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第三話 死の予感

 気づいたときにはどの道を通ったのかも分からないままに学校にいた。

 周りでは何やら興奮したように会話が交わされている。

 どうやらさっきの事故のことらしい。

 学校からほど近い場所だったので現場を見た者も多かったようだ。

 席に座ったまま、学はぼんやりと黒板を見つめた。


 呆けた頭で過ごす七時間弱はずいぶん早く過ぎたように思えた。

 朝いつの間にか学校にいたのと同じく、気づいたら放課のチャイムが鳴っていた。

 なんだか妙に感覚が遠いように思える。

 意識だけが別の世界にいて、そこから体を操縦しているような気分だった。


 清掃の時間、割り当てられた東階段を箒がけしていると、喧噪に混じって声が聞こえた。


「やっぱりあれ、死んだんだって」


 学はびくりと手を止めた。

 顔を上げて声のした階下に目を向ける。


 声は心持ち低く抑えられて聞き取りにくかったが、確かに「死んだ」と言ったようだった。

 本当? と聞き返す相手に、そうなの、と最初の声は続けた。


「っていっても又聞きの話なんだけどね、とにかく車は運転席側がぺちゃんこでね、人が入る隙間もないくらいだったって。だから生きているはずないし、実際その後来た救急隊の人たちの雰囲気もなんかそんな感じだったらしいよ」

「そんな感じって?」

「なんかこう、あるじゃない。中見て首振るとか。多分」

「あー、なるほど?」


 二つの声はまだ会話を続けていたが、話しながら遠ざかったのか聞き取れなくなった。

 学は何もない踊り場を凝視したまましばらくその場を動くことができなかった。


 ホームルームが終わり、学は靴を履きかえて校門を出た。

 右に進むと大通りにぶつかり、その道を真っ直ぐ行けば学の家のある住宅地に着く。

 それが学の最短の帰宅コースだ。

 しかし今日は反対側の道に出た。


 そちらは古めの家々が並ぶ区画で道は大通り方面よりも細く、進むにつれてさらに道幅は狭くなる。

 学校の敷地の縁を沿うように伸び、左にはポールが立ってネットが張られていた。

 向こうに見えるグラウンドでは野球部やサッカー部が練習を始めていて、掛け声や準備運動のカウントが聞こえる。


 そしてさらに進むとグラウンドの一角に野球部らとは別にネットで区切られた区画がある。

 ラケットがボールを弾く乾いた打音を聞きながら、学は足を止めた。

 黒パーカーの後ろ姿を見つけたからだ。


 別にアケミがいると分かっていてここに来たわけではなかった。

 用事は別だ。

 だがいるかもしれないなという予感もあった。

 学は立ち止まった位置のままで口を開いた。

 話をするにはわずかに距離が遠いが他に人気もないので声は苦もなく届いた。


「どうしてここに?」

「死神だからね。その仕事をしなくちゃいけないっつーね」


 アケミは振り向きもせずに答えた。

 心底面倒くさそうな声だった。ついでにガムを噛む音も聞こえる。


「いや僕が訊いたのはどうやって和泉さんの居場所を突き止めたのかってことですけど……」


 言ってアケミの肩越しにテニスコートを見やる。

 当然そこではテニス部が練習をしている。

 和泉香奈はそのうちの一人だ。


「ん。まあ大変ではあったね。書類なくしちゃったからさ、対象の住所わかんなかったし。それがバレたら閻魔のジジイにどやされるからもっかい取り寄せるなんてできないし。あとあんたが教えてくれなかったし。ケチ」

「いや失くす方が悪いでしょうよ」


 学はそう言ったがアケミは器用に聞き流して続けた。


「でもまあやりようはあるよ。書類の顔写真とか霊魂の色とかは覚えてたから地道に探してさ。偉いでしょ。褒めてよ」

「そもそも書類を失くさなければ」

「ま、そういうわけでここにいるってこと。オーケー?」


 指摘の言葉も無視されて、学は仕方なくアケミの隣に並んだ。

 離れたコートの方に目をやると練習着の部員たちがボールを打ち合っているのが見えた。

 素人目にも上手い部員もいれば下手な部員もいる。

 いまいちわからない部員はもっとたくさん。

 見間違えていなければ香奈は上手い方の部員だ。


 肩口ほどまでの髪を後ろでまとめた彼女の動きは無駄がなくしなやかだった。

 無理なく体を切り返して適切な位置に運び、返球にも淀みがない。

 体格は小柄な方なのでボールにそれほど威力はないようだが鋭さでは他に劣っていなかった。

 まあ当然なのかもしれない。部長を任されるほどなのだから。


 学の口から息が漏れる。

 半分は幼馴染の能力の高さに感心して。もう半分はだいぶネガティブな感情からだ。


「アケミさんは本当に死神なんですね」


 朝の事故を思い出す。

 潰れた車と崩れたブロック塀。


「和泉さんは……死ぬんですか」


 パチン、と音がした。

 アケミの方を見ると割れたガムが口の中に戻っていくところだった。

 彼女の目はコートの方に向けられているが、心はそこにはないようだ。

 何事か深く考え込んでいるようにも見えるし何も考えていないようにも見える。


 長々とした沈黙の後、アケミは肩をすくめた。

 何か言おうとしたようだが結局何も言わずに歩いていく。

 学はその背中を見つめ、それからコートの方を振り向いた。

 そしてまたアケミの方に視線を戻したときには黒パーカーの背中はどこにもなかった。

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