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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第三章 運命の輪
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逆さの山羊 5

 溶けたチョコレートが描く、マーブル模様のような様相を見せていたモニターは、波動収束フィールドの自動補正により、段々と周辺を形作ってゆく。


「あれ? あれぇええ??」亜夢はモニターに広がり始めた光景に丸い目を大きく見開いていた。


 開放的な、海の見える窓。簡素ながらもモダン和風の、落ち着いた内装の部屋——


「おいおい……」「ここは……」「長期療養棟?」そこはティム、サニ、そして直人にとっても、よく見慣れた場所。IN-PSID日本本部に併設された、附属病院PSIシンドローム長期療養棟の一室のようだ。


 三人は、入隊時の頃、カミラ本人から聞いた話を思い出す。PSIシンドロームを発症して、当時、治療の可能性が高かったIN-PSID日本本部の附属病院で、七年前から約二年の療養生活を経て回復。それが縁で藤川から能力を見込まれ、インナーノーツの隊長を頼まれたという。彼女に付き添って日本に渡ったアランを副長にする事を条件に、隊長職を引き受けたと。


『……この記憶が……カミラに束の間の安らぎを与えている……大丈夫……カミラは落ち着きを取り戻しています』


 フォログラムのアムネリアの言葉に、アランはバイタルモニターに目を遣る。先ほどまで赤々と点滅を繰り返していたアラームは消え、グリーンのモニターに正常範囲内で波打つ心拍、血圧、PSIパルス波が描かれていた。


「アムネリア。しばらくカミラを頼む」アランは小さく頭を垂れて言った。


『ええ……お任せください』


 直人が振り向いてアムネにリアの方へ向いた時、彼女は微笑を浮かべ、彼女のフォログラムはゆっくりと消えていく。


 ……我に任せて……


 そう、アムネリアは言ったような気がする。彼女の魂の力が、いくらかカミラの身体を蝕むPSI現象化の進行を抑える『免疫』として働くはず……アムネリアは、その役割を引き受ける事で、直人が無茶をすることも止めたのだ……そう気づいて、直人は歯痒さを胸に仕舞い込みながら前を向いた。


「俺たちは詳しい話は知らんけど……さっきまで散々見せられたあの戦争が、隊長のPSIシンドロームのきっかけってわけか?」ティムはモニターに浮かび上がった部屋を見回しながらいう。


「ああ。建国軍が戦争末期に導入した、あのスキャミングカウンターの次元撹乱をモロに浴びて……アレはインナースペースレベルの時空乱流を巻き起こし、サイコスキャン・オペレーターの精神を撹乱するPSI兵器だ」


 カミラが戦闘中に倒れ、EUの軍病院に送られたことを知ったアランは、彼の大学とコネクションがあったIN-PSID EU支部に掛け合い、彼女をなんとかEU支部の関連医療機関へ移すことができたと言う。しかし、カミラの症状は、重度の急性PSIシンドローム。当時、治療可能性があるのは、最先端の医療態勢が整うIN-PSID日本本部だけであり、やがて日本側の受け入れが決まる。カミラに付いて、アランは共に日本へと渡った。卒業間近であった、大学を中退して……


「俺にはカミラとの約束があった……どんなことがあっても、守ると……」と自分に言い聞かせるように、アランは拳を握りしめて呟いていた。


『……|ヒルズ・アッ=ナーキー《聖浄の香》か。わずか半年たらずの開発で実戦投入されたが、『サムム』に対しては絶大な効果を発揮した。アレがなかったら、俺たちは負けていたかもしれん』通信モニターの向こうから、アディルが口を挟んできた。「えっ、開発がだったの半年?」ティムは思わず聞き返していた。


『こちらについたイスラエルの、とある民間軍事会社が開発したらしいが……バックにはなんか、でかい財団がついてるって噂があってな……そいつが……』『あ、そういえば、ワタシもその噂、聞いたことがありますね。その財団、PSIテクノロジー関連企業にやたら投資してるんですよね。あ、ワタシの元いたインドの研究所もなんですが……』アディルに変わって答え始めたマリクを遮って、ヴィクラムが、飄々とマイペースな口調で言う。マリクは幾分、ムスッとした表情だ。


『なるほど、その繋がりで、『ヒルズ』の短期開発がなったわけか』ファリードは、腕を組み頷いている。一方で、タリアはカミラの心象風景を映したモニターを見つめたまま、無言で聞いていた。


『ええ、おそらくは。そういえば……その財団、確か日本の財団ですよ。なんてったかなぁ……』ヴィクラムは、腕を組んで首を傾げる。


「えっ⁉︎ 日本?」直人はじめ、<アマテラス>の一同は、いろめき立つ。バビロニア建国戦争から八年ほど経つが、国内のメディアがそのような事を報じたことは一度もない。ましてや、日本は、多国籍軍側についていたはずだ。


『……うーんと、センド……なんたら……』『あくまで、噂だろ。トップクラスの軍事機密になってて、そのあたりの真相は俺たちも知りようはねぇ……けど、アレが、オタクらの隊長をそこまで苦しめてると?』アディルは、眉を顰める。


「ああ。厄介なことに、アレは、カミラの深層心理に押し込めていたトラウマを、急激に引き摺り出してしまった……PSIシンドロームという最悪な形で……」アランは苦渋に顔を顰める。


『そうか……俺たちが『サムム』に対抗して使った『ヒルズ』が……カミラたちには同じ苦しみを与えていたってわけか。戦の必然とはいえ……皮肉なもんだな……』アディルは、深くため息を吐き出し、キャプテンシート深くに身を横たえて、次第にはっきりとしてくるカミラの心象風景を見つめていた。


『……ダミートランサーによるトラウマ領域の誘導と、治療光投与……それを繰り返していれば、心身へのPSI現象化の進行は、緩和できる。けれど……』


「この声は……」「貴美子先生ね」よく知る声にティムとサニはすぐに反応する。


 モニターの視点は、いつの間にか中空から部屋を見下ろす形になっている。部屋中央のベッドに横たわり、眠り続けるカミラ(自分)を、『視点』はじっと見つめていた。


 サイコスキャミングで意識拡張したまま、カミラは、PSIシンドロームを発症してしまった。カミラの意識は、半ば幽体離脱のような状態にあったのだろうとアランは推測する。


 彼女のベッドを取り囲むように四人の人影が見える。現在より幾分若く見えるが、藤川、彼の妻、貴美子、アルベルト、そして、アランのようだ。


『……進行を遅らせることはできても、彼女の身体も心も蝕まれ続ける』貴美子は、ベッドの上で身動き一つなく眠り続けているカミラを見つめながら言った。


『……そ、そんな! |IN-PSID日本本部ここなら、まだ可能性はあると!』英語と日本語と重なり合った声|(この頃、アランは翻訳機を使っていたようだ)は、モニターの中で手振り大きくうったえるアランのものだ。


『アラン君……確かにここのPSI医療技術は、世界でも最先端だ。だが、万能ではない』藤川が諭すように言う。


『ええ……通常療法でできるのはここまでね……』


 モニターの中のアランは言葉を失って跪き、カミラの片手を両手で包み込み、うなだれる。震えるアランの肩に、藤川はそっと手を置いて口を開く。


『……可能性が……ないわけではない。それで私とアルを呼んだのだろう? 貴美子』『ええ……』


 アランはゆっくりと振り返り、藤川を仰ぎ見ていた。

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