻・マロニエだった。彼女は先ほど買った商人の服を身に着け、トーマスの横に座る。


「あなた、あの小娘から何を買い取ったの?」

「この皮だ。」


マロニエはシャドウウルフの皮を手に取り、すぐに違和感を見つけた。


「何これ?!この皮、まるでシャドウウルフの中身を消したみたい。手足の皮まで、こんなに完璧に剥ぎ取れるなんて……」

「変だろう。昨日君が買ったスカートもそうだ。3着とも全く同じ模様、縫製、サイズも着る人に合わせて変化する謎の魔法が付与されていた。どんな魔法が使われているのか、まったくわからない。」

「そうだわ!今アタシが着てるこの服も、何か変よ。」

「何がだ?」

「さっき、スカートの内側に隠しポケットを作りたくて……ナイフ貸して。」


トーマスは腕に隠していたナイフを彼女に渡す。マロニエは迷わず、そのナイフを自分の腹に突き刺した。トーマスはすぐに立ち上がり、叫ぶ。


「マロニエ!何をしてる!!」

「バカね、これを見せたかったの。」

「な……に?!」


マロニエは間違いなく全力で自分の腹を刺したのに、スカートには傷ひとつなかった。トーマスは彼女に近づき、刺した場所を触る。スカートは新品のように、何の損傷もない。


「良いものを安く買ったわね。」

「ああ。今、ヘクターに彼女の家を探し出すよう命じた。それに、さっき来た彼女は露店にいた時とはま全く違って、慌てる様子もなく、礼儀正しく、完全に別人のようだった。」

「あら、そうなの?」

「このスカートは全部、あのアリスの母親が作ったと言っていたが……俺の勘では、あれは嘘だ。仮に本当に母親が作ったとしても、娘のアリスに作り方を教えないわけがない。」

「ほぅ……金の玉を産む鶏を見つけた顔ね、あなた。……いい笑顔してるわ。」


その時、扉からノックの音が。



ゴンゴン



『お頭、ヘクターです。』

「入れ。」

『失礼しました。』

「尾行は?」

「失敗しました。」

「ちぃ……使えないものめ。」

「申し訳ございませんでした。最初の尾行は順調でしたが、市場で角を曲がったあと、彼女は消えました。」

「消えた?周りに隠れてるんじゃねぇか?」

「いいえ。あの場所には隠れる場所はまったくありません。走って逃げた痕跡もなく、足跡も急に消えたようでした。」

「フム……まずまず怪しい。アリスの情報を集めて来い。」

「承知しました。」


ヘクターはそのまま部屋を出ていて、トーマスはヒゲを撫でながら、低く呟いた。


「アリス……誰よりも早く、彼女を確保しなければならないな。」



-----------------------------------------------



俺はセリーナの家から転送ポイント〈ナイジェリアの森の内側3〉に転送した。


そのまま星月ドレスの姿で、次の転送ポイント〈ナイジェリアの森の外側3〉を目指して駆けている。UR装備のお陰で、AGIステータスは高く、森の中を風のように駆け抜ける。


その間も、セリーナの質問攻めにゆっくりと答えていた。


セリーナ:なるほど。

セリーナ:精霊さんは“ジンジャー”という場所で、私の幸せを祈っているお母さんと出会ったんですね。

セリーナ:そのあと神様に会えて、神様から「このままでは私はもうすぐ死ぬ」と言われて……

セリーナ:その運命から逃がすために、精霊さんは私のためにここに来た。

セリーナ:神様から与えられた力で、実は今の私は普通の人より強い?

セリーナ:でもその死の運命から逃れるには、一番早いのはガンド村から遠く離れること。

セリーナ:こんな感じですか?


「はい、大体そんな感じです。」


セリーナ:信じられない話ですが……

セリーナ:一瞬で森の中に飛んできて、さっきのモンスターとの戦いも見て……

セリーナ:精霊さんの言葉、信じます。


「今の強さの大半は、このドレスと武器の性能のおかげですが、装備がなくても普通の人より強いのは確かです。この力は間違いなく、あなた自身の力です。ワタシがいない時は、ゆっくりこの力に慣れてください。きっと、あなたの助けになります。」


セリーナ:本当にありがとうございます、精霊さん。

セリーナ:もし、あなたが来ていなかったら……私、もうすぐ死んでいたかも……

セリーナ:でも、正直まだ実感がありません。


「いいえ。ワタシが来たから、あなたは死なせません。借金のことを片付けたら、別の街でやりたいことや夢のことも考えてください。」


セリーナ:だから、さっき引っ越しのことを聞いたんですね。


「はい。一番安全な方法は、借金を全部返済して、ガンド村から離れることです。」


セリーナ:わかりました。えっと……私、別の街に引っ越しても大丈夫です。


「本当に大丈夫?」


セリーナ:はい、大丈夫です。

セリーナ:家の裏にある両親のお墓には、遺体はありません。

セリーナ:墓石の代わりに枝を刺しただけです。

セリーナ:私が幸せになることが、両親への一番の恩返しですから。


「隣人や、ご友人は大丈夫ですか?」


セリーナ:ガンド村には友達はいません。

セリーナ:隣人も、うちが借金を抱えていると知ってからは、最低限の付き合いしかしてくれません。

セリーナ:時々、服の修繕の依頼があるくらいです。


「借金のことを無視して、そのまま逃げることもできるよ。」


セリーナ:それはだめ!

セリーナ:借りた金は、責任を持って返済するのが当たり前です。


「わかりました。借金のことはワタシに任せてください。精一杯手伝います。」


セリーナ:あ、ありがとうございます、精霊さん。


やっぱり、真実を言わない限り、借金を返済する流れは避けられない。あの村長に金を渡すのは嫌だが、裏帳簿を持っているし、偉いさんに渡せば金を取り戻せる可能性もある。


俺は今の時間を確認する。


あれから森の中を走り続けて、すでに2時間が経過していた。もうすぐ昼だ。次の転送ポイントまで、残りはあと1/4の道のり。


どうする?ここでログアウトして、先に昼食を取るか?


セリーナは今、起きている状態だから、しばらく体を彼女に返すのもいい。でも、もしモンスターが出たらどうする?


いや、やっぱり昼食は転送ポイントに到着してからにしよう。到着したら、セリーナの家に戻って、彼女の昼食を作って、俺もログアウトして昼を取る。


こんな風に、俺は引き続き転送ポイントまで走り続けた。


‐走るレベル:12 → 14

‐短剣レベル:8 → 9

‐魔法レベル:7 → 9

‐料理レベル:5 → 6


それから約45分後、クリスタルのつぼみを発見。それに触れると、クリスタルの花が咲いた。


セリーナ:綺麗……これは、あの転送ポイントですか?


「はい、そうです。あなたは転送ポイントを見たことも、聞いたこともないでしょう。恐らくこの花も、この目でしか見えないものです。」


セリーナ:すごく便利ですね。


「そうですね。こうすると、今のようにできる。」


俺はセリーナの家に転送した。


セリーナ:ここは、私の家?


「はい、そうです。もうお昼の時間なので、少し休みますね。」


セリーナ:そうでした!精霊さんはずっと走っていた……ごめんなさい。


「大丈夫、私は疲れていませんので。逆に、もしワタシが離れたあと、君が疲れたら話してください。」


セリーナ:わかりました。


俺は鍋の前に立ち、料理メニューを開く。今作れる料理のリストをセリーナに見せた。


「えっと、食べたいものはありませんか?ここの白い項目の画像を見て、好きな物を選んでください。」


セリーナ:ごめんなさい……おすすめはありませんか?


「そうですね。この唐揚げはおすすめですよ。ついでに、このサラダも作りましょう。」


セリーナ:あ、ありがとうございます。


唐揚げとサラダを選択。待ち時間は5分。テーブルには、いい匂いの唐揚げとサラダが並んだ。


セリーナのお腹はすでに叫んでいる。


UIにも、リアルの俺にも「腹ペコペコ」の警告が出た。ログアウトしたい。


「では、セリーナ。しばらくこの体をあなたにお返しします。ここで大人しくお昼を食べてください。絶対、絶対!ここから離れないでください。」


セリーナ:え?いいの?私、これを食べていいの?


「もちろんです。これはあなたのために作ったお昼です。」


ログアウトする前に、水魔法〈ウォーターボール〉の威力を最小限にして、小さな水玉を出してカップに注ぐ。


「では、暫しのお別れです。」


セリーナ:はい、お疲れ様でした、精霊さん。



俺はログアウトボタンを押した。



セリーナの視線が消え、ホーム画面に戻る。VRヘッドギアを外して、真っ先にやることは……


「トレイ、トイレ……」


トイレを済ませ、すぐに着替えて、昼食へ向かう。


今は午後1時半。まだお昼の時間だ。俺はまっすぐ、家の近くの唐揚げ専門店へ向かった。今の俺は、無性に唐揚げが食べたい。当たり前だろう!さっき、目の前でめっちゃ美味しそうな唐揚げを作ったんだから!


「いただきまーす。」



-----------------------------------------------



──その頃、ゲームの中ではセリーナが静かに目を開けていた。



私は自分の意思で体を動かせました。精霊さんは消えたようです。先ほどまで、ずっと夢を見ていたような気がする。少しだけ違和感を感じました。


でも、目の前にある唐揚げから漂ういい香りが、ここが現実だと教えてくれた。


席に座って、ふと自分の膝を見た。


このドレス……深い紫色で、裾が揺れるたびに星みたいな光がふわっと舞う。


立ち上がって、このドレスを再び見てみると、胸元には金と銀の刺繍で星がちりばめられていて、まるで夜空を着てるみたい。ウエストには細い三日月の飾りがついてて、痩せた私の体でも、なんだか綺麗に見える気がする。


「うは〜ぁ……すごく綺麗。」


こんな服、着たことない。お父さんが生きてた頃も、服はいつも地味で、汚れたらすぐ洗えるようなものばかりだった。


ホントに……夢みたい。


ちょっとだけ、指先で裾をつまんでみる。ふわっとしてて、でもしっかりしてて……なんか、私が特別な人になったみたい。


精霊さんがくれたこの服。


ありがとう……ホントに、ありがとう。



ぐぅううううーー



あははっ、お腹が空いた。席に戻り、唐揚げの匂いがすごくいいし、今はこの幸せをちゃんと味わいたい。


えっと……ホントに、ホントにこの唐揚げを全部食べてもいいんでしょうか?


左を見て、右も見て……家の中には誰もいない。


……よし、食べよう。フォークを手に取り、唐揚げを一口食べる。


肉汁がじゅわっと溢れ出して、私は黙ったまま、その唐揚げを味わった。こんなに美味しい食べ物があるなんて、思ってもみなかった。


お父さんがまだ生きていた頃、普通に焼いてくれたステーキだけでも、私にとっては豪華なごちそうだった。


でもこの唐揚げは、それ以上に美味しい。ホントに美味しい。美味しい以外の感想が出てこない。


あっという間に食べ終わった。


元々そこにあった皿は、急に消えてしまった。でも、もう驚かない。さっきの唐揚げも、空の鍋の前にあった半透明のものを押すだけで出てきたんだから。


残っているのは、このサラダ。野菜……か。


野菜はあまり好きじゃない。森の近くで採った野菜や草は、すごく苦いから。時々、森で食べられないものを間違って採ってしまったこともある。あの時は、お腹を壊したっけ。


私にとって野菜は、空腹のときに仕方なく食べるもの、そんなイメージしかない。でも、これは精霊さんがわざわざ作ってくれたもの。苦くても、それは食べ物。空腹よりはずっといい。


私はフォークで、その葉っぱを口に運んだ。


……そこには、私が知っていた野菜の味はなかった。


その汁?少し塩っぱくて、この野菜にすごく合ってる。あっという間に、サラダも食べ終わった。


お腹いっぱいになって、精霊さんを呼んでも返事はない。


いやいや、精霊さんにも休憩は必要だよね。でも、この身体はさっきまで森の中をずっと走っていたのに、疲れた感じはまったくない。変なの。


精霊さんも、今頃お昼を食べているかもしれない。……も、もしかして、これは天界の食べ物?しまった〜!もしこの味に慣れちゃったら、元の生活に戻れないよ。でも、ホントに美味しかった。


作り方が分かれば、これを作って売るのもいいかも。


そう思った瞬間、脳内に唐揚げとサラダのレシピと作り方が浮かび上がった……。


え?待ってください!どうして私が作り方を知ってるの?


もしかして、これがさっき精霊さんが言っていた「これはあなたの力」ってこと?


そういえば、精霊さんは水魔法でカップに水を入れていた。


私はその場面を思い出して、試しに「水よ」「水よ」と集中してみた。体の奥から何かが抜け出す感覚と同時に、カップの上に頭サイズの水玉が現れた!


魔法だ!私は魔法が使えた!


集中が途切れて、水玉はカップの上から落ちてしまった。


テーブルと床はびしょびしょになった。


私は慌てて雑巾を探して、テーブルと床を拭いた。……魔法の後始末も、ちゃんとしないとね。



-----------------------------------------------



「そうですか。ワタシが離れていた間に、魔法を試してみたんですね。」


セリーナ:はい、なんとなくですが、使い方がわかる気がします。

セリーナ:それと、精霊さんが帰ったあとも、身体に疲れた感じがなくて……

セリーナ:あの唐揚げとサラダの作り方も、なぜか自然にわかっていました。


「フムフム……いいですか、魔法は魔力を消費します。魔力が尽きたことはまだありませんが、使い切ると気絶する可能性もあります。練習はほどほどにしてくださいね。」


セリーナ:わかりました。嬉しいです。

セリーナ:私にも魔法使いの素質があるなんて、思ってもみませんでした。


俺は昼食を終えて、セレアグの世界に再ログインした。


セリーナは雑巾を持って、床を拭いていた。幸い、俺が離れていた間も、彼女の身体には走った疲れが残っていないようだった。


片付けを終えたあと、先程解放した森の外側3の転送ポイントへ移動し、そのままバールヴィレッジに向かって駆け出した。


セリーナが魔法を使えるのは不思議ではない。


昼休みの間に彼女が魔法を練習したおかげで、魔法スキルは9から10に上がっていた。さらに、解毒魔法〈アンチドート〉と、定番の初級回復魔法〈ヒール〉も解放された。



セリーナと世間話をしながら、外側の転送ポイントから目的地――バールヴィレッジへ向かって、まっすぐに駆けていく。


ミニマップには、徐々に白い点が現れ始めた。あれは普通の冒険者たちだ。


彼らを避けながら街へ進み、さらに1時間。午後4時半頃、ようやく森を抜け出した。


目の前に広がっていたのは、緑色の広い畑。セリーナの話では、麦畑らしい。


その中央には城壁に囲まれた街があり、かなり大きい。


城門らしき場所には人々が並んでいて、そこから街に入れるようだ。


「やっと抜け出したね。」


セリーナ:まさか……本当に一日でバールヴィレッジに到着できるなんて。


「いいえ、まだです。街の中にある転送ポイントを登録しないと。セリーナ、このままドレス姿で行きますか?」


セリーナ:えっと……できれば普通の服がいいです。ごめんなさい。


「わかりました。では……」


マイセットを操作して、セリーナの元々の服に着替えさせる。ステータスは大幅に下がったが、ここは人も多いし、襲われる心配は少ないだろう。


「セリーナ、街に入るには身分証や必要なものはありますか?」


セリーナ:最後にここへ来たのは、もう半年前ですから……

セリーナ:何も変わっていなければ、2000Gを支払えば入れると思います。


「そうですか。幸い、シャドウウルフの皮を売ったお金があるので、大丈夫そうですね。」


カバンを持ち直し、城門前で並ぶ。


約30分後、俺たちはついに街――“バールヴィレッジ”へと到着した。

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