絶叫! テッポウマンドラ死の叫び声
― 人間国軍・ドワーフ国方面駐屯地 ―
「何か騒がしくないか?」
「様子を見てきましょうか、勇者様?」
「そうだな、頼む」
鉄の勇者――火野 鉄平は、剣の手入れをしていた。
ドワーフ国との戦いでは岩や鉄を切らねばならぬ時が多く、いかに支給された国宝級の剣――宝剣ナトフダーメといえども、手入れを怠ると少しずつ切れ味が鈍るのだ。
「またドワーフの奇襲か……剣に負担がかかるのは嫌だなぁ」
せっかく手入れが終わったところなのに、また使わねばならなそうだ……と、鉄平は抜き身の刃を眺める。
「予備の剣の支給を要請したほうがいいかな……」
鉄の勇者――鉄平は、愛着が湧いてきた宝剣ナトフダーメを、愛おしそうに眺め続けた。
…………
「一番でかい建物はあれかカマ――方面軍の司令部だとしたら、必ず勇者が出て来ようなカマ」
わらわらと涌いてくる兵士を鎌爪で処理し続けながら、白虎将軍――カマキリオーガは地面に向かって聞いた。
「では、あの広場の付近で罠を張りましょうえテッポ」
地下のどこに潜っているのか、テッポウマンドラの声が響いた。
「では広場のど真ん中にでも潜っていろ、誘導してやるカマ――あぁ、鉄の勇者とやらが余りにも弱いようならこちらで片づけてしまうかもしれんが、その時は悪く思うなカマ?」
「構いませぬテッポ――あたいは、ゆるりとお待ちしてますえテッポ」
テッポウマンドラの気配が消えた。
カマキリオーガは、人間兵を適当に殺戮しながら鉄の勇者を待つ。
「下がれ」
落ち着き払った声とともに、取り囲んでいた兵たちが左右に割れる。
「兵に聞いたが――俺に用があるそうだな?」
左の腰に剣を佩いた男――鉄の勇者が、割れた兵たちの間からついに現れたのだ。
「ようやくお出ましカマか。用か……そうだカマな――ちょうど雑魚では物足りなくなっていたところだ、相手になってもらえないカマか?」
「良かろう、かかって来るがいい」
鉄の勇者――鉄平が、左の手のひらを上に向けて、さぁ来いと挑発した。
それを合図に2人の――いや、2体の怪物の命の奪い合いが始まった。
カマキリオーガの鎌爪が2度3度と空を切ると、今度は鉄の勇者が反撃を開始する。
横薙ぎ、袈裟懸け、突き――と、次々と繰り出される連撃に、防戦一方となるカマキリオーガ。
「くそっ、こんなはずではカマ……」
爪鎌でかろうじて剣戟を防ぎながら、鉄の勇者の想定以上の強さにカマキリオーガは焦る。
このままでは仕留めるはずの相手に、むしろ仕留められてしまう――自尊心と現実の間で、焦りは増幅していく……。
「【剣豪】の俺がこうも仕留めきれんとは……」
怪物ごとき簡単に両断できると高を括っていた鉄の勇者――鉄平は、思いのほか抵抗する怪物に驚愕を覚えていた。
自分の剣戟をかろうじてながら全て防いでいるのは、化け物のそのパワーと俊敏さ、異常なまでの反応速度によるものだ。
このまま続けていても、やがて剣戟が通ることになるだろう……だが……。
鉄平は一度後方へ飛び退り、集中力を溜めた。
不意に攻撃が止んだことに白虎将軍――カマキリオーガは戸惑う。
一瞬の意識の隙を、鉄平はもちろん見逃さない――退いた際の心理的な隙を作るのも、全て剣術の内なのだ。
放たれる渾身の一撃、受け止めるのはカマキリオーガの右の鎌爪――一瞬の攻防の結果は明確であった。
「ば……馬鹿なカマ!」
カランカランと落ちる音がした――それはカマキリオーガの爪。
鉄平の集中力を高めた一撃が、カマキリオーガの右の鎌爪を見事に切り落としたのである。
「馬鹿では無い、必然だ」
カマキリオーガの肉体を狙った剣戟は、これまで鎌爪に防がれていた――それは狙いが肉体だったせいで、剣にパワーとスピードが乗り切らないうちに鎌爪と衝突したからなのだ。
そこで鉄平はパワーとスピードが刀に乗る瞬間を、鎌爪との激突に合わせた。
これが鎌爪を切り落とせた――鉄平的に言えば必然の理由である。
「そしてお前の敗北も必然だ」
鉄平の横薙ぎの一閃が、カマキリオーガを襲う。
切り落とされた直後ということもあり、鎌爪での迎撃を躊躇し、避ける事を選択するカマキリオーガ。
「くっ!カマ」
胸が横一文字に切られた――当然カマキリオーガの胸だ。
鎌爪で迎撃しなかったのは正解だったらしい――剣は間違いなく、迎撃するはずの残った鎌爪を狙っていた。
このままではマズい、カマキリオーガは自尊心をかなぐり捨て――逃げた。
「逃がすか!」
鉄平は追う、カマキリオーガの逃げる方向――すぐ近くにある、広場に向かって……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 人間国内・エルフ国方面駐屯地 ―
「そう! 私こそが『秘密結社モフトピア』の最高幹部、金獅子元帥である!」
金獅子元帥は、人間国軍の大軍を前に高らかに宣言していた。
「ふん、宣言通り復活しやがりやがったか!」
相対したのは紺の特攻服にリーゼント、紺の勇者――紺野 邦夫。
小高い丘の上から、金獅子元帥が見下ろしている。
不敵な笑みは、殺気をはらんでいた。
――――
― 人間国内・獣人国方面駐屯地 ―
「わたしは『秘密結社モフトピア』の幹部、赤河馬参謀――以後お見知りおきを」
赤河馬参謀が、優雅に一礼をする。
「それ以上近づかないで下さい!」
怯えつつ見ていたのはオレンジの鎧を身に着けた、オレンジの勇者――橙坂 清見。
森の奥から、赤河馬参謀が見つめている。
その微笑には、殺意が宿っていた。
悪の秘密結社『モフトピア』による、人間国への宣戦布告がこの日なされたのであった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
― 再び人間国軍・ドワーフ国方面駐屯地 ―
「逃がすか!」
広場に逃げたカマキリオーガを、鉄平が追っている。
この追走は身体能力の差により、鉄平に分が悪い。
突如としてカマキリオーガが逃走を止め、振り向いた。
鉄平がそれに応じて腰溜めに剣を構え、止まる。
ゴスッ
「痛てっ!」
鉄平の背中に何かが当たった。
「隙ありだカマ!」
すかさずカマキリオーガが鎌爪で襲い掛かる。
鎌爪の威力を剣で受け逸らしながら、鉄平は距離を開けつつ体勢を整えた。
左からまた何かが飛んできた――今度は左片手の剣で切り落とす。
真っ二つになり地に落ちたのは、拳大の石であった。
「石?――あそこからか!」
石を切り落とした隙を見逃さない鎌爪を捌きながらチラと目線を向ければ、広場の中央地下から顔を出している何かがいた。
それは待ち伏せをしていたテッポウマンドラであった。
テッポウマンドラの飛ばす石の気配も読みながら、カマキリオーガの鎌爪と戦うのは、少々やりにくい――というか事故が起こりかねない。
ならば広場中央の石を飛ばす敵――テッポウマンドラを処理しようと、鉄平はジリジリと位置を調整する。
地下深くにさえ逃さなければ、地面ごと一刀で処理できるはずだ。
距離は詰めた。
カマキリオーガの鎌爪を捌いて隙をつくり、一気に石を飛ばす敵へと切っ先を飛ばす鉄平――だが……。
地下へ逃げると思っていた敵が、むしろ地上へと飛び出てきた――絶叫を上げながら。
「ウンギャアアアァァァーー!!!」
ガラスを引っ掻く音を聞いたような不快感が、鉄平の耳を襲った。
視界が真っ暗になる――全身の感覚が消えた……。
何が起きたのか全く解らぬまま、鉄の勇者――鉄平はその命を失い、崩れ落ちたのである。
…………
テッポウマンドラの絶叫は、効果範囲2mの外の者たちにも多大な影響を与えた。
気を失う者、嘔吐する者、のたうち回る者――可聴範囲内の人間国軍兵士は、皆なにかしらの不調に陥った。
もちろんその効果は、白虎将軍――カマキリオーガにも及んでいる。
「効果範囲外でもこれかカマ……」
脳が揺らされた時のようにフラつきがある上に、全身が倦怠感と悪寒に支配されている。
加えて、四肢が思うように動かせない。
これでは戦いなどできる状態では無いな、とカマキリオーガは撤退を決める。
勇者は倒した――目的は最高の形で果たしているのだ。
「人間どもよ! 勇者は死んだ! これ以上の殺し合いは無意味ゆえ、お前たちの命は奪わん!――死にたくない者は、道を開けよ!」
未だ焦点の合わぬ瞳で兵をねめつけると、人の海が割れた。
気を失っているテッポウマンドラを肩に担ぎ、悠然とカマキリオーガが歩を進める。
決してフラつかぬように細心の注意を払いながら――ここはまだ敵地なのだ。
「フフフ――フフフハハ――はぁっはっはっは!」
思わず笑い声が湧いてくるカマキリオーガ。
自分は勇者を倒したのだ!――秘密結社モフトピアで、最初に勇者を倒したのは自分だ!
その事実はカマキリオーガ――白虎将軍の、鉄の勇者にへし折られた自尊心を取り戻すのに十分であった。
それは夢想である――テッポウマンドラの叫び声による、脳の混乱もあったのかもしれない。
基地に戻れば、皆の最大限の賛辞が待っているだろうという夢想。
異常をきたしたカマキリオーガ――白虎将軍にとって、その夢想は真実でないと認識することは不可能というものである。
自らの夢想と勝利の高揚――その二つが、白虎将軍の哄笑をしばらくの間続けさせる結果となる。
モフトピアvs勇者、その初戦はモフトピアの勝利に終わったのであった。
* * * 敵勇者の数:残り7人 * * *




