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五話 黒き精霊

背後から、空を切り裂くような咆哮が放たれる。

しなやかな力強い筋肉を振るわせて、その大きな体躯を自己主張している黒い獣。


月光獣、この森の夜に君臨する帝王。

魔窟の昼を捨てこの森の夜に生きる事を決めた魔物...。



「月光獣かい...。

なかなかどうして、すんなり行かせてくれないみたいだね」



隣から聞こえる王牙の嘆息を聞きながらゆっくり刺激しないように振り向き、その月光獣を見据えた。


その身体から放つ威圧感は黒い闇を纏い視覚化している...。

狼種のようなその口元には凶悪な牙がずらりと並び、その黒い艶やかな毛皮は一本一本が剣山のような鋭さとしなやかな頑丈さを持っている。


そして、何より異色なのが、しなやかな四本足に支えられた細身な体躯その背中に生えた三対の翼だ。


この世界に置いて、竜種はその手を翼に進化させて空を跳んだ、しかしそれはあくまで身体の一部であった。

龍人も空を飛ぶことはできたが、それもあくまで強大な魔法の力の行使によってであって、彼らも翼は持たない。


つまり、なにがいいたいのか。

世界に置いて鳥類以外でその身に翼を持つ生物は存在しない。

ある意味鳥類も、竜種と同じくその両腕を翼に変えた種族と言ってもいいだろう。


ならば、身体に四肢を持ちながらその身に翼を持つ生き物をなんと呼ぶのか...。



生物学者はその生物をこう呼んだ...。



―――精霊と。



万物の精霊の子である一対の翼を持つ小妖精フルール

一つの属性をその身に宿し二対の翼を持つ妖精ルーフ

そして、属性を昇華させその身体を変質させた三対の翼を持つ精霊ルーフィアス


そして、精霊の中でもさらに特殊、闇の魔力を取り込み己の身体を昇華させた黒狼、人は彼を月光獣と呼んだ...。






『魔人の守護者、王の牙か...、原生林の守りがお前の領分だったはずだ。

それが、なぜここに居る?』



その漆黒の体躯の中、唯一金色の輝きを持った瞳に深い思慮の光をたたえて黒き獣が訊ねてきた。



『ましてや、連れているのは得体のしれぬ人族の幼子か...。

王の牙よ気でも触れたのか?』



しかし、紡ぐ言葉は瞳に反して冷たい言葉だ。

現に隣に立っている、王牙の表情がドンドンと険しいものとなっていく。



「心外だな月光獣よ、我が使えるべき主は、今も昔も敬愛すべき魔をすべる王、ただ一人だ」



褐色の頬を怒りの朱に染めて、牙をむき出す王牙。

これじゃあ、どっちが獣かわかったもんじゃないな...。



『クハハハハッ!じゃあその小僧はなんだ王の牙!!それが魔をすべる王だとでも言うつもりか!!』



その鋭利な牙をむき出して笑い出した月光獣に、王牙もドンドンとヒートアップして行く。



「我が主を嘲るか愚弄!その薄汚い毛皮を剥いで岩竜の巣に叩きこんでやろうか!!」



言い過ぎだ王牙。

それに今の科白、俺が魔王だと認めたような物だぞ...。



『ふん、面白い事を言う、やれるものならならやって見るがいい!!といいたいが...。

...小僧、今の王牙の科白まことか...?』



楽しそうに王牙をからかっていた声が、急に低く抑えられ段違いに上がった威圧感と共に俺に質問が投げかけられた。



「ん、俺か?

俺が魔王かだと?そんなことこっちが聞きたい...」



反射的に疑問を返す俺に、月光獣が笑い出し、王牙が拗ねたような顔をする。



『クハハハハハハハハ!!

王の牙よ、おぬしよりその幼子の方がよっぽど現実というものを見ている様だぞ!』



大口を開けて高笑いする月光獣を睨み付ける王牙も、俺自身が魔王だと名乗っているわけでは無いので言い返すことができないのか苦しそうにしている。



「それで、月を治める獣よ。

我々はあの城の少女に様があるのだが、ここを穏便に通らせてはもらえまいか?」



口を開けば罵倒の言葉をはきそうな王牙の変わりに、俺は月光獣に直接訊ねて見ることにした。



『ほお、現実を見ているうえ、おぬしの方がよっぽど冷静なようだな...。

だがな小僧、おぬしの願いを聞き届けることはできぬ』



楽しそうな瞳を一点、冷たく鋭利なものに変えてこちらを見据えてくる月光獣。



『おぬしと彼女の接触がこの森の結界にどんな影響を与えるかわからぬゆえ、むやみに彼女に人を接触させることはできん。

戯言とはいえ、王の牙が『王』と称えるお主ならなおさらな...、それは王の牙、お前こそわかっている話だろう...?』



静かな深遠を称える瞳、ゆえにその奥に眠る荒波は計り知れない。

そんな瞳で俺達を睨み付ける月光獣に、俺も王牙も反論が出来なくなった。



ならば、反論はしないそれだけの話しだが。



「月を治める獣よ、お主の危惧もわかる、俺もこの森で数年生活したのだ。

多少なりとも、この森の生態系に触れてきた...。

もし結界が破れて、この森のすべてが外に染まればきっとかなりの事態になるだろうな」



俺の言葉に、月光獣はにやりと笑ったのかかみ合わせの良い歯並びをむき出しにして、俺に尋ねてきた。



『お主、気がついていたのか?

この世界すべてに蔓延する、邪気に『狂気』に?』


何がおかしいのか、身体の奥から搾り出すような声。

其処に含まれているのは、驚愕と嘲笑、そして少しばかりの喜びだろうか。


「ああ、気がついていた。

いや、この森に入って気がついた...」





不思議に思った、疑問を感じた...。

過去たる世界であれほどの繁栄を誇っていたはずの「六種族」。

人族、龍族、長寿族、魔族、獣人族、真族。


人ゆえに人の中で生きることしか無かった故に感じることがなった違和感、いや、感じなかったからこその『違和感』だろうか。


俺達がこの世界降りたって、出会ったのは人族とアイウスなどの長寿族のみ。

大陸をまたに架けて生きるはずの冒険者、そして沢山の冒険者が集うはずの村で、それでも多種族を見るのは稀という事態。

まるで、ほかの種族がことごとく滅んでしまったかのような世界...。





「月を治める獣よ、俺は今、始めてこの問いを口にする。

俺達は、世界の途絶えた先の確認、その理由の解明のためにここに来たはずだった。

ゆえに、その先の何かのために今の時間を準備時間と定めたんだ。


そのために、気がつくのが遅れたというならばこんなに滑稽な話も無いが...」



違和感の正体、それは俺達がこの世界落ちてギルドで依頼を受けた魔物討伐回数、そして、意思を持った魔族のはずなのに何故か人を襲い傷つけた人面樹。


魔王たる統率者がいないのにあふれるように襲いくる魔物、それに違和感を感じることが無い人々。

意思ある魔法種族「魔族」でありながら、気が触れたように襲いかかって来た「魔族」。

その姿は魔物と大差が無く、本能のままに生きているような...。


すべてが、溜り積もり蓄積したしこり。


「万物の対、世界の対極たる「精霊」のお前なら知っているのではないか...?

俺達の時空の転換点から『三千年後』、其処にあるのは断絶した時間や先の見えない未来などでは無く―――。




―――世界の終わりなのでは無いか?」




静かに俺の問いを聴いていた月の獣が、その口元を三日月に歪めた。

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