イリュージョン・クライシス 1
ネクサス・アルカディア中枢『オムファロス』——
「カミラ……あの女がくる……」
先のIN-PSIDのバビロニアミッションを垣間見た時から、妙に気持ちをざわつかせる女の顔がチラつくたび、女司祭は親指を口に押し当て、その爪を噛む。
『まさか……このネクサス・アルカディアへの侵入を許すとは……』『ジャッジメント……大口を叩いてしくじったか』『<リーベルタース>を力づくで奪い返すなど……』『彼らを、侮っていたのではありませぬか? チャリオット?』『なにぃ⁉︎』
祭壇の下に集った、タロットカードをモチーフにしたノヴス・ドミヌス幹部らに、困惑と動揺が走る。
『で、どうすんのよぉ? あいつらが、ここに来るのも、時間の問題よぉ〜〜ふふ』くるくると回りながら浮き上がった魔術師のカードが、女司祭の周囲を飛び回る。
「決まっている! 迎え撃つまでよ!」
女司祭は、祭壇下のドミヌスらを睨みつける。
「チャリオット! <アマテラス>を即刻討て‼︎」
『承知!』
「ワールド様のお目覚めは近い! 私はワールド様を御守りする! 他のものは、計画通り、各々の役割を果たせ‼︎ 新たなる時代を、我らの手に‼︎ ノヴス・ドミヌス‼︎」
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「時空間転移、明ける! ワープ転送座標との誤差、1.3パーセント‼︎」「時空間深度、レベル3。超次元スキャン、周辺状況確認! 安全領域! 波動収束フィールド、オートで展開します!」緊張漲るブリッジの中、アランの報告に続き、サニは、いつもと変わらない手順で、時空間転移明け操作を進める。
「ビジュアル構成、出ます!」
<アマテラス>ブリッジのモニターが反応し出す。数多の世界からの情報が、モニターの中で錯綜し、しだいに波動収束フィールドによってオートチューニングされていく。同時に、IMCとの通信も回復してくる。
前後左右のモニターが暗転し、錯綜していた情報映像を闇の中へと飲み込むと、変わって見渡す限りの宇宙空間を映し出す。
天井モニターの遥か彼方には、太陽が輝き、下方のモニターには蒼き惑星——静止衛星軌道上に浮かぶ、オービタル・エデンの周辺情報を写し取ったヴァーチャル時空間なのであろう。
「あれは?」声を上げる直人。
「拡大投影!」
正面のモニターに徐々に拡大されてきた、それは巨大な浮島、いや、浮遊大陸のようだ。
「……まさか……『アトランティス』⁉︎」アランが声を上げる。
『運命の輪』と呼ばれていた座天使によって、ノルンを使って別時空間へと奪い去られようとした、全人類の集合無意識に蓄えられた文明概念、『文明のイデア』。『運命の輪』の配下の天使たちは、それを『アトランティス』と呼んだが、その姿によく似ている。
だが、それに比べれば、より洗練されている。
その浮遊大陸には、ギリシア、ローマから近代西欧文明を基調とした建築物が、全体的な階段ピラミッド構造に下層から上層へと文明の歩みを積み重ねている。最上層中央にはパルテノン神殿のような建物。その上部から、あの『バベルの塔』に倣ったかのように、優美な巨大尖塔が立ち、黄金の女神像が頂点に置かれていた。
アランは解析する。
「……情報密度が異常に高い。ヴァーチャルネットから回収されたデータは、あそこに蓄積されていると見て、間違いなさそうだ。差し詰め、ノヴス・ドミヌスがヴァーチャルネットに築いた、人工アトランティス!」
「人工アトランティス……でも、集合無意識に長大な時と、数多の人の記憶によって積み重ねられたオリジナルに比べれば……」
モニターに映る、整然と並んだ欧米文明の変遷に従い、画一的に並べられた時代毎の都市風景をカミラは睨め付ける。
「ずいぶんと偏った文明イデアね」
「ああ……彼らが『文明』と考えるものだけを抽出し、構成した世界なのだろう」
より優れたもの、そして選ばれたものにのみ許された楽園。それこそがこの『|ネクサス・アルカディア《理想郷》』なのだということを雄弁に語っている。
「……突入するわよ。おそらく、あの中央の尖塔付近が、彼らの中枢! あの領域へのアクセスを試みる! PSIバリア出力七〇!」
『ざわめきを感じます……我も……』ブリッジ中央、ホログラム投影機にアムネリアが現れる。
「ええ、頼むわ」カミラに頷くと、アムネリアは精神統一を始め、それに応えて<アマテラス>を煌めく水流が覆い始める。
「シールド、全周展開確認!」
「総員、第一種警戒態勢! 全速前進!」「全速前進! ヨーソロー!」
二基のメインノズルが、青白い流体を後方に一気に押し出し、<アマテラス>は、流星の如く、前方の浮遊大陸へと突き進む。
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「……ごめんなさいね、真夜中に……ええ、この借りは必ず……では……」ハンナは静かに左手を握って、ホログラム形成された通信端末を閉じる。
「支部長……」IN-PSID EU副支部長の六十代ほどの男が心配そうに見つめている。
「……大丈夫」
EU支部の災害緊急対策センターに集うスタッフらは、ハンナの一言にホッと胸を撫で下ろす。ハンナは微笑んで、通信モニターに向き直った。
『コーゾー、NUSA支部の方は、なんとかなりそうよ。安心してちょうだい』
IN-PSID日本本部IMCの一同は、ハンナの通信に驚きを隠せない。いくらテロ疑惑が不当とはいえ、IMS隊員らは、NUBIの捜査員らを襲ったのだから、それ相応の処分を覚悟していた。
「さすがだな、ハンナ」
『持つべきものは友、ね。大統領命令で、逮捕は待ってもらえるわ』
「だ、大統領⁉︎」東は目を丸める。
「ふふ、ハンナはNUSA大統領と、古くからの友人なのだ。今でもプライベートで連絡を取り合う仲らしい」
IMCの一同は、ぽかんと口を開けている。
『彼女も、今回の騒動、何かおかしいと思っていたみたいで……個人的に私に相談や、情報提供を求めてきていたから。話が通しやすかったわ』
ハンナが説明するには、殴り込みをかけたIMSらは、事情聴取、その他調べが終わるまでNUSA支部に留め置かれるが、ノヴス・ドミヌスの計画、黄金の女神の実態が明らかにされれば、NUBIも手を引かざるを得ない。その時点で解放されるはずだと言う。
「ありがとう、ハンナ。ところで……顧問は?」
藤川の問いかけにハンナは俯いて答える。
「……ユグドラシル観測室に。ケン達が監視しているわ。<アマテラス>のミッションでユグドラシルの示す道が決まる……それを見届けたいそうよ」
「……そうか……」
ハンナは顔を上げた。
「彼には、聞きたいことが山ほどある。ミッションに関わる情報も、聞き出してみるわ」
「うむ……頼む……」
束の間の安堵に、東は笑みを浮かべ、手にしていたタブレット端末に視線を落とす。いくつかのメッセージが流れ込んできてきる。暫定本部となっているEUから、黄金の女神、ノヴス・ドミヌス、そして<アマテラス>のミッションに関する情報を各支部に共有したが、その返答が返ってきていた。東はそのメッセージを手早く確認していく。
「……あ、チャイナの容支部長からですが……サブリミナル・ワクチンパルス開発の件、目処が立ったと!」「本当か? 早いな!」
「古屋さんのミッションデータから、無意識領域に絡みついたサブリミナルパルスの検出パターンが構築できたようです。賈研究主任と、天仙チームが頑張ってくれたと。うまくいけば、集団セッションで臨床テストもできる段取りになっているようです!」
メッセージを追う東が、途端に眉を顰める。
「ん、どうした?」
「え、えっと……『うちに火炎瓶投げ込んだ馬鹿ども、みんな纏めて、ワクチンの実験台にしてやる!』……だそうです……」
IMCの一同は顔を引き攣らせていた。藤川は、わざとらしい咳払いを一つ立て、一同を見渡す。
「……ま、まあ……結果に期待しよう……」
「で、ですね……」
藤川と東は顔を上げる。真世、アイリーン、田中も同じように顔を上げ、<アマテラス>からの通信映像を見つめる。
「あとは、彼ら次第ですね……」
「うむ。頼むぞ、インナーノーツ」




