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お嬢さん、どこかでお会いしましたっけ?

 ゴラゾラ兄弟の荷物をこれ以上持てないってくらいに抱えると、さっきまで身を隠していた窪地のほうへとまた戻った。抜け道というだけあって、木の枝や葉を掻き分けながら道なき道を進んで行くんだそうだ。

 潅木っていうの? 太い木は少なく、かなり下のほうから細い幹や枝が分かれている木が多い。ちょうどあたしの顔の高さで広がっていて歩きにくい。剣やナイフで打ち払いながら歩くには枝が太すぎるし、腕で押し退けるにもそれなりに力がいる。

 ときに前を歩くジヌラが掻き分けて避けた枝が勢い良く戻ってきて、あたしの頬をびしりと打つ。そのたびにジヌラは振り返って「すみません」と詫びるけど、どっちかっていうと悪いのはあたし。手元足元ばっかり気にして、前方不注意なのが原因。

 ルルリリの背の高さだと、枝も幹もあんまり広がってないから、あたしほどは影響を受けないみたい。それでも道のでこぼこや木の根っ子を避けようとして羽ばたいた拍子に、飛び出た枝に頭をごつんとぶつけて「いたっ!」と小さく呟いている。喋ってるの気づかれてないつもりかしら?

 ゴラゾラ・ザ・馬鹿兄弟が、ジヌラの思惑通りに魔道馬に振り回されてくれるといいんだけど……。



 ジヌラはこれから案内しようとする彼の根城のことを()と呼んでいた。

 里って……そういえばチャチャルが気をつけろっていってたのもなんとかの里だったはず。なんだったっけ?

 えっと、そうだ隠れ里。中央の南西寄りにある隠れ里、たしかそうだ。中央の南西って元の道から見るとどっちの方角だろう? 北? 北西? 男になっても脳味噌の中身は地図の読めない女のまんまだわ……。

 男脳だろうが女脳だろうが、どっちにしろジヌラについて闇雲に歩いたり走ったりしちゃったから、もう完全に方向感覚は失くなっちゃった。今やここはどこ状態。

 ってことはさ、ジヌラの里ってのがチャチャルのいってた隠れ里の可能性もあるってこと? まずくない、それって?

 チャチャルの忠告って……《咎人》に親切だからって気を許すな? そんな感じだったはず。

 オコリに対する態度を見る限り、ジヌラは《咎人》に対して厳しいってことはなかったと思う。親切とか好意的かどうかははっきりしないけど、少なくともゴラゾラ馬鹿のやり方には眉を顰めるって感じだったはず。


「里では《咎人》への偏見はないって話でしたけど……?」


 日本人の得意技、曖昧な質問を発動。ジヌラが察してくれるのを期待したけど、返ってきた答えはあたしの期待とは微妙に違っていた。ま、ジヌラは日本人じゃないからね……。

 ああ、そうだよね、心配だよね、とジヌラのおっさんの答える言葉はとっても優しい。


「偏見というとわかりにくかったかな。《咎人》は蔑み、忌むべきというのは、この国では正義だからね……」


 ジヌラはそういって少し考え込んだ。差別するのが正しい世界では、差別しないことこそが偏見があるって意味になるの? なんか違わない? 《咎人》を差別しないのが偏見だから、偏見がないから差別する? なんだか混乱してきたわ。

 まあ、いいや。とにかくジヌラがいいたいのは、里の人たちには《咎人》を積極的に傷つける意志はないってことで合っているみたい。

 ジヌラは後ろを振り返り、ちょこまかと歩くルルリリへと手を差し伸べる。その手を握ったルルリリをひょいと持ち上げ、倒木を飛び越えさせる。

 ルルリリは翼があるから自力で越えられるんだけど……。ま、ルルリリが素直に受け入れてるんだし、小さな親切大きなお世話なんて喧嘩売らなくてもいっか……。


「誘っておいていまさらだけど、普通の人間の姿の《咎人》ならともかく、獣人の場合は若干風当たりが強いこともあるかもしれんなあ。いや、里から追い出したりなんてことはさせないけど、でもあまり好い顔をしない連中も中にはいるから、少々いやな思いをさせちまったら……悪いね、すまん」


 予め釘を刺すつもりでもないんだろうけど、ジヌラはしかたないとばかりに肩をすくめた。ルルリリがその手を振り切ると、ジヌラは苦笑しながらも、今度はペコリと軽く頭を下げた。

 ルルリリは、その場でぱたぱたと宙に浮いてあたしのことを待っている。

 追いつくなり、ルルリリの小さな手がしがみついてきた。あたしはふっくらとした肉球の感触をぎゅっと握り返してやった。



               ◇◆◇◆◇



 抜け道。獣道。呼び名はすごいけど、道自体は思ったほどきつくはなかった。

 楽、じゃないんだけどね。でこぼこはあるけど、起伏が激しい難所ってほどじゃない。なにはともあれ()って名がつく程度なら、通れる、歩けるってこと。

 それでも長い距離を歩いていると、地味に疲れてくるし、だんだんと口数は減っていった。ジヌラも人当たりはいいけれど、チャチャルみたいに話題が豊富ってわけでもない。あたしも無口なほうだしね……う、嘘じゃないわよ?

 ルルリリは意味不明で会話が成り立たなくても、常にひとりでお喋りしてる感じ。でもそれも少し静かになってきたかな。


「ずっとこんな道が続くんですか……?」

「きつくなってきたかい?」


 まだまだ苦しくも辛くもないけど……どこにいるのか、どっちに進んでいるのか、全然見当がつかなくなってきた。

 お日様の高さで推測しようにも、森の中は木々の葉で空が切れ切れにしか見えなくてわかりにくい。このままだと元の道に――中央へ続く道に戻れなくなっちゃいそうで不安。

 少し行くとちょっと変わった形の瘤のある大木が見えてきた。その目立つ木の前で、ジヌラが立ち止まった。


「ここを左に降りて行くと南西の峡谷。里は右方向。やっと半分くらいかな」


 左はやや細目の若い木々が多く、草が生い茂って歩きにくそうだ。いわれなければ道だとも思えない。右は太い木を目印にすると、踏み固められた地面がなんとなく道筋として見えてくる。

 南西の峡谷というのには憶えがある。たしかチャチャルと別れた分かれ道の案内板にあったはずだ。


「ってことは、咎人の祠の近く?」

「よくご存知で」


 ご存知もなにも、立て札に書いてあったから。そういえばゴラゾラ兄弟は、咎人の祠に案内しろってジヌラを脅迫してたっけ。


「咎人の祠って許可がなくちゃ入れないんでしたっけ?」

「管理局の下にあるのはね。南西の峡谷の咎人の祠は、打ち壊されちまったし、新しい祠はまだ誰も届け出てないはず」


 打ち壊されたとかって……なかなか過激な人もこの世界にはいるもんなのね。

 しかもジヌラたちは、新しいのを造っても届け出しないんだ? まあ、お役所とのやり取りって面倒だもんね。義務だとか必要に迫られてとかじゃなきゃ、放っとこうって思うのが普通かも?

 状況がイマイチ飲み込めないけど、まあ、他人を――それもゴラゾラみたいな暴力馬鹿を近づけると、また荒らされたり壊されたりしかねないもんね。案内したくないって気持ちはわかるわ。


「行ってみたいかね?」

「え? いいんですか……?」


 用があるとか後学のためとかじゃないんだけどね。でもわけのわからないこの世界の、結構、重要そうな場所じゃん? どんなものか見てみたいって気持ちはなくはない。

 でもあとを追ってきたゴラゾラ兄弟に祠の場所を教えるようなことになったらまずいんじゃないの? そこんとこだけ、ちょっと心配。


「祠も大切だが、それ以上に里の場所を知られないことのほうが大事だからね。万が一にも追ってこられるとは思わんけど、峡谷のほうへ足を伸ばせば、やつらの目を誤魔化すことにもつながるかもな」




               ◇◆◇◆◇


 斜面の多い道は苦手だ。靴を買い替えたから、だいぶ滑らなくなったけど、それでもやっぱり歩き難い。

 先導する男性に手を引いてほしいって思っちゃうのは、元々が女だから――とかいって、過去にもそんな経験、ないんだけどね。上目遣いで「できな〜い」とか「怖〜い」とかハートマーク付きで媚びる女子に向かって鼻の下を伸ばした男子が手を差し伸べるのを見て、いっつも「ちっ!」と舌打ちしていたわ。

 まあ、ジヌラのおっさんと手をつないでも嬉しくもなんともないからいいわ。ってか、向こうもおっさんの一員であるあたしの手なんて握りたくないよね……。ま、お互い様ってこと。

 で、代わりにってわけじゃないけどルルリリに向かって手を伸ばしたら、ぷいっと横を向いて猛烈な勢いで翼を動かして先に行っちゃった。いつもはすぐにニギニギしてくるのに……嫉妬?


 途中で日が暮れれば、斜面で野営するしかなかった。チャチャルとの旅では平地ばかりだったから、身の処し方がイマイチあたしにはわからない。ジヌラがいなければ遭難しちゃったかも?

 転がり落ちないように木に寄りかかった姿勢では、あんまり良く寝られず睡眠不足気味になった。そのせいで昼間も眠くて、足下が疎かになりがち。余計に滑って転びそう。


 食料は元々買い込んでいたし、ジヌラも結構なたくさん持っているみたい。おまけにゴラゾラの食料も奪ったしね。

 足場が悪くてただでさえ狩猟が下手くそなあたしには自力で調達なんて不可能だし、ジヌラも取り立てて腕がいいわけじゃなさそう。だから腹を満たすのに十分な保存食を持ってて、本当によかったわ。

 ルルリリだけは、下るにつれて地面が湿っぽくなったからか、蜥蜴だかヤモリだかイモリだかみたいなのを自分で捕まえてははむはむ(・・・・)して、超ご機嫌。ときどき思い出したように、あたしを見上げて「あげる!」って顔して差し出したりするんだけど、丁重にお断りしてる。

 いちどなんてポケットの中から千切れた蜥蜴を発見したジヌラが、この世の終わりのようなどんよりした顔をしてたのには笑ったわ。ちゃんとルルリリからのお裾分けだって理解はしてくれたみたいだけど。



               ◇◆◇◆◇



 木々に紛れて気がつかなかったけど、いつの間にか谷底近くまで辿り着いていた。

 谷底には川が流れていた。ジヌラによると南東に向かって流れているらしいんだけど……完全に方向感覚を失ったあたしには、全然、位置関係が把握できない。里についたら、改めて中央への行き方をちゃんと教えてもらわなくっちゃ。


「あれが元の咎人の祠ですよ」


 川縁に建つ円筒形の建物は、平屋よりは高いけれど、二階建てってわけでもなさそう。お城の塔をちょん切ってぽんと置いたような感じ。

 なんでだろう? 祠なら神社っぽいのに、なんとなく教会を連想する。


「壊された古いほう、ですか?」

「うん、そう」


 十字架がついてないのは、こっちの世界の建物なんだから当然だろう。宗教施設っぽいのに鐘すらもついてないのは、壊されたからってわけじゃないらしい。こっちの世界の祠は、ただ小さな建物がぽつりとあるだけ――そういうものなんだそうだ。


「新しいのはあっち」


 川を渡るために谷底まで下ったところで、今度は川向うをジヌラは指差した。

 流れは緩いし浅いから、十分に歩いて渡れそう。荷物を担いで服を着たまま泳ぐのはハードだから助かったかも。

 ただ、あたしやジヌラには浅くても、ルルリリはおむつ(・・・)が水面に浸っちゃいそう。カギ尻尾が濡れないようにと力を込めてるみたいだけど、残念ながら先端が水没してる。

 ぱたぱた羽ばたきながら行こうにも、向こう岸まで一気に飛ぶのは絶対無理だと思う。ところどころで休めればいいんだけど、そうそう都合よく石だの岩だのがあるわけでもないからねえ……。

 ってことで、ルルリリは肩車することに決定。両手が完全に塞がる状態はちょっと避けたいし、荷物があるからおんぶも難しいから、肩に乗ってねってこと。自分でしっかり掴まっててねといったら、髪が毟れそうなくらいにぎっちりと握り締めるんでちょっと痛い。でもルルリリなりに気を遣ってるらしく、翼をぱたぱたして全体重をかけないように頑張ってるみたい。あんまり意味はないんだけどね。でもとっても良い子だわ。


 川を渡ると、今度は少し登りになる。なんだかんだで膝のあたりまでぐっしょり濡れちゃって、ちょっと気持ち悪い。

 岸辺から斜面を登り切ると多少は道らしくなるそうだ。

 向こう側と同じく草が生えて滑りやすそうな斜面。疎らに生えた木や蔦草に掴まるしかなさそう。

 最後のひと踏ん張りと思ってルルリリを降ろした拍子に、リュックのポケットから魔道札じゃなくてスマホが滑り落ちた。足下の草の上に転がるスマホ――どっかで見た憶えのある光景。

 デジャブ……じゃない、よね? 登り切ったところは街道でバスの停留所があって……なんてわけないよね?

 どうかしたかい、とジヌラが振り返りもせずに問う。

 なんでもない、とだけ答える。

 そうそう、気のせいよ。錯覚。スマホを拾い上げてポケットに入れなおした。



 ルルリリのカギ尻尾がぴょこぴょこ揺れるのを見上げつつ登り切る。

 そこはやっぱり街道なんかじゃなく、ただの山道だ。木々の間には、停留所の代わりに白い建物があった。


「これが新しい祠だよ」


 古いほうと比べて、造りには大きな違いはなさそうに見えた。なんとなく向こうのほうが廃墟っぽいけど。


「祠には《咎人》が出現するんですよ。周期とか規則性とか、全然、わかってないんだけどね」


 ふーん、と思いながら祠を眺めていると、中で何かが動いたような気がした。

 建物に扉はない。人ひとり分くらいの幅と高さに壁がぽっかりと刳り貫かれているのが入り口だろう。

 その入り口の奥を人影のようなものが横切ったように見えたのだ。


「中に入ってみても……?」


 あたしはジヌラの返事を待たずに、祠の入り口をくぐっていた。

 中は部屋の仕切りも家具すらも何もない、がらんとした空間だった。壁は外の白さを裏切って灰色の石が積み上げられている。海外の歴史物とかファンタジー映画に出てくる牢獄っぽい感じ? 床は壁と同じ色の石が放射状に並べられている。


「おい、逃げるなよ」


 振り返ると、ジヌラが頭陀袋のような服装の《咎人》らしき女性を捕まえたところだった。入り口の陰に隠れていたのだろうか? 

 ぱっちりとした目鼻立ち、色白の肌、そしてトウモロコシの毛のような明るい黄色の髪。

 驚いたように《咎人》の目が見開かれる。でも本当に驚いているのは、あたしのほうだった。


「チーロ……さん??」


 その《咎人》は、死んだはずのソネミだった。

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