駆け抜ける襲撃者!
― 人間国軍・魔人国方面駐屯地 ―
「あれだね、人間国の魔人国方面軍というのは」
「はい――作戦はどう致しますかバーン」
僕とバーンスライムは、人間国軍を岩陰から覗き込んでいる。
別にこそこそしているわけじゃない、たまたま休むのに丁度良さそうな日影がここだっただけだ。
「必要無いよ、今回は顔見せだからね――それに」
「それにバーン?」
「作戦なんて無くても、僕らに負ける要素は無いからね」
僕は笑みを浮かべる――幹部のみんなには、笑うと無邪気な顔になると言われてちょっとだけ気にしているが、ここには僕とバーンスライムしかいないので、そんなに気にすることも無いだろう。
ここにいる勇者の情報は首領のおかげで揃っている――毒を使えて飛べてあと残像を残して動けるらしい。
怖いのは毒だけだけど、無効化する術は僕だって持っている
負ける要素なんて無い――僕には自信がある。
「じゃあ、正面から堂々と行くよ!」
「はいバーン!」
足取りも軽快に、僕たちは人間国軍に向かって歩いて行った。
しばらく進むと、ザクッザクッと目の前に矢が飛んできて地面に刺さった。
「止まれ! お前たちは何者だ!」
ここまで気付いていないのかと思うくらい人間国軍は無反応だったけど、そこは案外しっかりと監視されていたみたいだ。
気付くと、目の届く範囲の全軍に注目されているように感じる。
さぁ、いよいよ晴れ舞台だ! 緊張するけど、しっかり声を出さないと!
「僕は秘密結社『モフトピア』の幹部、黒犀大佐だ! お前たち人間を――勇者を、滅ぼすものじぇっ……滅ぼすものである!」
うわっ! 肝心なとこで噛んじゃった! 恥ずかしいっ!――しかもこんな大勢の目の前で……。
バーンスライムも、何事も無かった顔をしてるけど気付いてるよね? あとでみんなに言いふらしたりしないよね?
「モフトピアだと?」
「またテロリストか?」
「滅ぼす!?」
あれ? ひょっとして誰も僕が噛んだことを気にしてない?――――らっきー♪
よしっ! 噛んだことは無かったことにしてしまおう!
「勇者はどこだ!」
僕は目の前の兵士たちに聞いてみた。
そもそもこいつらには用が無いし。
「ここにいるわよ! さっきからピーピーと――って、そこのスライム系の化け物は、前に似たようなのを見たわね……あんたたち、ひょっとしてあいつらの仲間かなにか?」
人間の女が空を飛びながら出てきた、飛んでいるのだからこいつが勇者だろう――普通の人間は飛べないし。
確か緑の勇者だ。
僕の隣にいるバーンスライムを見て、前に似たようなのを見たとか言っている。
前に見た――というと、シン・デンジャー時代の改人かな?
「僕はシン・デンジャーの者ではないぞ、秘密結社『モフトピア』の幹部だ!」
シン・デンジャーとモフトピアは違うんだぞ!
「どっちでも似たようなもんじゃん、要は人間を殺したい化け物でしょ?」
勇者が長い黒髪をかき上げながら、つまんなさそうに言ってるけど……。
「違うやい! シン・デンジャーよりモフトピアのほうが強いんだぞ! それに僕たちは普通の人間じゃなくて、勇者をやっつけるのが使命なんだぞ! そんなことも知らないのかよ、おばさん!」
……はっ! いけない――僕は幹部としてここに来ているのに、つい熱くなって子供みたいなことを口走ってしまった!
「おば……! 私はまだ19よ!」
勇者は自分が若いって言いたいんだろうけど……。
「僕14歳」
14歳の僕からすれば、19歳なんて十分おばさんだよ。
「だから何よ! 相手が19歳で年上なら『おねえさん』って呼ぶのが常識でしょう?……ちっ! これだからガキは……」
「ガキじゃないやい!」
「14歳ならガキでしょ――だいたいさっきあんた、緊張して噛んでなかった?『滅ぼす者じぇっ!』とか言っちゃってさ、もうそれお子ちゃまの失敗よね」
あはははー、とか笑ってるし……。
やっぱり聞かれてたのか!? くそう、恥ずかしいじゃないか。
「他人の失敗を笑うなんて、大人げないぞ!」
「それは自分がお子ちゃまだって認めてる発言だからね」
「お前なんか……お前なんか……」
「何よ」
「やっつけてやるーー!!」
こうして、秘密結社モフトピアvs勇者の第2戦が始まった。
……決して子供の喧嘩では無い。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 秘密基地 ―
「よしよし……順調、順調っと」
俺は組織の畑でこさえた、土に返る奴隷の大量販売詐欺の報告書を読んでいる。
読み通りにロクに疑いもせず奴隷商がバカ買い――というか爆買いし、大儲けになっているようだ。
わずか40日で奴隷たちが土になると知ったらどれだけ騒ぎになるか、今から楽しみだ。
さて、次の報告はどんなもんかな――っと……。
「あれ? これって……」
それは詐欺の報告では無かった。
国都の諜報員からの報告であり、その内容は『青の勇者が魔人国方面の、人間国軍駐屯地へと向かった』というものである。
ん? 魔人国方面の駐屯地?
「マジかよ――それヤバくないか?」
魔人国方面と言えば、黒犀大佐とバーンスライムが向かっているところだ。
そして青の勇者と言えば、【爆裂拳】でスライムエルフを倒した勇者である。
うむ、同じスライム系のバーンスライムはたぶん負けるな……。
黒犀大佐ならどうだろう?
なんとかなりそうだけど、ちょっと心配だなー。
真面目な子だから、負けそうでも頑張っちゃいそうだし……。
無理しないように、監視役と伝令を兼ねてあいつにでも行ってもらおう。
「誰かその辺にいるか?」
地面からポコッと顔を出したのはモグゴブリン。
俺はモグゴブリンに命令を出した。
『野呂田を呼んできてくれ』――と。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 人間国軍・魔人国方面駐屯地 ―
「バーンスライム、勇者をやっつけろ!」
「はっ! 黒犀大佐、我にお任せあれだバーン」
僕の命令で、バーンスライムが酸弾を飛ばし始めた。
ヒュンヒュンと飛んでいく酸弾を、緑の勇者がヒョイヒョイと飛びながら避ける。
思っていたよりも速いし【残像】も使っているせいで、なかなか酸弾が当たらないようだ。
「この攻撃は前にも見てるから、私に通用なんかしないわよ」
「でも兵士にはけっこう被害が出てるよ? いいの?」
勇者が避けている酸弾は、人間の兵士たちのところに落ちて、けっこう溶かし殺してる。
「くっ! これが狙いだったのね! 兵を人質代わりに殺すとか、なんて卑怯な……」
なんて卑怯な――とか言われても、こっちだってそんなの想定外だ。
「おばさんが避けなきゃいいだけじゃん」
「避けなきゃ死んじゃうでしょうが!【毒の霧】!」
緑の勇者がバーンスライムに毒の霧を吐いたけど、強化された酸の肉体は毒を無効化できる。
「バーン、バーン、バーン――このスライムの肉体には、毒など無意味だバーン」
さすがバーンスライム、毒が効かないのは知ってたけど、やっぱり頼もしい。
「そんなこと知ってるわよ! 一応念のため試してみただけよ!」
勇者も知ってたらしい。
「もう諦めなよ。毒が効かない時点で、そっちの負けだよ」
「うるさいわね! 諦めたらそこで試合終了なのよ!」
人間って、時々訳わかんないこと言うよね。
うちの首領もたまに変なこと言うんだ――僕が悩みを相談した時にも『坊やだからさ』とか、何の解決にもならないことを言われたし。
意味わかんない。
「もう終了したようなものじゃん」
「さて、それは――どうかしらね!」
緑の勇者が、バーンスライムの酸弾を掻い潜って、こっちへ飛んできた。
「考えてることはなんとなく分かるけど無駄だよ、僕にも毒は効かない――何故なら――」
僕は体に流れるパワーの流れを変え、本来の改人の姿へと変身する。
体中が炎を纏い、角が大きく長く伸びた。
「これが僕の本当の姿だからさツノ!」
黒犀×火蜥蜴×一角カブトの改人、ツノサラマンダー――それが僕の本来の姿だ。
火蜥蜴の炎に加え、時には鉄の鎧さえ貫通する、危険な種類のカブトムシである一角カブト。
この2つの能力を手に入れた僕は、誰にも止められはしないのだ!
「【毒の霧】!」
「無駄だよツノ」
勇者が毒を吐いてきたけど、そんなもの僕の炎で無効化できる。
「じゃあ、今度はこっちの番だねツノ――バーンスライム、ちょっと酸弾を止めてツノ」
「了解しましたバーン」
酸弾が止まったので、いよいよ僕のターンだ。
「いくよツノ!」
一角カブトの能力を持った僕は、空だって飛べるのだ。
炎を纏い、緑の勇者に向かって空中を矢のように飛ぶ僕。
……外した!
僕は矢のように真っ直ぐ進むのは得意だが、ちょこまか動くのは実は苦手なのだ。
大きく回って、また緑の勇者に照準を合わせる。
とっつげきーーー!!
「あっぶなっ!」
「また避けられた! くそー、ちょこまかと!」
もうちょっとだったのに、また避けられた。
当たったと思ったのに――きっと【残像】を使ったんだな……。
よおし……だったら火力を最大にして、炎に巻き込んでやる!――それなら避けられても、近くさえ通れば炎のダメージを……。
そう考えていると、誰もいないはずの方からドドドドド……っと、音が聞こえてきた。
足音――あれは、人間国の軍隊か?
「小百合ー! 助けてあげようかー!」
新しくやってきた軍隊から、大きな声が聞こえた。
「その声は……お猿!」
緑の勇者が叫んだ。
「誰がお猿か!」
新しくやってきた軍隊から、青い鎧を着た女が出てきて叫び返した。
青い鎧?――ひょっとして、あれは青の勇者か?
ここで別な勇者が出て来るなんて聞いてない――でも、自分の実力を試すにはいい機会かも。
よーし! この僕を止められるものなら、止めてみろ!




