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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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畏れ、そして愛 2

『なぜ、戻って参った? なんだ、その穢らわしい者どもは?』

 

 赤や青緑、紫……色とりどりの鳥の羽で覆われた衣裳と、被り物に身を包んだ老婆は、太陽を背に祭壇の上から見下ろす。

 

 <アマテラス>ブリッジの中央モニターに映し出された、その神と見まごうばかりの老婆を皆、固唾を飲んで見守る。

 

 フォログラムが描き出す、長い黒髪の少女、娃は、膝立ちのまま、口を開いた。

 

『王太母様……昨今の訴えどおり……田畑の荒廃は深刻です。天の力衰え、地は痩せるばかり。飢えるは、森の神々とて同じ。故にこの天地の変動は、森の神々の怒りにあらず……生贄をもってしても、治めること叶いませぬ』『なに……』

 

『北より参りし、博識なこの者たちに教えられました』

 

 娃に付き従う鯀らの一行も、膝を落として頭を下げ、表敬する。その傍らには、同じく生贄として、娃の供を申し付けられた幼い少女らが、震えたまま土下座していた。

 

『私はともかく、この幼き、弱き女子供の命だけでもお助けください』

 

『……儂の言葉より、その者たちの言葉を信ずるか? たわけ!』影になった老婆の顔の中で、血の色をした口だけが自在に蠢いている。

 

『ヒメは己の命可愛さに、神への奉仕を忘れ、穢らわしき者らを招き入れた! 皆のもの、裁きを!』

 

 高らかに発せられた老婆の声は、祭祀場に行き渡る。

 

『殺せ!』『ヒメに裁きを!』祭祀場に集った痩せこけた人々が、熱に浮かされたように次々と声を上げ、祭祀場は騒然となる。王族らは、その群衆の声に、ある者は目を閉じ、ある者は耳を塞ぐ。娃が父と呼んだ男は、膝に置いた拳を硬く握り、俯いたまま震えている。

 

『……許せ……其方らを救うこと……やはり叶わぬようだ……』娃は、静かに怯えた幼い少女らに声をかけ、そっと目を閉じかけたその時、再び娃の目の前に、岩山の影が現れる。

 

『待てぇえぇええ‼︎』

 

 鯀の地響きのような野太い声が、祭祀場を揺らす。同時に、娃と幼な子らを守るように、彼の従者らが迅速に円陣を組む。

 

『神など所詮、獣! 見るがいい‼︎』

 

 鯀は、祭祀場にまで運んできた荷を解くと、切り落とした大蛇の首を取り出す。猛獣退治の首級として、交易の交渉材料になると踏み、持ち込んでいたものだ。

 

 鯀は、蛇首を石槍に突き刺し、高らかに掲げる。恨めしそうに半開きになった蛇の口からは、血が、ポタポタと滴り落ちる。

 

『おおおぉ……なんと⁉︎』『か、神が……』

 

 先ほどまで、娃らの処刑を訴えていた者らは、一転、恐怖に慄き、ある者は腰を抜かし、ある者は土下座して許しをこう。

 

『このとおり、お主らの神は死んだ! これでもまだヒメを殺すか⁉︎』

 

 鯀が蛇首を見せ付ける度、皆、怯み、恐れ慄いて後退りする。鯀は荷の中から、蛇の胴の切身を一つ、仲間から受け取ったもう一本の石槍で突いて取ると、群衆の間を縫って、祭祀場中央の聖なる火へと近づく。

 

『な、何をするか⁉︎ええい、こやつらを殺せ!』

 

 老婆は祭壇の上から怒鳴り散らす。兵らは鯀を取り囲もうとするが、神の身体を盾にされ身動きできない。

 

『役立たず供が!』

 

『神に喰われるくらいなら、喰っちまった方がいいわ!』鯀は、燃え盛る聖火の脇に石槍を立て、蛇の頭と身を火に掛ける。

 

『ひゃああぁあぁ‼︎ 何という、怖ろしき事を! 何をしている! 其方、王であろう! こやつらを打ち殺せ!』王太母は、祭壇から娃の父である男を睨みつけ、罵倒するような口調で命じた。

 

『は、義母(はは)上! くっ……』

 

 王は、やむ無く立ち上がると、控えていた兵士から石槍をとり、鯀の背後に近づく。父の動きに気づいた娃は、鯀の従者らの守りを抜け出し、両腕を広げて立ち塞がった。

 

『おやめください、父上!』

 

『娃‼︎ ……そこをどけ!』

 

『ええい、ヒメも同罪じゃ! 殺せぇ!』血眼の王太母が叫ぶ。

 

『娃‼︎』『……父上……』

 

『もとより生贄に捧げた娘ぞ! 殺せ!』

 

 父王の構える槍の先が震え出す。娃は、真っ直ぐに父親を見据えていた。脱力した王は、石槍を落とす。

 

『……できぬ……其方を屠るなど……』

 

『王‼︎ 其方まで⁉︎』王太母は、歯軋りする。

 

『皆のもの! 王太母の力、既に衰え、予言成就ならぬ年月を数えるばかり!』王は、力強く言い放つ。

 

『見よ、森の神は討ち取られた。いたずらに犠牲者を増やすばかりの祭祀など、取りやめだ! これは王命ぞ!』群衆は皆、その場に平伏す。

 

 王は、祭壇の王太母へと向き直る。

 

『おのれぇ〜〜、王よ、この義母(はは)を愚弄するか?』

 

『義母上……長年の苦節……お疲れ様にございました。奥へお下がりください』

 

『貴様ぁ〜〜』『お下がりください』

 

 王の合図で、彼の手勢が、祭壇へと駆け寄る。抵抗は無駄と悟った王太母は、背筋を伸ばし祭壇から降りると、鳥羽根の被り物を打ち捨て、娃、王、そして鯀らを達観したような目つきで見据えた。

 

「……神は死なぬ……いずれ神罰が、其方らを襲うであろう……」

 

 老婆は、そう言い残すと、兵らに伴われ、その場から姿を消した。

 

 一部始終を見届けた鯀は、鼻先に、香ばしい香りがまとわりついてくるのを感じる。

 

『おっ⁉︎ いい具合じゃねぇか。たまらんなぁ』

 

 皮に骨が浮かび上がる群衆らは、臭いに釣られ、食料へと変貌しつつある神の肉に、一人、また一人と魅了されていく。

 

『よし、お前たち、残りの切り身も焼け! 残りの食糧も、腹ペコの民に振る舞うぞ!』


鯀の豪快な号令に、皆はさっそく、獲物の調理にかかり出す。


『方々、礼を申す。度重なる凶作で、民らの飢えを満たす事叶わず……この子らの母も……』父王が、鯀とささやかな食を共にしながら語り合っている。娃は、その傍らで、彼らの会話に耳を傾けているようだ。

 

『太母の神託に一縷の望みをかけ、娃を生贄に差し出したのだが……』 

 

 鯀らの持ち込んだ食糧は、少量ずつではあったが、民に配られ、彼方此方で感謝と喜びの声が上がっていた。

 

『一時凌ぎだが、それでも腹が膨れれば、皆の不満も下がろうというもの』

 

 聖火に掛けられた蛇肉が、パチパチと音を立て、肉の焼ける香りを醸し出す。鯀はさっと立ち上がると、蛇肉の焼け具合を丹念に見回す。

 

『さぁ焼けたぞ! うむ……これは、何とも美味! さぁ、娃殿!』

 

 鯀は黒曜石のナイフで、蛇肉の焼け具合の良い所を切り取ると、彼らが所持していた塩を軽く振って、葉で包んで娃に差し出した。

 

『わ……私は……』

 

『大丈夫、毒もない! 貴女が食さねば、皆、気遅れする。これは、神の施し……さぁ』

 

 娃は蛇肉を受け取ると、恐る恐る口へ運び、一口かじる。

 

『……これは……』『どうじゃ?』

 

『ひ、ヒメ様……』生贄から解放された幼き少女達は、不安に顔を顰めながら娃を見守る。

 

『美味しい……このような味わいは初めて……』

 

 フォログラムの娃は、目を丸めてもう一口頬張っていた。

 

『おお、ヒメの味覚に叶ったぞ! 皆も、さあ食った、食った!』

 

 鯀が高らかに宣言すると、民らは待ってましたとばかりに、列を作る。焼き方に回った従者らはてんてこ舞いだ。

 

 鯀は、その様子を満足気に笑いながら眺めていた。

 

『……交易に参ったと言ったな……だが、このとおり。我が都は衰退の一方だ』

 

 鯀の背に、王が言葉を投げかける。

 

『今、天下は、どの地も似たようなものです』『だが、其方らは多くの食糧を……』

 

『元々、寒い地域に根付いた作物だ。中原は既に、そうした作物の増産に力を入れている。保存も効くしのう』

 

 鯀は、手にしていた蛇肉を勢いよく噛み切った。

 

『……我らは、先祖伝来の、この地の恵に甘んじ、昨今の冷え込みに備えがなかった……おまけに、洪水の頻発。利水を優先に築かれたこの地は、水害には脆い……この都も終いじゃ』

 

『王よ……』

 

 モニターの中で、ゆっくりと鯀は王に向き直る。娃は、父王と鯀を静かに見守っている。

 

 鯀はゆっくりと口を動かし、言葉を続け、浮遊が同様の口調で通訳する。

 

『なれば、我らに任せてみぬか?』

 

『鯀殿……あなた方はいったい……』

 

 すると<アマテラス>のモニターの映像は、ゆっくりとオーバーラップのような移り変わりを見せ始める。

 

「PSIパルス感応に偏向あり! パラメーター微小変異!」アランが状況を伝える。

 

「いいわ、この娘の意志に従いましょう! PSIバリア自動同期セット!」

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