23 神速の剣影
神速の剣影という二つ名が付いた、セバスチャンのレイピアがいきなり襲ってきた瞬間、パリィ閃光が見えた。
やっぱり、レベル差、UR装備、鍛え上げた各武器スキルのステータス補正――こっちの方が有利。
速いとはいえ、感覚的にはドッチボールが飛んでくるようなもの。長年フルダイブゲームをやってきた俺にとっては、普通に素手で横からパリィ閃光を叩くのは造作もない。
――パリィ成功。
やはりボスキャラか。吹き飛ばされはしない。怯みが発生しただけ。その怯みの隙に、カウンターで横蹴りを入れようとした――が。
セリーナ:ダメです!精霊さん!!彼は領主様の執事さんですよ!反撃はまずいです!
おっと……足はギリギリで止めた。セバスチャンの追撃を止めるために、そのまま彼の足を払う。
彼はバランスを崩し、老年とは思えない身のこなしで空中で回転し、転倒せずに着地した。
彼の顔は、さっき襲ってきたときの鋭い目から、ニコニコ顔に変わってこちらを見ている。定番の執事スマイル――だが、目はまったく笑っていない。
「ほほ……これはこれは。久方ぶりに、手強き御方と相まみえることができましたな、アリス様。」
「ワタシがあなた達を襲ったみたいな言い方はやめてください。これは、20人を雇って待ち伏せした側のセリフではございません。」
「お言葉、痛み入ります。……しかしながら、もし貴女様が我が主の宝物をお持ちであるならば、それをご返却いただくことで、この件は穏便に収めることも可能かと存じますが、いかがでしょう?」
「……なんのこと?」
セバスチャンの目が細く開き、静かに告げる。
「貴女様の右手にございます腕輪――それこそが、我が主の宝物にございます。」
……なんで腕輪を付けてるって分かった?パリィする時は、腕輪を付けてない方の手で発動したのに。
今もローブでドレス姿を隠してる……あ〜、なるほど。先日、領主様と面会したとき、別れ際にセリーナが握手したよね。
セリーナは「初めて貴族様と握手した」と話してたし、あの時、領主様は腕輪を見たんだ。完凸の毒除けの腕輪――確かに見た目は華麗で、普通の腕輪とはデザインが違う。でも、ただの毒耐性100%のアクセサリーだよ?解毒魔法があるのに、そんなに欲しい?……わからん。全然わからん。っていうか、今付けたのは麻痺避けの腕輪よ。
セリーナ:うそ……あの領主様、もしかして腕輪のために、私たちを襲ったんですか?
セリーナ:あ、精霊さんがクリスタルゴーレムを単独で倒せると知ったのは、
セリーナ:エルドラーナさんと領主様だけ。
セリーナ:だから、こんな大勢の冒険者を用意して、私たちを待ち伏せしたんですね。
セリーナ:おまけに、裏ではこんな強い執事さんまで……。
「勝手に人を盗人扱いなさらないでください。この腕輪は、間違いなく私の所有物です、セバスチャン様。せっかく先日、ただでクリスタルゴーレムの弱点を領主様にお伝えしたというのに……どうやらこの街では、“用済みの者”には冷たいようですね。」
「ほほ……これは失礼しました。まさか、これほどの御技をお持ちとは存じませんでした。パリィまで見事に決められながら、反撃なさらぬとは――何かお考えでも?」
「たとえ自衛の反撃でも、“領主様の執事を襲った”という濡れ衣を着せられたくはありませんので。」
周囲の冒険者たちは、驚きに目を見開き、小声でざわめいた。
『神速の剣影の攻撃がパリィされた……あの女、化け物か?』
『あんな速い攻撃、回避すら難しいのに……』
『待って、クリスタルゴーレムの弱点を領主様に話したって?まさか、彼女があのゴーレムを倒したのか!?』
冒険者たちからは、もはや襲ってくる気配は感じられない。
俺は、セバスチャンだけに意識を集中させた。
でもセバスチャンは話し合う気がないようだ。彼は左手を背に回し、レイピアを持ち直すと――背後から、魔力のオーラが噴き出した。
剣技を使う気だ。
周囲が遅くに見え、空気が震える。
セバスチャンの体が黄色のオーラに包まれ、俺の足元には大きい魔法陣のような五芒星が浮かび上がる。彼はそのまま、俺を中心に五芒星の軌跡を描くように駆け抜けた。
一撃、二撃、三撃――
五つの方向から、まるで空間を切り裂くような剣閃が襲いかかる。その動きは、物理法則を無視したかのよう。
予測不能な角度から、光の残像を引きながら襲いかかってくる。
そして――
五芒星の軌跡が完成した瞬間、セバスチャンは空中へ跳躍。真上から、中心に向かってとどめの一撃を放つ!
……まぁ、俺から見れば、ただのおじさんが星の形に走って、最後にジャンプしてるだけなんだけどな。
最小限の動きでそれを避け、最後の一閃が来た瞬間――俺は再び、彼の剣から放たれたパリィ閃光を横から叩いた。
剣技のエフェクトが一瞬で消え、セバスチャンは怯みではなく、パリィの衝撃で横へ弾き飛ばされる。
空中で一回転しながら、広場の石畳に激突した。
ドーーーン!!
彼の体が床に叩きつけられた瞬間、石畳がひび割れ、土煙が舞い上がる。
周囲の冒険者たちがざわめき始める。
『速すぎて、見えなかった……』
『あの爺さん、マジですげぇだぞ……』
『待て、あの技もパリィされた?!この仮面の女、一体何者だ!?』
……やべぇ、死んでないよね?
「ワタシ、攻撃してないわよ。彼の攻撃を防いだだけです。」
周囲はざわざわしている。まぁ……信じないと思うけど、一応言っておいた。防いだだけ。
弾き飛ばされたセバスチャンは、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった。
HPは1/3ほど減っている……まずい、まずい。勘違いされる前に、すぐに回復魔法を使った。少し離れた場所にいるセバスチャンの体に、薄い緑色のエフェクトが発生する。
他人に回復魔法を使うのは、たぶん初めてだ。セリーナのHPはほとんど減ったことがないからね。回復魔法の練習のために、HPが1減ったらすぐに回復するという、MPの無駄遣いな方法でスキルレベルを上げていた。
だから、普通に使ったらどれくらい回復するのかは分からない……が。案の定、INTが高いせいで――セバスチャンを全回復してしまった。
これで「俺のせいで怪我した」という言い訳は成立しないよね。セバスチャンも、自分の治った体を見て、少し驚いた様子だった。
はぁ……今日は借金返済の件で、すでに大騒ぎになったのに。この街に戻って、セリーナの父の領地への旅の準備をしたかったんだ。本気で逃げたい。
でも、別国の転送ポイントはまだ解放していないし、このまま転移で逃げるだけでは、アリスの身分を捨てるだけでは済まない。万が一、アリア=セリーナという関係が領主様に知られたら、全国指名手配される可能性もある。
ミニマップを見ると、セバスチャンは白い点――中立の立場。たぶん、領主様の命令で動いているだけで、盲目的に任務を遂行しているんだろう……多分。
ここは、この腕輪は俺のもので、無実であることを証明するしかない。
周囲の冒険者たちを見渡すと、その中に一応まともそうな、例の正義感が強そうな冒険者に話しかける。
「そこの君。」
「は、はい!」
「この国では、教会はどこにも属していなくて、嘘をつかず、中立ですよね?」
「は、はぁ……嘘をつかないかは分かりませんが、一応中立です。」
もし教会が腐っていなければ――教会の人の前で、この腕輪が自分の物だと証明するしかない。
「では、セバスチャン様。ご自身の潔白のために、教会の神父の前で、この腕輪が領主様の宝物であると証明していただけませんか?中立の立場で、買収されていなければ、公平な判断をしてくれると思います。もしこの腕輪が、本当にセバスチャン様の言う通り、領主様の宝物であるなら――ワタシはこれを領主様に返し、皆様に謝罪し、法の裁きを受ける覚悟です。」
もし教会が領主様とグルだったら――指名手配されても、すぐに転移で逃げる!
この提案を聞いたセバスチャンは、身についたホコリを払いながら、思案している。
「……。」
無言。誰にも語りかけることなく、沈黙が場を支配する。まさか、また戦うつもりでは……?
念のため、もう一押ししておこう。
「セバスチャン様、こちらは譲歩いたしました。それでも応じていただけないとなると――もしかして、この腕輪が領主様の宝物ではないことが露見するのを避けたいのですか?それとも、他人の物を貴族の権力で奪い取るおつもりですか?……ワタシを、これ以上怒らせないでください。」
一応、自分が盗んでいないことは明言しておく。少なくとも、周囲の冒険者たちには「俺は悪くない」という意識を植え付けておかないと、黙っているだけで“盗人”と見なされかねない。
しばらくの沈黙の後、セバスチャンがようやく口を開いた。
「なるほど、かしこまりました。教会での証明につきましては、いささか不適切かと存じます。つきましては、同じく中立の立場にございます冒険者ギルドにて、ギルド長のご立会いのもと、真偽をお確かめいただく場を設けることを――僭越ながら、提案申し上げます。ご協力、誠にありがとうございます。」
はぁ?!冒険者ギルド!?確かに定番の中立とはいえ、イメージ的には貴族の影響下にある。
エルドラーナさんが領主様の圧力に屈せず、正確な判断をしてくれるかは分からない。……でも、教会も同じようなものか。
逃げるのは最終手段として、ここはギルドで応じるしかない。
念のため、俺はローブの袖をまくり、オペラグローブの上に装備された黄色い宝石付きの腕輪をセバスチャンに見せた。
「わかりました。冒険者ギルドでも構いません。では、あなたの言い分では――ワタシが領主様の宝物、この腕輪を盗んだということですね?」
「左様でございます。つきましては、これをご返却いただければと存じます。」
「……あくまで、ワタシが盗んだという前提なのですね。では、もしこの腕輪が領主様の物ではなく、ワタシ自身の所有物であると証明できた場合は?」
「もちろんでございます。その際は、偶然同じ品をお持ちの方がいたということで――ご迷惑をおかけした分の慰謝料を、誠意をもってお渡しいたします。」
「では、ワタシは冒険者ギルドへ向かいます。」
「承知いたしました。先ほどのご提案につきましては、我が主へもご報告させていただきます。」
セバスチャンは優雅に一礼すると、静かにその場を離れていった。
セバスチャンが去ったあと、スラム街の広場には、俺と20人の冒険者たちが残された。彼らを見ると、もう戦う気はないようで、武器を収めていた。
「ワタシはこの妙な騒動の真相を確かめるため、冒険者ギルド長に会いに行きます。……先ほどのやり取りを見て、どちらに問題があるかは、もう薄々分かっているでしょう?次に襲ってきたら――今度は、手加減しませんよ。」
力の差がはっきりしたせいか、冒険者たちは黙って首を横に振った。その後、あの正義感の強そうな冒険者と、他にリーダー格らしき二人が前に出てきた。
正義の冒険者が、俺にこう話しかけてきた。
「詳しいことは分かりませんが、あなたは領主様の宝物を盗んだ罪で、今はこの街で尋ね者と見なされています。俺たちも、領主様から“あなたを傷つけずに”捕らえるよう依頼されています。できれば、我々と一緒にギルドまで同行していただけませんか?」
「構いませんよ。ワタシも何が起きているのか分かりませんし。実際、先日領主様に呼び出されて初めてお会いしたばかりです。急に“宝物を盗んだ”と言われても、こちらとしては迷惑な話です。」
完全に信用されたわけではないが、少なくともこの展開を見て、違和感を覚えた者もいたようだ。ミニマップに表示されていた彼らの点が、全員真っ赤から半分白――中立に変わっていた。
そんな感じで、大勢の冒険者たちと一緒に冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに到着すると、正義感の強いリーダーのパーティー以外の2組は、興味を失ったようでそのまま解散した。
「おい、アレン!俺たち<爆雷の爪>はここで抜けるぜ。あの仮面女には勝てねぇし、頭使う話はごめんだ。領主様から報酬が出るかどうか、代わりに聞いてくれ。じゃあな!」
「俺たち<鉄牙団>も抜けるぜ。こっちには獣人もいるし、できるだけ貴族とは関わりたくねぇんだ。」
こうして残ったのは、正義感の強そうな一団だけだった。
そのリーダー――アレンが、仲間に声をかける。
「俺は残る。他のみんなは休んでくれ。」
さっきの戦いで、ずっと俺に麻痺やデバフをかけていた魔法使いの女性リリィが口を開いた。
「アレン、あたしも残るわ。魔道具が絡むなら、あたしにも役立てる場面があると思う。」
「分かった。構わないよね……えっと、アリスさん。」
「ええ、構いませんよ。」
その後、アレンはギルドの受付嬢に事情を説明し、しばらく待つと、俺たちは応接室へと案内された。




