波打際の輝石 4
タイヤの甲高い悲鳴に葛城が振り向くと、黒塗りの威圧的な車が背後、一メートルほどを残して停車した。
三つのドアが一斉に開くと、醤油、ソース、マヨネーズと調味料を連想させる顔が三つ、車から飛び出す。いつもの三馬鹿……もとい、名刑事トリオだと、葛城は認識する。そして、四つめに開いたドアからあたふた飛び出してきたのは、狸顔女子、とでもいうのか? 新入りの女性刑事だ。夫々、成田、大浦、新見、そして紅一点、伊勢という。
「集合場所はこちらですかなぁ、警部補どのぉ〜」
嫌味ったらしく、トリオ、いや、新生カルテットのリーダー、成田が鼻を鳴らす。
「時間ぴったり、さすがですねぇ」わざとらしく、アンティークの懐中時計を眺めながら、葛城の隣に立つ上杉は答えた。
「もう! 危ないじゃないですかぁ。警察が人はねたら洒落にならないっすよ」葛城は、戯けた調子で、嫌味を返す。お決まりの挨拶だ。
「ふん、そんな下手な運転じゃ、刑事やってらんないっすよ」と運転手を務めていた新見が、マヨネーズで描いたようなコッテリした笑顔を作る。
成田は辺りを見回す。今来た国道を振り返り、そして視線を戻せば、その先に、自然豊かな海岸地帯に、忽然と近代的な学園都市が現れ、海に突き出た岬状の高台には、六角錐台の上に、西に傾きかけた日差しを映し込んだ高いタワーが立つ、巨大なビルが見える。
「あれが、今絶賛炎上中、IN-PSIDの本部っすか」
「ええ。IN-PSIDから広域の方へ、正式に警備の依頼がありましてね。応援に来てもらって、助かりますよ」「ふん! こっちは来たくてきたわけじゃぁ、ないですけどね!」成田は、口を尖らせて悪態をつく。
彼らの周りでは、同じように駆けつけた広域の警官や、管轄の警察が連携して検問の準備に取り掛かっている。
「それにしても……よくこんな仕事、警察庁が引き受けましたねぇ」怪訝そうな新見に、大浦、伊勢も頷く。
事件が起きなければ動かないのが警察。とはよく言ったもので、この時代とて変わらない。重大事件の目撃者、重要参考人の保護でもない限り、警護などは通常、警察の仕事ではないのだ。
「国連から、日本政府にも打診があったようで。警察庁長官のお墨付きですよ」上杉は不敵な笑みを浮かべた。
「『黄金の女神』の調査は、IN-PSIDも、我々警察に全面協力してくれます! 裏を返せば、国際的なヴァーチャルネットハッカー集団を、日本警察が検挙できるかもしれない、一世一代の大チャンス! その先鋒こそ、あなた達、警察庁のエース、刑事捜査一課‼︎ 乗らない手は、なぁ〜い!」刑事四人の周りを、調子良い足取りで巡りながら、葛城は一人一人に語りかける。四人の顔が、次第に綻んでいった。
「お、おう……」「そりゃ、ね、『黄金の女神』?」「当然、私たちも…….」「国際犯罪組織が絡んでると睨んでたさ」
葛城と上杉は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。それに気づいて成田は咳払いし、醤油顔を顰める。
「し、市民を守るのも、警察官として大切な仕事だ! ……で、オレ達は何を? 警部補どの?」
「では、こちらへ。作戦会議と参りましょう」上杉、葛城は程近い場所に停車した大型現場指揮車へと四人を案内する。
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夜の帳が下りる頃、IN-PSID本部、大会議室は、飛び交う報告の声音、入れ替わり立ち代わりするスタッフらで慌ただしい。
『こちらの宿も確保しました。ご案内ください』中空ホログラムのディスプレイに映る片山は、淡々と言った。
「ありがとう、片山くん。東くん、次のグループを!」「はい!」東は会議室の内線電話の受話器を取る。
鳥海まほろば市には、次第にIN-PSID関連の関係者、親族などが続々と集まってきていた。職員などから、その身内に各々、避難を呼びかけてもらった為、避難に応じた人々が一度に殺到し始めている。IN-PSIDへの批判が強まるたび、身の危険を感じていたり、嫌がらせなど実害を被ったと言う者も多い。
「……順調だな」通信を切り掛けた片山に、藤川は声をかけた。
『市役所の方も動いてくれてますから。宿のほうも対応が早くて助かります』
「片山くん。君が日頃から市や街の皆さんとの繋がりを大切にしてきてくてたからこそだよ。感謝する」
『……水臭いですよ、所長。それが私の仕事ですから。それでは、次がありますので』「うむ」
実直な硬い顔を僅かに綻ばせ、片山は通信を切った。
「所長、警察の方からも。市への主要ルートへの検問は全て設置完了。その他、侵入経路となりそうな箇所は、監視カメラと巡回パトロールでカバーするとのことです。上杉さんから働きかけてくれたそうですが……正直、ここまで対応してもらえるとは」東は、嬉しそうに言う。
「国連から政府にも、我々の保護を要請してもらったからな。だが……」藤川は、眉を寄せる。
「所長、何か……」東は、怪訝げに問いかける。
「……いや。今は市民と避難者の安全を、万全にすることが先決だな。『黄金の女神』のサブリミナルが過剰に働けば、批判だけにとどまらず、やがて暴力に訴えてくる者も出てくるはず」
藤川は顔を上げ、会議室に集うスタッフらを見渡す。一同の瞳が藤川へと注がれた。
「ここに集う人々に危害が及ぶことだけは、なんとしても退ける! その覚悟で臨んでくれ!」「はい!」
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『IN-PSIDが動き出した……』『日本本部は、警察まで動員したか……ふふ、結構なことだ』
足元には、青き惑星、地球が広がり、天は星空に彩られた空間に、ポツリと浮かぶディスプレイ。そこには天空から見下ろした街明かりが、映し出されていた。
『Chokai-Mahoroba City』と表記されたその街の映像の中で、街の周辺を囲うようにいくつかの赤々とした光が灯り、続く道にはヘッドライトの川が連なっている。
「だが……想定よりもIN-PSIDの動きが早い。本部だけでなく支部も同様に防衛策を取り始めている。計画に支障はないのか?」その空間の中央で、幾分高いところから、ディスプレイを見下ろしていた女司祭がヒステリックに問いかける。
ディスプレイを眺めるようにして浮遊していた『魔術師』と『月』のタロットカードのホログラムが、回転して女司祭の方に向き直った。
『ご案じめさるな、我らが姫よ』『むしろこれは良き兆しかと……』
姿を見せない、計画推進担当の二人は、彼らのカードのアバターをフワフワと漂わせるばかり。女司祭は、自ずと親指を口に運んでいた。爪を一噛みすると、眉を吊り上げて、声を張り上げる。
「ふん! ジャッジメントの予測では、IN-PSIDの防衛態勢が整うまで、早くとも一週間の見込みであった。それが、この一日、二日で! 『黄金の女神』……少しばかり、アピールし過ぎたのではないか?」
二枚のカードは向かい合い、そしてまた女司祭の方を向く。
『……確かに。このペースは想定以上でした……どうやら、思わぬ力が働いているようで……』月のカードが発言する。
「思わぬ力……まさか……」『……ええ。極東の老人会よ。まったく、あの『愚者』が、死んじゃって、向こうの動きが掴みづらくなったもんねぇ』魔術師のカードは、身をくねらすような動きをしながら答えた。
『それでは、極東地域への『サブリミナル|《ご神威》』の浸透が他より緩やかなのも……』『えぇ、大方、あの爺様方がなんかやってるのよ』
「ムサーイド……正真正銘、『愚か者』であったか」
女司祭は、再び爪をひと噛みすると、その腕を勢いよく払い、声を張る。
「我らに失敗は許されぬ! 侮は禁物だ。直ちに計画とのズレを補正し、IN-PSIDの動きに備えよ!」




