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 魔力量――それがマリョク領でないことを、僕は既に知っている。

 同時に、エリがどうして泣いたのか、何となく分かってしまった。


「つまり、魔法を得意とする種族であると?」


「そういうことです。勿論、魔力量は修練によってある程度増やせますが、エルフと人間とでは、先天的なそれがまるで違います」


「では――その。エリさんが、魔法を使えないのは……」


 エリは目を伏せた。直截に言い過ぎたかと、不安になる。彼女がそれを気にしているのは、今までの振舞で明らかだ。


「いえ、魔力はあるんですよ。並のエルフ程度にはあるそうです。でも、私には魔法が使えなくて……」


「それはどういった原因で?」


「……分かりません。ただ、人間でもエルフでも、一定の割合で存在するそうです。何の問題も見つからないのに、魔法が使えない者は。ただ、そういった人に対する態度は、人間もエルフも同じでして……。エルフの郷を追われて、私はシハルにやって来たんです。ここで私のことを知っているのは、お爺ちゃんたちくらいなので……」


「……なる程」


 とは言ったものの、今ひとつ納得のできない話だ。人間でもエルフでも、料理ができなかったり、戦闘ができなかったりする人はいるだろうに。どうして魔法だけを、それほど重視するのか。話を聞く限り、確かに便利なものではあるが、居場所を失くすほどに、大切なものとは思われない。できなくても、生きていくうえで支障はないだろうに。


 僕にしても魔法を使えないが、今のところ問題は起きていない。


「あれ、でもその石は……」


 机の上にある雨避け石を指差す。確かそれも魔法を使うのではなかったか。


「ああ、これは違います。既に魔力と魔方陣が入っていて、自動で魔法を使ってくれる道具なんですよ。魔道具っていうんですけどね」


「しかしそんな道具が無くとも、大抵の人は魔法を使えば良いのでは」


「まあできる人は、そうするのでしょうが。でも結構難しい魔法らしいですよ。水だけを防ぐ空気を生んで、長時間それを維持する、というのは」


「はあ……」


 やっぱり割と不便なもののような気がしてきた。しかし強者は大抵魔法を使うというし、僕が死ぬとしたら、魔法によってになるのだろうか。


「そういえば、シュリさんは魔法を使うのですか?」


「お爺ちゃん? さあ、見たことないですけど……。魔法を使わずとも、充分に強いですし……」


 燈に目を落とす。この火はどうやって点けたのだろう。火打石か、魔法か。或いは、他の何かか。どれにせよ、火は火だ。結果は同じ。手段で人を区別する意味が、果たしてあるのか。


「それで、どうですか。リンさん」


「どうとは?」


「魔法とエルフを知って、何か変わりましたか?」


 エリは僕の眼を覗き込むようにした。髪と同じ、若葉の瞳。燈に照らされて、今は少しくすんで見えた。


「いえ、特には、何も」


「ほら、やっぱり……」


「しかしですね――」


「なんです?」


 確かに僕は魔法とエルフを知った。しかしそれは、今得た知識に過ぎない。

 小さい頃から父に、魔法の使えない人間やエルフは駄目だと言われていたら、今のエリを軽蔑していただろう。育った環境を無視して、他人と僕を比べ、僕は変わらないというのは、少しおかしいのではないか。うまく言えないが、エリの判断には、とても違和感がある。


 その感覚を他人に説明するのは、とても難しかったけれど、どうにか僕はそれを伝えた。


「そんなこと、私には関係ありません」


 しかし思いのほか、エリの態度は変わらなかった。


「関係ないとは?」


「私にとって重要なのは、リンさんが変わらないという、その一点だけです。育った環境みたいな内面は、どうでもいいんです。だって私に見えるのは、外面だけなんですから……、言っている意味、分かりますか?」


「いえ、あまり……」


「そうでしょうね。でもそれで良いんです。そんなことより、リンさんのことを教えて下さいよ」


「僕のこと?」


「はい」


 エリが大きく頷く。しかしそんなことを言われても、僕について語ることなど、何もない。父に槍を教えられた、それだけだ。僕には槍しかないし、それは詳しく話せることでもない。

 僕が黙っているのを見かねてか、エリが口を開いた。


「じゃあ、あの。リンさんが捜しているのは、どんな方なんですか? そのために、わざわざ首都まで行くなんて……」


「ああ、それは簡単です。僕より強くて、僕を殺してくれる人です」


「……え? それはその、武者修行のような?」


「いえ、強くなることが目的ではなく、死ぬことが目的です」


 あまりエリに伝わっていないようなので、事情を掻い摘んで説明した。といっても、掻い摘むほどの内容もない。父に死ぬよう言われたことと、その為には僕より強い人が要ることだけ。


「シュリさんが僕を殺してくれれば、話は早いのですが。どうも、彼の条件に僕は合格していないようで……」


「――なんですか、それは」


「なんですかとは……」


 多分、僕の説明が悪かったのだろう。さて、どう言い換えれば、エリにも分かってもらえるか。


「つまりですね、僕より強くて、かつ僕を殺してくれる人を――」


「そうじゃなく!」


 席から立ち上がったエリが、吼えた。

 どうしたのだろうか急に。彼女は怒っているらしい。とにかくここは――。


 はい、と頷く。


「はいじゃないです……。リンさんは、親に死ねと言われて、死ぬんですか?」


 はい、と頷く。


「そんな、そんなのって――、そんなことで幸せなんですか」


 はい、と頷く。


 頷いてから、幸せとは何だろうかと、考える。第一、命令に従うのに幸せも何もないのでは。


「……もういいです。ありがとうございました。お金は私が払っておきますから。せめてものお礼です」


 僕が返事をする前に、エリは机にお金を置いて、店を出て行った。

 何もかもに吃驚して、僕は何もできぬまま、ただ椅子に座っていた。


 暫く経って、外で振り続ける雨と、机に残された雨避け石に気づく。慌てて外に出たが、エリの姿は、もうどこにもなかった。

 仕方なく、石を懐にしまう。


 雨は僕の身体をしとどに濡らした。衣が水分を含んで、すっかり重くなった。



 歩いて宿に戻った時には、すっかり体温が下がっていた。軒先に立った僕の許に、コフィーが慌てて駆けてきて、身体を拭く布と、お湯をくれた。魔法で出したのかと尋ねると、彼女は歯を見せて笑った。


 エリは大丈夫だろうか。彼女は何処へ行ったのだろう。受付の仕事はないから、シュリの許か。しかし小屋は遠い。僕でさえこんなに濡れたのだから、彼女はもっと酷いはず。風邪など引かなければ良いのだが……。

 雲の動きは速い。きっと明日には雨も止むだろう。

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