おっさんは思い出す 3
「ニス」
「ユウェニスさん」
当たり前にアルフにはその声の主に全くの覚えはなかったが、どうやらミーミルと眼鏡の美人は知己らしく彼の名を呼んで諫める様な視線を向けた。その恰好からして、おそらくギルドの一員なのだろうとアルフは当たりをつけた。
「よおミル、今度はこんなおっさんを拾ってくるなんて何考えてんだ?」
軽薄そうな笑みを浮かべてミーミルの肩を抱く若者は、いかにも冒険者然とした姿をしていた。遊撃手なのだろう軽さを重視した防具、ミーミルが腰に佩いている剣より肉厚ではあるがほんの少し短い小回りの利く剣を二本、腰の後ろでクロスさせて佩いていた。
「うるさいわよニス!あなたには関係ないでしょ!」
ミーミルは肩の手を乱雑に振り落とすとアルフをその細い手で一歩下がらせ、なおもにやつく若者をきっとにらみつけた。
「ミーミルさんも、ユウェニスさんもお静かに、人の少ない時間帯ではありますが、だからこそ好んでこの時間に依頼を出しにいらっしゃる依頼者も少なくないと、前にもいいましたね?」
あわや一触即発かとアルフがおろおろと視線をうろつかせていると、温度の低い声が、カウンターの向こうから静かに、けれど確とアルフとミーミル、そしてユウェニスと呼ばれた若者の耳に届いた。
「確かに、アルフさんには若手の新人と違い投資分の還元があるとは考えられませんが、事情を聴く限り特別手当の支給が可能だと考えます」
「ルーメンさん!」
眼鏡の美人ールーメンーの言葉にミーミルは喜色を浮かべカウンターに前のめりに手をついた。半面、ユウェニスは自分の思ったように運ばなかったことに渋面をつくり短く刈り上げられた後頭部を苛立ちまぎれに掻きむしった。
「やーっぱ優しすぎんだよなここのギルドは」
そういうとユウェニスは面白くなさそうにプラプラと手を振ってギルドを出て行った。
「あの、ごめんね、アルフさん」
ミーミルが本当に申し訳ないといった顔でアルフを見上げる。後ろで一本の三つ編みにされた金髪がまるでしょげた犬のしっぽのようにみえ、庇護欲を誘う。ユウェニスはもしかしたらこんなふうにまっすぐな彼女が心配で見知らぬおっさんへの牽制をしてきたのかもしれない。とアルフは思い至ってすぐに止めに入れなかった自分を責めた。
「あっいや、そもそも俺が場違いなのは本当の事だと、思うから……」
アルフはともかくも励まさねばと慌ててそう言ったが、自分の言葉にショックを受けてその言葉尻はすぼんでいった。
「そうですね」
そんな二人の間のじめっとした空気感をぶった切ってくれたのはカウンターでおそらく先に言った特別手当の書類だろう紙束をめくっているルーメンだった。
「ちょっとルーメンさんっ!」
本当の事を!なんてつなげた日にはアルフはちょっと涙目になるだろう勢いのミーミルはつい先ほどは喜色満面で手をついたカウンターに今度は焦燥をぶつけるようにばんっと音を立て両の手を叩きつけた。
「事実です。記憶喪失だというのなら治癒者に見てもらうのが先だと思うのです」
そんなミーミルの焦燥も何のそのどこ吹く風とばかりに涼しい顔でルーメンはめくっていた書類から一枚の紙を抜き出し、アルフとミーミル二人の前にひらりと見せつけた。
「あ」
診断書……とミーミルがつぶやいた。差し出された紙の文字はやはりアルフには読めなかったが、枠取りがされたその中は空白で、おそらくこの紙に診断をもらえという事なのだろうことが分かった。
「そこで本当にアルフさんが記憶喪失であると診断されれば、確実に特別手当が出せます。ただし、見習い登録と違って有償です。アルフさんがこのギルドに貢献する意思を示し制約書をかいていただく必要があります。まぁ、有体に言えば金利手数料なしの借金です。」
取り立ては一年後に始まりますからそれまでに身を立てられるといいですね。
そういってルーメンは眼鏡の奥でうっすらと切れ長の目を細めて見せたのだった。