ペットの持ち込みはお断り
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02/13 設定矛盾解消
ルルリリを引き取って、三百ゴル取られた……。約三万円。報酬から差っ引かれていた。
信じらんない……。いらないっていうから貰ったのに……。「金額は形ばかりですから」ってのは嘘だったの? そりゃ安いのはわかるけどさ。普通に売り買いされる獣人の値段は、最低でも桁がひとつ、ううん、二つ違うらしいけどさ。
「無料にするといろいろと問題でね。管理局に不正を疑われたり、過激な《討伐者》や《復讐者》に目をつけられかねない」
まあ、どこの世界でもクレーマーの対処には苦労するのかもね。
それでも申し訳なく思ってくれたのか、商会の使用人宿舎に泊めてくれることになったわ。食費も向こう持ちで。ルルリリの分も宿代がかかるし困ったなと思ってたから助かったわ。トータルで得したのかも?
中央行きの魔動車が来たのは、ギルラン商会での獣人品評会の二日後だった。
東境の村管理局のラゴーの説明では、魔動車は五十日をかけて国内を循環しているという話だった。それだけ聞くと外周をぐるぐる回ってるイメージだけど、実際は少し違うらしい。中央から東西南北に向けて出発し、街道に到達したら時計回りに円周の四分の三移動して、そこからまた中央に戻るのだ。たとえば中央から東に向かった魔動車は、東から南、西と巡り北から中央に帰るわけだ。中央から四方へと東西南北を結ぶ経路は十日かかる、そうチャチャルが説明してくれた。
「半径と円周の四分の一じゃ長さが違うから計算が合わないって思うかもしれないけど、そのへんは魔動車の速度を調整するんだって」
そんなこと言われるまで気がつかなかったわ。チャチャル、賢い……いや、あたしが馬鹿なのか。
ってことで管理局に出向いて、出立の手続きをした。
管理局で首輪を確認すると、ルルリリの所有権はちゃんとあたしになっていた。ちなみに魔道札からも確認できるんだけど、仮魔道札では簡易版しか見れないみたい。スマホは……無駄だと思ったんで試さなかったわ。
「《討伐者》への譲渡は通常の商取引とみなされます。関係する《復讐者》からの引き渡し要求は、管理局または組合に届けてください」
窓口の担当者の説明は、何か引っかかった。テルンさんの隊商のゼナン、《管理者》だという彼の言っていたことと違わない?
「要求されたら引き渡さないといけないんですか? 《復讐者》に優先権はないんじゃ……?」
「義務ではありませんが、慣習的に引き渡す方が大半です。ただ《復讐者》は対価の支払いは原則不要なので、組合から特別討伐報酬の名目で損失を一部補填します。そのための届け出です。なお無関係な《復讐者》への引き渡しは《討伐者》への譲渡と同様に扱われます」
「無関係って、どういう意味?」
「《復讐者》は特定の《咎人》を復讐対象として登録しています。《咎人》の引き渡しを要求された場合は、この登録を確認してください」
ふーん……やっぱり《復讐者》と《咎人》の間には何かしらの関係があるってことよね。それも相当に強い繋がりが。
「復讐の理由とかは教えてもらえるんですか?」
「個々の事情の開示はしておりません」
「じゃあこの子の《復讐者》が誰なのか、予め知ることはできますか?」
獣人のルルリリは《咎人》に分類される。つまりこの子に対して復讐を誓った《復讐者》がどこかに存在するってことだ。
「いえ、それも……」
そっか……ま、個人情報的なやつよね。
ルルリリは管理局でも組合でも不審と不快の二種類の視線を集めていた。でも長椅子にちょこんと腰掛け「キュルル」「ピュリリ」と口ずさむ様子は、空想のお友だちとお喋りする幼児そのもの。憎まれたり恨まれたりするようには見えないんだけどな……。
ギルラン伯爵やお世話になった人たちには管理局に行く前にひと通り挨拶は済ませている。チャチャルに会えなかったのは残念だけど、忙しそうだったし、ま、いいか。
管理局を出ると、その足で魔動車乗り場へと向かった。
停留所には赤い線の入った魔動車が停まっていた。東境の村まで乗ったバスは緑のラインだった。あたしの実家の近くには赤いバスは走っていないから、このまま乗ったら元の世界に帰れないかな、なんて甘い期待は抱かないほうがよさそうだ。
他の客は既に乗車済みで、発車時刻間際に乗ろうとするのはあたしだけだった。余所見しているルルリリを抱え上げ、バス……じゃない魔動車に乗り込む。癖でスマホを出しかけて、慌てて報酬の振込口座と連動した仮魔道札を探す。
「空いている席におかけください」
魔動車の座席は、左右ともに横二列の並びだった。路線バスじゃなくて観光バスとか深夜バスの造りだ。席はほとんど埋まっていて、左前から三番目の通路側しか空いていない。ちょっときついけど、ルルリリは膝の上に抱っこすれば座れなくはない。
空席の隣、窓側に座るのは背広姿の中年紳士だった。この世界にも背広があるんだ、とちょっと感動。
「すみません、お隣、いいですか?」
「薄汚い《咎人》を持ち込むな!」
精一杯の愛想笑いを浮かべて穏やかに頼んだんだけど、いきなり一喝された。ってか、ただの罵倒。
運転手は「車内、混み合っておりますので、詰め合ってご乗車ください」と事なかれなアナウンスをするだけだ。っていうか二人がけなんだから詰めるも何もない。
相手が立派そうだから下手に出たのに……こんなことなら許可なんて求めず座っちゃえばよかった。
「料金はちゃんと払ってますんで……」
「我々は《賓》だぞ!! たかが《討伐者》の分際で魔動車に乗るのがそもそも間違いだってのに、《咎人》まで乗せるなど言語道断!」
「だから《咎人》の移動は制限すべきだって言っただろうが」
「まったくだ!」
周りの席は似たような背広の集団が占めていた。バスで一緒だった民族衣装の《賓》たちと違って、偉そうな上に憎悪剥き出しで攻撃的だ。テルンさんの話では《賓》は外国からの視察団ってことだったけど、この人たちは言動からしてこの国の政治家か有力者って感じだ。
「旧世界の輩に好き勝手を許すべきじゃないな」
「領主がイカレたやつだと町に集まってくるのも変態ばかりになる」
いや、たしかに獣人娼館の客は変態だけど、あたしは獣人趣味も幼児愛好癖もないから……。この子だって余り物を押しつけられただけだし……。
「どうしても乗りたいならば、その《咎人》は処分すればよかろう」
「どうせ適当に遊んだら捨てるんだろうが。早いか遅いかの違いじゃないか」
「《復讐者》じゃあるまいし、その《咎人》にこだわる必要はないだろうが」
言いたい放題の《賓》のクソったれ紳士たち。たしかにあたしは好きでルルリリを引き取ったわけじゃない。でも邪魔だからってポイと放り出すつもりもないんだから。
それにこの人たちの言う「捨てる」が、単に置いてけ堀にするって意味じゃないのは明らかだ。
「叩き潰すなり、絞めるなり方法はいくらでもあるだろうが」
「殺るなら車の外でやれよ。汚いのも臭いのもごめんだからな」
「どうしても連れて行きたいなら、魔動車の後ろに縄で括って引きずればいい」
他の客たちも、次第に賛同しだす。最初のうちは態度のでかい《賓》に舌打ちしていた人も、待ちくたびれたみたい。たかが《咎人》に拘るあたしの分は悪い。
ルルリリは……この子、逞しいわ。あたしの肩に頭を乗せて今にも眠りに落ちそう。
「お客さん、すみませんが降りていただけませんかね」
「え? でも……」
運転手もしびれを切らしたみたいだった。そりゃ定刻運行に支障をきたすってのはわかるけどさ……降りろってひどくない?
だいたい《復讐者》の要請以外にに従う義務はないはずじゃ? 管理局の人、何て説明してたっけ? ルルリリの《復讐者》に引き渡した場合は管理局が補償して、それ以外は普通の商取引扱いだっけ?
あれ……相手が《賓》でも同じ扱いだっけ?
「ほんと申し訳ないんだけどさ、運賃は管理局で手続きすれば払い戻せるからさ」
座席の中まで入ってきた運転手は、あたしの手に証明書っぽい紙切れを押しつけた。泣き出さんばかりの情けない顔を見ると、無理は押せなかった。
◇◆◇◆◇
魔動車に乗り損ねて、しかたなくギルラン商会へと戻った。だって他に行く当てなんてなかったから……。
伯爵は不在だったけれど、事情が事情だからと、ブグルジがもう一日滞在できるように取り計らってくれた。
「で、無理矢理、降ろされちゃったんだ?」
「とりあえず運賃は払い戻してもらったけど」
商会の事務室の端っこでお茶をいただいていると、朝早くから出かけていたチャチャルが戻ってきたのに出会った。
真面目な顔して書類仕事に打ち込むブグルジも、ときどき顔を上げてはこちらに言葉をかけてくる。
「《賓》にも横暴なのはおるからのぉ。強引に押しつけてしまってすまなんだ」
「運が悪かっただけですから」
じゃあ返します、といったらルルリリにとって不幸な結果になるのは目に見えている。獣人とペットを同列に扱っていいのかわからないけど、面倒を見ると決めたからには最後まで責任を持つつもり。
「今晩、泊めていただけるだけで、ほんと、助かります。明日の朝には今度こそ出てきますから」
「気にすることないよ。ボクだって今は他所の仕事してるけど、ここは待遇がいいからね」
チャチャルは南東の町に滞在するときには、用がなくても勝手にギルラン商会を根城にしているらしい。きっと、それだけ信頼されてるってことなんだろう。可愛げのある性格に可愛い外見ってのもポイント高そうだし、あたしには真似できない芸当だわ。
「次の魔動車で南に行きなさるかね?」
「いえ、中央に向かうつもりです」
次の魔動車は南から西へ回るから、中央へ行くには遠回りなのよね。南でスマホならぬ魔道札の修理が確実にできるかわからないし、次の魔動車でも乗車拒否されちゃうかもしれない。ならば無理してでも徒歩で中央へ直行するほうが賢いって思うわけ。
そもそも、中央へ戻る魔動車がちょうど来あわせたから乗ろうとしただけで、元々は歩くつもりだったんだから。
「でもチヒロさん、野営の経験はあんまりないよね? ひと月はかかるけど、食糧の調達とか大丈夫?」
「それはほら、干し肉とか買い込むつもりだし、荷物が重ければヒッチハイクとかするから――」
察しのいいチャチャルは、ちょっと説明しただけでひっちはいくの意味を理解してくれた。その上でなお、あたしが徒歩で行くのをと止めたそうな顔をする。
「街道を外れて移動するのは本格的な狩人か《討伐者》崩れの盗賊とかが多いんだよね。それにオークは退治したけど、この近辺には他にも凶暴な魔物がいないわけじゃないんだよ」
「それは……」
外身おっさんのあたしはいいとして、《咎人》のルルリリは《討伐者》から狙われやすいはず。自分の身を守れるかも怪しいのに、小さなルルリリまで守れるのか……たしかに自信ないわ。
でもルルリリと二人魔動車で遠回りするのは、徒歩よりどうしても高くつく。それに徒歩なら途中で《討伐者》としての仕事を受けることもできるけど魔動車ではそうもいかない。
「ちょっと待っていなされ……」
書類から手を離してブグルジが席を立つ。不用品を詰め込んであるとかいう棚から、何やら細長い物体を取り出した。
「それって……魔動銃?」
「さよう。これをチイロ殿に差し上げよう」
差し出された銃は、卵回収のときに借りたものよりも少しだけ銃身が短い。そのぶん手に馴染む感じがするし、持ち運びも楽そう。
「いいんですか……?」
「儂が昔使ってたもんじゃから、ハリュパスが使っているのよりだいぶ旧式じゃがの。手入れは怠っておらんし、護身用には十分じゃろ」
ギルラン商会の支給品なのか私物なのかイマイチ不明だったけど、いずれによ、誰も使わないから遠慮無く受け取れとブグルジはいう。短剣だけじゃ不安だったし、中古にしても魔動銃を買うには金が足りないのは明らかだったから、ありがたくいただくことにした。
「本当に、ありがとうございます」
「よかったね、チヒロさん」
「そういやあ、チャチャルや。お前さん、次の仕事もギルラン様の依頼じゃったの?」
「え、うん、そうだよ。北東の旧都にいる獣人の下見にね」
珍しいことに、ブグルジに「ほれ、ほれ」と促されても、チャチャルはきょとんと首を傾げたままだ。
「なら、さほど急ぐ旅ではないのう?」
チャチャルの口元が「あっ」という形に開く。
「ねえ、チヒロさん、途中までだけどボクと一緒に行かない?」
花のような笑顔のチャチャルが道連れの旅。そりゃあ、お姉さんに否やはありませんのよ。




