浜辺の狂詩曲 4
「晴れ渡る夏空!」
「煌めく砂浜! 若者達は青春を語り合う」
IN-PSIDが管理するプライベートビーチに飛び出したサニは、入道雲が立ち上る夏の青空を、両手を広げて仰ぎ、声高らかに即興の『ポエム』を唄い出す。
真っ白の卸したてのビキニが、彼女の褐色の肌とのコントラストで余計に眩しく照り輝いていた。
「海がアタシを呼んでいる! ああ、これぞ夏! 日本の夏! きっと、新しい出会いがここに‼︎」
わざとらしいサニの抑揚した声に混ざって、じゃりじゃりと、数人の足音が、彼女の後ろからついて来る。
「……って、はずだったのにぃ〜!」
サニは振り返り、弓形の眉を吊り上げた。
「もぅ! なんでアンタたちまでいるのよぉ〜〜」
振り返れば、そこにはいつもの見慣れた顔触れだ。
「トーゼン。だろ?」「ティムゥ〜〜、お前かぁ〜〜」
サーフパンツにアロハシャツ、麦わら帽子のティムは、自慢の真っ白な前歯を見せ、隣に立つアイリーンは、大きめのサングラスを額の上に持ち上げて微笑んだ。
傍から、満面の笑みを浮かべた亜夢が顔を出す。
「わぁ〜〜海、海、海〜〜‼︎ 行こ、行こ、なおと‼︎」
バケツ、スコップ、熊手の砂場、三種の神器を左手に、反対の右手は直人の手を引き、亜夢は駆け出す。
「えっ、わっ、ちょっと‼︎」
途端に引っ張られた直人は、足をもつれされながら、波際の方へと連行されてゆく。
亜夢は、ややもすればダサめの、白地に大きなヒマワリが派手なワンピースの水着、直人は対照的に迷彩柄のハーフパンツ、紺色にワンポイントのメーカーロゴのあるモノトーンなTシャツと地味なスタイル。直人の、亜夢に取られた手とは反対の手には、大きな浮き輪を持たされている。
プライベートビーチは、元々、療養棟の長期入居者のための娯楽施設として整備された場所だった。利用者が少なかったため、今では職員や、関係者にも解放されている。長期療養棟からは直接アクセスでき、水着類やレジャー備品は、療養棟のレストハウスで、レンタルできた。亜夢も直人も、そこで水着やら遊具をレンタルしたわけだが、亜夢のヒマワリ水着は、彼女が一目惚れした一品。一緒に選んだアイリーン、ティムにも別のを薦められたが、亜夢はガンとして、これがいい! と譲らなかった。
駆けて行く亜夢の後ろ姿に、大きなヒマワリがよく映えている。アイリーンもティムも、案外似合うものだと、微笑ましく顔を見合わせる。
「……で、肝心の真世さんは? 声かけたの、真世さんだけだったんだけど」サニは、ブスッとして言った。
「さぁ〜ねぇ。あんま乗り気じゃなかったからなぁ、来ねんじゃね?」しれっとティムは答える。
「……まあ、真世さんは、できれば! って頼まれたから誘ったけど……やっぱムリか」
サニは、ため息を一つ溢した。
「ふふ、埋め合わせは私じゃダメかしら?」
サニの肩に手を置き、アイリーンが悪戯な笑みを投げかける。
「はぁ〜〜アイリーンまで……もう、悪ノリが好きねぇ」
「いいでしょ。ここんとこ、せまい<イワクラ>の中ばっかだったし。それに、私だって、たまには若い子達と遊びたいもん」
「若い子って……アイリーン十分若いっしょ!」あっけらかんと口にするティム。鋭利な視線の刃がその背を狙っている事に、ティムは気づきもせず、ヘラヘラとその舌は回り続ける。
「ん、そういやアイリーン、幾つだっ……うぎゃ‼︎」尻をジリジリと焼かれるような感覚に、ティムは思わず叫ぶ。肩越しにそれとは対象的な、ギラつく冷たい刃物のような感触に、ティムの背筋は凍りついてゆく。
「あ〜らぁ、そんなに知りたいなら、その若さ、搾り取ってあ・げ・る」ティムの尻肉が、更に締め上げられる。
「いででで! ご、ごめんなさいィ!」
すると、浜辺の方からボールが転がってくる。気づいたアイリーンは反射的にボールを拾う。
尻の焼き付きから、ふと解放されたティムは、ホッとため息をつきながら、尻をさすっていた。
「すみませーん!」ボールの後ろから、二人の青年が駆けてくる。
「いくわよ」アイリーンが軽く投げ返すと、ボールをとって、その二人は近寄って来た。
「ありがとーオネェさん‼︎」「うっわ、きれ、かわ!」
「あ、あのオレたち看護科のモンっすけど、オネェさん、もしかして《中央区画|センター》の?」
青年らは歳の頃は、二十歳前後。サニや亜夢と同い年くらいかと、アイリーンはサッと当たりをつけた。
「ええ、アイリーンよ、よろしく」
「一緒、やりません?」向こうのほうで、ビーチバレーをやっているようだ。
「え、いいの?」「もちっす! モチモチ!」かわいい男の子達のキラキラとした瞳が眩しい。
「じゃ、混ざっちゃおうかな〜」アイリーンは、ティムを一瞥し、冷ややかな視線を投げつけると、お先に〜と一言残して、ビーチバレーの一団に加わって行った。
「ったく、年齢不詳なんだよなぁ、アイリーン」
ティムは、彼女の後ろ姿をポカンと見送る。スポーティな黒地のタンキニに包まれた、均整のとれた身体の曲線、ビーチキャップからポニーテールにして出した豊かなブロンドの巻き毛、スラリと伸びた手足。まるでモデルか、女優のような美女である事は、疑いようもない。ビーチバレーに参加している若い女の子達と比べても、その美貌は、群を抜いている。
「ったく、あの顔とスタイルで、気にするほどの歳かよ」
「確か、カミラ隊長の一つ? 二つ? 上、だったはずよ」サニがボソッと口にする。
「えっ、マジ⁉︎ アラサーってか? 見えねぇ〜〜」まさに美魔女というやつか、とティムは一人得心し、眼福とばかりにビーチバレーに興じるアイリーンに、しばし見入ってしまう。
「あれ、そういや、ナオと亜夢は?」
そこまで広くないビーチとはいえ、結構な人だかりになっている。すっかり、直人と亜夢の姿が見えなくなっている事に気づく。
「あー、あそこみたい」人だかりの合間から、波際の二人が見える。
「……お砂遊びってか……」
『砂のお城』作りに夢中になる亜夢を少々、面倒そうに見守り、時々手を貸している直人。どう見てもカップルのそれとは、何か違う。
「どんどん、パパ化してるわね」「違いねぇ……」