おっさんは考える 1
借金の取立てが始まるのは後一か月後だ。アルフはそれまでになんとか今以上に金を稼がなければならない。二倍とまではいかずとも、せめて宿代が楽に払えるくらいの仕事をしなければならない。
幸いなことにアルフは健康体だ。魔物を狩るための力があればきっとこのまま冒険者をやって、借金を返しそのまま中堅くらいにはなれるだろう。とそうアルフは考えた。
アルフは剣の才能は全くないと言われたが、ナイフの扱いは悪くないとこれまた特別に入れてもらった武器の講習の際に言われたのだ。魔法さえ使えるようになれば皮剥ぎ・解体の下請けを回してもらえるだろう。さすがに風魔法で皮剥ぎをするのは熟練の技がいるのでそこはナイフの出番だが、水の魔法で血を流しながら風の魔法で血臭をとどめる必要があるし、火の魔法が使えれば解体した肉を干し肉にしたりなど一気にできる仕事が増える。
「筈だったんけどなぁ」
それもこれもすべては魔法が使えなければ始まらないのである。この世界では魔法が使えることが当たり前で、魔法が使えない人間のための道具など、まだうまく魔力の制御できない幼い子供用のものばかりだ。
アルフがもしこのまま年をとったら今以上に苦労することは目に見えていた。何せ身寄りがあるのかどうかもわからない、あったとしてももう数年もすれば爺と言われる年齢だ探しているうちに寿命が尽きてしまうことも考えられる。このままではのたれ死ぬ未来しか見えない。
それは嫌だなと、ほとんどの記憶を失っているアルフでも思った。
記憶がないという事で見るもの全てが新鮮で、はじめのうちは夢中になったが、己の覚えの悪さに今では半ばいやいややっている仕事もある。しかもどこへ行っても魔法を見せつけられる。自分にはないものを自分以外のすべての人間は持っているという状況が、アルフにとてつもない劣等感を抱かせていた。
「役立たずの俺なんか死んだほうがましなんだろうけどなぁ」
アルフはそうつぶやきつつ検問を抜けて依頼を受けた庭師がいるであろう貴族の家へ向かう。いつもこうやって仕事へ行く道を歩きながら自分を貶める考えを繰り返すが、最後には必ず考えを改める。
この街で唯一といっていいだろうアルフを心配してくれる少女ミーミルの顔を思い浮かべると、一思いに街の外に出て魔物に食べられ死んでしまおうかなんて自殺願望は脳裏から消え去っていくのだ。
「せめて、あの子がこの街を出るまではしっかり生きなきゃな」
ここ、インセペットは始まりの街と呼ばれる、冒険者を目指すもの達が冒険者になるために集う場所なのだ。街の周囲を囲む森は比較的弱い魔物が多く生息し、若い冒険者たちが経験を積むのにふさわしい。また、ある程度強い魔物を狩って余裕が出てきた冒険者が老後の生活を営むのにも都合のいい街だった。つまりある一定以上の稼ぎは見込めないのである。
だからこそ始まりであり、終わりでもあるこの街を冒険者となった多くの若者たちは出ていく。それはミーミルとて同じだ。三か月ほど前だろうか、ミーミルに連れられ初めてギルドに言ったあの時にアルフを笑った若者、ユウェニスとミーミル、そしてもう一人の青年が三人で次の街へ行く算段をつけているのを聞いたのだ。
そしてその時の言葉が、アルフを思いとどまらせていた。
「ごめん二人とも……もう少し、あと半年、ううん四か月だけまって」
ミーミルのその言葉の裏には特別手当がなくなった後のアルフを心配する心がくみ取れたのだ。自分がギルドに引き入れた人間をミーミルは放っておけないようだった。
前途ある少女の旅立ちを邪魔している申し訳なさと、記憶喪失で爺に片足突っ込んだおっさんを心配してくれているというありがたさに、アルフはその時己の記憶上初めて涙を流したのだった。