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回送にはご乗車になれません

 一旦、発車してしまうと魔動車は順調に進んでいった。

 乗客の《賓》たちはぐっすりお寝んしてるから、とっても静か。魔動砲を持ち込んだ仲間の《討伐者》たちも多少は緊張が解けたような顔をしている。魔動砲はあたしとジヌラが咎人の聖域から持ち出したやつよりひと回り小ぶりなサイズで、砲台がついていないから座席の背もたれを上手い具合に調整して安定させておかないとならないみたい。

 可哀想なのは運転手のおじさんかな。ただでさえ大型車の運転って大変そうなのに、魔動銃で狙われるわ、首輪から圧力を受けるわ、生きた心地がしてなさそう。


「誰か運転できれば寝かせてあげたんだけどね」

「魔動札があるから、運転だけならできるさ」


 運転手に慰めのつもりで声をかけたんだけど、ジヌラが身も蓋もない返事ですべてぶち壊してくれた。

 ってか、ジヌラったら、運転できるの? あ、そっか……。考えてみたら乗馬の経験すらないあたしが、魔道馬に問題なく乗れたんだっけ。御者の練習もしたけど、それは魔動札の機能を使わない方法であって、アプリの命令で操縦するほうが簡単だったわ。なら怯えるおじさんも無理をさせずに寝かせてあげたほうが親切じゃ……?


「どっちにしろ門番には運転手の顔を見せなきゃならないんだ」


 何度も同じことをいわせるな、とジヌラに叱られた。……ごめんなさい。そうだよね、顔パスが必要だから運転手は代わらなかったってのを、すっかり忘れてたわ。

 それから運転手さんにもごめんなさい。咎人制度を絶賛推進してる《復讐者》や一部の《討伐者》とは違って、《管理者》とか《支援者》とかの公務員っぽい立場で、お仕事だからしかたなくやってるんだろうな、って思うのよね。せめて余計な心配をしないで済むようにしてあげたいんだけど……。ま、あたしのそんな気遣いなんて無意味みたいで、運転手は憔悴しきったような顔で「どうか私のことはお気になさらず……」と繰り返すばっかり。


 昼食は魔動車の中で交替で摂る。自分たちで持ち込んだ分もあるし、前に乗ったときには気づかなかったけど、乗客用に多少は軽食が積み込まれてるみたい。ま、せっかく眠りこけてる《賓》たちを食事のためにわざわざ起こす気はないけど。昼ごはんくらい抜いても別に平気でしょ?

 運転手にも片手で食べられる物を勧めたけど、やっぱり「どうかお気になさらず……」だって。たしかにこの状況じゃ、食べ物なんて喉を通らないよね。


 窓を閉めきった魔動車の中は、陽の光が降り注いでほんのりと暖かい。こんな状況じゃなかったら、あたしも《賓》たちと並んでお昼寝したいくらい。

 押し寄せる睡魔に負けまいと、あたしも肩のルルリリも懸命に踏ん張る。

 でもそんな幸せな時間はほんの束の間のことだった。


「……妙に魔道馬の数が多くないか?」

「ここは街道だぞ? 中央へ向かう魔道馬や魔道馬車がいても、なんの不思議もないだろう? それにこっちの護衛も紛れてるんだ。数が多くなるのは当然さ」


 ジヌラが疑わしそうな視線を外へと向けると、魔動砲番の《討伐者》が答えた。ま、それなりに納得が行く説明よね。でも新しい咎人の聖域を作るのに苦労していたせいか、ジヌラは不安そうに周囲を見回すのを止めようとしない。


「用もないのに魔動車に並びかけるように魔道馬を走らせたりするか?」

「急いでるんだろ、きっと。次の停留所で魔動車に乗りたいとか」

「わざわざ魔動車に乗るような距離じゃないだろう?」

「なんだ、こいつら!? ずいぶんと寄せてくるぞ!? すっかり囲まれちまってる!!」

「前方の停留所に、魔道馬の集団発見! こっちに向かってくるぞ!」


 魔動車の中に緊張感が走った。後部座席にいた数人が魔動銃を窓の隙間から構える。

 同じようにソネミが素早い身のこなしで窓を開ける。魔動車の車体はあたしが知ってるバスより古い型なのか、下側からぐいと持ち上げられるタイプの窓になっている。その隙間から魔動砲が突き出される。

 運転手を見張るあたしの横に、ジヌラと《討伐者》がひとり駆け寄ってくる。運転手はあわあわ(・・・・)しながらも、必死の形相で運転を続けている。


 間の抜けたパスッとい音がして、魔動車が不自然に弾む。道の凸凹に嵌ったってわけじゃなくって魔動砲だわ。僅かに開いた窓の外から「わー」という悲鳴とも叫びともつかぬ声が上がって、魔道馬から男が転げ落ちていく。そのまま後ろから寄ってきていた魔道馬にもぶつかって、ひとり道連れになったっぽい。

 追いすがってきた連中が魔動銃をこっちに向けて撃っているけど、魔動車の窓は防弾だかなんだかみたいで、簡単に全部弾き返している。近づいてきて開いてる窓を狙おうとしてるけど、こっちの《討伐者》の腕のほうがいいみたい。


 魔動車の周りを取り囲む魔道馬の数が突然増えた、と思ったら、こちらに向けて魔動銃を撃ってた連中が挙って落馬した。落馬せずにこちらを見上げていたひとりと目が遭う――あ、あれってテルンさんの隊商のミルガじゃない?

 まさか裏切り? って一瞬焦ったけど違ったみたい。あれはこっちの護衛だったのね。ミルガはあたしに向かって敬礼みたいに指先をぴっと上げると、スピードを上げて魔動車の前方へと駆け抜けて行った。


 ミルガに率いられた一団が前方に駆け出すと、停留所近くで待ち構えていた魔道馬の一団が一斉に押し寄せてくる。うーん、敵のほうが倍近い人数じゃない? それってやばくない?

 でもこっちは図体の大きい魔動車が真ん中を走ってるわけだし、突破力なら負けてないかな? ジヌラや他の《討伐者》たちが、数の力で抜け出てきたやつに応戦を始める。

 えっと、ぼーっと見物してる場合じゃないか? あたしも魔動銃を持ち直して、運転席のすぐ後ろの窓に駆け寄る。


「チーロはしっかり運転手を見張ってろ!」

「わたしがチーロさんの分まで戦います!」


 あたしのすぐ横の座席の窓をソネミが開けて腕を出す。ってか、ウソ? ソネミさん、その魔動銃、誰から借りたんですか? さすがは念じれば命中する魔動銃。初心者のはずのソネミが揺れる魔動車の窓から撃っても、それなりに中っている。

 このままぼけっと魔動銃を突き出していたら、後ろの座席から狙う邪魔になる。そう自分にいいきかせ、あたしは大人しく運転手の横へと戻る。

 あたしが後ろに移動している間、ハンドルの横で睨みを利かせていたらしいルルリリが、ふわりとあたしの腕に舞い戻った。


               ◇◆◇◆◇


 襲撃してきた連中が弱かったのか、思ったよりもすんなりと包囲網を突破することができた。あ、敵が弱いんじゃなくって、ミルガたちが優秀だったのかもしれないか。とにかく一旦、集団から抜け出てしまえば、魔道馬と魔動車の全速力では速さが段違い。あっという間に振り切ることができた。

 とりあえずは難を逃れられたけど、行き先は中央。向こうから敵がまた襲ってくるかもって心配してたんだけど、その予測は外れだったわ。敵の人数は思ったほど多くないってことかしらね? 敵は中央ってか管理局って思ってたけど、もしかしたら咎人制度を意地でも続けたいのはごく一部の人間に限られてるのかも。


 午後もそろそろ陽が傾きかけてきた頃になって、中央の城壁が前方に見えてきた。追手を振り切るのに全速力を出したから少し早めに着くかと思ったんだけどな? 小競り合いをしながら走るのにスピードが少し落ちたから、差し引きゼロだったのかも?


「いつもと変わらない顔をしていけよ」


 ジヌラがそういって運転手に釘を刺す。それって、あたしの役目のような気がするんだけど……ま、ジヌラみたいに凄みを利かせるのは苦手だし、別にいっか。

 ルルリリを抱えて、運転手の真後ろの座席にあたしも腰を下ろす。奴隷の首輪を着けているからそれ以上脅す必要なんてないけれど、念の為、魔道銃に手は添えておく。運転手の首輪は襟の中に隠してるから、門番に気づかれる心配はないとは思うけど。


 前回来たときは、南門から入って西門の横の城壁を乗り越えて逃げたんだっけ。あの高さの城壁を垂直に駆け下りたのか……って、思い出すだけで気が遠くなるわ。

 入門チェックの列が三本に分かれてるのは、西門も南門も変わらないみたい。徒歩組が一本で残り二本は乗り物用。前回は魔道馬で来たから気づかなかったけど、魔動車は別扱いなのね。門番たちが忙しげに走り回り、門の街道に面している部分が全面的に開かれていくのを、息を潜めてじっと見守る。


「西門着の魔動車、時間通りです――」

「了解。東門で騒ぎが起きているようだ。注意して行くように」


 東門で騒ぎって、魔動車乗っ取りがバレたってことかしらね? 大丈夫かな? ちょっと心配だけど、そっちに気を取られていたせいか、挨拶する運転手の声が微妙に震えていたことに門番は気がつかなかったみたい。

 ちょっとほっとして肩の力を抜いたら、いきなり門番が殺気立った。


「何者だ!?」

「盗賊の襲撃か?! もういい、お前たちは早く行け!!」

「おい、さっさと出せよ!」


 なにごと?! と思って振り返ると、入門待ちをする列を蹴散らして、門の外から魔道馬の一団が雪崩れ込んできていた。あたしらが狙いかと思って身構えたけど、魔道馬の男たちは門番たちと戦い始めている。

 門番とジヌラに同時に促されて、運転手は慌てて魔動車を発車させる。その様子を目で追いながら、ジヌラが小声で「陽動だ」と囁いた。そっか、ミルガたちとは別働隊がいたのか。そういえば他の《討伐者》たちも落ち着き払ってるし、理解してなかったのはあたしだけだったみたい。


 ばすっと鈍い音がして、信号弾っぽいものが打ち上げられた。管理局や他の門へ応援を求めるためのものらしい。あたしとチャチャルが騒ぎを起こしたときも、同じようなことをしてたのかしらね? あのときは魔動馬での激走の衝撃が大きすぎて、そんな細かいことまで記憶に残ってないわ。


「南門で救援要請!」

「急げ!! 逃がすな!!」

「北もなのか!?」

「いったいどうなってる?!」


 怒号が飛び交う。門番たちは混乱の極みって感じ。街の中からも兵士っぽい服装の連中がわらわらと押し寄せてくるんだけど、みんな右往左往って感じで役には立ってはなさそう。

 あたしたちの乗った魔動車は、そんな混乱を尻目に街の中心へと進んで行く。もちろん街道みたいに全速力なんて出せないから、兵士や街の人たちが走り回る様子がよく見える。


「上手くいったみたいだな」

「ひっ!」


 中央に到着したというのにさらに混乱状況に拍車がかかっているものだから、可哀想な運転手は精神的にもう限界なのか、ジヌラがにやりと笑っただけでびくびくと怯えている。ごめんね、あと少しだからね。いまさら、気絶されて交替するのは面倒なのよ。どうにか頑張って運転してね、と励ましておく。


 街の真ん中、管理局の前を通り過ぎる。目の前には停留所っぽい場所が開けている。たぶんここは明日には始発の乗り場になるんでしょうね。でも今日は魔動車の到着日だから、終点の降車場として使われるはず。普通ならここで乗客は全員降りるんだけど、《賓》たちを目覚めさせるつもりはないし、魔動車を停車させるつもりもない。

 四方の門で騒ぎが起きたせいで出払ってるのか、それとも今日は到着便だけで乗り込む客がいないからなのか、幸いにも降車場の周囲には人の姿は見えない。そのせいで西から入ってきたあたしたち以外の魔動車がどうなったのかもわからない。少なくとも降車場には見当たらないけど、ここで停車しないのは元々の予定通りだ。


「じゃ、このまんま車庫まで進んでってね」


 ぐるりとロータリーっぽいのを半周ほどしたところに、緩やかな傾斜の下りの通路がある。ここがおそらくは地下の魔動車車庫への入り口。ほんの僅かだけどカーブしていて、奥までは見通せない。

 運転手は微かに震えながらも頷いて、慎重にゆっくりと坂を下っていく。奥のほうからは照明の灯りが漏れてくるけれど、坂の間は外の光が遮られて少しだけ薄暗い。


 後ろのほうに陣取っていた仲間の《討伐者》の大半が、前方の扉のほうへと詰めてくる。魔動銃を握り、降りたらすぐに動ける構えだ。残った数人の《討伐者》たちは、座席に立てかけていた魔動砲を担ぎ、これもすぐに降りられるように準備をしている。

 いちばん先頭の席のあたしは、《討伐者》連中の間にすっと割り込めばすぐに降りられる位置だ。ジヌラも扉のほうへと歩み寄ってきた。そのあとに続くようにソネミは、興奮と緊張が入り混じったように、大きく目を見開いている。


 魔動車が最後のカーブを曲がりきり、目の前が開けた。視界がぱっと明るくなる。

 激しい怒号と、魔動銃、そして魔動砲の音が耳に入ってくる。既に争いが始まっているっぽい。

 奥の非常口っぽい扉の近くには魔動車が一台停まっている。そこで揉み合う男たちは、服装から判断する限り、中央の兵士ではなくただの《討伐者》に見える。

 あれは仲間の《討伐者》たち? それとも敵?


 やがて《討伐者》たちの群れが割れて奥のほうが見えた――そこには凄まじい勢いで剣を振るうテルンさんとチャチャルの姿があった。

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