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残り物には福がある

 オークを退治してからも卵の回収は続けられた。

 お陰で何日も風呂に入れないわ、洗濯はできないわ、おっさん臭いわ……あたし自身もおっさん臭の源なのが悲しい。ま、おっさんだからこそ、汚くても我慢できたんだけどね。

 集まった卵は全部で九つ。いつもよりだいぶ少なかったらしいわ。いくつかはオークから取り戻したけど、他の場所に持ってっちゃったのもあったってことみたい。


「これ、ありがとうございました」

「使いやすかっただろ? ひとりで《討伐者》を続けるなら手に入れたほうがいいぞ」


 商会に戻るとすぐに魔道銃をハリュパスに返した。たしかに簡単だったし、短剣を売ってでも買うべきかしら?


「魔道器の割には意外と安い。新品だと二千ゴルはするが中古なら千ゴルくらいのもあるぞ」


 魔道札に記録された残高を0にする覚悟ならいいけど、せっかく貯めた旅費をはたいてってのは考えどころだ。


「次の魔動車は南から中央へ戻るやつだから、それを待つ間に稼げば?」


 管理局と話したときは、漠然と街道を通らず南東から直接中央に向かおうと考えていた。でも魔動車がちょうど来るなら、南までの遠回りは避けられないけど、西や北までは回らないからマシだ。なによりそのほうが楽だし安全性も高い。

 ただその場合、魔動銃は不要になる代わりに、もう少し交通費が必要になる。


「だったら、もう二、三日、ここでお世話になろうかな」



               ◇◆◇◆◇


 獣人の卵の出現法則は不明だとチャチャルはいっていたけれど、卵がいつ孵化するのかどうしてわかるのかも、あたしには謎だった。


「新月の日だとか三日月の直前だとか、いろいろと説はあるが、どれも誤りだね」


 ギルラン商会の奥。先日、獣人のちびっ子たちが転がっていた部屋で、優雅な仕草で紅茶を飲みながらギルラン伯爵が自慢気に語る。

 今日はあたしたちが集めてきた獣人の卵が孵化するそうで、生まれた獣人娘を値付けして商会の傘下の娼館におろすか売りに出すか決めるのだそうだ。

 本当ならあたしもまめまめしく立ち働くべきなんだろうけど、この世界では無知かつ非常識なのでできることは少ない。結果、ギルラン伯爵の話相手という微妙な役割を仰せつかっている。


「ってことは……伯爵様は正解をご存知なんですか?」

「僕を誰だと思ってる? 獣人の町の領主だよ? 獣人のことで僕が知らないことなどないね。まあ誤りというのはいい過ぎか。実は卵の孵化日を調整する方法があってね――」

「ギルラン様、それ以上は……」


 調子に乗ってペラペラと喋る伯爵を、ブグルジがさり気なく、でもちょっぴり怖い顔で諌めた。獣人を扱う商会の商売上の秘密というやつなんだろう。ってかギルラン伯爵、自分で名づけた『毛皮と耳と――』って町の名は、やっぱり長すぎて口にするのが面倒らしい。


「とにかく今日は可愛い卵たちが孵化する日なんだ! ああ、どんなにこの日を待ち望んでいたか! 僕の愛しい娘たち! 麗しく愛らしいきみたちに早く会いたいよ!!」


 ひとりで盛り上がるギルラン伯爵に、あたしは正直ドン引きしていた。でもブグルジを以下商会の従業員たちは、女性奴隷たちも含めて慣れっこらしく、素知らぬ顔で淡々と作業を続けている。


「ギルラン様、支度が整いましたぞ――」


 淡いクリーム色の五十センチ大の卵がテーブルの上に据えられると同時に、ブグルジがそう宣言した。

 ブグルジは何やら小さな器具をそっと卵の横に触れさせる。脇に控えた《咎人》の女が、バスタオルっぽい布を広げて待ち構えている。

 卵の殻がブグルジの触れたあたりから割れ始めた。中からひよこが突いて割る、あんな感じだ。ただ中から覗くのは黄色いくちばしではなくて、ちょっと先の尖った黒い物。これは……蹄?

 殻が破れなくて卵がガタガタと揺れ始めると、ブグルジがすっと手を出し上のほうを取り去った。と、同時に中にいた幼稚園児くらいの大きさのものがぴょんとテーブルから飛び降りる。それを慌てて《咎人》がタオルで包み込む。


「ほう、鹿の獣人か。珍しいな」

「え……っと、ギルラン様?」

「どうかしたかい、チーヒロ? いやチヒロさんだったか」


 タオルでごしごしと拭かれているその端っこから、白いぴょこぴょこしたものと茶色いひらひらしたものが見え隠れしていた。白いぴょこぴょこは、ちっちゃな可愛らしい鹿の尻尾だ。で、茶色いほうは、あれは白い水玉模様……じゃなくて鹿の子模様の布切れ?


「この娘、スカートはいてますよ……?」

「うん? そりゃそうだろう。娼婦とはいえ、客を取る前から全裸では面白味がない」


 いや、そりゃ脱がせる楽しみを否定はしませんよ、よく知らないけど。でも何で生まれたときから服を着てるの?


「それに五、六歳に見えるんですけど……?」

「チヒロさんは常識人だな。たしかに人型の《咎人》に比べて獣人は若いというか幼い。だがそれを好む客も少なくないのでね」


 ギルラン商会の客は獣人愛好家だけでなく幼児趣味もいるらしい。正直「えーっ?」って気分だし、それ以前にあたしの疑問に対する回答は一切なかったんだけど、「まあ、人それぞれだな」と笑い飛ばすギルラン伯爵に毒気を抜かれてしまった。


「毛色は地味だがつぶらな瞳と白い尻尾が愛らしい。行き先は〈フリフリ尻尾館〉がいいだろう。名前は尻白でどうだ?」

「えっと……()は、あんまり可愛くないかなあ……なんて?」

「ならチヒロさんなら、何と名付ける?」


 えっと……命名センスないんだけど、これって業務命令? バンビは……自動翻訳でどうなるかちょっと不安。綿毛っぽい尻尾だからタンポポ……じゃ黄色い鹿みたいだし……。


「綿菓子? 綿帽子?」


 あ、駄目か? 綿帽子って日本特有の花嫁衣装だっけ? 綿菓子もこっちの世界には無いか……?


「綿の菓子というのはよくわからないが、綿帽子というのは、なるほど、尻だの尾だのいわずに帽子と喩えたのか。なかなか良い名前だ。よし、お前の名前は綿帽子だ」


 適当にいったのが、そのまま採用されてしまった。ごめんね、でも綿帽子なら可愛くなくもないから……いいよね?

 世話係の《咎人》女性のごしごし攻撃からようやく解放された仔鹿の綿帽子ん。ピーピー鳴きながら跳ねまわるのをブグルジがむんずと捕まえる。黒い奴隷の首輪に魔道器を当て、何やらデータをやり取りしたようだった。



 次にテーブルの上に並べられたのは、金と銀の対の卵だ。といってもキンキラした輝きではなく、安っぽく鈍い光。

 ブグルジが同じ手順で卵の孵化を促し、割れたところで殻を強引に取り去る。

 出てきたのは……河童? 甲羅を背負った金髪と銀髪の十歳くらいの女の子たち。肌の色はブグルジよりずっと淡い薄緑で、恐竜っぽい尻尾が生えている。全体的には鰐とか蜥蜴っぽい印象? モスグリーンのスク水っぽいのを着てるんだけど、甲羅があるのにどうやって脱ぎ着するんだろう?


「蜥蜴人の姉妹か。〈鱗々楼(りんりんろう)〉で決まりだな」


 ギルラン伯爵は爬虫類系はイマイチなのか、ちょっと反応が冷めてる。

 肌色のせいで顔色は悪く見えるけど、尻尾をフリフリ、大きな目できょろきょろ、二人とも元気いっぱいだ。金と銀のくるくる巻き毛も華やか。

 爬虫類の肌って柔らかいの? 気になって金髪の娘の頬にそっと触れるとパクッと喰いつかれた。

 痛くはない。小さな歯で、ちょっぴりあむあむ(・・・・)されただけだ。嫉妬したのか銀髪の娘が反対の袖口を引っ張る。


「ほらほら、離して」

「懐かれたようだね。じゃあこの娘たちも名づけてくれるかな?」


 リザードマン系だし、金と銀の双子ならば、ここは『勇者シゲリアの凱旋』からもらうしかないでしょう。


「では金のほうがゴルド、銀のほうはシルバで」

「ゴルドにシルバ、なかなか良い響きだ」


 ゴルは通貨単位だから、少し変えてみた。自動翻訳のほうは上手いことパスしてくれたみたい。これならバンビも大丈夫だった?


 そんな感じで次から次へと卵を孵化させ、生まれた獣人娘たちの行き先の娼館が決められていった。ギルラン商会の娼館に出さない娘は、他の娼館へ売り払うそうだ。種類によって売り先を指定する場合もあれば、競りにかけられこともあるらしい。

 獣人の評価でいちばん重視されるのは、人間の女性としての美醜みたいだった。年齢は一般受けするのは十歳以上だけど、幼児はどんな高値でも買う客が一定数いるらしい。

 人間度が高すぎず、適度に耳や尻尾といった獣っぽさも必要。犬猫などの愛玩動物系が人気で、牛、豚などの家畜系はイマイチ。爬虫類や両生類、虫なんかも顔貌に特徴が表れているのはマイナス。

 最高評価は翼や羽根を持つ獣人。虫や鳥系より哺乳類のキメラっぽいので、羽根は大きく華やかなほどいい。つまり伯爵の愛妾のアゲハやユキヒョウみたいなのがいちばんということだ。


「僕は獣人を愛しているからね。今回は殺処分判定が出ないでよかったよ」


 力が強かったり凶暴性の高い肉食獣系は、よほど見た目がよくない限り、殺処分となることが多いらしい。

 それから見た目が醜悪な娘。要するに「ブスは死ね」ってこと。獣度が高すぎると性的な対象になりにくいから……らしい。

 だからといって殺しちゃうなんて残酷だって思っちゃうけど……慈善事業じゃないっていわれるとあたしには反論できなかった。

 なにしろこの世界では《咎人》は辱め苦しめることが正義だ。これだけ《咎人》を大切に扱うのは珍しいし、要らないと判断したら苦しませずに死なせるだけギルラン伯爵は優しいんだと思う。偽善だし詭弁だよなあ、って思うけど……。



 ギルラン伯爵とあたしの会話にブグルジがさり気なく割り込む。


「ギルラン様、もうひとつありますんじゃ」


 テーブルにセットされたのは、やや小振りな灰色地に茶と黒のうずらの卵っぽいブチ模様――オークの小屋で捨てようとしたのをあたしが止めたやつだ。ちょっと罅が入ってたんだけど生きてたみたい。

 孵化したのは他の獣人たちよりもひとまわり小さい二、三歳くらいの子どもだった。


「うぷっ! かっ、可愛い……」

「う、うむむ……可愛い……か?」


 あたしとギルラン伯爵の反応は真逆だった。

 いや、そりゃね美人とか綺麗とかじゃないってのは認める。でもね、可愛いのよ、これが。

 獣の種類は猫……狸? 耳は猫耳なんだけど、目の周りが黒い狸顔。

 毛皮は茶と黒と灰が混ざった雉猫っぽい色合い。鼻から下は人間の肌色で、頬には雀の子みたいな黒い模様つき。

 で、極めつけは目つきが超悪い。ふてぶてしい面構えって感じ。

 骨格は人間型だけど毛皮が多い。小柄で赤ちゃんっぽく肥えている。要するにモフモフのムチムチ。

 手足は短く、何故かおむつを当ててる。おむつからはみ出した黒いカギ尻尾が、ぴょこぴょこ左右に動いてる。


「ちょっと撫でていい?」


 手を伸ばすとびっくり顔になった。ますます狸っぽい。おむつが重いのかバランスを崩して、ペタンと尻餅をつく。

 あたしの指先を睨みつけるようにして「きゃーおぉ」って叫ぶ。ん? 「いやーよー」って抗議してるの? ごめん、いきなり手を出したからびっくりしちゃった?


「名前は……」


 狸みたいだからタヌ子? ポン子? 雀っぽいからチュンチュン? うーん、いいのが浮かばないわ……と悩んでいたら突然「キュリュリリ」と鳴きだした。綺麗な声で鳥の囀りみたい。何ていってるんだろうと、何度も聞き直す。


「……リュリリ! な、なまぁ!」

「ん? 何? 名前?」

「ルルリリ!!」


 あんまりダサい名前ばかり思いつくんで気に食わなかった? それならって自分で名づけたみたい。


「名前はルルリリ……だそうです」

「そうか……しかしウチで引き取るのは難しいな」

「ええっ? どうしてですか?」

「獣人は愛くるしさが売りなのに、あまりに目つきが悪すぎる。これでは幼い獣人を愛好する連中にも売れないだろう。なによりこの中途半端に見苦しい翼が問題だ」


 ギルラン伯爵が乱暴に後ろを向かせると、ルルリリは「キゥ!」と小さな悲鳴を上げた。

 振り向かされたルルリリの肩には、大人の手のひらほどの小さな翼が生えていた。たぶん飛ぶのは無理。色は雀っぽい茶色で、ごわごわと手触りも悪い。

 幼すぎるし、美的にも残念だし、たしかに需要があるとは……まあ、正直思えない。あたしが可愛いって思うのも、ぬいぐるみとかゆるキャラに対するの同じだからねえ……。


「つまり……殺処分ということですか?」


 残念ながら、と優しい言葉を足しつつ、ギルラン伯爵は冷徹な商人の顔だった。

 ルルリリは頭上で交される会話を理解しているのか、小さな手であたしの服の裾をひし(・・)と握り締めている。何かを訴えかけるような瞳……っていうより、恨むような睨むような目つき。人相の悪さもワンランクアップ。

 助けてあげたいって気持ちがないわけじゃない。でもどうやって……? 説得するにもネタはなし、あたしはやっぱり何もできない……。

 そんな葛藤を表に出したつもりはないんだけど、ギルラン伯爵はあたしの顔を見て何かを思いついたようだった。


「せっかく名前もつけていただいたことだし、ずいぶん気に入ってるようだから……チヒロさん、あなたにこの娘をお譲りしましょう」

「えっ、ええっ!? 譲るって……?」

「商売ですから無料(ただ)とはいきませんが、金額のほうは形だけということで、ね?」


 なるほどそれはいい考えですのぉ、と主人の考えに安直に賛同するブグルジ。ギルラン伯爵とともに、てきぱきと譲渡の処理を始めてしまった。


「そんなこと言われても……」


 急な展開に取り残されたあたしの戸惑いに耳を傾けてくれる人は誰もいなかった。

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