おっさんは思い出す 2
街に入ってからすぐにミーミルとアルフは街の住民からの奇異の目を集めていた。
と言ってもミーミルはこの街でずっと暮らしてきており、特に街の外からギルドへの道にいたるまでのほとんどの住人と顔見知りである。明るく闊達な性格のミーミルは住人からの覚えもいいようで主に奇異の目を向けられているのはそんな彼女に手を引かれたおっさんだった。
親子ほどの年の差を感じさせる二人が片や顔見知りの少女冒険者、片や見たこともないよそ者で浮浪者の恰好だったとしたらそんな視線を集めることも無理からぬ事だろう。
しかし二人は幸いにも話に夢中でそんな周りの視線には気が付いていなかった。見た目はおっさんだが名前とぼんやりとした年齢の自覚以外ほとんどの記憶を持っていないアルフはまるで子供の様に無邪気だったのだ。
ギルドに着き、現実を突きつけられるまでは。
「えっ…」
「だからね、ミーミルさん。失礼だけどこの年齢の成人男性を見習い登録するのは無理なのよ」
木と石で出来た周辺の建物よりも倍以上大きなレンガ造りの建物に着き、ここがギルドであると告げミーミルはその中にアルフを引っ張って行った。
そして長机を三つに区切ったカウンターの一つに向かうと、顔見知りなのだろうカウンターの奥にいる妙齢のどこか陰のある眼鏡をかけた美人に声をかけた。
そうしてミーミルはその眼鏡の美人にアルフの現状を伝えると見習い登録して欲しいと頼んだ。その間アルフは興味深げにギルドの壁や天井に浮かぶ光の塊を見上げたり落ち着かない様子だった。
そんな二人を一瞥し、眼鏡の美人は首を横に振ったのだった。
「アルフさん、だったかしら」
眼鏡の美人はアルフをそのレンズ越しに射貫くと、見習い登録と太字で描かれた紙を一枚、カウンターにおいて文字に細く長い指を這わせた。
「はっはい」
影を感じる美貌に見つめられ、アルフはしゃちほこばって肩を跳ね上げた。それに軽くため息をついて眼鏡の美人は己の指が乗った紙へ視線を移した。つられてアルフもその紙を見るが、アルフにはその文字が何を意味しているのか分からなかった。
アルフは文字すらも記憶からなくなっていることに今更ながら気づき、見知らぬものへの好奇心で沸き立っていた心が凪いでいき悲しみの波にあふれようとしているのを感じていた。
「見習い登録とは、新人冒険者に一年間無料でギルドの部屋と最低一食を保証している制度です。それはその後このギルドへ収益を期待してのこと、いわば先行投資なんです。それはお分かりですね?」
あきれ半分哀れみ半分の視線を眼鏡の美人からもらったアルフは、跳ね上げた肩を所在なさげに落とし縮こまった。
「……あの、つまりおっさんの俺には未来がないってことですよ、ね」
そうして絞りだした声はいささか下品な笑い声に半ばかき消された。
「当たり前だろ、歳考えろよおっさん」