大型二種免許なんて持ってません
「まさかジヌラが協力するっていいだすとは思わなかった」
「……不本意じゃない、ってわけでもないんだけどな」
停留所で魔動車を待ちながら、あたしとジヌラはぽつりぽつりと言葉を交わしていた。
街道沿いとはいえ町の外にある魔動車の停留所は、屋根もない吹きっさらしだ。厚手の上着にスウェットも重ね着してるんだけど、風の冷たさが身に沁みる。ってか、いつの間にか季節を重ねてたのね……。
ジヌラはテルンさんとの訣別宣言をして一旦は出てったからね、なんだか気まずくって話がしにくいのよねえ。思春期の少年少女じゃないけど、つい互いに目を合わせまいとしちゃう。おっさんが二人並んで恥じらうって、構図的に全然美しくないんだけどね。
「ジヌラは帰るんでしょ? カバネは? こっちに残ることにしたの?」
「……いや。本人は家族の迷惑になるなら残るってつもりだったみたいだが俺が止めた。新しい咎人の聖域に戻ってる暇もなかったんで、今は女人の村に預けている」
ジヌラの弟のカバネは、なんども性犯罪を繰り返して家族から持て余されているのだそうだ。本音では見捨てたいけど、さっさと刑を終えて元の世界に帰ってこられては迷惑だし、そもそも《咎人》に対する制裁の凄まじさを見てられなくて、《討伐者》や《復讐者》の手から守ってるんだとジヌラはいっていた。だから戻らないって選択肢があるなら、ジヌラはとmかくカバネ自身はそっちを選ぶと思ったんだけどね。
他所の世界に面倒を押しつけちゃ悪いだろ、とジヌラは力なく笑う。それはその通りなんだけど……元の世界に戻るとこっちでカバネとしてした反省や後悔を忘れちゃう可能性が高そうなだけに、ちゃんと更生できるのかちょっと心配。ま、所詮は他人事なんだけどね。
立ったまま待ってると寒いからと、ソネミは道を行ったり来たりして身体を温めている。あんまり離れすぎると、《討伐者》とか魔物に襲われちゃう可能性があるんで目を離さないように要注意だ。ま、他の作戦メンバーが道の脇の茂みとかに隠れてるから、大丈夫だとは思うんだけど。
ルルリリも今日は珍しく定位置のあたしの肩には乗らずに、ソネミにくっついてパタパタと飛んでいる。一応、作戦のお手伝いという名目でちょっとだけ荷物を持たせてるんだけど、そのせいか飛び方がぎごちないってか、風が吹くたびに右に左にふらふらと揺れている。それとも厚着のし過ぎで、思うように羽根が動かせないのかしらね?
「あんたのとこのチビは、残らないのか。意外だな」
「うーん、ちゃんとたしかめてないんで、わかんないんだけどね。やっぱり残らないのかなあ?」
「残るつもりなら、危険な作戦にわざわざ参加しないんじゃないか? 子どもでもそのくらいはわかるだろうが」
あ、そっか。残留するために元の世界との繋がりを断ち切っちゃうと、死んでも生き返るって特典が無効になっちゃうわけか。元々の旧世界人みたいに命を懸けるリスクを負おうなんて思わないか、普通。
「しっかし吹きっさらしはきついねえ……。せめて屋根とか風除けくらい、つけてほしいわ」
「でかい町には入れないんだから、しかたねえだろ」
南東の町もそうだったけど、東西南北と中央には大きなバスターミナルっぽいのがあって、屋根もついてれば飲食コーナーつきの待合室もあるらしい。でもここは西から中央へと向かう途中の道沿いにある小さな村の近くの小さな停留所だ。最初にあたしが降りた東境の村みたいな感じっていえばあってる? 停留所の標識が道の途中にぬぼっと立っているだけなのよね。
ここから中央までは、半日ちょいくらい。まだ午前中なんで、今日の夜前には中央に入れる予定だ。
魔動車に乗ってなにをするかっていうと、バスジャックってか魔動車ジャックね。要するに魔動車を乗っ取って中央へ突入するわけ。
中央では徒歩や馬車で到着すると、管理局に顔を出さずとも各門で魔動札チェックがあるのよね。便利っちゃ便利なんだけど、あたしみたいに過去にトラブルを起こしてると、そこで阻止されちゃう可能性があるのよ。でも魔動車に乗ると町の中の魔動車ターミナルまで直行しちゃうから、とりあえず門のチェックはスルーできるってわけ。
それに西の町から中央までは十日もかかるから、正体隠して乗り込んでも途中でバレる可能性は高いし、長時間人質をとってジャックしてたらシステムをぶち壊す前にこっちが疲れ果てちゃうわ。
作戦では東西南北の四つの方角から四台の魔動車で中央入りすることになっている。中央に着く時間もだいたい一緒だから、乗降するためのターミナルとか車庫とかを突っ切って、一斉にシステムのある元城にまで突っ込む予定。
うーん、ちょっと行き当りばったりな気もするけど、普通に門から入って暴れて周囲の目を惹きつける、いわゆる陽動の役割の人たちもいるらしいし、四台で突っ込めば、どれか一台ぐらいは成功するんじゃないのかな?
ってなわけで四台の魔動車に四台の魔道器を乗せて、作戦進行中。
◇◆◇◆◇
ジヌラと取り留めのない会話を続けていると魔動車が近づいてくるのが見えた。今日の魔動車は明るいオレンジってかみかん色。来たときのバスとは違う色だし、これに乗ったら帰れるようなラッキーに恵まれる、とは行かなそうね。
茂みの陰では《討伐者》たちがごそごそと突入準備を始めた。特殊部隊みたいにきっちり身を潜めろとはいわないけどさ、もう少し用心深く動かないと葉っぱの動きで運転手に怪しまれちゃうよ。魔動銃を腰にぶら下げたあたしやジヌラなら《討伐者》の標準装備って許してもらえるだろうけど、さすがに剥き出しの魔動砲を担いで乗り込むのは難しいよね。それでも武器なら必要だからって頑張って主張すれば認められる可能性も無きにしも非ず。
それよりも問題はルルリリかな。規則では《討伐者》に連れられているなら《咎人》だろうが獣人だろうが乗れるはずなんだけどね、南東の町で《賓》に嫌がらせされたみたいに他の乗客に文句をつけられたら乗車拒否されかねない。
もっとも、それを見越して作戦を立ててはあるんだけどね。ま、あたしのアイディアじゃなくってジヌラが考えたんだけど。
バスと同じようにプシュっと音を立てて到着した魔動車の乗降口が開く。外から覗く限り、乗客の数は十人弱かな。最後尾に四人くらい固まってて、あとはバラバラに座ってる。
ジヌラがソネミを連れて先に乗り込む。運転手の横の魔道器に魔道札をかざす。運転手もジヌラも無言。問題なく乗れたみたい。
肩にルルリリを座らせ、あたしもジヌラたちに続く。
「お客さん、獣人乗せる気かい?」
案の定、運転手は嫌そうな声を出した。ちらっと視線が向いた座席のほうを見ると、客のひとりが眉間にシワを寄せて座っている。びしっと高級そうな背広姿はこの世界の服装の標準とはかけ離れてるし、99%《賓》で間違いなさそう。制裁制度とかシステムの視察に来てるってのに、《咎人》の姿を見ないででどうするんだろうね? 《咎人》を相手にする視察という名の接待だけが目的だったりしてね。スケベそうな顔してるもん。
「ええ? こっちも急ぎだからわざわざ魔動車を使おうってんだからさ。あのさ、中央で待ってる依頼主にこの《咎人》を届ける約束してるんだよね。獣人を乗せちゃいけないなんて規則はないんだからさ、文句いわないで乗せてよ」
乗客たちの視線が窓の外から、あたしのほうに向き始めたのがわかる。運転手は「困ったなあ」と呟きながら、高級スーツの男の様子をちらちらと窺っている。
よし、上手くいったかな。あたしはできるだけ面倒くさい客を装って、乗客と運転手の惹きつけようと頑張る。ま、表面的には正当な要求をしてるだけなんだけど。
「いやあ、でも他のお客さんのご迷惑になりますから……」
「なにが迷惑なの? 小さいし、鳴かないし、臭くないし、暴れないし。座席だっていっぱい空いてるよ? どこが迷惑?」
ほとんどクレーマー気分でやり取りしていると、ルルリリがあたしの髪をちょいちょいと引っ張った。外の連中の準備が整ったらしい。後部座席のほうで待機するジヌラとソネミに、視線だけで軽く合図を送る。と、同時にがたがたと派手な音とともに、《討伐者》たちが乗り込んでくる。
「動くな!」
「大人しく従え!」
大声と魔動銃で最初に突入してきた《討伐者》たちが乗客を制圧する間に、あとから乗り込んできた連中が小型の魔動砲を座席の合間に据える。ジヌラとソネミが降参のポーズをとる乗客たちの首に手早く奴隷の首輪を嵌めていく。
もちろん、あたしだってボケボケと見物してるわけじゃない。最初の突入と同時に、しっかり魔動銃を抜いて慌てふためく運転手に向けている。ルルリリがふわっと浮き上がり、マフラーの下に隠していた奴隷の首輪を運転手の首にぱしゅっと嵌める。
「扉を閉めて! 予定通り中央に向けて発車しなさい。管理局への連絡は駄目だからね!」
プロ意識なのかしらね? 魔動銃を突きつけられても、運転手は精一杯の抵抗で命令に従おうとはしない。でもそれって無駄な抵抗なのよね。そのために奴隷の首輪を着けたのよ。それもエリファさんとガルガウィによる魔改造済みのやつ。
「こっちは終わったぞ」
「みんな、ぐっすり眠ってますね」
こちらに戻ってくるソネミの手には魔道銃が握られている。いつの間に手に入れてたんだろう? 悪戯っぽく小さく舌を出して……もしかして偽物なのかしらね?
ジヌラが抱えていた魔道器をあたしに渡してくる。これを使って魔改造首輪に強制睡眠の命令を送ったんだけど、すごいわ、乗客全員、揃って首をこてっと横に傾げて眠りこけている。
この魔動車に乗ってる連中は、《賓》だろうが《討伐者》だろうが、全員が制裁制度をやってる世界から来た連中。だから文字通りにじゃなくて比喩的な意味で眠らせるほうが簡単なんだけどね。でも死人にこそ口あり、元の世界に戻ったら状況報告されて緊急対応されちゃうだろうから、黙らせておくために眠らせたってわけ。
「悪いな、あんたのことは眠らせてやれないんだ」
ジヌラがにやりと笑うと、運転手は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。ジヌラも他の仲間の《討伐者》も魔動車の運転はできないらしい。あたしも普通免許は持ってるけど、大型車はちょっと無理よねえ……。それに運転手の顔は門番に知られてるかもしれないから、他の人間が交代するわけには行かないのよね。
ってなわけで、魔道器を運転手に向けてちょこちょこっと操作する。
運転手はがちがちと歯を打ち鳴らしながらも、前を向いてハンドルに手をかけた。
「そんじゃ、あらためて。中央に向かって出発進行!」
魔動車はゆっくりと動き出した。




