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【書籍化】ひょんなことからオネエと共闘した180日間【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ
番外編

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SS アラン=ヘーベルの密かな悩み

 それは、ジャネットとの結婚式が数ヶ月後にまで迫ったある日のこと。

 アランはアマンディーヌの姿でジャネットの元を訪れ、お茶を楽しんでいた。


「アマンディーヌ様。最近、不思議な噂があるんです」

「どんな噂?」

「アラン様がわたくしを、とっても溺愛しているらしいと」


 思わず口に含んだお茶を吹きそうになり、咄嗟にゴクリと飲み込み咳き込んだ。

 ジャネットに目を向けると、眉を寄せたまま宙を眺めていた。


「どうしてかしら? 人前でイチャイチャした覚えもないし、アラン様から甘い言葉を言われた記憶もないし……。それに、アラン様って半分はアマンディーヌ様の姿でここにいらっしゃるから端から見ると訪問してくる回数も平均より少ないでしょう? 逆ならわかるのですが、不思議ですわ」


 ジャネットは解せないと言いたげに、頰に手を当てる。


 確かに、アランは婚約者として一般的な頻度でジャネットの元に訪れていたが、そのうち半分は女装姿だ。


 このままジャネットと結婚すれば、アランはピカデリー侯爵家に婿入りすることになり、次期ピカデリー侯爵当主となる。ピカデリー侯爵家待望の婿であるアランが多少変わった趣味であろうと、この屋敷の使用人達は口出ししたりしないから男の姿で美容アドバイスしてもいいのだが、なんとなく惰性でこの姿で来てしまう。


「そういえば、スペンサー侯爵家から舞踏会の招待を受けたのですけど──」


 ジャネットは紅茶に砂糖を入れ、かき混ぜながら話題を変える。


 スペンサー侯爵家はピカデリー侯爵家同様、ルロワンヌ王国の由緒正しき侯爵家のひとつだ。現当主は三十代半ばの働き盛りで、政務官を務めている。宰相をしているアランの父や、政務官をしている兄ともつながりが深い。


 つまり、その舞踏会は参加したほうがいいだろう。


「いつなの?」

「月末の土曜日ですわ」

「じゃあ、一緒に行きましょう。アランの格好で、ここに迎えに来るわ。ドレスはプレゼントしてあげるから、来週一緒に選びに行きましょう」

「え、本当ですか? わあ、楽しみです。アマンディーヌ様とお買い物に行くと、勉強になるから楽しいですわ」


 ジャネットは両手を口元に当て、満面の笑みを浮かべる。

 その途端、本当に花が咲いたかのように周囲が華やいだのを感じた。


 婚約者に舞踏会のドレスをプレゼントするなんて貴族男性であれば当然のようにやることなのだが、元婚約者のダグラスにそういうことを一切してもらえなかったジャネットは毎回まるでサプライズプレゼントをもらった子供のように嬉しそうな顔をする。


 その笑顔を見て、アマンディーヌは表情を緩めた。



    ◇ ◇ ◇



 舞踏会の日、アランはダークブラウンのフロックコート姿でジャネットを迎えに行った。

 屋敷の玄関ホールに立って待っていると、階上からカツカツと足音がして視線を上げる。


「アラン様。お待たせいたしました」


 ジャネットは先日一緒に選んだ、最近流行しているレース使いの黄色のドレスを着ていた。

 胸回りにはレースの花が飾られており、細く絞ったウエストにはリボンと花が添えられている。階段を下りる度に、スカートの裾が軽やかに揺れ、色合いが微妙に変化する。


 そして、胸と耳には自分がジャネットの十九歳の誕生日にプレゼントした、グリーンダイヤモンドのネックレスとイヤリングが輝いている。


「どうでしょう?」


 ジャネットは、いつもアマンディーヌに教えを請うときのように、スカートの裾をちょこんと摘んでその姿を見せてくる。アランは口元を手で押さえ、その姿を上から下まで眺めた。


「ああ、とても綺麗だ」


 その途端ジャネットは、それはそれは嬉しそうにはにかんだ。アランが差し出した手に自分の手を重ねると、にこにこしながら横を歩く。





 アラン=ヘーベルはここ最近、深刻な悩みを抱えていた。


 ジャネットの表情や仕草の一つひとつが、やけに可愛いのだ。


 これは、婚約者としてのひいき目ではない。一年にわたる住み込みの特訓と、その後も続く自主的な努力により、ジャネットは社交界でも一目置かれるほど垢抜けた。

 自分に似合う華やかな衣装を身につけ、常にピンと背筋を伸ばし凜と顔を上げているし、人に好印象を与えるような笑みを浮かべている。


 元々ジャネットは教養豊かな侯爵令嬢だったので、相手に話を合わせる話題の引き出しも豊富で、人を飽きさせない。


 自身の婚約者が可愛いということ自体は、普通に考えれば喜ぶべきことなのだろう。

 なにせ、いつ見ても家庭教師のような地味なドレスを着て、化粧も最低限しかしなかったようなジャネットをここまで華やいだ美女に仕上げたのは、アランことアマンディーヌに他ならないのだから。


 しかし、アランはそんなジャネットに関して困っていることがあった。

 本人に、自分が綺麗になっているという自覚が殆どないのだ。


 ずっと異性の誰からも見向きもされずに放っておかれたせいか、自分がモテるという状況は夢にも思っていないらしい。

 そのせいで、結婚前の最後の火遊びに頻繁に誘われるようになっているのだが、本人はちっともそれに気が付いておらず、いつもヒヤヒヤする。



 舞踏会会場で偶然騎士学校時代の先輩に声を掛けられたアランは、そこでまだ社交界デビューして間もないという彼の妹を紹介された。

 女性を紹介された場合、ダンスに誘うのがマナーだ。先輩を立てる意味で、ここは誘うべきだろう。


 横にいたジャネットに目配せするとすぐにその意図に気が付いたようで、ジャネットはコクリと頷いて一歩後ろへと下がる。


 アランは紹介された令嬢の手を引き、ダンスホールの中央へと向かう。

 周囲に視線を走らせると、壁際に寄って、静かに佇んでこちらを見つめているジャネットの姿が見えた。


 出会った頃のジャネットはよく、自分は壁の花を演じさせたら社交界一だと言っていた。元婚約者のダグラスがいつも舞踏会会場でいなくなってしまうので、それでやり過ごしているのだと。


 涙なしでは語れないようなことだが、本人はやけに誇らしげだったのでよく覚えている。

 ただ、以前なら壁と同化できたのかもしれないが、今は──。


(早く戻らないと……)


 ワルツの一曲は五分程度だ。ジャネットと踊るときならあっという間なのに、今はやけに長く感じる。


 視界の端に、ジャネットと男が話しているのが見えた。お互いにダンスカードを取り出しているので、ダンスに誘われたのだろう。


 その男性と話し終えてまた一人になったジャネットは、アランを探すようにこちらへと視線を向ける。そんなジャネットの元に、別の男が近付いてゆくのが見えた。

 笑顔で対応していたジャネットが、何かを言われて場所を移動しようとしているのが見えた。


 ワルツの曲が終わる。


「あのっ、ありがとうございました」

「ああ。とても上手だったよ」


 ほんのりと頰を染めてはにかむ目の前の少女に笑いかけると、すぐに踵を返してジャネットを探す。舞踏会会場には人がひしめき合っていたが、ジャネットの姿はすぐに見つけることができた。



 テラスに出ると、この季節特有の生暖かい風が頰を撫でた。


「あっちだよ」

「まあ。随分と暗いですけど、あんなところに?」


 男の指さす方向を興味深げに眺めるジャネット。

 明らかに人気(ひとけ)がない場所に誘われているのに、全く気付く様子がない。


 二人の背後からそっと近付き、「ジャネット」と声を掛けた。


「あら、アラン様」


 ジャネットはこちらを振り返ると、パッと表情を明るくする。そして、タタッとこちらに走り寄ってきて、アランの腕に手を絡めた。


「ダンス、終わられたんですね」

「ああ。ところで、こんな場所で何をしていたんだ?」

「なんでも、こちらの庭園に綺麗なお花を堪能できる場所があるらしいですわ。秘密の場所を教えてくれるというので、案内してもらっていました」


 一瞬でまずいといった顔をした男に対し、ジャネットは終始笑顔のままだ。


「へえ? それは興味深いな。俺も案内してもらっても?」


 アランは男ににこりと笑いかける。


「俺の婚約者が世話になったね。俺はヘーベル公爵家のアラン=ヘーベルだ。近衛騎士をしている。君は?」

「ウェイン男爵子息のリック様だそうです」


 答えられない男の代わりに、ジャネットがそう答える。


 まあ、答えられないだろうな。

 今まさに口説こうとしていた女の婚約者が現場に現れたのだから。


「ウェイン男爵子息? もしかして、王国騎士団かな? 今度是非手合わせ願いたいものだ。あちらで少し、話でもどうかな?」


 暗闇でもわかるほど、その男──リックの表情が強張る。


「残念ですが、急用を思い出しました」

「そう? 残念だ。そうそう、手合わせの日時は後日連絡するよ」


 しっかりと追い打ちの牽制をしておいた。


 こちらは騎士の中でも特に精鋭が集まる近衛騎士。

 その中でも一、二を争う実力を持っていると自負している。

 相手が王国騎士団の騎士であろうと、勝負になるはずもない。


 きっとまた、『アラン=ヘーベルは婚約者に夢中である。少しでもちょっかいを出すと酷い目に遭う』という噂が流れそうだが、致し方ないだろう。


 男がいなくなった後、ジャネットはしょんぼりと肩を落とす。


「秘密の場所は、どこなのでしょう?」

「さあな」


 綺麗なお花を堪能できるとは、可愛い女性と戯れられるという意味だ。

 つまり、人気がない場所という意味に他ならない。


 まあ、それをジャネットに教える気はないが。


「ジャネット。ホールに戻ってダンスでも踊るか?」

「え? 本当ですか?」


 沈んでいたジャネットの表情はパッと明るくなる。

 ダンスカードを確認すると、相変わらず難しいステップを踏む曲は全て空いていた。もう殆ど他の人と遜色ないくらいに踊れるのに、苦手意識は消えないようだ。


 それらの空欄全部に自分の名前を書き込むと、ジャネットは嬉しそうにはにかむ。


「手を」


 ジャネットがアランの手に、白くほっそりとした手を重ねてきた。アランはその手を、政略結婚ではなく恋人であることがわかるようにしっかりと指を絡めて握り込む。


 結婚式まではあと数ヶ月。

 まだまだ心が安まらない日が続きそうだ。


〈了〉

 


これにて番外編も完結します。

なにげにしっかりとジャネットを溺愛しているアラン、いかがでしたでしょうか?

最後までお付き合い頂きありがとうございました❗




なお、加筆&アラン視点の書き下ろし番外編を収録した書籍は9月25日にPASH!ブックス様より上下巻同時に発売予定です。

2冊ともよろしくお願いします!


ちなみに、最終話に出てくるグリーンダイヤモンドをプレゼントされるエピソードが書店特典SSに載っています(*^^*)

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