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早起きは三文の徳

 久々に夢を見た。ペットの犬が死んじゃう夢、悪夢ってやつ。

 あたしはペットなんて飼ったことないんだけどね。小さかった頃の茂樹が、大好きなワンコが死んじゃったって大泣きしたんだわ。

 夢の中でも茂樹はぎゃん泣きで、あたしは可哀想って思いながらそれを眺めてるの。犬がっていうより、茂樹がね。

 夢だってわかってて、なんでこんな夢見てんだろうって同時に思ってんの。

 昨夜のことがショックだったから? でもショックって意味では斬り殺されるところを目撃したソネミのほうが強かったと思うんだけどね……。

 オコリとは接点ほとんどなかったし、《咎人》への扱いもだいぶわかってきてるから、不快ではあっても衝撃ではなかったはず。

 そういえば茂樹が飼ってた犬、名前も種類も毛色さえも知らなかったな。そう思って茂樹が泣き縋る犬の姿を見ると、薄青くぼんやりと光っていた。

 青く光る死骸は、むっくりと起き上がってあたしに近づいてくる。ヤバイじゃん、これってホラーじゃん……夢だけど。


「ググォー! ガガォー!」


 妙な唸り声にちょっとビビってたら、死骸があたしの肩に手をかけて伸び上がってきて――



 ――鼻の頭を齧られた。


「痛い!」


 叫んだはずの声は、モゴモゴとくぐもる。薄目を開けると、ルルリリと目が合った。

 寝呆けた? ってわけでもないのかな? ぷにぷにした指先が、あたしの唇を上下に摘んでいる。赤ちゃんのように小さな指に、肉球の感触……むふ、最高だわ。

 じゃなくって、これは「喋るな!」ってこと? 「わかった」って意味を込めて頷いてみせると、手を離してくれた。



 あたりはまだ薄暗い。空はだいぶ白んでいるけれど、日の出にはもう少し間があるみたい。

 ぐるりと見回すと、ゴラゾラ兄弟が少し離れたところで寝ていた。酒瓶を片手に豪快に大の字になって、漫画みたいに典型的な酔っ払いの寝相だ。

 グォー、ガォーと兄弟で交互に派手な鼾をかいている。たぶん、さっきの死骸の唸り声はこれだわ。

 で、鼻に噛みついたのがルルリリ。こいつらに気づかれないように起こすつもりだったのかな? でも噛みついたら思わず悲鳴あげちゃうじゃない。まあ、目を覚まさなかったあたしが悪いんだろうけど。口を摘んで声を立てられないように、ルルリリなりに一生懸命考えて工夫したのね。


 兄弟が熟睡してるのはいいとして、ジヌラの姿がどこにも見当たらなかった。

 いや、別におっさんがいなくても寂しくともなんともないんだけど。少なくともすぐに目に入る範囲内にはいない。

 身支度とか朝食の支度とかでもなさそう。だって荷物がなくなってる……。

 ほんと、こんな朝っぱらからどこ行ったんだろう? 逃げたんだよね、きっと? 兄弟と比べて多少はまともそうだったジヌラがいなくなると、この先、ちょっといやだな……。

 なんて思って、未練がましく立ち上がってジヌラの姿をもういちど探す。するとうるさいからと兄弟が嫌がって遠くにつないでいた魔道馬の影に隠れるようにしているのを見つけた。

 あっちも、あたしの姿に気がついたっぽい。口の前に指を当てたような、静かにしろって感じの身振りをして、それからそっと手招きをした。

 ルルリリがあたしの腕をぐいぐいと引っ張る。行こうよってこと? そういえば昨夜のルルリリはゴゥラとゾゥラには近寄らなかったのに、ジヌラには平気でくっついてたっけ。

 引っ張られるままに立ち上り、足音を忍ばせ歩き出す。あたしのリュックを引きずって持って行こうと頑張るルルリリを、荷物ごとひっつかんで抱き上げる。




「今日は咎人の祠に案内するんじゃなかったんですか?」


 ゴラゾラには聞こえないくらい遠く離れたのを確認して、そう訊いてみた。もちろん声もしっかり潜めてだ。


「あんなやつら連れてったら、ろく(・・)なことにならんさ。あんたもそう思うでしょう?」

「まあ、そうですよね……」


 あの馬鹿兄弟の好き勝手にさせるのがよくないだろうってのは、まあ、同意するわ。ジヌラが何を思ってそういってるのか、本当のところはわかんないけどね。


「なんだったら一緒に逃げんかね?」


 こういうの渡りに舟っていうのかしらね? 「是非お願いします」と答えようと意気込んだところで、ルルリリの姿が目に入って躊躇った。逃げるのに足手纏いに……ならないよね? おっさん、魔道馬を盗もうとしてるみたいだし、大丈夫だよね?


「あんた、そのちびっこいのがお気に入りなんだろう? あの兄弟は獣人は嫌いみたいだから、ただの《咎人》よりもっと酷い目に遭わされるだろうな。自分で楽しむ前にあいつらに縊り殺されちまうぞ?」


 あたしは、おっさんが思ってるような意味で楽しむつもりはないんだけどね。でもまあ、だいぶルルリリも懐いてきたことだし、そろそろモフッて遊べるかなって思ってたところ。あんな連中に取られるのは癪に障る――じゃなくて、ありえないわ。


「目が覚めて俺がいないのに気づいたら、あいつらきっとあんたに当たり散らすだろうな」


 いかにも思わせぶりな感じなジヌラの言葉で、急に不安になる。

 たしかにね、「何で気づかなかった」とか「お前のせいで逃げられた」とかいって、全部、あたしのせいにされそうな気はするわ。うん、間違いないわ。

 ――となれば、答えはひとつ。


「ええ、一緒に行きましょう」


 まあ、荷物持って来てんだし、答えは決まってたようなもんだけどね。



 ジヌラは魔道札を魔道馬の頭に押しつけるようにして、何やら操作していた。

 魔道馬は静かにされるがままになっている。馬ってひっきりなしに身動きしたり、ブルルッて身震いしたりしてるってイメージだったけど、さすがは人工的な馬だけあってまったく音を立てない。


「何してるんですか?」

「進路設定……あの馬鹿どもは魔道馬を使いこなせてなかったけど、俺は違うからね」


 魔道馬は普通の馬と同じように人間が乗ったり曳いたりするだけでなく、予め進路を設定すれば勝手に動いてくれるのだそうだ。実際に見たわけじゃないけど、テルンさんの馬車でも同じようなことをきっとやってたんだろう。


「でも誰でもできるってわけじゃ……?」

「魔道馬は正式に入手した段階で、それ用の魔道機能が魔道札に組み込まれるはずなんだがね。まあ、あの連中のことだから自分で用意したってのは嘘なのかもな」


 ああ、その可能性は高そう……。ってか魔道機能が組み込まれるって、やっぱりスマホと同じで魔道札にはアプリがインストールできるんだ? だったらアプリがあればあたしも魔道馬の操縦ができるようになるのかな?

 まあ、それもこれも中央でスマホを完全に修理した後って話。そもそも修理したら、もう魔道馬に乗って旅する必要もなくなるのか……なくなるよね? 直るよね?


「よし、それじゃ行くか」




 魔道札をしまうと、ジヌラのおっさんはゴラゾラ兄弟が寝ているのとは反対の方向へと歩き出した。自分の足で、だ。

 えっ? そう声を上げそうになるのを堪えて、あたしはジヌラを追いかけた。


「何で? 魔道馬は……?」


 小さな翼で浮き上がりながらちょこまかとついてくるルルリリを捕まえて、脇に抱え込んで小走りになる。急いでるとわかると、いつもなら自分の足で歩くと駄々をこねるルルリリも、大人しく抱えられるままになった。


「魔道馬に乗ったほうが速いし遠くまで行けるんじゃ……?」

「まあそうなんだがね。他人の魔道馬を勝手に使ってると後々面倒だからねえ。ま、ご覧なさいよ。もっといい使い方ってのを見せようじゃないか」


 そりゃ面倒に巻き込まれるのはいやだけど? でもいい使い方って何だろう?

 そんなことを思っていると、いきなり後ろのほうで甲高い馬の嘶きがあがった。

 えっ? 何? 機械の馬でも嘶くんだ? じゃなくって騒いだら逃げたのがバレちゃうじゃないの!


「ほら、こっちへ! 急いで!」


 ジヌラに促されて、ゴラゾラ兄弟のいるほうからは見え難い、ちょっと窪地っぽくなってる場所へと駆け込んだ。地面に腹這いになって、頭だけそっと上げて様子を窺う。

 魔道馬は棹立ちっていうんだっけ? 前足を上げて立ち上がり、しつこいくらいに嘶きを繰り返す。そのうちにばたばたと走る音とともに、兄弟の喚き散らす声が近づいてきた。


「っきしょう! あいつらどこ行きやがった?!」

「ただじゃおかねえからな!!」


 見つかったらヤバくない? ドキドキしながら息を殺した。ジヌラもルルリリも、騒ぎに耳を傾けてはいるけど、なんだか平然としてる……ってか焦ってるのってあたしだけ?

 魔道馬が走りだす気配がした。音からして……あたしたちがいるのとは違う方向。馬鹿兄弟の喚き声が、ぐるりと大回りして向きを変えるのがわかった。

 魔道馬は派手に足音を立てて遠ざかっていく。ゴラゾラの「待てぇ!」とか「止まれぇ!」とかいう怒鳴り声も、それを追うようにして消えていった。


「なるほど、魔道馬は囮だったのね……」

「あいつらにとっちゃ、俺たちを追いかけるより魔道馬のほうが大事さ。何しろひと財産だからな」




 魔道馬を追いかけて、兄弟はどんどんとあたしらのいる場所から遠ざかっていった。

 途中で諦めて戻ってきたらとちょっと心配になったけど、ジヌラによると追いつけそうで追いつけない感じにずっと引っ張るように魔道馬に命令してあるそうだ。魔道馬、賢い。ってか魔道の人工知能みたいなもんなのかしら?

 じゃあ、これで兄弟とは反対方向に進んでいくのかと思いきや、ジヌラはすぐさま回れ右をした。あたしが「えっ?」と戸惑うのをよそに、ルルリリは「何やってんの?」って顔であたしを見ながら、すたすたとジヌラの後を追っかけていく。

 野営場所に戻ったジヌラとルルリリは、二人してゴラゾラ兄弟の荷物を漁っていた。ルルリリさん、なんだかやたらとジヌラと息が合ってない? ちょっと嫉妬しちゃうわ……。


「何やってんですか……」


 魔道馬のときには他人の持ち物を勝手に使っちゃまずいっていわなかったっけ? その舌の根も乾かぬうちに、まあなんというか……呆れちゃうわ。

 もっともおっさんの言い分では「魔道馬は登録制だから駄目」なんだそうだ。小学生じゃあるまいし、持ち物に名前なんて書いてないから、所有者不明ならいくらでも言い逃れはできるってこと。

 そういえばイマドキの小学生は名前は見えないところに書くんだっけ? そう思って念の為に裏返したりひっくり返したりしたけど、やっぱり馬鹿兄弟が馬鹿丁寧に記名するなんてわけはなかった。

 まあ魔道馬は逃しちゃったから、荷物を奪ってもそうたくさんは持ち運べない。それでも食料だの雨除けに良さそうな丈夫な布切れだの、結構、いろんな物をもらっちゃったから、結構重たくなった。

 ルルリリは馬鹿兄弟の酒とツマミの高級干し肉をせしめたみたい。酒はルルリリには早いから、あとで取り上げることにしようっと。


「で、ジヌラさん、これからどこへ行くの?」


 ゴラゾラ兄弟の注意を逸らしたのはいいけど、まともな太い道筋は中央に続く一本道だけだ。さすがの馬鹿兄弟にも簡単に行き先がわかっちゃうはず。


「俺が根城にしてる里が近くにあるんで、そこへ行きましょう」

「でも……」


 ジヌラにとってはその里とやらが安心できる場所なんだろう。でもそこに余所者がくっついて行っていいんだろうか? しかも《咎人》の中でも特に蔑まれているっぽい獣人を連れて行って大丈夫なんだろうか?

 それに馬鹿兄弟のこともやっぱり心配だ。魔道馬を捕まえるにしても途中で諦めて引き返してくるにしても、最終的にあたしらに対して仕返しをしようと追いかけてくる可能性は捨てきれないんでは? 頭はイマイチっぽかったけど、あの二人、結構、しつこそうに見えたんだけど……。


「大丈夫。抜け道を行くから、そう簡単には見つからないって。それに万が一、見つかったとしても、里の連中ならあんな程度のやつら、簡単に撃退できますよって」

「それならば――」


 お世話になろうかな、という言葉を口に出す前にルルリリの顔を見る。ルルリリは、地面にお尻をペタンとつけて座り込んだまま、きょとんとした顔であたしとジヌラを見比べている。まあ、ジヌラのことは嫌いじゃないみたいだし、いいのかな?

 ジヌラはそんなあたしの視線を、ルルリリに対する心配と受け取ったようだった。


「我々の里は、《咎人》に対しての偏見はないですから、ご心配なく」


 そんな簡単に断言しちゃっていいのかな……? まあ、全面的に信じられないにしても、そこまでいうなら、行った途端に追い出されることはないか……。

 いずれにしろゴラゾラの動きを考えると、このまま元の道を進み続けるのは得策じゃなさそう。ここはせっかくのジヌラの申し出を、ありがたく受けるのが賢いのかな? そう思うことにした。

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