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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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畏れ、そして愛 5

 秦織りの杼に導かれた、白く清らかな絹糸が、縦に連なる糸の間をすり抜ける。

 

 トントンと、たたきが打ち付ける軽やかな音が聞こえると、その縦と横の糸が組み付くところに、いつかの情景が紡ぎ出される——

 

 月が眩く、太陽に向かう祭壇を照らし出す。

 

 権勢を誇った王太母が幽閉され、稲の実りの季節も三度目を迎えた。祭祀場から見える幾つもの家屋には、明かりが灯り、耳をすませば人々の団欒に興じる声も聞こえるようだ。

 

 あの日以来、この祭壇に立つ者はいない。娃は白銀に輝く祭壇にそっと触れる。

 

 ……これで、よかったのだ……これで……

 

 音声変換されて流れ出る娃の心の声は、どこか虚しげだと、直人は思った。

 

『おや、ヒメ……こんなところで……今夜は冷えますぞ』

 

 月明かりが、大男の人影を照らし出す。

 

『……鯀か』

 

『眠れぬのかな? ヒメ』

 

『……其方のおかげで、我が都にも、ようやく活気が戻ってきた……礼を申す』

 

『これはこれは、光栄の至り……』鯀は、どこか大げさに頭を下げて見せる。

 

『茶化すな』

 

『……なぜそのような哀しげな顔をなさる?』

 

『…………』モニターの正面に、巨大な月が浮かび上がった。

 

『……生きる意味を見失いなさったか? ……あの時、儂がお助けしたばかりに』

 

『……責めてはおらぬ。だが、私は、あの時決めていた。この命を尽くして、クニの礎とならんことを……今の私は、サナギが孵った蛾も同じ』

 

『はははは! 蛾とはまた……ヒメも上手いことをおっしゃる! ははははは!』

 

 フォログラムの娃が振り返ると同時に、腰に手を当て仁王立ちになって高笑いする鯀の姿が、正面に映し出された。

 

『ぶ、無礼者! 其方、初めて逢うた時から、いつもそうやって!』

 

『失敬、失敬。だが、これほど美しい蛾は見た事がないもんでなぁ……ははははは!』

 

『えっ? ……こ、鯀。今、なんと? ……なんと申した?』

 

「ふふ……かっわいい」フォログラムを見詰めるサニが思わず笑みをこぼす。

 

『鯀! 笑わずに答えよ!』

 

『……美しい。其方は真に美しい』

 

 常に影に覆われている鯀の顔ではあるが、彼がいつになく真剣な眼差しを向けていることは、インナーノーツも感じ取っている。向かい合う二人を見守る<アマテラス>のブリッジは、心地よい緊張に包まれていた。

 

『た、たわごとを。其方、小さき姫だの、姫娘娘だのと、散々おちょくりおって! 何を今更……あっ!』

 

 広い胸板、逞しい腕が、娃を包み込む。

 

『……逢うた時から、ずっと想うておった……ヒメ……いや、娃……お主は美しい。身も心も……』『……鯀……いや、蘇尤』

 

『生きる意味を見出せぬなら、残りの人生、儂にくれ……共に生き、共にその意味を見つけてゆこうぞ』

 

 インナーノーツは、皆、胸の裡側の熱を持った脈動を感じる。顔を綻ばせずにはいられない。

 

『……はい……』娃は、鯀の胸の中で小さく頷いていた——

 

 再び杼が走り、たたきがまた二つ、軽妙な音を立てた。<アマテラス>ブリッジのモニターに映し出される景色が、また変化してゆく——

 

『う、産まれたか!』

 

 騒々しい足音と共に、大男がその部屋へと駆け込んでくる。

 

『おめでとうございます! 愛らしい、姫君にございます』

 

 鯀は、女官から、柔くなめした革に包まれた、生まれたばかりの我が子を怖々と受け取り、両腕の中に抱く。影に包まれた顔の中で、大きな口が緩んでいるように見える。

 

『よう頑張った、娃。お主に似て美しい姫じゃ!』『……尤……』

 

 鯀の腕の中に安らぎを覚えているかのように、赤児は泣き声ひとつあげない。

 

『このクニの、新らしき時代の子じゃ。しかと育ててまいろ……おわっ!!』

 

 鯀の腕からポタポタと雫が落ちている。

 

『……やってくれたなぁ!』

 

『あぁああぁ……見事な粗相じゃ。こりゃ、儂似だな。ははははは!』

 

『何を呑気に! 誰か早う始末を! ——

 

 くすりと笑いが溢れる。娃の溢した笑みに、たたきがまた、トントンと答えた。

 

 ……横の糸は私……縦の糸は貴方……

 

 …………決まり切った私の歩む道に、貴方はいく通りもの道を重ねて、織り重なる……

 

 工房に差し込む柔らかな日差しに照らされ、織物は滑らかな光沢を描き出す。真剣な眼差しで、機織りに向かう、女官見習いの少女の手つきも、らしくなってきた。

 

『そう……だいぶ上達しましたね。ファ、貴女も』

 

『あ、ありがとうございます、正王母様』

 

『よろしい、皆の者、今日はここまでにしましょう』

 

 女官見習いの少女らを連れ、工房から出ると、その先に見える区画は、新しい農産物や畜産の開発を行う、いわば農業試験場のような場所となっていた。鯀の肝煎の施設である。

 

『正大母様、あれは? あの生き物は何?』

 

 女官見習いの少女が、毛玉のような四つ足の動物を指差して言った。

 

『摂政が新たに北方より仕入れた、羊なる生き物。肉は柔らかく、毛皮は寒さを凌ぐ大変有用な家畜だという』

 

『臭っさぁぁい……正大母様……なぜ、あのような穢らわしい生き物達を……』後ろに続く少女が、鼻を摘んで言う。

 

『……この冷えた空の下、もはや稲作だけではとても皆を養ってゆくことは叶わぬ。今は、摂政の北方の知恵に学び、クニを強く富ませることが肝要……』

 

『あ、あのさ……わたし、最近、雑穀米のご飯、ちょっと美味しいかなぁ……って。変かな?』工房で、ファと呼ばれた少女が、照れくさそうに言った。

 

「あれ、この娘、姫さんと一緒に、生贄にされかけてたコでない? あ、こっちのコも」「そういうところだけは、さすがね、ティム」目ざとく気づくティムに、サニは呆れ顔だ。

 

 少女達のお喋りは続いている。

 

『……あ、わ、私も。ご飯だけより香ばしくって、味も、その……複雑で』『だよね、だよね!』

 

『えー、まあ、慣れてはきたけど〜。たまには米、いっぱい食べたいなぁ』『それはあるけどねー、正大母様は?』

 

『……そうね、私も雑穀米は割と好んでますよ。皆がようやく食べていけるようになった……それが何よりの喜びです』

 

 遠くから男達の掛け声、槌打つ音が聞こえる。娃と侍従の少女らはそちらを見遣る。

 

『日に日に、あの壁も高くなっていきますね……』ファは、不安気に呟いた。

 

『……年々、雨季の水量が増している……全て、都を守るため……』

 

 モニターの景色が再び、移ろい始めた。

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