僕の先輩が流石にうざすぎたので部活を辞めたいと思います。
2025/06/17改 一部修正・加筆。
2025/06/19改 日付変更
校舎の裏手から吹く風が、夏のはじまりを告げていた。蒸し暑さの中にも、どこか涼しげな風が紛れ込み、陽介の額に流れる汗を一瞬だけ拭った。
その日、1年生たちは午後の時間を使っての合奏練習に臨んでいた。配られたばかりの課題曲「スプリング・スター」。その譜面を手にした時、僕は心のどこかがざわついたのを覚えていた。
だが、それは音楽そのものへの不安ではなく、もっと別の、漠然とした緊張だった。
「はい、じゃあ、頭から通してみようか」
担当の先輩がそう言い、1年生たちは椅子に座りなおす。金管、木管、打楽器。音楽室の中に、それぞれの緊張が張り詰めていくのが感じられーた。
僕はトロンボーンを構えた。
「1、2、3、!」
指揮のカウントとともに、一斉に音が鳴る。
――が、その音はどこかバラバラだった。テンポが走り、音程は揃わず、何より全体のバランスが崩れている。
「おい、待て!」
その声が響いたのは、二度目の通しの途中だった。
「おい和田、おまえさ……それで合奏してるつもり?」
静まり返る音楽室。
怒鳴ったのは、3年の先輩、三枝だった。
体格がよく、どこか威圧感のある彼は、担当楽器こそ同じトロンボーンだが、僕とは一線を画すような存在だった。
「全然吹けてねぇじゃん。リズムもピッチも、何一つ合ってない」
「す、すみません……」
「“すみません”じゃねぇよ。合奏ってのはな、みんなでひとつの音楽を作るってことなんだよ。おまえのせいで、他のパートも崩れるんだよ」
その言葉は、まるで鋭利な刃のように陽介の胸に突き刺さった。
俯く僕を見て、周囲の1年生も気まずそうに顔を伏せる。
空気が重くなっていた。
「三枝先輩、ちょっと言いすぎじゃない?」
小さく、宮坂千尋の声が聞こえた。
しかし、それも空気を和らげるには至らなかった。
そのあとの合奏も、僕の手は震えていた。
音が思うように出ない。冷や汗が背中を流れ落ちる。
(……なんで、俺、ここにいるんだっけ)
気づけば、音楽が遠ざかっていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
放課後。
僕は、考えに考え、顧問のもとに行っていた。
「……これ、退部届です」
紙を差し出す手が、少し震えていた。
顧問の先生は目を丸くした。
「どうしたの、和田くん……なにかあったの?」
「……自分には、向いてないって思いました。ご迷惑をおかけして、すみません」
短く頭を下げると、僕は音楽室を出た。
その背中を、誰も止めなかった。
校舎の外に出たとき、僕は顔を上げた。
空は夕焼けに染まっていた。
胸の奥に、何か苦いものが溜まっていた。
(……やっぱり、無理だったな)
そのとき、背後から足音が聞こえた。
「……和田くん」
振り返ると、宮坂先輩が立っていた。
「退部、したの?」
「うん……もう、僕、迷惑かけてばっかだったし」
「三枝先輩のこと、気にしすぎないで。あの人、いろいろ溜まってて、当たっちゃっただけだよ。悪いのは、あなたじゃない!」
その言葉は、僕の中に小さな灯をともした。
「……ありがとう、だけど大丈夫。」
「何でそうやって…。諦めたらもう終わりなんだよ!」
「あんな先輩は僕は嫌いです。言い返したい気持ちが山々だけど、僕は初心者で、何も言い返すことができないし…」
気づけば僕は泣き出していた。部活にいた2ヶ月間で色々なことで尊敬していた先輩の前で、無様に泣き崩れていた。
「……わかった!また、戻っておいでよ。いつでも、待ってるから。」
そう言って先輩は微笑んだ。
その笑顔が、夕焼けの中でやけに綺麗に見えた。
僕の心が、小さく震えた。
何かが、まだ終わっていない気がした。
けれどその日は、帰宅することしかできなかった。
遠くから、風に乗って聞こえてくる音があった。
それは、まるでフルートのような、柔らかで優しい響き。
(……もう一度、あの音を……)
心のどこかで、そう願っている自分がいることに、僕はまだ気づいていなかった。
そして、この夜また繰り返しが起こることもまだ知らない。
= = = = = = = = = = = =
気づいたら、和田くんは部活をやめていた。
そのことは千尋から聞いた。その時、千尋は涙を流していた。
「私はもっと説得すれば…」
だけど私は無理だと思った。
私たちが入った時もそう。2人ほどやめちゃったけど、どちらも三枝先輩…いや、三枝のせい。
私たちじゃ初心者だというのに、自分だけ小学校くらいからやってたとかでイキって、下手だの何だのそ好き勝手にいう。
そんなやつに和田くんが耐えられるわけがない。
というか、もしかしたらここでまたループするかもか…。
また痛くならないといけんのか…。
〜〜〜〜〜〜 その日の夜 〜〜〜〜〜〜
私はビクビクしながら布団へ入る。
だんだんと意識が遠のいていく…。
だんだん…だんだ…ん……。
気づいたら不思議な空間にいた。夢ではあるけど夢でないということはもう了承済みだ。
「何がいけなかったんですか?」
と前の方にある影に向かって話す。
「目標…だ。」
女の人の声が聞こえる。
「目標?」
と、私は問う。
「そう。あの子が掲げたとある目標を使ってあなたを救わせようと思うの。まあ、頑張ってね。」
という少しタメ口混じりの言葉が聞こえた後、空間が消え、我に帰る。
その時にはもう、朝で頭の痛みがする。日付を見ると4月9日。
「またこの日に戻ってきたの〜!?またやり直しか〜。」