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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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黒龍の目覚め 4

「高度、四千! ティム、東からの気流に流されてる! 針路補正、右へ三度!」「針路修正、右三度!」

 

 波動収束フィールド内に一時の実体となって現れる、東方からの風が、勢力を少しずつ回復し、雨雲も再び広がり始めている。娃の力の及ぶ効力が、失われつつあるのであろう。

 

「鯀のPSIパルスを捉えた! 心象次元へのPSIバリアハーモナイズ、開始する」

 

 <アマテラス>が描く鳳凰は、次第に揺らぎ始め、雨空の中へと溶け込んでゆく。同時に、ブリッジのモニターも、鯀が認識する世界へと色味を変える。同じ時空間であっても、鯀が認識していた世界は、様相が異なって見える。

 

 色味を帯びていた世界は、白と黒の濃淡が描き出す、モノクロの世界へと変わってゆく。寒々とした重い気配が、ブリッジを包み込んでゆくのを、インナーノーツは肌で感じ取っていた。

 

「ティム、どうした⁉︎ 船速、落ちているわよ」鯀との相対距離が縮まるに連れ、速度が低下している事にカミラが気づく。

 

「チッ! 何か空気の塊みたいなのが……くそ!」

 

 鯀を絡めとる蛇のような雲が、一段と濃くなっていた。彼我の距離が近づくほど、その抵抗は強くなっていく。

 

「拒まれている……鯀は……なぜ……」

 

 直人はPSI-Linkシステムから流れ込む気配から、そう感じていた。

 

 モニターを包む灰色の濃霧が、ゆっくりと蠢くと、歪んだ娃の顔を浮かび上がらせる。<アマテラス>のフォログラムが描き出した娃と比べると、その表情は、あまりにも冷淡だと直人は思った。背筋が凍るような冷たさがある。そう、亜夢の心象世界で対峙した、アムネリアのもう一つの姿、あのエレメンタル、[メルジーネ]と重なるのだ……

 

 その娃の顔が、ゆっくりと口角を持ち上げ、微笑を浮かべた。直人が見た、娃が最期に見せた、あの微笑みのようだ。

 

『……笑った……笑っただと……』

 

 ブリッジのモニターの雲が、鯀の娃と過ごした日々の記憶を、走馬燈のように浮かび上がらせる。

 

『……出会うた時も……

 

 ……儂が想いを伝えし時も……

 

 ……子が生まれし時も……

 

 ……一度として、其方は、儂に微笑みなどしなかった……

 

 …………それが、今、笑うた……だと⁉︎ ……全てを失いし……この儂を……』

 

 鯀の悲痛な心の叫びが、ブリッジを軋ませる。モニターは、次第に荒狂う水の氾濫を描き出し、先程の土石流のようになって、娃の微笑を飲み込んでゆく。

 

『……娃よ……そうか……それが、其方の……いや、天地の……答えだと……』

 

 重苦しいプレッシャーが、<アマテラス>にのしかかってくる。

 

「強度な波動収束反応! [エレメンタル]形成パターン検出!」

 

 前方の鯀を取り巻く雲が、大気の雨雲を纏いつつ、螺旋を描きながら高く昇っていく。

 

「友好的な相手……ではなさそうだな!」掻き乱された空間が、乱流を作り出す。ティムは、量子スタビライザーを操り、<アマテラス>の踏ん張りを効かせる。

 

「総員、第一種警戒態勢! エレメンタルからの攻撃に備え!」「了解!」

 

『……くく……くっ……ははははははは! 何一つ……何一つ……天地は、人の想いに……応えてはくれぬ……人は、ただ畏れ、惑い、平伏するのみ……か……』

 

 雲の螺旋は、波動収束フィールドの中で、ますます実体を帯びてくる。長く伸びる蛇体の影の表面に、無数の煌めきが現れる。魚鱗によく似た鱗のようだ。

 

「あれは⁉︎」直人は、モニターが徐々に描き始めたその存在に、腰を浮かせ、身を乗り出していた。

 

『……そうです。人は天地の営みに抗うなど、できぬのです。なれば、それを受け入れ、愚かな人草のおそれを、より良き方へと導くために、用いるべきなのです。誰より深く、"おそれ"を知り、"おそれ"に打ち砕かれた貴方にならば、それができる……』

 

 <アマテラス>チームが初めて耳にする、冷徹な美声の囁きが聞こえてくる。

 

「エレメンタルパターン、データベースに合致! <天仙娘娘>を呑み込んだ、あいつだ!」エレメンタル解析を終えたアランが振り向き、声を上げる。

 

「やはり! アラン、<天仙娘娘>は⁉︎」

 

「反応はある。だが、やつのPSIパルスに!」

「乗っ取られてる……」直人は、アランの分析結果を、状況から既に感じ取っていた。

 

『うっう……わ、儂が……ああ、ああああ!』

 

 ブリッジに鯀の絶叫が響き渡る。その絶叫が、インナーノーツの心身に鈍った刃で抉るような痛みをもたらす。

 

「うぅ! PSIパルス、システムに干渉! まずい、このままでは<天仙娘娘>の二の舞だ!」


「システム防御! 急げ!」「やってる!」

 

「ダメだ! ……亜夢!」直人は、振り向き、亜夢のフォログラムに呼びかけた。

 

『うん‼︎ 任せて!』

 

 亜夢は、両腕を力一杯、両脇へと広げるようにして、自らの魂を燃え上がらせる。その姿は、まさに、異形の炎の精霊……

 

「[サラマンダー]……」

 

 サニは、最初のミッションである、亜夢の心象の中で遭遇した火の化身を思い返していた。

 

 <アマテラス>に鳳凰の翼が蘇る。同時に、亜夢のPSIパルスが、障壁となってシステムへのPSIパルス侵入を一時的に退けた。亜夢と重なり並ぶアムネリアの光像も、軽く目を閉じ、濃霧の気流を読み、最適なルートを見出してゆく。

 

「一度、この気流から抜ける! 反転上昇!」カミラは、機を逃さず命じた。

 

「いくぞ、亜夢!」『うん‼︎』ティムと亜夢は、連携してエレメンタル雲の包囲から、船を離脱させる。影響圏外ギリギリの距離を保ちながら、<アマテラス>は共工の龍体に沿って、上昇する。

 

『おそれを征するものは、より強きおそれ。さあ、自らをおそれとなすのです! 偉大なる共工よ、我らが神よ! 今こそ、目覚め給え!』

 

 美声が、狂気に高揚していた。

 

『…………儂は……鯀……? 蘇……尤……? ……いや……違う……

 

 ……名など……もはや……意味も無し……

 

 我は、おそれ……我は……怒り……我は……哀しみ……

 

 ……愚かなる人を導く王とならん……』

 

 龍体の頂点まで上昇した<アマテラス>の正面に気流が集まり、球状の塊を作る。それは、次第に人の顔のような形を作り出す。

 

「黒い……龍……」

 

 人面蛇体、魚のような鱗……手足はなく、頭には、何かの角のようなものが見え、黒々とした頭髪と髭を靡かせている。

 

 それは後世に伝わる龍のような姿ではない。龍の形が、今の形になる前の、元型の一つなのかもしれない。

 

 だが、直人は、それが確かに『龍』であると思った。

 

 人面が、<アマテラス>を正面から見据えている。この人面は、あの黒影に包まれていた鯀、その人の顔なのであろうか?

 

『…………我は……共工なり』

 

 その口が、地響きのような唸る声を吐き出していた。

 

「共工……」直人は、モニターを睨め付ける。

 

 もっとも、この鯀から立ち上ったエレメンタルは、彼の精神世界で形作られたもの。山手に陣を張る者らや、都から避難した者らには、おそらくその姿は見えてはいない。

 

 だが、その陣営の中で、長身の男だけは、鯀の頭上を見上げている。彼、相柳には、天へと伸び上がる、黒き人面蛇体の共工の姿が、はっきりと見えているのだ。

 

『……お待ちしておりました。我らが王よ……』

 

 相柳は、鯀の前に膝を落として臣下の礼をとる。相柳の兵らも、彼に倣い、皆、跪いて首を垂れる。状況を察した浮遊は、鯀を木に縛り付けていた縄を切り、新たなる彼らの王を解き放つ。

 

 圧倒的な威圧感を纏った共工、鯀の気迫に、兵士らの身体が身震いし出す。鯀は静かに進み出ると、土砂と水に覆われた、都の跡地を暫し見下ろしていた。

 

 鯀が静かに口を開く。<アマテラス>の目の前に浮かぶ、共工の頭も、同時に口を動かし始めた。

 

『……皆のもの……この大地の怒り……水の狂気……しかと目に焼き付けよ……』

 

 共工は翻ると、"彼の"臣下に向かって咆哮する。

 

『聴け! 愚かな人よ! 今、天地は永き時より目覚めた! 傲慢な人間、おそれを知らぬ人間! 悉く駆逐されよう!』

 

 怒りに打ち震えた声が、<アマテラス>を揺さぶる。インナーノーツらは、息を殺して、その言葉の圧力を受け止めていた。

 

『この荒狂う大蛇の如き水のように、我らは天下の隅々まで、おそれを知らしめる! 正しきおそれを抱くもののみが、この天地の狭間で、束の間の時を生き永らえることができるのだ!』

 

 恭しく平伏し、臣下らは忠誠を示す。

 

『相柳、水が引き次第、中原へ向かう! 手始めに、黄帝の世を終わらせようぞ』『……仰せのままに』

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