開かれる輪 7
座天使の光球の残光が落ち着きを取り戻し始めるころ、バビロニア支部IMCより、ミッション対象者らの症状が、不思議と回復の傾向に向かい始めていると報告が入る。亜夢が座る副長席で、立ったままバインド領域のPSIパルスを簡単に分析したアランは、カミラの無意識の回復とのシンクロニシティ効果ではないか、と指摘した。
「……活動限界が近い。とにかく、話は後だ。帰還を急ごう。……お前の身体も……まだ、その……し、心配だし……」照れ臭そうに言うアランに、サニは吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「……そうね……」カミラは、キャプテンシートに深く身を預けたまま、アランに答え、正面に向き直った。
正面の通信ウィンドウに、<イシュタル>のクルーが、言葉もなくこちらをじっと窺っている。
カミラは上体をゆっくりと起こし、穏やかな表情で言う。
「わかってる。私はあなた方の仇……私を討ちたいなら構わない。現世に戻ってから存分にすればいいわ」<アマテラス>のクルーは、そう言うカミラに物言いたげだが、アランがそれを無言で止めた。
「けれど……<アマテラス>の皆には、一切、危害は加えないで。約束よ」そう言って力無く微笑むカミラに、<イシュタル>の皆は、一言も返せない。本部、バビロニア支部両IMC、<イワクラ>のスタッフらにも、口を挟むものはいなかった。しばらくの沈黙の後、参ったとばかりに頭を掻き、アディルは苦笑いをこぼす。
『ちっ……かなわねぇな、先生。こんな授業、受けた後じゃ、なぁ……』<イシュタル>のメンバーはバツの悪そうに笑みをこぼす。
『憎しみは、また新たな憎しみを生む……どこかで終わりに……いや、終わらせるさ。パパもママも……メアリーも、きっとわかってくれる』タリアは義手になってしまった手を握りしめ、小さく微笑む。
「タリア……」カミラとタリアの視線が重なる。
『しけた謝罪なんて、しないでくれよ。アタシたちはインナーノーツ。仲間だろ』「ええ」カミラは、微笑んで頷いた。
「……ジハード、だな」カミラとタリア二人のやりとりを見ていたアディルが不意に言う。「ジハード?」隊長の言葉に、インド出身のヴィクラムは怪訝そうに反応する。
「そうさ。ジハードは、異教徒だの、外敵との戦いに使われがちだが、本来は違う。もっと大切なジハードは、自分の内なる悪との戦いなんだ」
アディルの言葉に、<イシュタル>クルー、そして通信ウィンドウ向こうの<アマテラス>の皆も耳を傾ける。
「俺たちはもう、戦争屋じゃない……」そう言ってアディルは腰を上げ、通信越しの<アマテラス>の皆を一度見て、それから<イシュタル>のクルー一人一人を見回した。
「インナーノーツとして、各員、ジハードに励め! これは、隊長命令だ」イシュタル隊長は声高に宣言する。
「了解!」<イシュタル>の皆の返事に、何一つ曇りはなかった。
「ジハード……ジハード! おお、なんか、素敵な響きですねぇ」身体の中から湧き上がるようなジハードの言葉に、ワクワクした笑みを浮かべているヴィクラムに、「ヒンドゥーだろ、お前」とタリアは突っ込まずにはいられない。<イシュタル>のブリッジが笑いに包まれ、<アマテラス>の皆にも安堵の笑みが溢れた。
通信ウィンドウの向こうで、カミラと<イシュタル>クルーの和解を見て、<イシュタル>の一件は不問にしようと、藤川が提案していた。その申し出にムサーイドは、頭を下げて深く感謝する。
終わったんだ——そう実感しながら、直人はブリッジを見渡すと、こちらを窺っていた亜夢と視線がぶつかる。直人が微笑むと、亜夢はそそくさと視線を横に振った。直人が怪訝に首を傾げた、その時。
「ん……何これ……」何気に視線を戻したレーダー盤に、サニは奇妙な反応を見る。時空の安定度を示す曲線が、畝々と蠢き出す。
……気をつけて、なおと……
「えっ、アムネリア?」直人がアムネリアの声を感じ取るのと同時に<アマテラス>は突然、風雨に波打つ海面に漂う船の如く、揺られ始める。それは<イシュタル>も同様だった。
「な、なんだ⁉︎」ティムは咄嗟に、船を安定させようとするが、空間自体の歪みに、<アマテラス>、<イシュタル>は共に翻弄される。
「バインド領域同調にイレギュラー反応!」バビロニアIMCのオペレーターが声を上げる。
「原因は⁉︎ 患者達の生命維持を徹底! モニタリングを切らすな!」ムサーイドは、矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。ムサーイドの義眼を通して、ミッションを垣間見ている、火雀衆、風辰翁も目を見開いて、状況変化に食い入る。
「ムサーイド君! 急いでバインド領域を解除しないと、患者らも危ない! まずは至急、<アマテラス>と<イシュタル>の回収を!」藤川がすぐに指示を飛ばす。
『え、ええ! 方、すぐに中央誘導ビーコンを!』『了解です!』
方はすぐに作業に取り掛かる。中央誘導ビーコンはこのバインド領域に、<イシュタル>、そして<アマテラス>をミッションに誘った、バインド領域を束ねる光の柱。本来ならそれを帰還側にスイッチすれば良いだけの作業だ。しかし……
『どうした? 方⁉︎』『……システムエラー⁉︎ コントロール、受け付けません‼︎』『何⁉︎ すぐにチェック‼︎』俄かに焦り出す、バビロニア支部IMC。
『時間がない! アイリーン、<イワクラ>の誘導ビーコンを!』『は、はい!』東が即座に指示し、アイリーンは作業に入る。
『けど、こっちのコネクションポートに、二隻は回収できんぞ!』アルベルトが割って入る。
『まずは、現象境界まで引き上げるんだ。最悪、砂漠に出せれば何とかなる!』東に変わって藤川が答える。
<アマテラス>、<イシュタル>両船のブリッジに緊張が漲り、すぐに帰還行動に入る。
変動著しいバインド領域の中で、比較的変動が少ない回収可能な領域はただ一つ。中央誘導ビーコン近傍領域だ。次元の彼方から、黄金色に輝くもう一つの柱が、中央ビーコンの傍らに穿たれる。両船は、波打つ空間変動を、荒波を越える船の如く突き進む。
「活動限界まで、後八分! 急いで、ティム!」カミラは、気力で上体を起こして指示を飛ばす。
「これで、目一杯っすよ!」次元のうねりが、<アマテラス>と<イシュタル>の行手を阻む。シールドはほぼ使い切り、亜夢の鳳凰も使えず、推力はこれ以上、望めなかった。
「帰還フェーズエリアまで、あと二〇! このペースだと、わずかに間にあいません!」サニが、焦り混じりに声を上げる。
「オーバーブーストよ!」カミラは、迷わず言い切った。「し、しかし、このうねりの中では、船にダメージも!」立ったままキャプテンシートにしがみついているアランが忠告する。
「ここからの脱出が先決! <イシュタル>、そっちもいけるわね⁉︎」「あ、ああ! オーバーブースト、準備!」
「サニ! うねりパターンをすぐに解析! できるだけ安全なコースを策定!」アランが指示を飛ばす。
「はい! ……見つけた! コース同期まで、あと五秒! 四……三……二……」
サニのカウントに、緊張が高まる。ところが、カウントは突然の警告に打ち切られる。
「待って‼︎ 中央ビーコン領域に波動収束反応‼︎ 大きい!」サニが叫ぶ。二隻は、オーバーブーストによる加速を断念せざるを得ない。
『バインド領域のPSIパルスに変調‼︎ 何かが、PSI-Linkシステムに……こ、これは!』通信ウィンドウ向こうで報告を上げながら、ヴィクラムは突然、辺りを見回す。
『ああ……聞こえる……』『これって……さっきの……』<イシュタル>の皆は、警戒の険しい表情を浮かべ、身構えていた。
そうしている間に、音声変換機能が反応している。
『……我は世界……世界そのもの……唯一にして無二なる存在』
<アマテラス>、<イシュタル>のブリッジに、雑音混じりの冷たく、無機質な男とも女ともつかない、奇怪な声が流れ始めた。
前方の中央ビーコンの光の柱が揺めき出し、膨張を始める。光の柱の膨張は、さらに眩い黄金色を放ち、次第にその姿を整えてゆく。黄金の光の塊は、人のような形へと変わりつつあった。
人形なのだろうか? 顔のようなものが形成されてくる。
「女神……像? ……」直人は、その目の前に現れたものが、微動だに動かない、なんらかの女神の彫像のようだと認識する。
カミラは、その彫像の姿をどこかで見たことがある気がした。ハッとして顔を上げた、カミラの脳裏に浮かんだものは——
薄い羽衣のような布一枚を纏い、跳ねるように片足で立ち、両手には短いワンドを持つ。その姿に重なって、ふと脳裏に蘇るタロットカードの一枚。そう、タロットカード大アルカナ最後にあたる、二十一番目のカード『世界』——
姉、シルヴィアが、タロットカードの中でも特に気に入っていた一枚だ。
そのカードに描かれていると言われる『運命の女神』フォルトゥーナ。眼前の黄金の女神像は、まさにフォルトゥーナそのままであった。
『我は、新時代の主。ノヴス・ドミヌスなり』
その黄金の女神は、高らかに宣言した。
INNER NAUTS 第二部第三章「運命の輪」 完
INNER NAUTS 第二部 第三章「運命の輪」
これにて完結です。お読み頂きありがとうございました!如何でしたでしょうか?
次章、第四章は、2026年3月頃を予定しています。進捗、活動状況、また設定やイラストなど、ホームページ等で随時公開していきたいと考えています。
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