中年小僧
「見ておったか童共!どうじゃ、凄かろう~?心置きなく妾を褒め称えてくれて構わぬぞ!」
タマとミケの目の前にズイと顔を寄せて来るのは、恐らくはドヤ顔をかましているであろう巨大な生物。
炯々と鋭い眼光を発する黄金の瞳を悪戯そうに細めて、至近距離から表情を覗き込んでくる。
((………恐っ…!))
顔デカイ。目ぇデカイ。全体的に超デッカイ!
二階建て家屋並のサイズの竜は当然口もデカイ。あーんと開けたら人間なんか丸飲みだ。
でも妙に友好的な雰囲気を醸し出しているのは何でだ。
タマとミケが内心激しく動揺していると、深紅の竜は一人でナニやら納得したように頭を揺らしてパチリと瞬きをした。
「おお、そうじゃった。この形では会話がしづらいのぅ。ずっと上を向いておっては首が疲れるしのー」
そう言うと瞬時に巨大な竜はかき消え、二人の子供の目の前に元の赤い女の姿が現れた。
((いや、これはこれで充分デカイんだけど…))
「……………………」
「……………………」
「ほれほれ、早く感想を言わぬか!」
人間という生き物はあんまりにも常識外れな衝撃に出くわすと、何もかも色々とどうでもよくなるらしい。
「………腹が減った」
「うむ?」
「ミートパイ食いかけじゃん」
「そういやオレらいきなり店を出ちまったし、食い逃げ扱いさるてんじゃねえのー?」
「あー…、確かに金払ってねぇよな」
ボソボソと目の前で交わされる会話の内容に、女は目をクワッと見開いた。
「これはイカン!!すっかり失念しておったわ――――行くぞお主ら!」
「「んぎゃっ!!」」
そして二人の子供は再び女の両脇にガシリと抱えられ、先程来た道を逆送される羽目になったのだった。
「おい、お前ら!いったい何処をほっつき歩いてたんだ!」
『火竜のカマド』の入り口で例によってポイと放り出されたタマとミケがヨロヨロと扉を潜ると、そこには額に青筋を浮かべた男が待ち構えていた。
「―――面倒な事になりかけたんで慌てて待ち合わせ場所に駆けつけてみりゃあ、居やがらねぇ!その面でうっかりろくでもない連中に引っ掛かってたんじゃねえだろうなぁ~」
「………ゴメン。おっちゃん」
「なんか…不可抗力でさ…」
どうやら大分心配をかけてしまったたらしい。
長年傭兵などという荒っぽい商売をしていた割りに、ハイネは世話焼きの上に心配性だ。
タマミケに裏でコッソリ『男かーちゃん』と呼ばれているのを本人はまだ知らない。
「まさかジグラッドに帰って来るなり虫の大発生に当たるとは思わんかったぜ…。いいかお前ら、さっきみたいな状況になった場合とにかく何処でもいいから建物の中に逃げ込め。今回は運良く魔道師が居合わせたらしいが―――」
と。延々説教が続きそうな雰囲気に子供が首を竦めた時、それは不意に途切れた。
「―――――ハ~イ~ネ~。やはり貴様かぁあぁ~!!」
子供二人の後ろから現れたその人物が地を這うような声音で男の名を呼んだ為だ。
しかもその手が掛けられている扉がメキメキと音を立てて軋み、今にも砕けそうな状態になっている。
「ゲッ!!!!―――ディアドラ!?」
「この親不孝者のハナタレ小僧があああぁ!ヒョイと飛び出したきり三十年近くも無沙汰をしおってからにぃぃぃっ――――!!」
あれ、知り合い?と思ったものの、女の余りの逆上ぶりにタマとミケは口を挟めない。
―――というか今口を挟んだら死ぬ。
何しろ本性が竜だ。
本能が危険信号を発している。
妙齢の女性が中年男をギリギリ締め上げている図は傍目には痴話喧嘩にしか見えないため、店内に居合わせた客は面白そうな顔でチラチラそれを眺めているが、ハッキリ言ってハイネは命の危機だ。
細身とはいえそれなりの重量がある男を、襟元を鷲掴みにして宙に浮かす女に周囲は密かにぎょっと目を剥いた。
「ちょ…待てっ…、ディー…」
「…長年の不義理をカルミアの墓前で這い伏して詫びるがよい!!」
「…………っ」
初めは蒼い顔をしながらも抗う素振りを見せていた男だったが、ある名前を出された瞬間ピタリとその動きを止めた。
というか、女の片腕に吊り上げられ徐々に呼吸が限界に近付いているせいで、既に意識が跳ぶ寸前なのだが。
「うわぁん、おっちゃんが死ぬ―――!」
「手ぇ離してくれよぉ、頼むよぅ!おっちゃーん!」
自らが締め上げている男の身体に半泣きで縋る子供を見て女は僅かに眉を動かし、渋々といった体でその手を緩めると男の身体はよろめいてドサリとその場に尻餅を着いた。
「うっ…、痛っ……」
「「ハイネのおっちゃん!」」
タマとミケが慌てて両脇にしゃがみ込み、男の顔色を確かめる。
流石に一応手加減はされていたらしく、怪我はどこにも見当たらない。
「…幼い連れに免じて仕置きは勘弁してやる。『約束』を果たしに戻って来たのであろ?」
「ゲホッ…、まあな」
「それで、そこの童共は貴様の子供なのか」
「―――拾い物だが、そんなようなものだ」
「ほぉ…?何とも稀有な拾い物じゃな。純血では無いにしろ“幻妖”の子供を二人もとは」
「幻妖?」
「なんじゃ、知らんで連れ歩いておったのか」
女はどこか呆れたような表情で眉尻を下げた。
「まあ良いわ。―――取り合えず昼飯に付き合って貰おうかの」