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Strain:BIBLE  作者: Ak!La
第2章 首なし蛇と楽園の使者
9/24

第9節 楽園の使者

 翌日、教会にて。アクバールは私室でルチアーノと二人でいた。向かい合わせに座る二人の前にはコーヒーが。飲んでいるのはアクバールばかりで、ルチアーノの方のは減っていない。

「………コーヒーは嫌いかね?」

「……コーヒーよりは紅茶派ですね」

「そうか。なら次からはそうしよう」

 さて、とアクバールは手にしていたコーヒーカップを机に置き、本題に入る。

「ワタシに何か言いたい事があるのだったかね」

「えぇ、まァ、お願いに近いンですが」

 真剣な顔をして、ルチアーノは答える。ほう、とアクバールは興味深そうに首を傾げる。

「何だね、言ってみたまえ」

「今回の仕事、オルラントさんに指揮を執って貰いたいンです」

「!」

 予想外の答えに、アクバールは目を見開いた。

「テオドラの奴の為にも。………オルラントさんの力を示せば、彼女も少しは変わるかも」

「………リアンからでも聞いたのかね」

「いえ……何かありましたか?まァ、度々あいつ、愚痴零してるんで…『なんであんな奴の言いなりになってるのよ!』って」

 少し声を高くして真似をしたルチアーノに、思わずアクバールは吹き出した。

「よく見ているんだな」

「何せチームを任されちゃったもんで。……でも俺には少し荷が重い」

「何故だね?君はよくやっていると思うが」

「そう見えてるのなら結構ですが……でも、皆の命を預かるには俺はそこまで強くない」

 そう言って笑う彼は、少し悲しそうだった。

「……君は君なりに頑張れば良いと思うよ」

「そっすかね…」

「皆きっと分かっているだろうよ。君が、君達の慕うアルヴァーロという男には到底届かない存在だという事を」

 側から見れば、キツい言葉だ。だが、ルチアーノにとっては少し気が軽くなる言葉だった。

「ワタシは直接知る訳ではないがね。君達を見ていれば大体察する事は出来る。もう一度言うが、君は君なりに頑張れば良い。君は君以外の何者でもないのだから」

「なんか……神父さんの言葉って言葉に染みるンですね」

「ワタシは人の支えになるために生きているからね」

「アッハハ……なんて言うか、俺よりもずっと歳下なのに歳上みたいって言うか」

「………知らないうちにそれだけの経験をしていたのかもしれないね」

 ふと、脳裏をロビンの事が過った。……今の自分を彼が見たら怒るだろうか、とそんな事を考えた。

「……そんで………そう、一応オルラントさんがボスになる条件だったでしょう、初め。だからまずはそれらしい事をして貰おうかなと」

 ルチアーノはそう言って、話を本題に戻した。

「それは、無茶振りというものではないかね」

「頭は回る方でしょう」

「いいのかね?そこまでワタシを信用して」

「寧ろ、信用する為の過程ですよ。貴方がただ俺達に依頼をして、タダ働きさせてるってンじゃ納得しないのもいる。だからそれ相応にまずは働いて貰おうって訳です」

「…………ふぅん、なるほどね」

 一理あるか、とアクバールは思った。だが、作戦を立てる力があるかどうかは、やった事がない故自分にも分からない。

「保証はしないが、まぁやれるだけはやってみるとしよう。無理だと思ったら好きに君達の思うようにやりたまえ。安全が最優先だ。君達に死なれては困る」

「そんな簡単に殺られやしませんよ。その辺りは心配いりません」

 ハハハと笑い、そしてルチアーノは不敵に笑う。

「今回の事が上手くいけば、少しはやりやすくなると思いますよ」

「それはこれからも時々やってくれって意味かね?」

「そうなりますね、まァその辺の判断は俺がします」

 ふむ、とアクバールは頷いた。上手く行けば、今よりも彼らはもっと使いやすくなるという訳だ。

「…………少し時間をくれ。さすがにすぐには考えられんからね」

「お、承諾してくれるンですか」

「やむを得んだろう」

 と、そしてアクバールは上を向いて何かを考えていた。しばらくして、彼は頷いて、言った。

「ワタシが主導権を握るのならば、まずはチームの名前を改名したまえ」

「えっ」

「心配せずともそんなにかけ離れたものにはせんよ。都合の良いことに、“蛇”は我らが神に縁のある存在だからな」

「……それは…」

 このチームの名は、かのアルヴァーロの遺した遺産の様なものだとルチアーノは思っていた。……だからずっと、変えずにいた。手の甲に刻んだ蛇の紋様も、同じく。

 握りしめられ、ぴんと張ったその蛇を見、アクバールは言う。

「いつまでもそれでは、君の未練は消えないままだ。彼の事を忘れろと言ってる訳ではない。新たに生まれ変われ。堕ちたものではなく、“楽園の使者”として」

「……!」

 アクバールは人差し指を立て、目を細めて笑ってその名を告げた。

「“エデン”、でどうかね。悪くない名前だろう」

「…………エデン」

 噛みしめる様に、ルチアーノは呟いた。スッと胸に染み込んできた。伝説の楽園の名。神父の下で動く者達の名としては申し分ない。

「だが、君達が普通に他から仕事を受ける時は“蛇”と名乗りたまえ。その時は君がボスだ」

「分かり……ました」

 “蛇”は完全に消える訳ではない。そう思うと何だか安心した。ホッとした様子のルチアーノに、アクバールは笑う。

「まぁ、善くも悪くも生きる目標があるのは良い事だね、君達は復讐を遂げるまでは走り続けられる」

「オルラントさんは?目標は」

「不幸な人々がいなくなる事だ」

 その答えに、ルチアーノは呆気に取られた。そして、苦笑する。

「………それは……この街から?世界から?」

「無論、世界からというのが最も好ましいがね」

「到底叶いそうにない夢だ」

 そう言われ、アクバールは右手の人差し指を立てて、口調を少し変えた。

「一人の少年がいた。少年には行きたい場所があった。場所は知っている。そこへはただ一本道が続いていたからだ」

 突然始まったたとえ話に、ルチアーノは「何だろう」と思いつつも耳を傾けた。神父は続ける。

「少年は出発した。その足でね。道は迷うことはない。だが、その道の途中には様々な罠が仕掛けられていた。それでも少年は乗り越える。ただ一つ乗り越えられなかったものは、その道の長さだ」

「………」

「歩けど歩けど、道は続き罠は繰り返される。10年20年と経つうちに、少年は老人となった。もはや歩くことも出来ない。やがて彼は死んでしまった」

「目標への道は確かにあるのに、辿り着く事が出来ない、って事ですか」

「辿り着くのに要する時間に、体が耐え切れない事もあるのさ」

 と、アクバールは眉を顰めて笑う。

「だがその代わり、死ぬまで歩き続けられる」

「歩く事に疲れてしまうのでは?」

「たとえ話にあまりケチをつけてはいけないよ」

 ふん、とため息を吐いたアクバールは、続ける。

「…………だが…目標は何も一人で成し遂げる必要はない。リレーのようなものさ、後の世代に引き継いで行けば、どんな夢でも叶うだろうよ」

「…長すぎる道は、終わりがないのと同じですよ」

 ルチアーノはそう言う。アクバールは頷く。

「何か大きな事を成し遂げるには、我らの命はあまりにも短い。何億年と歴史を持つこの星の上ではほんの一瞬の事さ。だからね、本当に一人で成し遂げられる夢というのは、とても小さい事で、短い道なのだよ」

「………俺達の目標は、小さい事ですか?」

「さてね、我々自身が小さいのだから、星にしたら小さな事でも自らにとっては大きなこととも言える」

「…………よく分かりませんね」

「世界は偉大なのだよ。ワタシ達はその中に“生かされている”一つ一つの生命体に過ぎない」

「……」

「まぁそんな訳で、到底ワタシが生きているうちに叶いそうにもない夢を、ワタシ一人で抱えているわけにもいかないのだよ」

 と、アクバールは肩を竦めた。

「…多分俺達よりオルラントさんの方が長生きしますよ」

「ハル君やラファエル君がいるだろう、それにテオドラ嬢も。君とリアンはワタシより歳上だからそうとして、若い彼らにはまだ未来がある」

「テオドラもそこまで貴方と変わりませんけどね」

「女性の方が長生きすると言うだろう、あの娘は強い、そう簡単には死なんだろうよ」

「まぁ、それこそちゃんと復讐するまで、彼女は死なない気もしますが」

「そう。いつ死ぬとも分からないこの世界ではそのような“命綱”が大切だ」

 さて、まぁこんな話は置いておくとして、とアクバールは話題を初めに戻した。

「今回の仕事の情報は十分に集められたのかね?」

「えぇ。リアンの偵察でアジトの位置は確定しました。まとめたのがここに」

「……用意周到だね」

 ポケットから出した折り畳んだ紙を渡され、アクバールはそう呟いた。

「ただ仲間から聞いた事を書き留めただけです。オルラントさんにも丁度いいかと」

「見取り図まであるじゃないか」

「リアンの奴の得意技で。なかなか上手いでしょう」

「ふむ。これで出来る限りの事はやってみよう」

 開いた紙をもう一度畳み直し、彼はルチアーノの方を見た。

「用意が出来るまではゆっくり休みたまえ」

「えぇ、そうします」

 ルチアーノは立ち上がり、一礼して部屋を出て行った。アクバールはそれを見送り、ルチアーノが手を付けずに残して行った、ぬるいコーヒーへと手を伸ばした。


*****


「おっ帰りィ、ルチアーノ」

 拠点へと戻ったルチアーノを迎えたのはリアンだった。何やら上機嫌だなと思いながら近付いて、彼は思わずむせた。

「………おっ…お前……香水臭っ」

「えー、そうかな?鼻馬鹿ンなって分かんねェや」

 と、リアンは自分の服の袖をクンクンと嗅いだ。

「こんな時にまた女遊びかお前は、しかも昼間から」

「んー…いっけねェな、俺もう香水の匂い分かんねェから、ルチアーノにバレないかどうかも分かんねェ」

「バレバレだ馬鹿、よくそれで平気だな」

 むせ返るような匂いに、ルチアーノは鼻を摘んだ。その様子を見てリアンはやれやれと肩を竦める。呆れたいのはルチアーノの方だ。

「お前絶対、女に後ろから刺されて死ぬタイプだよな」

「女のコに刺されて死ぬならどんなコでも本望だけんど、野郎に刺されて死ぬのだけはヤだなァ」

「なら今すぐ私が刺すわよ、この淫乱男」

「………それは勘弁してよテオちゃん…」

 背後からの声に振り向き、リアンは言った。

「何よ、私じゃ不満?」

「テオちゃん本当、俺の事嫌いね」

「大っ嫌い」

「真っ直ぐ言われると、俺でも傷付くのよ…」

 胸を抑えるリアンに、ルチアーノはまぁまぁ、と言う。

「テオドラも今は難しい年頃なンだから」

「お、親父みたいなこと言うな!」

 テオドラにそう怒られ、ルチアーノは首を縮めた。

「………親子っていう歳の差でもねェ…」

「いやギリギリいける」

「…余計なこと言うなリアン」

 ルチアーノが言った矢先、リアンはテオドラに頬を思い切り抓られた、

「痛い痛い痛い痛い痛い痛ひ」

「ルチアーノもあんたも私の親父だなんて嫌!」

「…テオちゃん言葉遣い若干ヤンキーに戻ってる戻ってる」

「うるせー!」

「………あれ、テオドラお前、もしかして俺の事も嫌いなンかな」

 ルチアーノは腕を組んで恐る恐る聞いて見た。と、急にテオドラはパッ、とリアンを離すとぶっきらぼうに答えた。

「べ、別に、嫌いなんじゃ無いし……ルチアーノがおや…お父さんなのは嫌だってだけだし…」

「ツンデレかよ」

「うっさい」

 ため息交じりに言うリアンにそう言い放つと、テオドラはムッとしてルチアーノに言った。

「で‼︎あの神父の所行って来たんでしょ!」

「………あ、あぁ」

 剣幕に押され、ルチアーノは思わず身を引きつつ答えた。

「承諾して貰えたん?」

「まぁな。つー訳でゆっくり休め」

「そんな事言ったらリアンはまた遊びに行くわよ」

「エヘヘー」

「……刺されんなよ」

「刺されねェよォ」

 ため息交じりに言うルチアーノに、にへらと笑ってリアンはそう答えた。

「お前はとりあえず、その臭いが消えるまで俺に近付くな」

「えー、何で、別に悪い臭いじゃねっだろォ」

「むせるから近付くな」

 何でそんなキツい臭い平気なのよ、と女であるテオドラでさえもそんな事をぼやいた。

「俺ちゃん寂し、もう今日は疲れたし寝るかなァ」

「勝手にしろ…」

 ルチアーノは呆れてため息を吐いた。いざという時には頼りになるのだが、こういう所は実に困ったものだ。

 甘過ぎる臭いを漂わせながら、リアンは自分の部屋へのそのそと歩いて行った。残された二人。まだ何やら不機嫌そうなテオドラに、ルチアーノは言う。

「……お前はさ、もう少し笑ったらどうなンだ」

「どうして笑う必要があるのよ」

「折角綺麗な顔してンだから笑ってなきゃ損だぜ。眉間にシワいくぞ」

 と、彼は自分の眉間に縦に人差し指を当てた。

「…………そんなの知らないわよ」

「愛想も無いよな、本当。ハルやラファエルにゃあ、ちったァ良いのに」

「あの子達は弟みたいな……ものだから」

「……まァお前に比べりゃラファエルの方が愛想は無いが」

 あの無表情な少年を思い浮かべ、ルチアーノはため息を吐く。自分に懐いてはいるが、彼が笑った所を見た事がない。家族を失ったショックで、という訳ではないだろう。元からあぁいう子だったのか、しかし、それを答えられる者はどこにもいない。ラファエル本人に訊いた所で、いつも同じ答えが返って来るだけだ。齢5歳の少年にしては、しっかりし過ぎた答えが…………。

「…ルチアーノ?」

「ん、あぁ、悪い」

「何か考え事?」

「……………ラファエルの事を、少し」

「何それ。本当親馬鹿っていうか」

「俺は別にラファエルの父親じゃない」

「はいはい、でも息子のようなものだっていつも自分で言ってるじゃない」

「………じゃあラファエルが弟みたいなものだって言うお前は俺の娘みたいなモンだよな」

「ばっ!……何言ってんのよ‼︎違うし!」

「なーに慌ててンだよ、冗談だっての」

 に、と笑ったルチアーノは彼女に近寄り、その頭に手を置く。

「ま、何か困った事があればいつでも俺に相談しろ。年少者は年長者に頼るモンだぜ」

 テオドラは一瞬赤面し、ルチアーノの手を払い除けてそっぽを向いた。

「……私色男って嫌い」

「あンれ、俺って色男なの?嬉しいな」

「褒めてない!てか軽率にそんな事すんなバァーカ‼︎」

「おうッ………キッツ…」

 腹パンを喰らい、腹を抑えてうずくまるルチアーノを後に、のしのしとテオドラは自室へと階段を上がる。

(…………アンタってアルヴァーロさんと似てるのよ)

 手の感触の残る頭に手を当て、3段登った所で頭を払った。

(あぁーもう、なんかムシャクシャする‼︎)

 かつての想い人は、自分より遥かに歳上で、それこそ親子の様な歳の差で、しかも家族があった。だが、彼はその家族に殺されてしまった。自分があの人の隣にいる女だったら。一層の事共に死んでしまえたのなら………と、何度考えたか分からない。この世で無くてもいい。どこかで、あの人と一緒にいられたら。同じ世界にいない事が、テオドラには一番苦しかった。だが、死ねない。まだ、死んでたまるものか。同じ痛みを味あわせて殺してやる。あの人を殺したウィリアムを。それからだ。それから、自分も彼の元へ行こう。

 仇敵も同じ世界に来てしまうだろうが、そんな事、死後の世界では構うものか。向こうで必ずあの人を見つけ出して……きっと地獄にいるだろうから、地獄で共に過ごすのだと、そう心に決めていた。

 …………だが……何故だかルチアーノの前ではその気持ちが揺らいでしまう様な気がした。それは、今は亡きあの人が、目の前にいる様な、あの隻眼の男の中にいる様な気がしてしまうからだ。私が好きなのは、あんな男ではないと、そう言い聞かせる。第一、ルチアーノとアルヴァーロでは戦闘に於ける実力など雲泥の差なのだ。アルヴァーロの“冥王”とすら恐れられていたその強さに、テオドラは惹かれたはずだった。一生、振り向いてはくれないと分かっていても。

「……何でこうなっちゃったのよ」

 部屋の戸を背中で閉め、テオドラはそのままずるずるとうずくまった。

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