おっさんは思い出す 4
結果、アルフは無事に「記憶喪失」との診断を治癒者に貰い、特別手当をもらえることになった。
それからの毎日はアルフにとってとても平穏とは言えなかった。
記憶のないアルフのできる仕事と言えば、口頭で覚えられる簡単なお使いとか、どぶさらいであるとか、街を囲む壁の補修であるとか今向かっている庭師の手伝い程度だった。
その仕事のほとんどは命の危険がなく、魔力を制御するのに最適でこれから、という新人の仕事であり、若者の仕事を奪うことはいい大人のすることではないとされある程度の訓練をして実力をつけた冒険者は街の外に出て害となる魔物や食料を狩る。
つまりアルフはそのいい大人であるにもかかわらず若手の仕事を奪う臆病で卑怯で厄介者になったのだ。
ギルドに赴けば同年代と思われる冒険者にはいないものであるかのように扱われ、若い冒険者には馬鹿にされ、中堅のうだつの上がらない冒険者には同情され彼らのように見切りをつけ故郷に帰るように諭された。
そのたびにアルフは悲しんだり憤ったり記憶の欠片もない故郷を夢想してできることならそうしているよと喉の奥で言葉を飲み込んだ。前に一度記憶喪失であることを話したら、そんな理由付けをしてしがみついているなんてみっともない、と相手にされなかったからだ。
さらに、一年たってもアルフのおっさんらしい脳はなかなか読み書きを覚えられずにいた。このギルドでは見習い登録をした新人は無料で読み書きの講習が受けられるのだが、アルフも特例でその講習を受けていた。ただでさえ周りは自分より若い、どうにかすると幼いといっても過言ではない少年少女達で肩身が狭いというのに、アルフがこのギルドに登録できた同時期に見習い登録をした若者がどんどん読み書きを覚え新しい仕事をもらえているというのにいい歳の自分が取り残され、果ては半年ほどの新人にすら読み書き講習で追い抜かれる現状に焦りを感じないわけがなかった。
そしてさらにアルフにはもう一つ大きなハンデがあった。
「大体、魔法の使えない俺みたいなおっさんが街での仕事以外に何ができるっていうんだ。」
貴族街へ行くには街への入り口の門と同様検問があるのだが、呼ばれた行商人やアルフのようなギルドに派遣された冒険者はそれなりの人数がいて列ができていた。
事前にルーメンからそのことを聞いていたアルフはその列の最後尾に並び、ギルドからの依頼書を用意しながら独り言ちた。
その言葉通り、アルフは成人した人間なら誰しも使える生活魔法の使い方がわからなかった。ミーミルが何もないところから水を出したり、反対の手で炎をだしてその水を温めだしたときなど両手を叩いて喜んだものだが、それは言葉も話せない赤ん坊ですらはしゃがない程度の日常的な魔法なのだそうだ。
アルフはとてもみじめだった。そして絶望していた。もう少しで特別手当という名の借金の取立てが始まるというのに、彼は今日の宿代を払う金をぎりぎり捻出できるかどうか。
ルーメンやミーミルが言うには魔力自体はあるのだしコツさえつかめば魔法が使えるようになるとのことだった。そうすれば風の魔法でにおいや気配をごまかし、実入りのいい食肉狩猟の依頼がこなせるようになり、借金も無理なく返せる筈なのだ。
街での仕事はその生活魔法を多く使う機会があり、だからこそ新人冒険者に回されるものだ。庭師の仕事だって本当は今のアルフが持っている道具など使わない。風の魔法で真空を作り枝葉を剪定し、水の魔法で霧状に水を撒く、そんな仕事だ。普通どんなに才能のないものでも一年も肌で庭師の仕事を見聞きしていれば基礎くらいはできるはず、だった。
なのに、一年たってもアルフは魔法の魔の字も感じられないでいた。
街での仕事以外などと言ったアルフだが、その実彼は街での仕事も満足にできずにいたのである。